旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

麒麟は来ないがコロナが来た…さて、ワクチンはどうする?

2021-02-24 13:55:22 | 時局雑感



 前回「麒麟はいつ来る?」と題して世を嘆いたが、麒麟の代わりにコロナがやってきてほとほと参っている。日本はまあまあ死者も少なくて済んでいるが、世界的にはかなりの惨状を呈している。
 この救いの神は、麒麟ではなくワクチンということになっているが、日本でもようやくその接種が始まった。先ずは医療従事者に始まり、その次は65歳以上の老人からということらしい。4月で86歳となる私は、十分に資格があるのだろう。
 ただ不安も大きい。このワクチンは、インフルエンザ・ワクチンなどような「菌を弱めたものを注入して抗体を育てるもの」ではなく、「コロナの遺伝子を注入して抗体を作るもの」で、遺伝子組み換えによる問題などを勘案すると、何が起こるかわからないのではないか?、などと心配する向きもある。早期作成された点にも不安があり、なんだか怖い、という人もいる。
 しかし逆に考えれば、明日死ぬかもしれない86歳の老人が、それほど将来を気にすることもないではないか、ともいえる。実験台になって世にお貢献するにはふさわしい齢かもしれない。しかしそれを言うならば、ワクチンの優先順位は若者からで、死を前にした老人など後回しで良いのかもしれない。
 いつまでたっても悩みは多い。

 
  
  松澤病院将軍池周辺の河津桜

  
 アヒルたちも陽光を楽しんでいた。

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麒麟はいつ来る…?

2021-02-13 15:06:17 | 文化(音楽、絵画、映画)

 

 大河ドラマ『麒麟が来る』が終わった。今、最終回の再放送も見終わって、それなりの感慨に襲われている。
 歴史上の人物のそれぞれの実態は分からない。良くも悪くも書かれ、また相当の装飾が施されているだろう。それらはさておき、あの戦国時代に、もし「平定な時代の到来を夢見てそのために身を投じた人物」がいたとすれば、それは明智十兵衛光秀という男を除いていなかったのではないかと私は思う 
 家康が麒麟を連れて来たという説がある。しかし彼は積極的に戦うことはしなかったし、続く徳川時代は鎖国によって人類の進歩に立ち遅れ、それは明治以降の反動、激動を準備した。
 光秀は理想の実現のために積極的に戦った。しかし麒麟は来なかった。しかも、二十一世紀を迎えた現時点にも来ていない。それどころか、世界はむしろ荒れ果てている。トランプ政権をはじめとしたアメリカの体たらく、中国、ソ連の覇権主義と非民主政治、日本に至っては、戦後築き上げた経済も民主主義も食いつぶして、政治も経済も貧困のどん底だ。 
 麒麟はいつ来るのだろうか?

 
 我が家の庭の紅梅

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早くも立春が過ぎて行った

2021-02-04 15:23:03 | 時局雑感



 今日は2月4日。通常の年なら立春ということになるが、立春はすでに昨日で終わった。地球が太陽の周りをまわる軌道を一周するのに、365日と6時間かかる。この6時間の誤差を調整するため、4年に一度のうるう年を設けているが、それでも生じる端数を調整するために、この立春の一日前倒しが起こるという。今年がそれに当たり、124年ぶりのことだという。
 年をとると日が経つのが早く、一日でも繰り下げてほしいと思っているところに繰り上げられたのではたまらない。反面、切り上げてほしいと思っていたコロナ緊急事態宣言は、逆に1ヶ月延長になった。すべて思う要にはいかない。
 まあしかし、感染者数も減少傾向にあるようだし、そろそろ本ものの春が来るだろう。K先輩からは飲み会の誘いがあり今月下旬に予定したし、昨年11月から長期入院していた弟も来週は退院できそうだ。
 そろそろ動き出す準備を始めよう。

 
 咲きそろった庭の紅梅(写真は2月11日挿入)

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淋しいスタート … 一月も終わる

2021-01-30 15:04:16 | 時局雑感



 「たわごと」ブログを書き続けるべきか悩んでいると、早くも一月は終わろうとしている。気が付いてみると、一ヶ月何もなかった。家族では昼食と夕食の各一回、近くに外食に出かけたが、それ以外は出かけていない。女房との散歩は時々するが、これとて家の周りを歩くだけだ。
 ひと月も誰とも会わない月など、これまであっただろうか? 書斎に掲げる日程表の白板を見ると、2月の書き込みはいずれも目の検査のための東京医大病院だけが記入されている。ひと月の外出予定が病院通いの2回だけなんて、こんな惨めなことがあろうか。
 世の中、内外共にコロナを中心に騒がしいが、自分がその中にいる気がしない。ブログの材料は山ほどあるが、「自分の記事」とはなり得ない。

 
 寂しい日程表(左側が1月、右側が2月)

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ブログを続ける意味はあるのか?

2021-01-26 15:41:04 | 時局雑感



 前回の投稿で、恒例により昨年分のブログを冊子に編集して、表題を、これまでの「酒と旅と人」から「老いのたわごと」に変えたいきさつを書いた。
 つまり、14年間の変遷の中で、ブログの中身はすっかり変わり、酒も旅も多くは姿を消し、中身は新鮮味のない「たわご」に過ぎないものになってきたのだ。
 ここまで来て「ハッ」と思ったことは、これ以上ブログを書き続ける意味があるのだろうか、ということだ。酒についてはそれなりの探求してきた自負もあるし、日本酒自体が大変な進歩を遂げた時代でもあったので、それなりの発信力もあった。旅も、国内は全県を歩いたし、海外旅行も22か国80都市を回ったのでそれなりのネタもあった。
 それらを失った今、ブログに新鮮味は何もないのではないか? 自らその内容を「たわごと」と認めるに至って、書き綴っけるのは不遜ではないか?
 ここはひとつ、じっくりと考えてみよう。

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変わりゆくブログの中身

2021-01-23 11:25:51 | 時局雑感



 「旅のプラズマ」と題して14年間ブログを書き続けてきた。そして毎年、一年分のブログを「酒と旅と人」という表題で冊子に纏めてきた 今、昨年分(14年目)の編集をあらかた終えて読み返すと、その中身と表題とはかなり変わってきている。
 ブログを始めた動機は、趣味としての日本酒の探求と、海外旅行を含めた旅の記録を発信しようとするものであった。しかしこの間、20年間続いた純米酒フェスティバルは一昨年をもって閉じられ、それに伴い純米酒普及推進委員会は解散した。海外旅行に至っては、2011年のオーストラリアを最後に10年間行っていない。今後行くことはないであろう。
 酒の記事も旅の記事もめっきり減った。読み返すと、毎年同じ時期に同じことを書いている。新鮮味は何もなく、毎日あったことを記録する凡庸な日記のようなものだ。冊子の表題を「老いのたわごと」と変更することにした。遅きに失した感を免れないが…。

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どこまで混乱は続く? ・・・ 2021年

2021-01-13 14:12:58 | 時局雑感


 前回の投稿で、今年の年明けを「暗い年明け」と書いたが、2週間を経て早くもその度を増してきた。
 感染急拡大の様相を見せ始めたコロナ情勢に対し、政府は再び緊急事態宣言を発したが、時期も内容もピリッとせず、間の抜けたような菅首相の宣言姿勢も相まって、それを受けた国民に「緊急」や「緊張」の感じはない。日本人特有の自粛精神も働くので、それなりの効果は発揮するだろうが、感染増勢を防ぐことはできないだろう。1日数千から万単位の感染者増の到来を防ぐことはできないのではないか?

 アメリカの混乱も気になる。私は、人類の進化の度合い、ひいてはそれぞれの国の進化の度合いを「民主主義の進化の度合い」で見ることとしており、その意味では、アメリカを「最も進んだ国」の一つに数えていた。
 ところがその国の大統領が、民主主義のイロハのイである選挙の結果に従わず、選挙結果に基づいて政権の移行を行おうとする国会に自己の支持者の乱入をけしかけたのである。
 ヨーロッパにもネオ・ナチズムなどの動きも根強く、背景には極右と極左の根深い対立があるという説もある。その根底には力の原理が働いており、話し合いを基にする民主主義の原理と異なる。
 民主主義への人類の到達水準は、想像以上に低いのかもしれない。


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暗い年明け

2021-01-07 11:37:41 | 時局雑感


 21世紀も節目の年、2021年を迎えた。
 暗い年明けであった。新型コロナ患者は増勢の一途をたどり、東京だけでも一日の感染者が1500人を超える日が出た。世は、緊急事態宣言の発令を巡って大騒ぎだ。
 例年なら希望に満ちた諸計画が並ぶはずの日程表に、一行の記載もない。会食も、集会も、勉強会も、イベント参加も、何も計画はない。コロナは、これらの諸計画を先行き短い老人からも奪ったのである。

 経済はもちろん、政治も暗い。7年間、ウソの答弁や諸資料の改ざんなどで維持してきた安倍政権の実態がようやく暴かれてきて、このコロナ緊急体制にありながら国会も開けないでいる。安倍政権のウソ・ゴマカシ政治を裏で支えたのは菅首相本人であり、安倍の実態を暴くことは菅体制の中身をさらすことにつながる。
 すべては暗い。この年明け状況が一年間続くのだろうか?

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85歳の年が暮れる

2020-12-31 17:00:30 | 時局雑感



 今年も暮れる。85歳の年が暮れてゆく…。

 コロナ禍で何もできない年であった。何といっても年初から突如襲われたので、慌てふためいて何もできなかったのだ。過ぎてみて、やりたいことがいっぱいあることに気が付いた。
 80代も半ばを過ぎたのだ。来年こそは、コロナの下でもできる方法を考えて、今年の轍を踏まないようにしよう。コロナごときに、残された貴重な時間を奪われてはたまらない。

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今年はどんな年であったのか?

2020-12-29 11:19:49 | 時局雑感



 今年はどんな年であったのか?

良かったこと
・一家、コロナに襲われず大病もなし
・コロナ禍にあって、ミャゴラトーリ公演成功
  10月『ガラ・コンサート』(持続化給付金200万円を受けて)
  12月『ドン・カルロ』(文化庁支援150万円を受けて)
・マザーズ社の業績順調
  コロナ手当月額5万円の新設(実質ベースアップ)
・はやぶさ2、ロマンに満ちた6年ぶりの帰還
・トランプの敗北、安倍晋三の退陣
  (菅内閣も変わり映えしないが)

悪かったこと
・夫の視力、夫妻の記憶力の衰え
  老齢化現象の最たるもので、嘆くに値しないか?
・コロナ禍で、集会や交友が絶たれたこと
・「純米酒を楽しむ会」1回のみの開催で無期延期
  コロナのせいで、今後の開催メド立たず
・弟健次の手術。病院での年越しとは悲しい

まだまだいろいろあるが、総じて良い年なのか悪い年だったのか…

 
30年点検で屋根、外壁等を補強。きれいにはなったが金もかかった

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