江戸糸あやつり人形 ー The Edo Marionette Group

江戸糸あやつり人形の公式ブログ
写真付きで、演目紹介、活動報告、リンク先などを
日本語、外国語で紹介します。

新年のご挨拶

2025-01-15 00:14:26 | はじめに
明けまして、おめでとうございます。
そして
寒中お見舞い申し上げます。

なかなか接続できませんでした。
1月2日、このNTTドコモがサイバー攻撃を受け
全くgoo.blog に接続することができませんでした。
1月7日に何故接続できないのかが分かり、
NTTに問合せしたのですが、
全くなしのつぶて。
毎日確認するのですが、だめ。
今日やっと接続できた次第です。

ネットは便利ですが、
同時に不便でもあるのですね。

ともかく今年もよろしく願いします。
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1月のスケジュール

2024-12-30 00:01:07 | 公演予定
ここには一般の方がご覧になれるものを紹介しています。

1月8日(水)~10日(金) 浅草21世紀
 時間:13時~15時半
    13時半辺りから出演の予定
 会場:浅草木馬亭
 木戸銭:前売り 2500円
     当日  3000円
   ただし、当日でも上條の名前を言っていただければ
   前売り扱いになります。
 笑いは健康の元と言われます。
 初笑いをどうぞ。

1月11日、12日 さいたま新都心大道芸フェスティバル
 各日とも 会場はスターバックス前 
  12:30~  15:30~

1月13日(月、祭) ヘブンアーティスト in 渋谷
 13:30~ Dポイント TOHOシネマズ
 15:00~ Gポイント ウェーブの広場
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人形遣いの上達 15

2024-12-28 23:54:35 | 人形の遣い方
「ごぜ」と呼ばれる芸能人がいた。
盲目の女性が生きるため芸を覚え
三味線の弾き語りで門付けして歩いていた。
その「ごぜ」について
国立民俗博物館の広瀬浩二郎さんが面白いことを
毎日新聞に書いていた。

”ごぜさんについて「苦労を耐え忍ぶ」イメージに
一役買っている徒歩での移動も、
広瀬さんは「芸にプラスだった」と捉える。
「吹く風やかすかな音、歩くときの足裏の感触。
すべてが芸能者としてのトレーニングになったと思う」”

これは、私が経験した大道芸にもつながる。
吹く風には敏感にならざるを得ない。
かすかな風でも
右から吹いているか、左から吹いているかによって
人形の遣い方を変えたりする。

音も
音楽に合わせて踊っているので
曲に集中しているのだが、
何故か様々な音をほとんど全部拾って聴いている。
時にやぶ蚊の羽音が聞こえたりすると
心は乱れ・・・

そして足の裏、
ゴム引きのシートの上を
足袋裸足で人形を遣うので
地面の状態には敏感になる。
井の頭公園のような土の上で遣っていると
凹凸のある地面の感触をしっかり掴もうとする。

何より一番敏感に感じるのは
陽の光であり
時に花の香であったりする。

以上のすべてが、
舞台では感じられないものである。
私は大道芸に出て本当に良かったと思っている。
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人形遣いの上達 14

2024-12-24 00:21:32 | 人形の遣い方
「見て盗め」
とよく言われる。
ところが自分のレベルが低い時は
どこを見ればよいのか、分からない。
師匠が実際に遣って教えてもらっている時
よく
「どこを見ているんだ」
と叱られた。
「ここをこうやってこうすると、こうなるだろう」
と言われ、一生懸命見ていても
師匠が見せたいところではないところを
覗き込んでいるのだ。
ところが教える立場になった時
「どこを見ているんだ」
と、口走っていた。
どうやらそういうもののようだ。

新宿のホコ天で大道芸をやっていて
竹田扇之助さんに会った時
「雪斎の遣っている姿によく似ている」
と言われた。
修業時代雪斎と同じ班で回ることが多く、
舞台の袖から、後ろからいつも見ていた。
盗む気が無くても身に付くものであろうか。

立川志の輔師匠と2度ほど舞台をご一緒した。
楽屋にいるときモニターテレビで師匠の語りを聞くのだが、
その仕草が立川談志師匠とそっくりなのだ。
弟子として師匠の高座を一生懸命見ているうちに
自然と身に付いたものなのだろう。
私の場合もそうなのだろうと思う。

あるイベントの楽屋でのこと、
若い芸人が、最後の大技を失敗したので
そのままやめて、投げ銭を取らなかったと言ったので、
思わず私は
それではだめだ
と叱っていた、
それではお客さんが納得しないだろう、
失敗したら最も得意とする芸を見せて
お客さんに納得してもらいなさい。
中途半端な気持ちで帰すのではない
そして、投げ銭は受け取りなさい
と。

その日の打ち上げで
私と同じような年齢の芸人と
他愛もない話をしていたら
その若い芸人が私たちのところに来て
じっと話に耳を傾けている。
主催者が気をきかせて
若い人が固まっているところに行けば
と勧めたけれども
ここにいたいです
と彼。

ある昭和2年会という席で人形を遣った後
皆さんが歓談しているのを聞いていたら
「こんな話、つまらないでしょう」と声を掛けられた。
経営者、大学教授がほとんどで、
話題は経済に集中していた。
しかしこういった年代の人の話が聞けるなんて
そうあるものではない。
また経済の知識は無くても、興味はあったから
面白かったのだ。
直接芸につながるわけではない。
でも、芸人は引き出しを多く持て
とも言われている。
マッチ箱ほどの小さな引き出しが
できたかもしれない。
何でも聞いて、なんでも読んで
小さな引き出しをいっぱい作ることだ。
多分、ネットしか見ない人にはできない
ことだと思う。

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人形遣いの上達 13

2024-12-14 23:23:02 | 人形の遣い方
上達に必要なものに、
おのれを厳しい状況に置く
ということがある。

まずは自分よりレベルの上の人と付き合うことである。
自分と同じジャンルの人との場合も良いが、
全く異なったジャンルの人と付き合うことも
私は必要と思っている。

私の場合、異なるジャンルというと
例えば寄席の世界。
私は縁があって東京演芸協会に入ったのだが、
入った当初は、錚々たるメンバーが揃っていた。
子どもの時からテレビで慣れ親しんだ人たちがズラリ。
その人たちが全員15分とか20分の持ち時間で
ドッカーン、ドッカーンと笑いを取っている。
そこの間に立つのである。
初めての時は、それは緊張した。
異色の小さな人形で、
見てもらえるのだろうか、
シラケさすのではないか、と。
この緊張感が必要なのだ。
お陰で私は協会から重宝がられた。

私の長唄の先生は、東京芸大の先生。
唄も三味線も素晴らしい。
その先生の退官パーティで、
人形を遣って欲しいと言われた。
先生のためならとお受けし行ってみると
邦楽や日舞の錚々たるメンバーがいらした。
この時も緊張した。
何故なら先生に恥をかかせてはいけないから。
私はできの悪い生徒だったが、
先生には本当に良くしてもらった。
その先生が、今年の10月に亡くなられた。

寄席の話を続けると、
やはり錚々たる落語家と組ませてもらっている。

フラメンコやベリーダンス、シャンソンなどにも
素敵な人との縁ができた。
その人たちの舞台を見て、
一緒に酒を飲み、話を聞いたことは
どこかで私の血になり肉になっていることだろう。
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