hasyan の 旅の散歩道

元気な間に余暇を通じてドライブなどで得た、行き先々の身近な風景・
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旧小河家別邸  2013.02.03

2013年02月06日 08時51分47秒 | 歴史・遺跡・伝説


  所在地  旧小河家別邸   兵庫県三木市本町3丁目6―24

 「あかし道」から少し外れて、「交わし道」へ「交わし道」とは江戸時代に参勤交代の大名が通る本街道の混雑を避けるために造られた道です。道筋には金物卸問屋や鍛冶屋職が軒を並べ、大工道具を製造する多くの人が生活していました。

 その一画に、旧小河家別邸があります。明治時代後期に、小河秀太郎氏が別邸として建築したもので、敷地は南北に細長く、弓形に曲がる北面道路と南側の露地に面して広大な屋敷が広がっています。 

 屋敷は、北面中央に「表門」を構え、表門から西側に「番人小屋」を配置し、北西隅から西面境界に沿って南北に、「納戸」及び「女中部屋」等の付属的な建物を構え、敷地の南半に主屋群を建てています。

 地域の政治家、実業家として活躍した小河秀太郎が、明治の末期に別荘として造営したものです。庭は、池泉回遊式 建物は、和風建築として高く評価されています。正門入口を入り左には「番人部屋」物置・倉庫「女中部屋」と続きます。

 庭園は、緩やかな斜面を利用して主屋及び離れ座敷を中心に、前庭・主庭・中庭・裏庭・側庭の5つからなっています。主庭は、池泉回遊式で池を中心に回ることができ、移り変わる景観を楽しむことができる構成となっています。

 それぞれの庭が建造物と一体となって優れた伝統的庭園を構成しており、近代庭園の高い技術を兼ね備えています。

 主屋には、昭和4年(1929年)に来訪された朝香宮鳩彦王(あさかのみややすひこおう)の宿泊所となった、上段の間や貴人用浴室、便所などを設ける等、明治時代の國包(現在、加古川市)建具工や大工の水準の高さを示す造作となっています。

 これが貴人用浴室で隣に脱衣室、その隣に便所などを設けるなどしています。

 旧小河家別邸は、明治から大正にかけて初代郡会議員、三木町長などを歴任し、また三木銀行の設立に貢献して、地域の政治家、実業家として活躍した小河秀太郎が明治の末期に別荘として造営したものです。2,204.95㎡の広大な敷地に、庭と建物が上手く調和し、庭は高い技術と意匠を備えた池泉回遊式庭園として、また建物は当時の技術や材料の粋を集めた近代和風建築として、何れも高く評価されています。見ごたえありますね。

 庭の風景を見ながら一休み、近代播磨地方の実業家・政治家の住宅庭園として、小河氏庭園が持つ造園史上の意義は深く、同時代に属する類型の中でも、特に意匠又は構造面の特徴となる造形をよく遺していると考えられます。素晴らしいです。

 ちょっと台所を覗いてきました。一段低いところにあり「かまど」があり、見覚えのあるような台所用品が

 台所に井戸があり釣る瓶も このころは水道がなかったのかな?

 現在、毎週日曜日に一般公開をしています。是非、この機会に当別邸にお越しいただき、建物と庭の魅力を存分に楽しんでください。これからの季節は草木が芽生え草花が咲き綺麗でしょう。
 次回をお楽しみに では またね