読書日記

いろいろな本のレビュー

これからの「正義」の話をしよう マイケル・サンデル 早川書房

2010-07-17 16:24:23 | Weblog
 本書はNHK教育テレビで放映された「ハーバード白熱教室」の原稿をまとめたもの。この講義はハーバード大学史上空前の履修者数を記録し続ける名講義だと腰巻にある。講座名は「JUSTICE(正義)」だ。つまり「正しい行ない」とは何かということを哲学的に解明していくものだ。確かにテレビで見ると学生に問いかけその意見をまとめて行く手腕は並みではない。取り上げる内容も具体的で、一人を殺せば五人が助かる状況があったとしたら、あなたはその一人を殺すべきか?金持ちに高い税金を課し、貧しい人びとに再分配するのは公正なことだろうか?前の世代が犯した過ちについて、私たちに償いの義務があるのだろうか?など現代的に重要なテーマが並ぶ。これらをアリストテレス、ロック、カント、ベンサム、ミル、ロールズ、ノージックたちの考えを吟味することで、解決の糸口を探ろうとするものである。難解な哲学的課題というものをわかりやすい例から説き起こす手際は誠に素晴らしい。私自身は三番目のテーマに一番関心があったが、サンデル氏は次のように述べている。
「誇りと恥の倫理と、集団の責任の倫理との密接な関係からすると、政治的保守派が個人主義を論拠として集団謝罪を拒否するのは理解しがたい。我われが個人として、自らの選択と行動にしか責任がないと言い張れば、自国の歴史と伝統に誇りを持ちにくくなる。独立宣言、合衆国憲法、リンカーンのゲティスバーグ演説、アーリントン国立墓地に祀られている戦没者の英霊などは、どこの誰でも称賛しうる。だが、愛国心からの誇りを持つためには、時代を超えたコミュニティへの帰属が必要だ。帰属には責任が伴う。もしも、自国の物語を現在まで引き継ぎ、それに伴う道徳的重荷を取り除く責任を認める気がないならば、国とその過去に本当に誇りを持つことはできない」と。
 氏の見解は誠に明快で、日本でもよく話題になる、祖父の代が犯した戦争責任を孫の代が償う必要がないというような保守派の言説に一撃を加えるものとして大いに評価したい。昔、奈良県選出の自民党の某女性議員がテレビで、「私には先の大戦の責任を負う義務も責任もありません。だって戦争を起こしたのは先の代の人なんですもの。そんなもの知らないわ」と笑いながら喋っていたのを思い出す。このような手合いがのさばった自民党が凋落したのは当然の成り行きと思う。人間、道徳的責任を果たせないようでは国も成り立たないのである。自由至上主義(リバタリアニズム)が吹き荒れて荒廃した共同体(国家)を回復する方策は共和主義(共同体的自己決定主義)であるというサンデル氏の立場が明確に表明された部分と言えるだろう。

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