読書日記

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悪について エーリッヒ・フロム ちくま学芸文庫

2018-03-02 08:52:05 | Weblog
 人間に巣食う悪の正体とは何か。古来議論のある問題をフロム流の手法で分析している。人間の心は善か悪かという問題については、夙に中国古代の思想家・孟子が性善説を、荀子が性悪説を唱えている。孟子は人間の心の善なるものはアプリ・オリに存在しており、そういう人間だけが学問をする資格があるという考え方である。一方荀子は人間の本性は悪であるがゆえに、これを克服するために学問をするのだと説いた。いずれも学問を実践するための方法論の一環だったと言える。近代になって人間の心は善と悪が共存しており、そのどちらが強く出るかによって、善人か悪人かがきまるという考え方が一般的になってきた。例えば「ジキル博士とハイド氏」のように。キリスト教は、人間の罪をイエスが一身に背負って死んだということで、イエスに対する贖罪としての信仰を旨とするが、人間の心の善と悪についてはそれほど議論されていない。
 フロムは二つのキーワードをもとに議論を展開する。一つは、ネクロフイリア(死を愛すること)で、もう一つはバイオフイリア(生を愛すること)である。この二つのうちネクロフイリアは死と親和性を持つことで人命の軽視につながり、人を殺しても何の痛痒も感じなくなっていく。ヒトラーやスターリンはこの典型で、あれだけの大量殺戮を犯してしまったのだとフロムは言う。これに対してバイオフイリアは人の命を愛するがゆえに悪を抑える役割を果たす。フロムは実際ユダヤ人としてヒトラーの迫害を受けたためにアメリカに亡命した。この経験からヒトラーの心に巣食う悪の本質を暴こうとした。『破壊(人間性の解剖)上・下』(紀伊国屋書店)がそれである。またこの独裁者に操られるようにひれ伏したドイツ国民のメンタリティーを分析した『自由からの逃走』(東京創元社)がある。自由の重荷に耐えられなくなった民衆が、自律の苦しさよりは服従の安逸に流れていくことを述べたものだ。これを支えたのが下層中産階級だという。今のアメリカの大統領を見ていると、下層中産階級というのは民主主義の死命を制する存在であることが実感できる。ナチス・ドイツを研究することは民主主義を考えるうえでも意味がある。
 フロムは言う、悪とはヒューマニズムの重荷から逃れようとする悲劇的な試みの中で、自分を失うことである。そして悪の潜在力がますます増大するのは、人間には想像力が与えられているために、悪のあらゆる可能性が想像でき、それに基づく欲望と行動を起こし、悪の想像をかきたてるからだと。
 自分を見失って、悪の想像力をかきたてるとき、人間は破滅の第一歩を歩み出す。フロムはナルシシズムもネクロフイリアを誘引すると言っている。それはヒトラーの演説を見ればそれを実感できる。
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