hasyan の 旅の散歩道

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鳥取市・竜峰山広徳寺  2011.05.25

2011年05月28日 13時09分47秒 | 神社・寺院


  所在地  竜峰山広徳寺    鳥取市立川町1丁目1

 広徳寺には、鎌倉十七という力士の墓があると案内板に記載され、臨済宗妙心寺派の古刹で、鳥取藩主・池田家分家の菩提寺のようです。

 寺の中をちょっと拝見させてもらいますと、庭の植木を選定している最中でしたが入らしてもらいました。

 広徳寺の境内には鎌倉十七という力士の墓があるようですので、案内してもらいました。

 お寺に入り、左側の扉を開けて入ると、立派な力士の墓で、日本最古(もちろん世界最古です)のものです。鎌倉十七は17歳の時に、鎌倉の勧進相撲で優勝し、日の下開山(横綱)になりました。その後、藩主池田光仲に仕えました。60歳の時に、当時無敵を誇った、横綱・明石志賀助を倒しました。鎌倉十七は元禄11年(1698年)に亡くなっています。
鳥取県出身の横綱琴櫻もしばしばこの鎌倉十七の墓に参っていたようで、また 現在の第2次菅内閣の片山善博総務大臣も鳥取県知事時代に来られたようです。

 ここは、鳥取藩の藩主池田家の国替えの時に備前国岡山より移ってきた臨済宗竜峰山広徳寺には、山池田家・下池田家・池田太司馬家の菩提所があると説明され、右側へ庭を横切って 急な石段を登り切った所にあるようです。

 池田輝政の父・恒興と兄・元助が戦死して、その菩提を弔うため広徳山竜峰寺を建立しました。のちに輝政は姫路城主に竜峰山広徳寺と改めさせ 寛永9年 池田光仲が鳥取へ国替えになり、因幡東照宮の創建の前年に寺が現在地に移されました。この寺に山池田の池田之政が祀られ 更に 下池田の池田知利も祀られ 山池田家・下池田家の菩提寺になりました。

 池田 知利は、寛永7年(1630年)父利政の知行地の伯耆国汗入郡逢坂に生まれ、嘉永16年(1639年)父利政の死去後。寛永19年(1642年)鳥取藩主池田光仲に招かれて家臣となりました。家は通称下池と呼ばれ、代々鳥取藩着座(家老)の家となリました。
   池田 之政は、元和3年(1617年)8月30日伯耆国米子城に池田家家老池田由之の四男として生まれる。正保元年(1644年)池田恒元の斡旋で鳥取藩主池田光仲に仕えることになりました。

 池田家のお墓は、奥まったところにあるので案内してもらわないと判らないです。鳥取藩主池田家墓所が、鳥取県 鳥取市 国府町奥谷にあるようで機会がありましたら行きたいです。
次回をお楽しみに  では またね

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