狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

琉球人民を26万人虐殺!日本軍が、中国報道、「スパイ容疑虐殺」の真相

2012-02-28 07:14:47 | 県知事選
 
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教科書問題や「残虐非道の日本軍」と騒ぎ立てる発狂報道は「中国への誤ったメッセージ」になると書いた。

総括、教科書問題、中国への誤メッセージ

「誤ったメッセージ」に中国が、吠えた。


沖縄の発狂新聞が、中国のプロパガンダ紙そのものであることが、再確認された。(爆)

2012年02月27日17時12分

中国発の"沖縄県民虐殺"に失笑

河村市長“大虐殺なし”発言に中国反発…次なる“宣伝工作”に失笑

提供:ZAKZAK(夕刊フジ)
 名古屋市の河村たかし市長(63)が、いわゆる「南京大虐殺」を否定する発言をしたことが取り沙汰されている。中国国内では批判が噴出して、報復措置を呼びかける声が高まる一方、東京都の石原慎太郎知事(79)は「河村君の言うことが正しい」と擁護した。こうしたなか、中国では「日本軍は沖縄で、琉球人民を26万人殺した」という、事実無根の報道がされていた。

 河村氏が20日、名古屋市役所を表敬訪問した中国・南京市政府の代表団に語った真意は「戦闘行為があって多くの方は亡くなったが、(中国が被害者30万人とする)いわゆる虐殺はなかった」というもの。

 石原氏も24日の記者会見で、南京陥落の数日後に現地に入った評論家らによる「死体はあったが、山と積むような死体は見たことがなかった」という証言を披露し、「大虐殺は違うと思う。(旧日本軍の)装備、期間で30万人を物理的に絶対殺せっこない」と語った。

 最近の研究で、「南京大虐殺」は当時の中国国民党のプロパガンダ(宣伝工作)だったという研究結果も広まっているが、中国国内では次なるプロパガンダともいえる「日本軍琉球人民大虐殺」が報道されていた。

 中国商務省日本問題専門家の唐淳風氏は、人民日報傘下の「環球時報」(2010年11月10日)で、「1945年の終戦間際に日本軍は現地軍に沖縄県民の皆殺しを命じ、米軍占領の直前に26万人を殺し、虐殺の規模は南京大虐殺に次ぐものとなった」と発言し、しかも「今沖繩では琉球独立運動が激化し、中国はそれを支援するべき」と結論づけているのだ。

 沖縄県擁護課が76年に発表したデータ(沖縄県平和祈念資料館HPより)によると、沖縄戦の犠牲者は日本人18万8136人で、うち沖縄県出身者は12万2228人(一般人9万4000人、軍人・軍属2万8228人)とある。

 一体、26万人という数字はどこから出てきたのか。私(仲村)は沖縄県で生まれ育ち、沖縄戦を経験した方が周囲に何人も存命しているが、「日本軍が沖縄県民26万人大虐殺」などを信じる人は1人もいない。

 中国共産党機関紙は最近、沖縄・尖閣諸島を「核心的利益」と呼び、領土的野心を露にしている。前出した唐氏の「琉球独立運動を中国が支援すべき」という発言も、沖縄県全域に対する野心の表れではないのか。日本人はもっと、他国のプロパガンダを警戒しなければならない。(ジャーナリスト 仲村覚)

                              ☆

沖縄戦で沖縄守備軍として戦った第32軍の壕跡の掲示説明文で、久し振りに発狂新聞が吠えた。

学問的に確定していない「慰安婦」と「住民虐殺」の文字が掲示版から削除されたからだという。

「慰安婦」や「スパイ容疑による住民虐殺」など歴史的に確定していない事項を削除した県の判断は正当であり、それをヒステリックに批判する沖縄メディアの方が狂っているのはいうまでもない。

QAB朝日テレビなどは、あの「従軍慰安婦」の火付け役の朝日新聞さえ使わなくなった「従軍慰安婦」という言葉を平気で連発し無知の知ならぬ無知の恥を晒している。

第32軍司令部壕跡説明板 「慰安婦」「住民虐殺」を削除

二日連続で発狂報道をした沖縄タイムスだが、三日ともなるとさすがに恥ずかしいと思ったのか、昨日の一面、社会面から「発狂記事」は一斉に消えた。 

だが、今度は読者の「声」に代弁させるという得意技を使った。

26日のオピニオン面は「『慰安婦』『住民虐殺』に思う」と題する特集を組んだ。

読者を利用する、という姑息な手段に打って出たのだ。

読者の「声」の見出しを拾うとこうだ。

論壇」32軍文言削除に抗議 ・・・  宮城淳(沖教組書記長、那覇市、58歳)

史実を曲げる陰謀許さない・・・ N・Yさん(84歳、那覇市)

戦争の残酷さ示すのが教育・・・ N・Jさん(72歳、沖縄市、牧師)

加害を考える 日本人の責任・・・ M・Tさん(39歳、北中城村、美術館スタッフ)

説明文記載で知事判断妥当・・・ K・Yさん(24歳、南風原町、沖国大4年)

知事歴史認識 県民に説明を・・・ F・Tさん(54歳、沖縄市)

6件の読者の投稿が「県民の総意」とは思わないが、タイトルだけを見ると5対1で圧倒的多数の読者が「削除」を批判している。

ところが、K・Yさんの「説明文記載で知事判断妥当」を読むと、祖母の話として「米国兵よりも日本兵のほうが怖かった」とか「マラリヤにかかって死にかかった」など「残虐非道の日本軍」を表す文言が躍り削除した県知事を批判するような記述である。 それが最後になって、「ただ、今回の説明文の記述について、仲井真弘多知事の判断は妥当だと考える。このような事実に対し、県側が記載すれば、それが県の判断だということになる」と取ってつけたような文言で結んでいる。

誰が読んでも整合性のない結語とタイトルは、掲載のバランスをとるためのアリバイ作りの「投稿」だと勘ぐられても仕方がない。結局実質的には「読者の声」の全員が「削除」を批判していることになる。見事な印象操作である。

それから「論壇」の宮城淳氏とは、極左授業でお馴染みの教員で、八重山教科書問題でも大奮闘のこの先生のことである。

南の島の教科書騒動、問題教師の登場

          

■「紙爆弾」の呪縛を引きずる極悪複合体

沖縄戦で米軍は、上陸の前沖縄中に「鉄の暴風」を吹き荒れさせ、沖縄住民の生命と肉体に壊滅的打撃を与えた。

米軍が上陸した後、降り注ぐ砲弾の合間に空から舞い降りてきたのは、膨大な数の「鉄の爆弾」ならぬ「紙の爆弾」であった。

炸裂する砲弾に替わる「紙爆弾」は、今度は沖縄住民の心を破壊していった。

沖縄戦で米軍は沖縄住民の身体のみならず心も共に破壊したのだ。

「紙爆弾」といわれる宣伝ビラは、60数万枚にも及ぶ膨大な数量が、小さな島にばら撒かれた。

その種類も日本軍用、沖縄住民用と内容が別れ、

目的別に更に20種類に細分されるという徹底ぶりだった。

だが、米軍の心理作戦部隊が最も重要視したのは、

本土出身の将兵と地元住民との仲を、疑心暗鬼の状態にして、

お互い離反させることであった。

沖縄住民と日本兵との間に楔を打ち込む。

これを目的にした宣伝ビラの例には、次のようなものがある。

沖縄住民用ビラ

<この戦争は、沖縄の皆さんの戦争ではありません。貴方たち沖縄人は、内地人の手先に使われているのです。皆さんは、彼ら内地人の犠牲になっているのではありませんか。(略)>(『沖縄戦下の米日心理作戦』太田昌秀 岩波書店)

このような沖縄人用の宣伝ビラを読むと、60数年前に米軍が書いたビラながら、その呪縛は現在の沖縄にも生きており、今でもどこかで良く見るアジ文である。

と思ったら・・・、

そう、当日記のコメント欄に時々嫌がらせを書いてくる「沖縄左翼ボーイ」たちのカキコにそっくりなのだ。

「お前はヤマトンチュの犬だ」とか。(爆)

60数年前の米軍心理部隊が沖縄住民と日本兵の間に打ち込んだ楔(くさび)が、現在も沖縄左翼の間に生きて彷徨っているわけだ。

恐ろしきは「心理作戦」そして「紙の爆弾」。

 

沖縄戦の証言者の中に、身内の者が「スパイ容疑で日本兵に惨殺された」いった話を良く聞く。

係争中の「集団自決訴訟」でも、被告側は「日本軍はスパイ容疑で無辜の沖縄住民を虐殺した」と、

争点とはまったく外れた論議を持ち込んで、

「悪逆非道の日本軍」の印象操作に余念がないのは周知の通り。

「うつろな目の少女」(オカッパ頭の少年)で一躍有名人になった大城盛俊氏も自分の母親が「スパイ容疑」で殺されたいう。

「うつろな目の少女」の秘密!

上羽修著『母と子でみる44 ガマに沖縄戦刻まれた』のなかで、その経緯を次のように述べている。

収容所で悲しい知らせを受けた。再婚していたお母さんが、大城少年が一番初めに避難していたワチバルの壕まで会いにきたことがあったが、その帰り、日本兵にスパイ容疑で射殺されていたのだ。お母さんがこともあろうニスパイという汚名を着せられ無残に殺されたことを知った大城少年は、どんなにつらかっただろうか。 

沖縄住民をスパイ視した日本兵による陰惨な虐殺事件が、沖縄の各地で起きている。ここに収容されていた住民も、山に潜む敗残兵に射殺されるという事件が起きた。彼等の論理ではアメリカに投降した者はみんなスパイであった。

「私たちはその日本兵を殺そうと、アメリカ軍の憲兵に日本兵の隠れていそうな壕を教えてやりました」

アメリカ兵は住民に親切だったのに対し、日本兵は住民にとってははなはだ危険な存在だった。

戦後、大城さんは右目失明と右足の障害のため良い仕事につけず、本当に苦労したという。

沖縄戦にまつわる「スパイ」の話は、ことの性質上明確な証拠・書類の類は残っておらず、数件の例を除いて、ほとんどが伝聞による「スパイ虐殺」が主である

上記証言者の大城氏の場合も、「日本兵がスパイ容疑で母親を射殺した」というが、米軍に収容されたときそこで聞かされた伝聞を、当時12歳の大城少年が事実確認することは無理であったのだろう。

本文は大城少年が「母親が殺された」と聞いたせいか、日本兵に対する憎悪に満ちており、次の文にもそれがよく表れている。

アメリカ兵は住民に親切だったのに対し、日本兵は住民にとってははなはだ危険な存在だった」(この趣旨の文は「残虐非道の日本軍」を象徴する言葉としていろんな場面で登場する。そう、冒頭の「読者の声」で沖国大生のK・Yさんの文にも出てくる)

そして、事実確認もしないまま大城少年の心に植えつけられた日本兵への憎悪は、本人は無意識なのだろうが、次のようなスパイ行為へとエスカレートしていく。

私たちはその日本兵を殺そうと、アメリカ軍の憲兵に日本兵の隠れていそうな壕を教えてやりました

何気なく読み飛ばしそうな一文だが、実はこれには重大な意味が含まれている。

これはスパイの自白文である。

もし大城少年とその仲間が米兵を日本兵の隠れていそうな壕に案内する光景を、日本兵に目撃されていたら、それは紛れもない「利敵行為」であり、りっぱな「スパイ行為」である。

スパイというと、「007」のジェームス・ボンドや、CIAの秘密情報員を連想する人もいるかもしれないが、沖縄戦時のスパイは大体次のように類別される。

①通称CICと呼ばれた連合国軍総司令部第441部隊

②米軍の捕虜になった後、勧誘されスパイになった沖縄住民

③本人は無意識にスパイ行為をしていた沖縄住民

④日本軍の疑心暗鬼で「スパイ容疑」で処刑された無辜の沖縄住民

 

①のCICとは、Counter Intelligence Corpsの頭文字をとった通称で、日本語の話せる日本人二世を中心とし、その一部は沖縄戦以前に「南方帰りの県人」として沖縄に潜入していたいわれる。 沖縄上陸後は公然と捕虜になった沖縄住民をスパイに勧誘していたが、終戦後沖縄が米軍占領下の時代になっても、沖縄住民の共産化防止を任務として暗躍していた。

②の例は、明確な資料として残されてはいないが、琉球政府主席(知事)を務めた当間重剛氏が捕虜になったときの捕虜収容所で、CICにそれとなくスパイ勧誘されたと思われる様子が氏の自伝で次のように述べている。

・・・その前に私は日本語のしゃべれるCICに呼ばれた。私の身分はすでに明らかにされていた。「これをやったらどういう結果が生まれるだろうか」と、そのCICが紙に書いてみせたのがplebiscite。“国民投票”とか“人民投票”とか、言う意味だ「国民投票やって、何をきめるんだ」「日本に帰りたいか、アメリカに帰属するかを沖縄の人たちに決めさせるんだ」「それは日本帰属に決まっているよ。アメリカにつきたいというのはいないよ」そしたらこのCIC「そうかな」と言ったきり、それから口をきこうともしなくなった。私が、ぐるぐるあちこちひきずり回されたのはその後まもなくたってからであった。

あのころ、私は伊良波で全く対照的な人物像をみた。一人はいかにも古武士的な風格の裁判長で、もう一人は敬虔なクリスチャン検事正だ。検事正は山下という人で、戦前からのクリスチャンだったようだ。捕虜になってからは、戦時中のようにクリスチャンであることに肩身のせまい思いをする必要もなくなり、今度は却って胸に十字架をぶらさげて歩くようになった。

一方、古武士的な裁判長は、CICに対しても“お前たちは今に負けるよ”と主張して譲らなかった。裁判長の頑固さをCICに対しても“お前たちは今に負ける”と主張して譲らなかった。裁判長の頑固さをCICは“危険思想の持ち主”と思ったのか、あるいは“いじめてやろう”と思ったのかどうかは知らんが、この人だけは、ひとりトゲ鉄線の中に囲まれ、日本に帰るまで「あっち掃除しろ」「こんどはこっちだ」とこき使われているようだった。民間人は捕虜になると、いろんな班にわけられた。DDTを散布する衛生班、食料を配る配給班。一般労務をする労務班等々。>(「当間重剛回想録」1969年3月25日)

捕虜になった民間人をスパイにする②の例は、本島のみならず離島でもあったようで、先島戦記刊行会代表の瀬名波栄氏が『沖縄春秋』(1974年1月発行)に寄稿した「離島戦史の裏面」と題する文に次のような記述がある。

沖縄戦も一段落した昭和20年の7月頃(6月頃の説もある)宮古平良町の成川部落で沖縄出身者とみられる挙動不審の男が現れた。その態度に不審の点が多々あるのに気がついた部落民が、その旨憲兵隊に通報、憲兵隊が現場へ急行して取り押さえて調べた。 その男は最初、名護出身のアラサキ某と名乗り、クリ舟に乗って漁労中、難に遭い宮古島に漂着したと申し立て、スパイ容疑を極力否認したが、陳述があいまいでそのうえ所持品の中からスパイ行為を裏付けるようなメモ帳が現れ、ついに包み隠すことができず、米軍のスパイである旨を自白した。 
それによると、同人は米軍のもとで抑留されていたが、スパイになるように強制され、他の仲間三名と共に潜水艦に乗せられ、一人だけ宮古島近海でに下ろされ、ゴムボートで狩俣海岸に上陸した。 任務は、宮古島の陸海軍部隊の兵力概況と高級指揮官の階級氏名を探ることが主で、脱出の際は海岸で信号弾を使用して合図すれば、時を移さず米潜水艦が救出にくる手筈になっていた。宮古に潜入したのは自分だけで、たの三名のことは知らない。上陸後しばらく人目のつかない所に潜んでいたが、そのうち手持ちの食料が尽き、食料を求めて出てきたところを捕まった。
憲兵隊ではこれに基づいてスパイ容疑は動かせないと断定、司令部に報告、指示を仰いで処断したようで、銃殺刑に処したという説が強い
が、当時後方を担任していたM参謀の回想にによると、西表島へ監禁したのではないかとも言う。 もし殺害したとしたら痛ましい戦争犠牲者ともいえる訳だが、当時の日本軍は追い詰められて勝算を失ったせいか、スパイ対策には神経過敏と言えるほど気をつかっていたようで、沖縄人を色メガネで見る向きが少なくなかったようである
>(「沖縄春秋」1974年)

③の本人が無意識に「スパイ行為」に走った例は「うつろな目の少女」の大城少年が典型だが、本人や周囲の人が無意識だけに、これが発覚して処刑された場合でも、被害者側としては「無実の罪」を訴えるだろう。

③と④で処刑された場合の峻別は、客観的資料や証言に乏しく、さらに「反日本軍イデオロギー」がこれに加わると、事実の解明には困難が伴うと思われるが、いずれにせよ今後の研究・調査が待たれる。

             ☆

■厚生省援護局、市町村援護課、琉球政府、

「戦災に打ちひしがれた沖縄を援護したい!」・・・・・・3者が造った善意の悲しいウソが反日左翼複合体に利用され、いつしか「スパイ容疑による住民虐殺」という神話を一人歩きさせることになる。

さらにこれが中国に情報ロンダリングされると、「日本軍による25万人の琉球人虐殺」と大変貌するのだから言葉を失う。

参考;

沖縄住民の「スパイ容疑虐殺」の真相

2008-12-21 07:03:05 | 沖縄

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13 コメント

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Unknown (東子)
2012-02-28 07:28:32
狼魔人様

この記事の一つ前、「沖縄の基地問題はどうして解決しないのか?」(2012-02-27 19:25)がどうしても、表示されません。
革マル派の教諭 (安仁屋正昭)
2012-02-28 09:32:38
宮城淳(沖教組書記長、那覇市、58歳)は、2008年6月宜野湾市の志真志小学校の年端も行かない生徒達に集団自決の劇を演じさせた札付きの左翼教師です
この人物は革マル派の集会にも出ているとことから、過激派のマルキストであることは間違いありません。
子供たちに日本軍と日本人に対する憎しみを植え付けることが、この人物の生甲斐なのでしょう。
これまで、所謂、反基地反米、反日本軍の創作劇を数多く作り、幼い子供たちに演じさせています。
感謝 (ayararo48)
2012-02-28 12:17:38
狼魔人さま

本当に毎日ご苦労様です。
今日のブログでは随分勉強になりました。
毎日欠かさずの更新頭が下がる思いです。

アメリカは急激にスタンスを変えようとしています。
航空機も攻撃型の無人機に置き換え配備も随分進んでいる様です。
空母も2隻退役が近い様ですが、変わる建造のニュースは有りません。
中国の海軍力の増強と経済の落ち込みで、戦略を立て直している様です。
同時に中国も軍事衛星を数多く打ち上げ、アメリカの衛生を撃ち落とす計画の様です。
いずれ、近い内に沖縄から撤退すると考えられます。
海兵隊の撤退だけでも、沖縄の経済には影響すると思います。
日本海海戦でバルチック艦隊を撃破した時、日本はイギリスと同盟を結んでいましたが、それが無かったら勝てたかどうか解りません。
強国との同盟は絶対に必要ですし、早く憲法を改正し、自力で国を守る事が必要です。

中国は確実に沖縄を獲りに来るでしょう。
もう一つ怖いのは、中国の指導部が軍を掌握出来ていないと思われます。
指導部と軍の関係が解りませんが、次期のトップは軍に影響力を持つと言われています。
その体制が整った時、尖閣諸島を必ず獲りに来ると言う論調があります。
腰が引けた今の政府と外務省と平和ボケの国民では限りなく心配です。
日本民族 (宜野湾より)
2012-02-28 14:59:47
「南京虐殺」最近かの国では40万人に絶賛増殖中らしいです。
でも河村市長発言を受けた中国国内でも、「南京市がドンドン開発されていても出てこないが、30万人の遺骨はどこにあるのか」と質問形式での批判があるとか。
質問形式ってところが涙ぐましいです。
そしてこちらも絶賛捏造中
http://kpoopsoku.blog.fc2.com/blog-entry-130.html

ついでに本日の沖縄タイムス27面 史実「削除」の衝撃 緊急インタビュー ③ 沖縄国際大学教授 吉浜 忍氏

「戦闘地帯である沖縄に慰安所が設置され、朝鮮や日本、沖縄の女性たちが『慰安婦』にされた」
未だ証拠が無いことをさらりと「された」と断定しておいでです。また慰安婦について、
「証言は問題解明のためには、非常に重要な資料であり、否定できるものではない」
と言いつつ、「いなかった」という証言には触れません。

とか言うよりも、「朝鮮や日本、沖縄の女性たちが」と、朝鮮をいちばん先にしていることに引っかかりを感じました、私は。

昨日のayararo48様のコメントは大変勉強になりました。
日本人が持つY染色体D型はアイヌ人本土人沖縄人が同様であり、半島人とは明らかに違っている、と聞いています。
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=3760

沖縄人が「ないちゃーじらー」(内地の顔)と言う時、一重瞼で釣り気味の目であることがよくあるかと思います。
その中には半島人もあるでしょう。
ルーツはどうあれ、日本国籍を有しながら沖縄と日本を毀損したり利敵行為をする者は、直ちに考えを改めるか、他に希望する国の国民になる努力をされないといけません。
日本国籍を有せず反日の者は沖縄から北海道まで必要ありませんので、一日も早く出国を。
日本列島は日本民族のもの (ayataro04)
2012-02-28 16:05:48
狼魔人さま また失礼いたします

宜野湾より さま

染色体の調査の話は以前眼にしました。
同じなんだと知った時、目から鱗と言うか、感動して読みました。
アイヌ民族と言われていた人も沖縄まで含め、大陸や半島と異なる共通の染色体を持っているようですね。

地域はどう有れ、日本民族が共通の認識を持ち、いがみ合わずに助け合い、誇れるような共通の国家意識を何時までも持てるようで在りたいとおもいます。
Unknown (涼太)
2012-02-28 22:42:36
狼魔人様

狼魔人様もさすがにご遠慮されているのかも知れませんが私はあえて

5、積極的にスパイ狩りに協力した沖縄県民。
と追加します。
某事件などは教師や防衛隊が積極的に、スパイ処刑に協力し加担しています。戦後復員して処刑された弟の真実を知ろうとした兄弟を村八分にする事件も起きています。
集団自決、赤ん坊殺し、スパイ処刑と当事者同士はそっとしておいて欲しいが本音だと思います。
何故あえて、残酷なことを書くかといいますと、旧満州や北方領土領土でも中国兵に、ロシア兵に囲まれ集団自決は発生しています。
でも彼らは戦後沈黙を守り通しています。
これが本当の人間の心の痛みでは無いのでしょうか。
Unknown (さか)
2012-02-29 02:40:11
話違いますが、先日、内田樹の文書をアップされてましたが、またアップしないのですか?

あのあと、削除したみたいですが。
内容を飛ばしでよんでて、中身を理解してないので、もう一度読みたいので、アップしてもらえないですか?
お願いします。

Unknown (Unknown)
2012-02-29 06:34:11
東子さん
さかさん



内田樹の「沖縄の基地問題はどうして解決しないのか?」を話題に取り上げようと思ったのですが、操作ミスで消失してしまったのでリンクを張っておきます。

http://blogos.com/article/32853/

一つだけ言いたかったことは「普天間移設」を最初に言い出したのは、米国でもなければ日本政府でもない、という事実です。
最初に言い出したのは沖縄です。
「世界一危険な基地」を抱える沖縄側の切実の要請に当時の橋本龍太郎首相が決死の覚悟でアメリカ側を説得し、紆余曲折の結果より基地負担の少ない「辺野古移設」が決まったのです。
橋本首相は、父の橋本龍吾元厚生大臣が「援護法」を沖縄住民に適用させるため首を覚悟で大蔵省と渡り合っていたことを子供心にも知っており、自身が政治家になっても沖縄に対する思い入れは人一倍強かったといいます。
元々「普天間基地」で満足していた米軍としては、極悪複合体が「辺野古移設」を反対し、県外を叫んでも痛くもかゆくもない。
彼らが「県外」を叫べば叫ぶほど「普天間固定化」が現実味を帯びるのは子どもでもわかる理屈です。
アパートの引越しでも自分が気に入っている現在のアパートをワザワザ金と時間をかけて引っ越すバカはいない。
さらに「トモダチ作戦」で米軍が得た結論は、海抜0に近い「辺野古海岸」より、「沖縄で最も高い海抜」に位置する「普天間基地」の方が安全であるという厳然たる事実です。
Unknown (狼魔人)
2012-02-29 06:35:52
前のコメント、名前の書き漏れです。
Unknown (東子)
2012-02-29 09:10:33
>操作ミスで消失してしまったので

あぁ~、良かった。
なにやら邪悪な力で削除されたのかと、心配していました。


>「普天間移設」を最初に言い出したのは、米国でもなければ日本政府でもない、という事実です。
>最初に言い出したのは沖縄です。

そうなんですよね、最初は、沖縄なんですよね。その沖縄の気持ちを汲んで、まさか、本気で橋本首相のように移設に尽力をつくす人がでるとは、沖縄の左巻きは、思っていなかったのでは、と。
今回の野田総理の訪問に際して、「増額された交付金は嬉しかった。しかし、県外移設は変わらない。」と言う仲井間知事の言葉に、メア発言に眉唾だった人も、「やっぱり」となってきています。
また、前回の田中防衛大臣がいくら頼りないと言っても、野田総理がはっきりしないと言っても、仲井間知事と大臣、総理との向き合ったときのあの頭の高さの差、先に椅子に座る横柄さ、礼儀を欠くあの態度に、本土では、沖縄に対する空気が変わってきています。

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