狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

終戦から75年 沖縄戦の真実を語る(下)

2020-08-12 10:10:01 | ★改定版集団自決

 

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知られてない沖縄戦の真実、集団自決の実相語る


 世界日報 豊田 剛  2020/8/12 
終戦から75年 沖縄戦の真実を語る(下)


 先の大戦から75年が経過し、歴史の風化が懸念される中、沖縄戦をめぐっては集団自決の実相や戦没者数について不確定なことは多い。沖縄戦体験者への聞き取り調査を行った作家の星雅彦氏と米軍からフィルムや資料を収集した沖縄戦ノンフィクション作家の上原正稔氏に、沖縄戦で知られてない真実や最も伝えたいことについて語ってもらった。前回8月5日付本欄の対談の後編。(聞き手・豊田 剛)
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「集団自決」しているのはマスコミ、戦後自虐的論調に変化


 ――沖縄のマスコミは集団自決をはじめとして沖縄戦の真実に目を向けようとしていると思えない。


 星 マスコミは右の意見も左の意見も両方、平等に出した方がいい。一方的な側だけに立ってしまうと、だんだんおかしくなる。沖縄の2紙は被害者意識が強すぎて、何を書いてもいいという雰囲気になってしまった。
 マスコミが捏造(ねつぞう)、隠蔽(いんぺい)、嘘(うそ)を並べ続けて今に至っている。こういうことに対して反省する様子や気配が一切ない。


 上原 彼ら(沖縄のマスコミ)は完全に「集団自決」(自爆)している。
 沖縄戦の犠牲者の24万人という数字も、大半が直接、沖縄戦と関係ない。これに気付いているのは僕だけだ。1993年に県が各自治体に依頼して戦没者を調査したが、満州事変から戦後しばらくしてからの死者まで含めている。名護市の記録では、沖縄で死亡した人は57%しかない。
 米軍の場合は24時間以内に死んだ人だけを戦死者として、それ以後に亡くなった場合は戦病死と、分けて考えている。沖縄戦の正確な死者数について詳細はここでは割愛するが、戦前1944年の国勢調査と疎開者と比較・分析すれば、多く見積もっても5万5千人くらいだ。
 それから、平和の礎の原案となった「沖縄戦メモリアル構想」は僕が発案したが、大田昌秀知事がアイデアを盗んだ。沖縄国際大学の石原昌家教授は琉球新報にずっと連載している。県の「平和の礎」の建設委員(学識経験者や行政関係者10人で構成)にすらなっていないが、あたかも自分がやったかのように書いているからタチが悪い。


家族も殺害した金城牧師が証言、「自分も死にたかった」


 ――集団自決についても正当に評価されていると言い難い。


 上原 沖縄のマスコミは今でも、集団自決を「軍の強要」と言っている。これについては、『沖縄ノート』を書いた大江健三郎と出版元の岩波書店を相手取った大江・岩波集団自決訴訟が提起され、判決では敗訴となったが、軍命があったとは言えないという内容だった。腹立たしいことに多くの記者は勉強しようとしないし、死者の数もいいかげんなものが多い。本当のことを書いたため、僕も星さんも沖縄のマスコミから降ろされてしまったのだが。


 星 沖縄本島のあちこちで集団自決が起こったが、軍が関与していないのが一つ決定的。それから、渡嘉敷島の兼城清新という人がいる。彼が91歳の時に会ったが、戦時中は青年団長を務めていた。「赤松嘉次守備隊長は自決せよとは絶対言っていない。手榴弾(しゅりゅうだん)も防衛隊以外の人には渡してはならないと言っていた」と証言した。


 上原 赤松嘉次さんが1970年に慰霊祭のために渡嘉敷島を訪れた時、大変な反響があった。3月27日の新聞記事によると、渡嘉敷島の集団自決現場にいた金城重明牧師は「直接命令を下したかはっきりしない」「生きることへの不安がうずまいていた。個人的な批判をしない」と言った。ところが、わずか半月後の4月15日には、国や軍に責任を転嫁し始めた。


 星 無数の聞き取り調査をしてきたが、人間ドラマはぼくの心の中にある。金城重明は自ら命を絶とうとし、気絶をしたのち息を取り戻した。彼とは今から10年ほど前に3度ほど会って正直な気持ちを打ち明けてくれた。
 戦争当時16歳で、彼は手榴弾を持っていなかった。防衛隊が手榴弾を投げ自決が始まった。その時、こん棒で母親と妹、さらに、他に人たちも殴り殺した。


 上原 金城重明は全部で20人を殺害している。


 星 自分の母が死んでいるのを見て「死んでもよかった」「自分もあんなふうに死にたかった」と私に本音を話したことがある。
 天皇制どうのではなく、戦死が決して悲惨でみじめではないという考えがあった。私は戦争で亡くなった人々の当時に思いを馳せながら詩を書き続けている。


 ――沖縄戦についての評価は終戦直後と現在ではかなり違っている。


 星 戦時中は戦争に対しては肯定的な思いがあり、天皇批判もなかった。戦後、がらっと変わってしまった。変わったこと自体を悪いとは言わないが、時の指導者や影響のある文化人、大手マスコミなどが、沖縄戦に対して自虐的な論調をつくり上げた。
 琉球新報は米軍がつくった新聞だ。米軍に対してはそれほど悪い感情はなく、むしろ有難いと思っていた。沖縄は現在、米軍基地に付随する事件事故の問題があるが、人々の根底に敵愾心(てきがいしん)があったり格差があったりして、問題をややこしくしているのではないか。
(敬称略)

 

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2 コメント

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なるほど (安仁屋 正昭)
2020-08-12 20:18:37
>上原 彼ら(沖縄のマスコミ)は完全に「集団自決」(自爆)している。

達観!確かに タイムス・新報の信頼は地に落ちている

> 星 無数の聞き取り調査をしてきたが

公開していない証言を出して貰いたいですね
特に、あの極左で反皇室の安仁屋氏が県史に掲載するなと言ってきたという証言は

県民の沖縄戦の犠牲者
>戦前1944年の国勢調査と疎開者と比較・分析すれば、多く見積もっても5万5千人くらいだ。

これは、援護金の数と非常に近い、ピッタリといっても良いと思います
ということは、7万人から8万人弱が終戦から昭和29年ないし31年までに戦争とは無関係に亡くなったということですね

Unknown (amai yookan)
2020-08-13 11:39:02

  【いつも拭い切れない疑問】

沖縄県戦没者数:平和の礎(=沖縄県の云う数字)
          149,547人
            ↓
上原正稔氏、調査 → 55,000人

*この差は何だ?ハッキリしてほしい・このままだと疑問の黒雲がいつまでも心に留まったママだ=沖縄の現状と同じ?・せめてこの一点でも明確にしてほしいものだ。
https://youtu.be/VHufkmuPU5w?t=2236

https://www.pref.okinawa.jp/site/kodomo/heiwadanjo/heiwa/7623.html

https://hc6.seikyou.ne.jp/home/okisennokioku-bunkan/okinawasendetakan/okinasensenbotusyasu.html






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