ブッダ の 真理   Buddha Dharma


ブッダ(仏)は、内在する普遍の真理

仏性 Buddha Nature

2015-10-21 | 原始仏教
ゴータマブッダ(Sakyamuni)が菩提樹の下で悟りをひらかれたとき、すべての存在が仏性によって輝いていることに驚いたという。

人は生まれたときにブッダの意識をそなえている。純粋無垢な意識の輝きにみちている。

しかし、成長して自我が発達してくると仏性がおおわれて、欲望、不満、無知におおわれた心(エゴ)になってしまう。

無常な肉体、感覚、感情、思考、快楽行為、地位、名声などに執着し、依存し、自己同化してしまう。

それによって、仏性を忘れ、悪業を積み、輪廻転生を繰り返す。

人は生まれながらに仏性を持っている。

それを覆う心を浄化し、無心となり、ブッダの意識を悟ることが生の目的である。

仏性によって、すべてがありのままに映しだされて無上の智恵(Prajnana, Pannya)が輝く。

エゴ(自我)と仏性

2015-10-02 | Weblog
エゴは欲望・対象がないと存在できません。

常に欲望・対象を追いかけて安定しません。

一つの欲望がみたされても、また次の欲望がわきあがります。

家族、民族、国家、職業などに自己同化します。

金、ブランド品、グルメ、快楽、地位、名声、権力などに執着します。

エゴは常に欲望・対象に依存し、自己同化します。

常に他者と比べて、ねたみ、何かになりたいとあせります。

常に未来と過去を考えてやまず、安定しません。

エゴが主人になると、私がもっとも重要な存在だと主張します。

私は悟った、私こそ世界を救う者だといい、誇大妄想をいだきます。

まるで泥棒が警官になりすましているようなものです。


エゴが清浄に、透明になると仏性があらわれます。

仏性は仏性智(Pannya, Pra-jnana)によって真理の言葉を語ります。

仏性は純粋観照智、慈悲の存在、常にあるがままで完璧です。

仏性を悟ったら、決して他者から洗脳、マインドコントロールされることはありません。

無駄に知識を集め、議論に執着することはありません。


無常 無執着 無我

2015-10-02 | Weblog
すべては無常です。

生まれた者は、必ず老いて死にます。

この世で得られたものは、必ず失われます。

出会った者とは、必ず別れがおとずれます。

美しい体もたくましい体も、いつかは醜く弱くなります。

無常であるものに執着することは、苦しみの原因となります。

苦しみは、過去生の悪行の報いです。

苦しみは、エゴ(無知・執着・貪欲・怒り・嫌悪・傲慢)の報いです。

エゴを滅することで、輪廻の苦しみから解放されます。

エゴを滅することで、仏性が現れます。

探求者は、いかなるものにも執着・依存・所有しません。

修行者は、独り静かにあることを楽しみます。

苦行者は、他を慈しむことを喜びます。

遊行者にとって、大地・空・宇宙が家です。

ヨギにとって、無常な肉体は着物にすぎません。