読書日記

いろいろな本のレビュー

読書という荒野 見城徹 幻冬舎

2018-08-15 10:48:37 | Weblog
 著者は幻冬舎社長で、もと角川書店の取締役編集部長。43歳で幻冬舎を設立し、多くのベストセラーを生んでいる。いわゆる「やり手」である。本書は氏の読書論だが、自分史と言った方がいいだろう。本の表紙に自分の写真をでかでかと出しているのが普通じゃない。それもただのポートレートじゃなくて、本に囲まれて仕事している姿で、こちらを向いているその視線は鋭い。表紙の見開きには「読書の量が人生を決める。本をむさぼり読んで苦しい現実を切り拓け。苦しくなければ読書じゃない!」著者と同世代の人間からすると「すいません。楽な読書ばかりして」と思わず謝りたくなるほどアツイ言葉が並べられている。各章の前にエピグラフがあるのだが、第一章「血肉化した言葉を獲得せよ」、第二章「現実を戦う〈武器〉を手に入れろ」、第三章「極端になれ!ミドルはなにも生みださない」、第四章「編集者という病」、第五章「旅に出て外部に晒され、恋に堕ちて他者を知る」、第六章「血で血を洗う読者という荒野を突き進め」とあり、これだけでも本書のテンションの高さがわかろうというものである。
 このエネルギーは那辺に由来するのか。氏は飲んだくれの父親を持ったことと自己の容貌にたいするコンプレックスをあげている。逆境を乗り越えるための自己修練の一助として「読書」があったということだろう。よって氏にとっては気晴らしの暇つぶしの読書は意味がないということになる。この辺の評価はなかなか難しいが、確かに氏の指摘するような面はあるだろう。氏は言う、「自己検証、自己嫌悪、自己否定の三つがなければ、人間は進歩しない」と。その心で編集者として作家に向き合いベストセラーを作り上げて来たのだ。氏の読書傾向は、大学時代の高橋和巳や吉本隆明は私と同じだが、それ以外それほど重なるものがない。村上龍、石原慎太郎、林真理子、山田詠美、百田尚樹などを編集者の立場で最高の評価を与えているが、残念ながら私には興味がない。これは本が売れるか売れないかという編集者の視点での評価ゆえのことだろう。
 石原慎太郎を口説くときには、彼の作品を空で言えるまで読んだという話には驚いた。大物に書いてもらうためにはそこまでやらないとだめらしい。編集者でそこまでやる人間は珍しいのではないか。いっそ、一般企業の営業部長でもやれば、よかったのかもしれない。でもこういうタイプの人間が大社長になれるかどうかはわからない。なぜなら先述のエピグラフのような世界観は普遍性がなく、下手をすると独りよがりになってしまうからだ。でも氏は自分の会社を作って社長になったのだから、好きなようにやればいいわけで、こちらがとやかくいう筋合いではない。氏のアツイ生き方がにじみ出た本書は自分史としてはよくできていると思う。
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