読書日記

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民主主義の死に方 スティブン・レビツキー ダニエル・ジブラット 新潮社

2019-01-05 08:31:11 | Weblog
 民主主義の大国から独裁者が生まれた。選挙によって。かつて民主主義は革命やクーデターによって死んだが、今は選挙によってその死は始まるという逆説的な内容である。かつてハンナ・アーレントはアメリカの独立革命とフランス革命を比較して、アメリカの方は「自由の創設」という意味で、貧困問題を主眼とするフランスより革命として成功したと言った。ここに言う自由とは、公的な空間に現れ、かけがえのない個人として尊重される中で討論し、政治的に活動できる、という意味だ。アメリカは建国の基である憲法の権威を神や教会などの外部の絶対者に頼ることをせず、古代ローマに倣ったという。建国の行為そのものが権威を含んでおり、それに深い敬意抱き続けることでそれが持続されるのだ。(ハンナ・アーレント『革命について』)
 ところが、トランプ大統領の出現によって、アメリカの「自由の創設」の理念と逆行する様相を呈することになった。アーレントが批判したフランス革命の貧困問題の解消という側面に人々が吸い寄せられ、それが自国中心主義に傾き、ひいては国内の分断をもたらす結果となったのである。
 民主主義的な手続きで選ばれた指導者がその絶大なる権力をわがまま放題に行使すれば、単なる独裁者と変わることはない。著者曰く、「民主主義には明文化されたルール(憲法)があるし、審判(裁判所)もいる。しかし、それらが最もうまく機能し、最も長く生き残るのは、明文化された憲法が独自の不文律によって支えられた国だ。このようなルールや規範は民主主義の柔らかいガードレールとして役に立ち、政治の世界の日々の競争が無秩序な対立になり果てることを防いでくれる。規範とは、単なる個人的な習性ではない。それは単に政治指導者の善良な性格に起因するものではなく、特定の共同体や社会の中で常識と見なされている共通の行動規則である。それらのルールはメンバーによって受け容れられ、尊重され、順守されている。(中略)規範が強い社会に住む人々は、違反行為に対して様々な不満の態度を示す。---首を横に振る、嘲笑、世論の批判、追放。そして規範に違反した政治家はその代償を払うことになる。上院や選挙人団の運営から大統領記者会見の形式まで、アメリカ政治の至るところに不文律が存在する。しかしなかでもふたつの規範が、民主主義を機能させるための必要不可欠なものとして君臨しているーーー相互的寛容と組織的自制心だ」と。重要な指摘である。確かに目に見えない寛容と自制心これを抜きにしては制度は成り立たない。ルールに書いてないから何をやっても良いというのがトランプの流儀だが、これは国を危うくする。今アメリカの民主主義の真価が問われている。トランプもどきの指導者は世界中にいくらもいるわけがから、これはアメリカのみならず、世界の「民主主義国家」に共通の問題としてそれぞれの国民は危機意識を持つ必要がある。民主主義だからといって安心してはいけない。熟読すべき好著である。
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