ガラスと灰色の鉄骨トラスだけで組み立てられた殺風景な渡り廊下は、道路を挟んで両側に建てられた二つのビルを上階で結ぶ連絡通路、そんな通路の真ん中あたりの一本の柱にはめ込まれていた幅の狭い縦長のミラー。通りかかったわたし、ほんの一瞬、その鏡に映った自分に気がついたのでした。
気がついた時には、顔のあたりは既に通り過ぎかけていて、だから表情が見えたのはほんの一瞬のこと。ただ、後ろにきっちりと束ねた髪にあしらった小さな紺色のベルベットのリボン、そして紺色のブレザーとチャコールグレーのタイトスカート、それらのほんのわずかな一部分だけが目に入っただけでした。
でも、わたしはそんな自分の姿に満足しました。青白い横顔ながら、その顔には穏やかなほほ笑みが浮かんでいたような気がしたからでした。そのまま渡り廊下を通り過ぎた、その時、思わず立ち止まってしまったのです。
あれは、あの鏡に映っていたのはわたし、でもあのわたしは今のわたしじゃない、はるか昔、まだ学生だったころのわたし。そのことにふと気がついたからでした。ええ、覚えてます、たしかに覚えがあります。そうだったのだ、今やっと分かったのです。
女子大生の頃にも、この同じ渡り廊下を通ったのです。そして、ふと鏡を見たのです。そこには母の姿が、それもほんの一瞬ながら見えたような気がしたのです。どうってこともないダークベージュのワンピースにオフホワイトのショートジャケットを重ねた、そんな母の姿はとても魅力的に見えた、だから覚えていたのです。鏡の中の母はかすかに微笑んでいたように記憶しています。でも、表情まで見えたのかどうか、そこまでは自信がなかったけれど。
そうだったのです。あの時、鏡の中に見た女性、それは母ではなかったのです。あれはわたし、そう、わたし自身。二十数年後のわたし、どうってこともないダークベージュのワンピースにオフホワイトのショートジャケットを重ねた姿の今のわたし。大人になり、なにもかもを知り、夫に愛され、年なりに艶やかに生きている今のわたし、あれは、あの頃、二十年も経たらどんな女性になっているのだろうかと空想していた、その今のわたしだったのです。
こんにちは、あの頃のわたし、あなた、とてもチャーミングだったわね…。
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