読書日記

いろいろな本のレビュー

バテレンの世紀 渡辺京二 新潮社

2018-02-08 13:43:13 | Weblog
 バテレンとはパードレ、パーデレともいう。キリスト教が日本に伝来したとき、宣教に従事した司祭の称号のこと。1543年、三人のポルトガル人が中国船に乗って種子島に漂着して以降1639年の鎖国令の完成までの100年間のキリスト教と日本人とのかかわりを広汎な資料をもとに概観したものである。信長・秀吉・家康のイエズス会宣教師との関わり方や宣教師たちの人物像、そしてキリスト教大名や庶民の姿が生き生きと描かれている。この時代のキリスト教と言えばイエズス会のフランシスコ・ザビエルが有名だが、彼はイエズス会の創立者イグナチオ・ロヨラ(ザビエルより15歳年上)とパリ大学で知り合い、ザビエル以下六名の同志とともに、モンマルトルの丘の上の教会で、伝道に生涯を捧げる誓願を立てた。この誓願が実ってローマ教皇より新修道会としてイエズス会が認可されたのは1540年のことだった。ザビエルが日本の鹿児島に着いたのは、1549年である。
 著者によると、イエズス会は従来の修道会と著しく異なっていたという。終日修道院に籠って祈りに明け暮れることを好まず、合唱祈祷や苦行に日課のほとんどを費やすことを避け、瞑想や研学、さらに伝道活動を重視する戦闘的修道会というべきものだった。そしてイエズス会会憲は「諸所へめぐり、神に対する優れた奉仕と霊魂救済の存する世界のどこにも居住することをわれらの転職とす」と謳っていた。ヨーロッパ人の視野に新たに登場しつつある諸民族をすべてキリスト教化することが、目標なのである。イエズス会はこのような世界の全面的キリスト教化のための実働部隊として組織された。この組織の作り方は軍隊に酷似しているのであるが、それはロヨラがスペイン帝国の軍人だったからだ。そしてロヨラは「霊操」という霊魂の鍛練法を入会者に課して、イエズス会の理念をたたき込んでぶれない精神構造を作ろうとした。これを著者は、のちのマルクス主義前衛政党を彷彿とさせるやり方だと指摘しているが、なかなか興味深い。
 実際、伝道のために命をかけて極東の小国にやってきた彼らの勇気のよって来る所以のものは、まさにこのような不屈の戦闘部隊ならではのことだろう。
 著者は最後に、イエズス会の理念はキリスト者であることが人間たる第一条件で、邪神を信じる諸民族をキリスト者たらしめるのは彼らを眞の人間にすることであって、それこそ喫緊かつ最高の人類史的課題だったと言っている。布教のために神社・仏閣を打ち壊した彼らのやり方はその辺の精神に由来するのであろう。神仏混淆、本地垂迹大好きの日本人はその強烈な原理主義を本当に理解できたかどうか疑問である。イエズス会の危うさは共産主義政党の全世界共産主義化を構想する危うさに通じるものがあるという指摘は本書を読んで一番印象深かった。
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