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つまり裁判所の「真実相当性」の判断いかんにより、名誉毀損が退けられることがあるのだ。
「命令説を信じるに足る相当の理由」で出版したのであれば、
判決の時点で、著者や出版社が違法性を問われることはない。(名誉毀損は成立しない)
つまり原告、被告が最大の問題にしている「軍命令」がなかったとしても、原告敗訴はありうるのだ。≫
まさに筆者が危惧したことが判決に表れてしまった。
原告、被告が最大の争点にした「隊長命令」について判決はこう認定した。
≪両元隊長による自決命令について、今年3月の1審判決に続いて「証拠上断定できず、真実性の証明があるとはいえない」と認定した。≫
自決命令は
①証拠上断定できない⇒断定する証拠はない
②真実性の証明があるとはいえない⇒真実であるという証明は出来ない
「(隊長命令に)真実の証明があるとはいえない」としながらも「真実相当性」はあるという。
昨日のエントリーで「真実相当性」が裁判のポイントだと書いたが、裁判長は「真実相当性」の解釈を誤った。
控訴から結審まで6ヶ月足らずの異例のスピードで判決を下したのは、高裁が始めから一審判決を鵜呑みにする予断があったのではないか。
裁判長が「(自決命令の)真実性の証明があるとはいえない」としながらも、
その「証明のない真実」を断定的に記述した『沖縄ノート』の著者大江健三郎と故家永三郎著『太平洋戦争』を出版した岩波書店を免責にしたのだ。
大阪高裁は「歴史事実の認定」では、自決命令を事実上否定しながらも、
「真実相当性」の解釈を捻じ曲げて、
「表現の自由」という錦の御旗を盾にして、
ノーベル賞作家と岩波の権威の前に平伏したのだ。
原告側は当然上告するだろうが、最高裁では「歴史認定」はさておいて「真実相当性」という法律論で勝負すべきであろう。
60数年前の出来事を証言のみで争う「歴史認定」で、
「(自決命令の)真実性の証明があるとはいえない」という結論を高裁から引き出したが、
歴史事実の確認を法廷に求めるのは、この程度が限界なのかも知れない。
「証明があるとはいえない」とは「証明がない」と言うことで、普通の言葉で言えば、
「自決命令は真実とはいえない」ということ。
判決は敗訴だが「歴史認定」、つまり元隊長の命令の有無に関しては、一応の勝訴といえる。
■「真実相当性」■
高裁判決は、歴史認定では元隊長の命令を事実上否定しながらも、「真実相当性」に逃げ込んで、控訴を棄却した。
「元軍人らの直接的な自決命令の真実性は揺らいだが、命令を真実と信じる相当な理由があった」と。
産経新聞の津田大資記者が、高裁判決の「真実相当性」判断に関して、次のような疑問を投げかけているが、もっともな疑問である。
≪控訴審で原告側が問うたのは、出版時の大江氏の認識ではなく、元隊長による“直接命令説”が揺らぐ現在も、当時の記述のまま増刷を続けることが許されるのかどうかだ。その争点について、「表現の自由」という別次元の論理を楯に、原告側請求を退けた高裁の判断には違和感を覚えざるを得ない。≫
「元軍人らの直接的な自決命令の真実性は揺らいだが、命令を真実と信じる相当な理由があった」と。
以下の引用は30日タイムス記事による「被告側最終陳述要旨」の抜粋である。
≪「太平洋戦争」は歴史的研究書で、「沖縄ノート」は歴史的事実に関する出来事への評論である。 記載されている事実の真実性・真実相当性については、過去の歴史的事実の確認の困難さを考慮し、歴史的探求の自由や歴史的事実に関する表現の自由に十分配慮した判断がなされるべきである。≫
>過去の歴史的事実の確認の困難さ
歴史の専門家でも困難を伴う歴史的事実の確認を、法律が専門だと言うだけの裁判官が、
6ヶ月足らずという短期間で結審し結論付ける態度に、裁判長の驕りを感じざるを得ない。
一審判決をそのまま鵜呑みにする予断が当初からあったのではないか。
>過去の歴史的事実の確認の困難さを考慮し、歴史的探求の自由や歴史的事実に関する表現の自由に十分配慮した判断がなされるべきである
結局、被告側の言い分に対し、裁判長は次のように配慮した。
≪被告は、「太平洋戦争」や「沖縄ノート」を発刊した頃は、歴史的事実の確認は困難で、地元新聞社が発刊した「鉄の暴風」に準拠せざるを得なかった。 したがって「鉄の暴風」のずさんな記述に間違いがあってもやむを得ない。≫
そして、裁判長は被告の主張を鵜呑みにしただけでなく、「真実相当性」の解釈を誤った。
30日のタイムス記事を再度引用する。
◆原告(元隊長側)
隊長命令があったという「真実性」の証明がなければ、各書籍は名誉毀損を免れない。 一審判決は「真実性」を認めず、書籍の頒布は違法と認定している。 「沖縄ノート」一審判決後も増刷・販売を続けており、到底許されない。 一審の「真実相当性」の解釈も誤っている。
何度も書くが、この裁判は一審、二審の結果に関わらず、最高裁にもつれ込むと繰り返してきた。
最終的に、当日記は最高裁での勝訴が真の勝訴であると考えている。
最高裁の争点は「歴史認定」ではなく、「真実相当性」の解釈をめぐる純粋な法律論争となるであろう。
【おまけ】
地裁、高裁とも最大の争点である「自決命令の」有無」に関しては揃って歯切れが悪く、分かり難い表現になっているのは自信のなさの表れと見る。
法律バカに歴史の認定を求めるのは、八百屋に松坂牛を求めるようなもの、といったら言い過ぎか。
判決における自決命令に関する表現
高裁判決⇒「自決命令の真実性の証明があるとはいえない」
地裁判決⇒「自決命令それ自体まで認定することには躊躇を禁じ得ない」
司法改革は「裁判が身近で分かりやすいものとなる」ということが目的のひとつにある。
判決文はもっと平易・明確に表現すべきではないのか。
高裁も地裁も、何故このような分かりにくい表現を使うのだろうか.。(そうでした、自信がなかったんでした)
こうすればわかり易いではないか。
「真実性の証明があるとはいえない」⇒「真実ではない」
「(認定に)躊躇を禁じえない」⇒「認定できない」
特に地裁判決文は「躊躇」「禁じ」「得ない」と三つの否定の言葉が連なる三重否定文。
否定の否定は肯定。
更に、それを否定で、結局は否定。
だったら、最初から否定しろ!
「沖縄ノート」一審判決後も増刷・販売を続けており、到底許されない。
一審、二審の「真実相当性」の解釈も誤っている、と思う方、
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最高裁でも戦います。↓
大江氏不在の法廷で2度目の敗訴 原告の名誉回復ならず「最高裁でも闘う」
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おはようございます
僭越ながら申し上げます。
貴兄、悲憤慷慨のあまりいささか論旨が乱れおりますよ。読者にはそれが「判決の論旨が乱れてる」と錯覚しますから、貴兄独特の印象操作なのかもしれませんが。
拙ブログに「判決要旨」書き起こしましたので、貴兄におかれては、また産経津田大資記者においても、これを良く読んでから批判に及ばれた方が良かろうかと思います。
貴兄らを模範として判決を批判する方々が、いっそう珍形な「論」とならぬように。
http://ni0615.iza.ne.jp/blog/
1、厚生労働省は「軍の命令で自決したと裁定した。」と見解をだし、文部科学省は「軍の命令は証明されていない。」と見解を出しています。同じ国の機関で異なる見解があるのは不自然です。
2、高裁判決⇒「自決命令の真実性の証明があるとはいえない」なら東京空襲や名古屋空襲の被害者には適用されない「援護法」がどうして沖縄だけに適用されたのでしょうか。やはり照屋さんの証言のように「軍の命令で自決した。」と虚偽の申請をしたからだと思います。
名誉毀損は認められませんでしたが、両隊長が「命令を出していない。」事が証明できたのは収穫だったと思います。
アメリカ軍の砲撃で、もう死ぬしか途がなかった沖縄の状況は、私には想像できません。せめて私が知っているのは、もう死ぬかと思った、東京への何度もの空襲でした。
戦後生まれに何が裁けましょう。
当時の軍人を「悪」とする人は、日本人と軍とは別だったと言うんですか?
軍人だって、皆同じ日本人でしたよ。
これだけは言っておきたい。
宮平さんの今回の新証言、私は沖縄人ではないが、東京大空襲を経験したものとして、迫真的な体験と信じます。
今回の訴訟は、もっと早くすべきでしたね。戦争体験時代の人が多かったうちに。
今になると、戦後生まれの観念的な馬鹿左翼の方が大手を振る。
情けない時代になりましたね。
しかし次は、国民1億5000万人の目が光っています。大江氏一人と全国民の権利、1億5000万分の1の我儘など、吹けば飛ぶが如し。
最高裁の判断、非常に興味深いですね。
或意味、これ程までの苦渋の選択を惹き起こしたこの裁判、勝利そのものです。おまけに、「軍命なし」とのお墨付きまで勝ち取りました。
皆さん程の思慮がありませんが、一国民としての卒直な感想です。
こんばんは、トラネコです。
裁判官も歴史をきちんと勉強しているかどうか疑問ですね。しかも裁判官も世論や声の大きい方の影響はやはり受けるものと思います。
そして裁判官は一人でいくつもの裁判を掛け持ちしており、歴史の勉強など落ち着いてする時間もないでしょう。ましてや戦後教育を受け大江みたいな思想が正義だと思い込んでいる人も少なくないでしょう。
誰でしたっけ、大阪地裁の判事だったかまるで共産党の人民裁判の判事みたいな人がいましたね。
自衛隊空幕僚長論文もそうですが、まともで正論が通らないことが今の日本の現実です。
当日記は関連あるTBなら反対意見でも削除していません。
一々いやみを言いながらのリンク貼りは見苦しいですよ。
どうぞTBを張ってください。
◆涼太さん
>1、厚生労働省は「軍の命令で自決したと裁定した。」と見解をだし、文部科学省は「軍の命令は証明されていない。」と見解を出しています。同じ国の機関で異なる見解があるのは不自然です。
>2、高裁判決⇒「自決命令の真実性の証明があるとはいえない」なら東京空襲や名古屋空襲の被害者には適用されない「援護法」がどうして沖縄だけに適用されたのでしょうか。やはり照屋さんの証言のように「軍の命令で自決した。」と虚偽の申請をしたからだと思います。
仰るとおりです。
集団自決の死亡者は本来受けるべきでない「軍人恩給」を得ています。 厚生労働省はムリヤリ「軍の命令」にして、死亡者を軍人扱いにし「援護法」の適用させ、恩給を支給しました。
恩がアダになってしまいましたね。
◆戦後教育を悲しむさん
>戦争を知らない世代には、戦争体験の話もナンセンスなんですね。
宮平さんの今回の新証言、私は沖縄人ではないが、東京大空襲を経験したものとして、迫真的な体験と信じます。
本人の生の証言を聞けば、迫真的体験は伝わってくるので、宮平、照屋ご両人が証言台に立てば一番なのですが、
今でも嫌がらせのが多く証言台に立ったら沖縄に住めなくなるといっていました。
私のようなブロガーにも「沖縄の敵、許さん」というくらいですから(笑)
◆それでさん
出版差し止めでは敗訴ですが、原告の名誉は法廷で回復されており、裁判に負けても勝負には勝っていますね。
最高裁で裁判も勝つと信じています。
◆トラネコ
大江がノーベル賞を取る為に策動した汚い手口を知ると吐き気がします。
裁判長は相手が大江と岩波なので「表現の自由」を取り出し、人権は踏みにじりました。
一方、自衛隊には「表現の自由」は認めないのですね。
今日の朝日の社説は、まるで自衛隊がクーデターでも起こしたような騒ぎぶりですね。