木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路

2011年04月28日 | インポート
優れた映画には、優れた音楽が欠かせない。
最近は純粋なミュージカル映画というのは少なくなったように思うが、「シャイン」以降、全編にクラシック音楽を散りばめている映画は散見するようになった。
かつて80年代には「フットルース」だとか「トップ・ガン」だとか「フラッシュダンス」のように、有名アーティストのPOPSを全面に押し出していた映画が多くあった。
POPSとクラシックとジャンルは違うものの、最近のクラシック音楽の多用には共通点が多い気がする。
ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路」もモーツァルトを扱った作品であるから、最初から最後までバロックを中心としたクラシック音楽に包まれている。
女性作曲家・マリー=ジャンヌ・セレロの手になる哀愁を帯びた曲調が耳に残る。
映画中の音楽と、ベルサイユ宮殿を舞台とした華やかな映像で、この映画は既に半分成功したと言ってもよい。
そして、実在したモーツァルトの姉・ナンネルにスポットライトを当てるというアイデアの面白さが、破たんしそうになるストーリーを押しとどめている。
私自身は、ナンネルの恋愛を軸とした青春映画として見ていた部分があるのだが、恋愛映画にしてはなんとなく中途半端。
ナンネル役の主役・マリー・フェレは、監督ルネ・フェレの娘と聞いて納得した。マリーは映画での役と同じ16歳。思春期といってもよい年頃の娘を持つ親が過激なストーリーにはしにくい。
さらに、大事な役どころであるルイ15世の娘役のリザ・フェレも監督の娘。そこまで肉親で固めたか、という気がしないでもない。
身内であるけれど、マリーは揺れ動くティーンエイジャーを等身大で名演。
女性が作曲などするべきではない、という時代の風潮がナンネルから音楽を奪ったという趣旨だけれど、結局、失恋が作曲をやめた原因だったのではないだろうか?
見終わった後、ストーリーはあまり頭に残らず、映像と音楽の美しさが残った。
全然、関係ない話だけれど、フェレというのは、Feretと書くんですね。日本語読みしたらフェレットなんでしょうか?

お勧め度:★★★(★5つが満点)

ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路HP



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