読書日記

いろいろな本のレビュー

「孟子」の革命思想と日本 松本健一 昌平黌出版会

2015-07-27 10:31:37 | Weblog
本書は松本氏の遺作で、何故天皇家には姓が無いのかを孟子との関わりで述べたもの。この問題に関しては、日本史では、天皇は「八色の姓」を臣下に与える立場であるから、自分には姓が無いのであるという解説を読んだことがある。なるほどそういうものかという感じであったが、本書は孟子の革命思想に焦点を当てて論じている。
 ところで孟子の革命思想とは何か。それは中国伝統の「易姓革命」を肯定したものである。「易姓革命」の「革命」という言葉は、『易経』の「革」の繋辞にいう、「湯武の革命は、天に順い、人に応ず」から出ている。天命が移転したときには、これまでの王朝とは別の王朝が統治者としての位置を占めるようになるという思想から発するものだ。時の帝王の徳が衰え、人心が離反した場合には、天帝は別の有徳者に天命を与えて、新しい王朝を開かせるのだという天命思想がその基底にある。その革命思想是認説は、斉の宣王の問いに答えた孟子の言葉のなかに示されている。(『孟子』梁恵王下)
 斉の宣王が問うた「昔、殷の湯王は夏の桀王を追放し、周の武王は殷の紂王を討ったということだが、ほんとうにあったことだろうか」と。孟子答えて、「言い伝えでは、そういうことになっております」 斉王、「湯王も武王も、その時は臣下であったはず、臣下でありながら、主君を弑してよいものかどうか」と。孟子、「仁をそこなう者は、これを賊といい、義をそこなう者は、これを残と申します。残賊の人は、もはや天命を奉ずる帝王ではなく、一夫、すなわち、ひとりの平民というべきであります。武王が、一夫である紂を誅したことは、私も聞いておりますが、主君を弑したということは聞いておりませぬ」と。訳は『孟子』(鈴木修次 集英社 1974年)による。
 天子を討つのは大逆の罪になるが、人徳のない暴虐な天子はその限りにあらずということである。この革命思想は万世一系を旨とするの我が皇室においては危険思想と見なされたわけである。
従って革命の無い天皇制国家の維持のためには、「易姓革命」を無化する必要があった。そのために、天皇家は姓を作らなかったというのが本書の中身だ。天皇制国家はそこまでして守らなければならないものだったのか。本書は我が国の『孟子』の受容の歴史が書かれていて大いに参考になる。
 この伝でいくと「明治維新」を「革命」と呼ばなかった意味がよくわかる。「維新」の出典は『詩経』の「周は旧邦なりといえども、その命、維れ新たなり」。つまり、周という国はもう六百年も七百年も続く非常に古い国であるけれども、何故「易姓革命」によって倒れなかったかというと、常にその命を新たにしていく。つまり、支配者が常に国の法制度やシステムを変えて、みずから改革していくという形で命を新たにし続けてきたからだという内容のうたである。
 従って江戸幕府は仮の権力者で、天子はその陰でひっそりと生き続けてきたが、倒幕によって本来の権力行使の立場に戻っただけだということを強調するために、敢えて「革命」という言葉を避けたのである。この「維新」の出典からすると、「日本維新の会」という政治団体は、天皇制を奉じていかねばならないことになるのだが、そこまで考えていないことは明白だ。
 
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