旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

米朝首脳会談の実現を評価し、今後の世界平和の進展に期待する

2018-06-14 14:27:44 | 政治経済


 実現が不安視されていた会談が行われ、両首脳の直接の口から、北朝鮮の安全の保障と完全非核化が約束されたことを高く評価する。まさに歴史的快挙と言っていいだろう。
 ところが、これを謳った共同声明に疑問をはさむ声がある。アメリカ政界を中心としたもので、「北朝鮮の完全非核化」の文言に「完全かつ検証可能で不可逆的な」と言う言葉、いわゆる「CVID]が謳われていないので約束が守られるかどうか不安だというのだ。アメリカの尻馬に乗る日本の政界やマスコミ、またそれに同調する評論家等に共通する。
 しかし、これは片手落ちの指摘ではないか? トランプによる「北朝鮮の安全の保障」にも、このCVIDは加えられていない。どのように安全を保障するのか具体策は何も書かれていない。トランプは信頼できるが、金正恩は疑わしいというのだろうか? 
 私は、北朝鮮という国はとんでもない国とは思っている。それは、人の国の人間を拉致したり、世襲的に独裁制を敷いたり、およそ近代国家の体裁を整えていないからだ。とはいえ、主権を持った一国であり、その国の将来はその国の国民が決めていくしかないと思っている。その主権国の大統領が、世界の前で自ら発言したことには重みがある。彼は声明文で、北朝鮮の非核化を、「確固として揺るぎのない約束」として再確認した。むしろトランプは、北朝鮮の平和保証の約束に、「確固としたゆるぎない約束」とまで言っていない。
 このような言葉や、CVIDなどの言葉が入れば、それだけで信用に足るとでもいうのだろうか? 言葉ではないだろう。これからの実践が問題である。そしてそれは、まさにこれから始まるのであり、段階的、持続的であらねばならず、国家間の約束である以上、双務的、ギブアンドテイクの関係でなければならない。非核化にしても、国家体制の安全保障にしても、瞬時に実現するようなものではないからだ。

 私は、前にも書いたが、この会談が金委員長の「誰も攻めてこないことが保証されるのならば核兵器などいらない」という、極めて高い平和理念(金委員長がそれに気づいているかどうかは知らないが)にもとづいていることを評価しているのだ。この理念は世界平和に通じるものを持っているからだ。核開発を通じて、これがいかに国民生活を犠牲にするものかを身にしみて感じた金委員長は、北朝鮮の平和さえ保証されれば、必ず核放棄に向かうのではないか?

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子供はだれのものか … 結愛(ゆあ)ちゃん虐待死事件に思う

2018-06-11 15:18:42 | 時局雑感


 船戸結愛ちゃん(5歳)が、電気もつかない部屋に軟禁され、食事も一日一食しか与えられず衰弱死させられた事件が問題になっている。当の父親は、「しつけのため」と言っているようだが、想像を絶する虐待致死事件である。
 今の社会では、子供は家庭が育てることになっている。子供は、生きることつまり衣食住をすべて親に依存している。困ったときはすべて親に頼り、内外の恐怖から逃れるためにはすべて親にすがる。その親が、生きるに必要な食事も与えず、朝四時起床による体操やひらがな書きなどの課題だけは強制していた。彼女は毎朝、目覚ましをかけて起き、暗い中で課題をこなしていたという。そして、衰弱が進んでも医者にも診せなかったのだ。
 動物でもこうはしない。多くの記録映画が示すように、動物の親たちは、命がけでエサを集めて子度に与える。外敵が襲えば体を張って子供を守る。人間だけが(もちろん一部の人間だけであるが)、このような虐待をするのではないか? 人間社会特有の格差や貧困から自分自身を守るために。また、生半可な自我に目覚めて、その自我を守る、つまり自分のわがままを満たすために。

 結愛ちゃんは、どんなに不安であったかと思うと胸が詰まる。最後に頼るべき親に何を感じていたのであろうか? 「もう おねがい ゆるして …」と書き残されたメモは、誰に向けられていたのであろうか? 5歳の彼女は、ついに、人の愛を知らずに死んでいったのではないか?
 子供は社会のものだ、と言われる。しかし、子供を育てる能力のない親の手から、その子供を社会の手に委ねる仕組みを今の日本は持っていない。私を含め日本人の意識自体が、そのような水準に達していない。私たちは、準備不足のまま未知の社会に足を踏み入れているのではないか?

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悪の相似点 … 日大アメフト部事件の大学側対応と、モリ・カケ問題等に対する安倍自公政権と官僚の対応

2018-05-30 14:23:15 | スポーツ


 突如発生した日本大学アメフト部の悪質タックル問題が、学校スポーツ部の在り方から学校側、特に日本大学のようなマンモス大学の在り方までが問われる大問題を呼び起こし、世を騒がせている。中身を知るにつけ、論じるにも足りない唾棄すべき問題だと思うが、折しも政局を動かしている「森友・加計問題」や「議事録・資料改ざん問題」に対する政府や官僚の対応が、あまりの似ているので、悪の相似点として一言触れておく。
 まず第一に、このような事件が発覚し記者会見する責任者たちは、必ず「私は言っていない」、「現場と解釈に乖離があった」と逃げる。そして、言った言わないの話になると、最後は必ず「記憶がない」と逃げる。今回の井上コーチも、最初は「つぶしてこい、なんて言わなかった」と言っていたが、状況が怪しくなると、「言ったかどうか記憶にない」に切り替えた。
 日本で一番頭がいいとされる東大卒財務官僚も、「記憶にない」を連発し、都合のいいことだけは後に「思い出す」のである
第二に、全て「上の人間の思いを忖度」しながら動いている世界である。13人もいるコーチ陣もその周辺も、人事権まで握る日大ナンバー2には何も言えず、その思いを図りながら行動する。その内田監督は「言わなくても分かるだろう」ってなものだ。今回はいろいろと言動がばれて、忖度もばれてしまったが。
 加計問題では、安倍首相の親友の意向を実現するために、首相案件として全関係者が処理していく。森友問題は首相夫人が名誉校長まで務めた学校の案件だから、全てそのあたりを忖度して処理していく…。

 安倍首相や夫人は、「私は何も言ってません」とシラを切る。言ってないのかもしれない。しかし、全てがその思いを忖度して動いたからこそ、他を排除した新設認可や、8億円も値引きした土地購入などが実現したのではないか?
 日本にとって今一番必要なのは、「重い罰を伴う忖度罪」ではないか? 忖度して動く人間もさることながら、忖度させるような人間もその社会から永久追放の必要がある。

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遥人三歳の誕生祝

2018-05-24 14:52:56 | 時局雑感


 5月は万物成長の季節。その成長を示す象徴のような孫の遥人が、早くも三歳を迎えた。むっちりと硬太りで、たくましく育ってきた。言葉もほぼ正確に話すようになり、自分の意思もハッきりと示すようになってきた。
 しかしやはり子供……、男のくせに料理遊びが大好きで、お皿になにか盛って食べる真似などして遊ぶ。誕生祝を何にしようか迷ったが、それらのしぐさをいつも見ているので「料理セット」をプレゼントすると喜んでくれた。せっせと組み立てひとしきり遊んでいた。デパートの売り場の人の話でも、料理遊びを好む男の子は多いという。もう半年もすれば、他の遊びに移っていくのであろうが…。
 とにかく元気に育ってほしい。ただ、それだけを願う。

  
   料理セットをいそいそと組み立てる遥人

  
     
  三歳の王冠をかぶり、三本のローソクを見事に吹き消した

   
      みんないい笑顔です

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好評だったライブハウスオペラ『ドン・パスクアーレ』(ミャゴラトーリ制作)

2018-05-18 17:07:30 | 文化(音楽、絵画、映画)

 

 オペラ普及団体ミャゴラトーリの企画制作になる「ライブハウスオペラ『ドン・パスクアーレ』」が、今月上旬、四日間(556910日)にわたって吉祥寺の「スターパインズカフェ」で公演された。
 ライブハウスでの本格的オペラ公演は、わが国では初めてではないかと思われるが、わずか100人の観客を前に、客席通路まで舞台とした公演は、新たな迫力を生み好評であった。
 このオペラは、一般的には「老人をたぶらかして財産をかすめ取る、老人いじめ物語」とされてきたが、「騙されたとはいえ、年寄りも恋もできるし、新しい生き方を求めることもできるのだ!」という新たな解釈(いや、これこそ最晩年のドニゼッティの真の思いではなかったか?)に基づく演出は、スマホなどの現代的な小道具などを含め観衆に寄り添った。そしてそれは、「スマホを捨てて街に出よう!」という最後の大合唱に繋がった。

 私の友人の一人は、「世のなか暗いニュースばかりで、私自身も夫を亡くし暗い生活を送っていたが、全てが消えて、パッと明るくなった感じ!」と評してくれた。また義妹がお連れしてくれたスイスの音楽家(オペラの指揮もやっている)は、「ミャゴラトーリの企画に感心した。何よりも出演歌手たちの質の高い力量に驚いた」と絶賛してくれた。
 ライブハウスオペラ、というジャンルがあるのかどうか私は知らない。しかし、何か新しい動きが、吉祥寺で産声を上げたのではないか? 車中も歩行中もスマホを手放せない世界、金銭や物欲に追われるせせこましい世界を捨てて、薫風かおる5月の街に出ようではないか!

 
   出演者とともに

      
      絶賛してくれたスイスの音楽家(右)と義妹
       

 

  

 

 

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米朝首脳会談は実現するか?

2018-05-09 15:57:59 | 政治経済


 金正恩朝鮮労働党委員長の「核放棄の用意がある」という提案に続き、世界を驚かせた南北朝鮮首脳の首脳会談が行われ、その後の成り行きが注目されている。何とかこれを機に、「平和に向かう」世界情勢が作り出されることを願ってやまんない。
 それにしても、金委員長と北朝鮮を疑うあまり、逆の方向を生み出す懸念が多く、心を痛めている。特に、「俺は一歩も引かない。お前の方から折れてこい」というアメリカの大国主義は困ったものだ。物事は相互的、段階的にしか進まない。それを、「北の完全核放棄を見るまで、一切の制裁措置を解かない」と言うのは、そもそも相手国を主権国とみなさない大国主義的態度だ。
 加えて、ここにきて「イラン核合意からの離脱」を宣言するなど、せっかく出来上がりつつあるお膳立てをぶち壊すものだ。私は予てからいうように(3月9日及び14日の投稿)、金委員長は本気であると思っている。いろんな見方があるのであろうが文韓国大統領との会談で、トランプ大統領に向けて語ったと思われる次の言葉は、彼の本意ととらざるを得ない。

 「対話してみれば、私が南側(韓国)や太平洋に向けて核を発射したり、米国を狙ったりするような人間でないとわかるだろう」
 (朝鮮戦争の終戦と不可侵を約束するなら)「核をもって苦しい生き方をする理由はない」  (以上、4月30日付毎日新聞)

 加えて、5月3日に訪朝した中国外相に、「朝鮮半島の非核化は北朝鮮の断固とした立場だ」と表明している。一国の代表者のこれだけの明言を無にしてはいけないだろう。特に、核をもって苦しい生き方をする理由はない、という発言には真実味があふれている。

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83歳の誕生祝に来てくれた3歳の孫、遥人

2018-05-03 17:04:33 | 時局雑感


 83歳の誕生日なんて何の感慨もない、などと書いていたところ、4月30日、ひょっこり孫の遥人が現れた。何事かと思ったら、私に誕生祝のケーキを届けに来たというのだ。ちゃんと8本のローソク付きのケーキで、この老いぼれを祝ってくれた。

   

 
 8本のローソク束を取り出して興味津々
  
   1本づつ丁寧に立ててくれた。
    
    ローソクに火をともし、遥人と二人で吹き消した
  
  
   「おじいちゃんおめでとう」と、ピース、ピース をしてくれた


 遥人君ありがとう。そういえば今月はお前の誕生日だなあ(5月13日)。早くも三歳になるのか……。この感慨は、83歳にはるかに勝るものがある!

    

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山梨の春を訪ねて … デ・リーフデ会バスツアー

2018-04-28 10:42:55 | 


 いろいろあって投稿が遅れたが、4月11日、日蘭協会デ・リーフデ会主催の「山梨の春を訪ねて」というバスツアーに参加した。このツアーには副題がついていて、それは「桃源郷を訪ねて」というものであった。コースは、甲州市塩山の「慈雲寺」…武田家菩提寺の「恵林寺」…ワイナリー「ドメーヌQ](ワインとステーキでランチ)…「リニアー見学センター」というもの。
 ところが、今年は桜のシーズンが早まり、お目当ての慈雲寺の桜は「一枚の花弁も残ってない」という情報が入り、急遽、同じく塩山にある「甘草屋敷の雛飾り」見学に切り替えた。桃源郷と言っても桃の花だけでなく、桜も重要な要素になっていたのだ。やはり日本は桜なのだ。その桜は見ることはできなかったが、このバスツアーは結構楽しい旅であった。
 特に恵林寺は、さすがに武田信玄の力を味あうに十分なものがあった。1330年に夢窓国師によって開かれ、武田信玄が菩提寺と定めた臨済宗妙心寺派の古刹であるが、そこには信玄一族の墓だけではなく、柳沢吉保など信玄を慕う名だたる武将たちの墓などもあり、「人は石垣人は城」と言う信玄の人生哲学を垣間見る思いがした。
 以下写真だけを掲げておく。

 
   
       

 旧高野家「甘草屋敷」の雛飾り。つるし雛の中には10万円相当のものもあるという。

 
      

 織田信長は武田を滅ぼし恵林寺に押し寄せ、言うことを聞かぬ快川(かいせん)和尚など約百人の僧侶を山門に押し込め火を放つ。その時快川和尚が詠んだ「安禅不必須山水(あんぜんかならずしもさんすいをもちいず)滅却心頭火自涼(しんとうめっきゃくすればひもおのずからすずし)」という言葉が山門に書かれてあった。

  
 昼食をとった「ドメーヌQ]。日本一小さいワイナリーと言うのが売り込みだが、ワインもステーキもおいしかったなあ。特にマスカットの白がおいしく、1本2700円を購入して帰った。

    
    リニアー見学センター

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83歳の誕生日を迎えて

2018-04-23 16:08:43 | 時局雑感


 今日、83歳の誕生日を迎えた。率直に「その感情」を記しておこう。
 80歳に近づくにつれて、「長く生きていればいいことがある、というのはウソではないか?」と何度も書いてきたが、毎年その思いを強くしている。いまや疑問符をつける余地はなく、長生きして決していいことはない、と確信している。
 と言って、自ら命を絶つ勇気など持ち合わせず、何とかとりつくろって生きていくしかないのである。今日も、何人かの人から「おめでとうございます」と言うメールを頂いたが、「ありがとうございます。何とか騙しダマシ生きています」と返事した。自分では「おめでたい」とは全く思ってないので、「ありがとうございます」というのは、正確には嘘であるが、後半の「騙しダマシ」は真実なのであろう。
 友人などから久しぶりにr連絡があると、その大半は誰かの死亡通知だ。いい話などない。いわんや夢や希望に満ちた話などない。一昨年は5歳下の弟の死を迎えた。女房も、兄や兄嫁を次々と失い、また60年来の友人のがん告知を受けてすっかりふさぎ込んでいる。
 思考力も行動力も落ちた上に、暗いニュースばかりが押し寄せいぇくるのである。「すべては気の持ちようだ。前向きに生きろ」と人は言う。しかし、どんなに明るく振舞ってみても現実の姿は変わらない。気の持ちようで世の中が明るくなる、なんていうのも、全くのウソである。
 しかし生きていかなければならないから、騙しダマシ生きるのだ。
 「人は望みを失っても生きなければならない」と言ったのは誰だったっけ? 太宰治? 三好達治? いや違ったかな?

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禁を破った山桜桃の会(第18回)…新宿「思い出横丁」(旧称ションベン横丁)に繰り出す

2018-04-19 17:22:18 | 


 山桜桃の会も足かけ6年、18回目を迎えたが、今回は、従来の禁を破って新宿のいわゆる「ションベン横丁」に出かけた。禁を破ってというのは、この会は元三井銀行員を中心にした酒の会で、いうなればお上品な酒の会である。私は銀行員がお上品な人の集まりなどと決して決めつけてはいないが、まあ、一般論がそのような素振りを規定づけている。私は、これは困った規定付けだと思っているが、あえて否定することもなかろうと、何となくそのような規定付けの中に安住して生きてきた。
 したがってこの会も、大衆居酒屋と言ってもやや高級感のある大塚の『串駒』、新宿の『吉本』、御苑前の『うま久』などを皮切りに、場末や下町に行っても浅草の『一文』、八幡山の『かわしまや』など立派な店で開いてきた。ビールにしても新宿の『カフェ・ヒューガルデン』、ワインを飲むにも神楽坂の『セリソー』などで、オスマシをしながら飲んだ。
 ところが今回、私の昔話をきっかけに、この禁断の地に足を踏み入れることになったのだ。なぜこの地を禁断の地と言うか? それは、酒と料理の本当の味はこのような地でしか味わえないからだ。お上品な店で、ご立派な(?)話をしながら、おちょぼ口で飲む酒など本物ではない。だからションベン横丁は、「思い出横丁」などと名前を変えても生き続けるのだ。また、だからこそこの地に一度足を踏み入れるとそこから抜け出せなくなるのだ。私は「お上品な銀行員」たちが、この禁断の地から抜け出せなくなることを恐れているのだ、
 とはいえ、「ションベン」という言葉を口にできない女性2名を含んで、この地に出かけた。そして参加者は、酒も料理もおいしいことに喜びの声を上げた。最も、ションベンを口にできない人々のために、この横丁では最上級の『大黒屋』さんに連れて行ったのであるが。
 これで、後を引くようになるかどうかは今後の楽しみ……

 
 いざ、ションベン横丁(思い出横丁?)に入るぞ!
  
      

 
 『大黒屋』で、先ずはお上品に獺祭スパークリングで乾杯



 『大黒屋』さんの、季節野菜の天ぷらなどは大好評でした。以下に写真だけ。

  
  
    私の好きな「イカ納豆」
       

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