石川健治氏の「クーデター」論は笑い話だが、問題はこんな精神的幼児が東大法学部で憲法学を教えていることだ。一つの原因は文系学部(特に法学部)がガラパゴス化して国際競争がないことだが、もう一つはこういう妙に「純粋」な学生しか大学に残らないことだ。

経済学でも、東大のマル経は宇野経済学だったので、少しでも宇野派と違うマルクス解釈を書くと大学院で落とされた。佐伯啓思氏や間宮陽介氏や野口旭氏は、先生の学説を丸写ししてマル経の大学院に行き、途中で「近経」に転向した裏口入学だ。京大では、民青の幹部は論文を1本も書かなくても助教授になれた。今の法学部は、当時のマル経に近い状況だろう。

こういう「純粋人間」の忠誠心の対象は自分の学派なので、それ以外の学説に対しては強い敵愾心をもって闘う。その学説が宇野経済学や憲法第9条のような「空体語」であっても、というより中身がないほど信仰は強くなる。それは空体語だからこそ、永遠の理想として尊いのだ、と山本七平は論じた。

日本人はこういう忠誠心のために自分を犠牲にする純粋人間を好むので、彼らが世の中を変えることがたまに起る。それが尊王攘夷や青年将校で、日本で本当のクーデター(非合法的な政権奪取)が起ったのは、明治維新と五・一五事件や二・二六事件だけだった。石川氏のような「純粋」な思い込みこそクーデターの原因なのだ。

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