治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

講演してもえらくない 三人のおっさんと沖縄の旅

2019-01-21 10:29:31 | 日記



昨晩、沖縄から帰ってきました。
山城健児氏率いる「IMUA」で三人のおっさん+私をいっぺんに呼ぶという大きなリスクをとってくださいました。また、集客も相当がんばってくださったようで、本当にたくさんの方にお越しいただき、お越しいただいた皆さんにも、支えてくださったスタッフの方々にも感謝感謝です。

先にねこ母さんがブログにまとめてくれていますが

一部ねこ母さんの観察を引用させていただきます。

=====

この講座には、沖縄の地域のお子さんや凸凹があってしんどい方々に治ってほしい!という主催者さんの並々ならぬ思いを感じました。そうでなければ、こんな豪華なセッティングはありません。
社会で必要とされることをリスクを承知でする方の姿に、同じく講座を主催するものとして頭が下がる思いでいっぱいでした。

=====

そうなのですよ。
まず主催者の郷土愛に基づく呼びたいという気持ちがあって、勇気があって、土台作りがあって、我々講師はそれに乗っかって当日仕事をするだけ。本を出してもえらくないと私は常々言ってきましたが、講演活動もえらくないのです。頑張っているのは主催者だし、当日誰よりも奉仕されるべきは私たち講師ではなくお金を払ってききにきた人たちです。

とくに発達障害の場合には、ききにくる人たちはしばしば切実な事情を抱えています。
今回のように、自傷・他害・パニックがテーマになっていたり、司法が絡んだテーマではなおのこと。
発達障害の分野で講演活動をするには、そのききにくる人たちの切実さをよく承知しておく必要があります。

その切実さを一番感じているおっさんは廣木さんです。
当たり前です。
お父さんでヘルパーなんですから。
そして「自分も他人も傷つけない」護道まで編み出したのですから。
廣木さんは1時間半の持ち時間をフルに活用してよくぞここまで、というほど密度の濃い講座をしました。皆さんも機会があれば廣木さんの講座はぜひ聴いた方がいいです。
護道のすべてがわかるわけではもちろんわかりませんが、1時間半では普通ありえないほどの情報量です。

そして栗本さんの講座も感慨深いほど上手でした。
っていうのは最初の頃のドベタな時も私たちはよく知っているから感慨深かったのです。
場数を踏むというのはすごいことだなと思いました。
やはり1時間半にすごい情報量が入っていました。

榎本さんと私の持ち時間は二人で1時間半だったのですが、私はもう何度も沖縄に行っています。
だから榎本さんにたくさん時間を渡そうと思いました。
だから最初20分だけもらい、なぜ今回おっさんABCの本を出そうと思ったかをさくさくしゃべりました。
それは事件まで遡らなくてはなりません。
ああいう事件が起きたとき解決策を持っている人たちが支援者だと私が誤解をしていたこと。
そうはならなかったこと。
だから司法に頼らざるを得なかったこと。
「ありのままを認めましょう」「問題行動は無視」というアリバイ療育がしばしば一般社会には生きていけない子を育てているということ。
福祉は無意識のうちに「一般社会」ではなく「特別支援社会」での適応を目指してしまっているから、それは福祉の現場で働く人たちの人権軽視にもつながっていること。
あとで会場で参加者の方に「ためになりました」と呼び止められ「うちの法人内でも再考すべき点を見つけた」とお声がけいただいたので、多くの方にメッセージが伝わっているといいな、と思います。
利用者男性が支援者女性にセクハラするとする。それを我慢せよという社会福祉法人があったとする。糾弾されません。特別支援社会においては我慢するのが当たり前になっている。
でも一般企業で顧客の男性が自分とこの女性社員にするセクハラを我慢せよと上が言ったら立派なブラック企業ですから。

廣木さんが発達障害への思い入れを持つのは当然として、栗本さんも私も、いつの間にか相当深く思い入れをするようになったなあと思いました。
それは治るものを治ると知らされず苦しみ続けてきた人の立ち直りをたくさんみたことも関係しているように思います。もっと社会参加する人を増やしたい、増やせる、という手応えを感じていて、でもまだリーチしていない人の多さもわかっていて、だからこそ思い入れが深くなっていると思います。

2000円払って1時間半の講演を聴きに来る人にとって、一分は22.2222・・・円。
そこで無駄な話、発達障害以外の話を5分してしまえば参加者の110円をムダにします。
補助金等関係なく、主催者が当初リスクをとって有料で行う講演会はそういう風に考えるのがビジネスパーソンです。
今回は榎本さんと私の講演が2000円でした。その後の実技も参加する人たちは7000円でした。おっさんABはそれぞれ2500円。大満足の内容だったと思います。
でも榎本さんと私の2000円については、反省点が多いです。おそらく、あとの三人が感じていたような「発達障害はききに来る人にとって実に切実な問題だ」という問題意識を榎本さんはさほど強く感じていなかったと思います。だから自己啓発みたいな、自分語りみたいな時間帯が多かったです。場所によってはこれが受けるのかもしれないし人によってはこれが受けるのかもしれません。でも切実さを抱えた人にどれくらい有益だったかはわかりません。これは私が会の性質を伝えきれていなかったなと反省です。横浜で講演してもらったときも、練馬の主催での講演を山城さんや栗本さんと一緒にききにいったときも、発達障害の話をきちんとしてくれたので安心していたところもあります。
今後榎本さんがどれくらい発達障害の世界で仕事をするかはわかりませんが、この世界で仕事をする人全員が知っておかなくてはならないのが「この問題は切実である」ということです。
それは榎本さんに話しておきました。90分2000円だとすると一分は22.2222・・・円だという構造から話しました。だからこそ、一分たりとも無駄な話はしてはいけない。公務員はなかなかしない発想、民間人だからこそする発想かもしれないと思いましたので。榎本さんにも話したし、ここにも書くのは「仕事というのはそういうものだ」とわかってほしいからです。そして、本を出しても講演してもえらくないのだと改めて言っておきました。沖縄の人たちは親切でもてなしてくれますから、カンチガイしないようにこちらが気をつけなくてはならないのです。

私は黙って榎本さんの話を聴いているつもりでしたが、途中から介入しました。参加者の方達の一分22円を無駄にしたくなかったからです。これが私の「鬼手仏心」です。

思えば栗本さんが講演上手になったのも、さんざんダメ出ししたからもしれません。問題行動は無視してはいけないのです。そしていじられキャラの栗本さんですから、ダメ出ししたのは私だけではないですね。花風社講座はカジュアルですから、つまらない方向に話が流れると、参加者の人たちからきちんとその場でブーイングが出ていましたね。そういう講座で栗本さんは育っておんもでも活躍できるようになったのです。あのときブーイングしてくれた皆さん、栗本さんはリッパに育ちましたよ。とほめるとまたしくじるのであまりほめすぎない方がいいかもしれませんが。


今回はそろい踏みでしたが、もちろんおっさんたちは「ばら売り」も可です。とにかく護道は広めないと。そして沖縄で広めるにはやはりIMUAの力が必要です。
私は関東で護道を広めたいとずっと思っていて、10月に本を出してから誰か広めてくれるんだろうな~と思っていました。今度24日に栗本さんと私が講演させていただく練馬の法人「たまみずき」さんも元々廣木さんの講座をやっていらっしゃるし。関東の護道は出版後榎本さん主導でやるのかな、と思っていたので手を出しませんでした。でも榎本さんの協力を借りつつも花風社も主導的にやった方がいいかもしれない、と今思っています。それには栗本さんの協力も必要です。とにかく護道介助法は広めなくてはなりません。最終的には使わないために。

三日目は観光でした。途中栗本さんが城跡で聖なる石を踏んでしまったので「それ踏むとお嫁さん来ないんだよ」と教えてあげました。それと、すごいスコールが降ってきました。天が怒ったのかもしれませんが、その日前々から申し込んでいた自転車の160キロレースに参加していた山城さんはきっとスコールを浴びたでしょうから、たんに山城さんの普段の行いが悪かったのかもしれません。

山城さんの代わりに私たちを案内して最後は空港まで送り届けてくれた若者から夜メッセージがきました。治せる人になりたいと書いてありました。よいですね。治すのは医者じゃないです。一緒に遊ぶ人です。そしてIMUAは一緒に遊ぶのが上手な放デイですから、スタッフが治す人になるのは不可能ではないですね。

そういうスタッフが日本中に増えるように活動していかなくてはなりません。
治せる人を増やすのも「ギョーカイを潰す」です。

これからも頑張りましょう。

沖縄の皆様
三人のおっさんたち
ありがとうございました。

きせのん

2019-01-18 10:55:40 | 日記


沖縄便を待つラウンジにて。
ようやくこのことについて書く時間が取れました。

花風社クラスタ入りしたことをきっかけに、大相撲をみるようになった方、稀勢の里を応援するようになった方
私と一緒に稀勢の里を応援していただきありがとうございます。
花風社クラスタと稀勢の里は相性がいいはずです。
真っ向勝負だからです。

引退会見をテレビで見た夫が
「努力努力ってこの人類い稀なる才能に恵まれていたことには気づかなかったのかね」と言ったので
「そうなのよー」と言いました。

私が生稀勢の里関に初めてお会いしたのはもう十年前。
それこそこのブログできせのんきせのんと騒ぎ続けたので、機会に恵まれ、お部屋のパーティに画伯と二人でお邪魔したときでした。

綺麗なライムグリーンの和服で一人会場で開会を待つお姿を初めて見た時の衝撃は忘れられません。
画伯も感嘆の声を上げていたと思います。
それこそ「生き物として美しい」のです。
内側から輝いてくる美しさ。

「食べるものが違うんだろうねきっと」という話になりましたが、入門前からご両親がそれはそれは食べるものに気をつけて育てられたとききました。
そしてもちろん、日々の厳しい稽古も輝きを加えていたでしょう。
皆さん、よかったらお相撲に足を運んでみるといいです。
力士は間近で見ると本当に美しい生き物です。
その中でも特別に美しい存在でした。

私は到底近寄る勇気が出ず(乙女

でも画伯が近寄って私の方をさしながら言ってくれたのです。
「写真撮ってもらえますか? あの人が大ファンなのです」。

そうしたら稀勢関はパッと明るい顔になりました。
その顔を見て私はびっくりしました。
なぜなら、あれだけの人気力士、「大ファンです」と言われることなど何十万回もあるはずなのにそのたびにあんな明るい顔をするのかなあ、と。

それからも応援し続けて

毎場所毎場所胃の痛い思いをしました。
肝心な時に負ける。
そして諦めると勝つ。
愚直。真っ向勝負。猛稽古。
強くて弱い。
愛される要素を持った人でした。

苦労の末大関になり、

昇進披露宴に出かけて以来
私は「きせのん」と呼べなくなりました。
大関は大変なものなのだとあの披露宴を見たらわかりました。

あっという間に綱取りするはずが
その間にもどんどん追い越され
五年かかりました。

大関としては最強なのだからこのままでいいのではないか。
ファンでさえそう言う人がいましたけど
あの方が一度も綱を巻かずに終わることは、まずないと思っていました。

そして夢に見た日が来ました。
その夢が決まった日、私は国技館の砂かぶりにいました。
隣は愛甲さん。
プラチナチケットを当てたのは愛甲さんでした。

そして横綱としての初めての場所
それまで怪我をしなかった力士が生まれて初めての大怪我をしました。

私も大怪我も病気もしたことがないのでわかるのですが
丈夫な人に限って、対応が下手なはずです。
戻ってきた稀勢の里は、あの強い稀勢の里ではありませんでした。

それでも見続けたい、という気持ちともう見たくない、という気持ち。
前とは違う身体で勝負を作り直す。
それだけのブレインが、内にも外にもなかった。

前と同じかたちにこだわり続ける今場所前の稽古の様子を見て、私は覚悟を決めました。

そしてこれほど愛され続けた人だけに
ちょっとやそっとの負け方では誰も引退を受け入れられなかった。
ここまで負けたからこそ、私たちは稀勢の里を解放することができたと思います。

引退後の顔をみて
きせのんが戻ってきたなあ、と思いました。

贔屓人生にも一点の悔いもありません。

一緒に応援してくださった皆様
ありがとうございました。





民度の低いクラスタとの付き合い方

2019-01-18 07:38:15 | 日記
昨日は出張前日だけど急遽仕事が降ってきて大変でした。
でもその合間にも皆さん主治医の名前とか検索して楽しそうだったね。
私には主治医はいないので仕事が一段落したあとギョーカイでぶいぶいゆわしている先生たちの名前を検索して遊びました。詳しくはツイッターを見てね。

あ、それと、神田橋先生弟子筋は見事にいませんでした。

それと

今朝共同ブログを更新しました。




先日の読書会の成果が入ってます。
どうぞご覧ください。

今日のこっちのブログも読書会の成果です。
「民度の低いクラスタとの付き合い方」というテーマ。
これは当日の会場の皆さんとのやりとりの中で思い出したことです。

私が「周囲の民度が低いんだなあ」と常々感じる人が二人います。
ひとりはこよりさん。
もうひとりはニキさん。
このお二人の話を聞いていると、「世の中には地域的にか時代的にかその他の要素のゆえかわからんが民度が低いコミュニティがあるんだなあ」と思います。お二人とも偶然自閉圏の方ですが、生きづらさは障害から来ているのか周囲の民度の低さから来ているのかわかりません。

当日もこよりさんの口からそれを思わせるエピソードがちらっと出ましたね。そうそう、共同ブログに書いたようなお上信仰?の文脈の中で、お友だち(なのかどうかはわからない)から猫本こと『支援者なくとも、自閉っ子は育つ』のことを「専門家でもないくせに本を書いた」みたいなことを言われるとか。

こういうの民度低いなあと思うのです。専門家じゃないと本を書けないと思うくらい本を知らないのか。極端なこと言えば犯罪者が犯罪のこと本にしたりしますよ。本は専門家でないと書けないという思い込みは普段から知的好奇心がない証拠。そしてその疑問をまっすぐに書いた本人にぶつけるに至ってはぶしつけ。

それともうお一方、資質の開花が話題になったときに絞り出すような声で「(周囲の人から)人を傷つける才能があると言われた」とおっしゃった方がいましたが、私はきっぱり答えましたよね。「それは資質ではなく、あっちが単なる悪意で言っていることですよね」と。本人に面と向かってそういうこと言う人たちは単に悪意の塊なので距離を取るのが一番です。間違っても「自分には人を傷つける才能があるのか・・・」と悩んではいけない。そんな民度の低い相手に合わせる必要はないんです。

民度民度って言ってますが結局私が民度という言葉を使うときさすのは
・自他の区別がつかない人とその同調圧力
のことなのでしょう。そしてそういう人が周囲にいるときにそういう人の言うことを真に受けてしまい自分を抑える生き方が私から見ると不思議です。ニキさんなんかは小さい頃からこれの嵐だった。これは「あっちの方が正しいはず」という思い込みから来ていると思うし、その根っこには自己感覚の薄さがあり、その自己感覚の薄さの根っこには身体感覚の薄さがあると私は仮説を立ててきたわけです。

もちろん今のニキさんは成熟して自分でどのクラスタと付き合うかを主体的に選ぶ力がある。それで今日初めて書くエピソードですよ。会場では話しましたね。

『発達障害は治りますか?』の元となった対談が行われるとき、神田橋先生は当然ニキさんも来ると思っていた。私も声をかけました。

でもニキさんは来ないことを選んだ。なぜならニキさんは「水伝とかをたたくひとたち」とかとお友だちで、その人たちにとって神田橋先生はトンデモで、一緒に仕事をすると悪口を言われるから。

私は水伝なるものもそのとき初めて知ったのですが、基本私がニキさんに対する態度は放置ですから、来たくなければ来なくていいと心底思いました。そして水伝ってなに? ってきいたんです。要するに偽科学批判する一群がいて、その人たちとニキさんは志をともにしていて仲良しでニキさんもその人たちとの付き合いを大事にしていて、そういう人たちにとって神田橋先生はとんでもない人なので、その人と一緒に仕事はしたくないと。

あ、そう。私は自分が事件を背負ったこともあって発達障害は治ってほしい。そして治りたいちゅん平はご家族でやってくる。それぞれの選択でいいんじゃないの、という感じでした。まあ神田橋先生はニキさんにも会いたかったなあと言っていましたが。本を愛読してくださっていたので。

それより思ったのはその偽科学批判クラスタっていうのも民度低そうだな、ということでした。他人が誰と仕事するかいちいちあげつらうなんて同調圧力強い村社会っぽいねその偽科学批判集団。そして私の目から見るとニキさんの生きづらさはそういう村社会をいやがりながらもそれに抵抗できないこと。でもそれもキャラなら仕方ない。闘うか逃げるかでニキさんは逃げて私は闘う。それは生き物としての作りの違い。

そして神田橋先生の本を出し、私は偽科学批判集団が思ったとおり
・頭でっかち
・同調圧力
・村社会
であることを知ります。だって「みんなちがってみんないい」と言いながら同調圧力で一律の療育をよそんちにも強いて考えの違う人を「トンデモ」「だまされてる」と糾弾するような集団だった。そしてニキさんはつねに、集団に叩かれないことを選んで生きてきた。叩かれないことこそ「普通」であり、「ずっと普通になりたかった」のがニキさんなのです。

私は違うんです。叩かれないことの優先順位は相当低い。自分が正しいと思った道を歩むことを優先させる。そして叩かれたときは、あっちが正しいかどうかは考える。そして正しくないと見極めたら反撃するんです。だから「叩かれるから神田橋先生とは会わない」と、それがスマートな決断だと思っているらしいニキさんを見て「そうか! そういう生き方もあるんだ!」と新鮮でした。なぜ新鮮かというと「誰かに叩かれるからやめよう」という選択行動を私は採ったことがないからです。

そして第一次猿烏賊騒動のとき私は、「ニキさんが恐れていたのはこの村社会だったのか」と思った。私にとっては生まれて初めてずかずかと踏み込んできた村社会、生まれて初めての同調圧力でしたから。跳ね返したけどね。世の中にはこれほど同調圧力を強いてくる集団がいるんだ。これをニキさんは恐れていたんだなあ。赤本でもわかるように、どうもニキさんと私はかなり土壌の違うところで生きてきた気がしたけど、それはこの同調圧力をどれだけ恐れたかなんだなあ。

そしてこよりさんに「専門家でもないくせに本を(以下略」という人たちや「人を傷つける才能が」とか言っちゃう人たちは単純に民度が低い。

そして民度が低い人たちに対する正しい態度は彼らのいいなりになることではない。
彼らに悩まされることでもない。

「軽蔑」。
これが正解だと「私は」思います。
「他人を軽蔑してはいけない」なんていうシュールな道徳律をなぜか植え込まれている人がいますが、「みんなちがってみんないい」とかいうお題目を自分たちの都合のいいように唱えながら「ABA! ABA!」と同調圧力を強いるBAKAたちは軽蔑するしかないでしょ。
軽蔑も使いよう、です。

そこで「こんなこと言われた」と悩むのはむしろ愚か。
だって正しくないんだもん。正しくない上にぶしつけなんだもん。

まあともかく、あのとき私がニキさんにそう言われたことを警告と受け取らずほいほい神田橋先生のもとに出かけたからこそ情報が伝わり就職した人や治った人、そして生まれたベイビーさえいるのです。

めでたしめでたし。

若いもんに頼りたい話

2019-01-17 09:15:05 | 日記
デジタルデバイド。

は若いもんとの間に感じますね。とくにみるさんがTogetterをさくさく作ってしまったとき。あ~これで安心、と思っていたんですが、みるさんは今お勉強が一段落だけど四月になったら勤労高校生の生活が再開するのでそうしたら気づいた人がアップデートしてくださいね、と言われてしまいました。荒し対策はしてくれてるんだそうです。この際50の手習いでTogetterの作り方を覚えなければいけないかもしれません。覚えたらかつての猿烏賊山の猿烏賊たちや吉川徹のように誰かのツイートでも集めて「暴言集」とか言ってアップするかな。でもそれもむなしいよね~。暴言は集めるより言った方が健康にいいはず。

と思っていたらまた若いもんに頼らないといけないような話が出てきてしまったよ~。

稀勢の里の会見を見終わった頃メールをいただきました。
読者から。
まずは稀勢の里について。

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浅見さんのご贔屓のお相撲さん、引退されましたね。でも無理して頑張ったのは偉いと思います。
生きづらさを抱えながらもなんとか二十代を社会人として乗り切った私としては共感しました。無理して頑張るのはたとえ最終的に現役を退かねばならなくなったとしても長い目で見れば無意味ではありません。
私も今は無職歴が長いながらもバリバリ働いていた時期があったおかげで今障害厚生年金を貰えています。社会人歴があったからこそ就労移行支援センターのおかしさにすぐ気付くことができました。

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そうそう、そのとおり。
これからの人生の方がずっと長いのです。まだ32歳。15歳からお相撲取ってきたんですから。

そして続き。
ここに吉川徹の名前が。

=====

メールをお送りしたのは伝えたいことがあったからです。
浅見さんならご存知かもしれませんが、フリーライターのかこさんのブログ「精神医療の真実」から、全国の医師がどこの製薬会社からどれだけ謝礼を貰ったことがあるかをデータベース化したホームページにたどり着くことができました。
杉山登志郎(敬称略)や吉川徹(敬称略してない)の名前もヒットしました。でも神田橋條治先生や長沼睦雄先生の名前はヒットしませんでした。

=====

かこさんという方はたしかご著書にみるさんのことも書いていらしたはず(みるさんという名前は使っていなかったですね)。だとしたらみるさんはこのブログのこと知っているんじゃないかしら。そこから製薬会社に金もらった精神科医のリストにたどりつくのなら、みんな自分の主治医がどんなスタンスが確かめられるじゃんね。

若い人~
具体的に言うとみるさ~ん
お忙しいかしら。
ぜひ掘り起こしてきてくださいませ。

私は薄い洋服を掘り起こしています。
明日から沖縄。
20度越えるらしいので、冬服では無理だなと思いまして。

おばさん的努力とお姉さん的努力、どっちに軍配を上げるか?

2019-01-16 20:56:11 | 日記
さて、考えてみたらあさってには沖縄に発つんですよ。
っていうことは明日もそれなりに忙しいんだけど、なんとかこんなに皆さんを巻き込んで応援してもらった横綱の件までブログに書いてすっきりして出かけたいし、南雲さんとの共同ブログに参考になるような情報も読書会で皆さんからいただいたから書いて出かけたいし、っていうことで夜ですが更新です。

『10年目の自閉っ子、こういう人にできてます!』を読んだ方にはピンと来るでしょうが、藤家さんがしゃかりきに努力する人に対しニキさんはもっとゆるく「おばさん的努力」を実践して(おそらく)提言しています。
「手を抜くための土台作り」とかそういうやつね。いかにラクをするかに一生懸命になる、と。
そして私は「それぞれの努力でいいよね」みたいなところに落ち着けていますしその気持ちにあの当時も今もウソはありません。
でもあれから5年経って読み返して気づいたことがあります。

若い人には「おばさん的努力」を勧めてはいけない(きっぱり)。
なぜならおばさん的努力はあくまでもおばさん的にしか実らないからです。
おばさん的に実る、とはどういうことかというと「有閑マダムとしての資質が開花する」ということ。
これを目指す人は目指せばいいですけど、全員が条件(例:配偶者の食い扶持でやってける)に恵まれているわけでもありません。
また恵まれていても全員が目指しているわけではありません。
少なくとも私は目指していません。
私は有閑マダムではなく「ギョーカイを潰す編集者」でありたいです。

当時からニキさんの言う「手抜きのために頑張る」はよく理解できたのですが、どうしても肌身でわからなかったのは「省エネ」です。
たとえば私が今55歳。あと10年働けるとする。そのあと10数年隠退生活を生きて死ぬとする。だとすると今から間に合いそうにないものは努力やめようよ、という発想です。
このへんニキさんは計算高い。そして私は計算力がない。もちろん全方向への努力などする力はないのだけれど、目の前の課題を乗り越えるためには真っ向勝負しますし、それでエネルギーが枯渇すると思えない。のでそこで省エネしない。エネルギーは、どこかに注入すれば注入するほど沸いてくるのが実感。むしろ、注入しないと枯渇する。そしてそういう姿勢でやってきたからこそこの前読者の川添さんからいただいたような評価をいただくことになるのでしょう。
長いけど貼らせていただきますね。

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無視されてきた事実を認めてくれた (川添紀子)
2019-01-13 22:38:55
15年前くらいは、体力作りも就活も、的外れなことばかりして、くたびれ果てていた20代ミドルでした。自分が怠け者のように感じられて、自己嫌悪で一杯の日々を過ごしていました。

身体障害、考え方、感じ方のずれについてニキさん藤家さんのお二人に言及してもらい、また、浅見さんの職業観に触れ、努力の仕方、体力と就労へのアプローチを変えることで、あっさりと社会に出ることが出来ました。今までの自分はなんだったんだろう、と笑えました。

花風社の本を読み、言葉以前のアプローチをしていると、子供時代のことを良いことも悪いことも思い出します。

治らないと信じている人たちの考え方、言動は、私が小さい頃不具合を訴えても困った顔で笑って聞き流した周りの大人を思い出させます。病気になるまで放置した挙げ句、病状にしか対処しようとしない。

親兄弟、親類、学校の先生、看護師や医者(小児科、耳鼻科、歯科、整形外科、内科、婦人科)がみんな敵に見えた時期が長かったです。

私はかなり幼い段階で、彼らの常識に合わせた努力をするしか生きていく術はないんだと誤学習してしまい、思春期以降、自分の意思で人生を築いていかなくてはいけない段階で躓き、20代半ばまで苦しみました。

ニキさん、藤家さんはは自分の中で起きている出来事を、無視しないで素直な言葉で文章にしてくれました。大地君は子の異変を見逃さない大人に見守られながら素直に語り、こよりさんは見逃さずに見守った我が子の成長の経過を語る。

自分が無視して遣り過ごしてきた不具合は無視すべき事象ではなかったんだと判ったとき、私には治っていく道が見えました。

神田橋先生、栗本さん、南雲さん、灰谷さん、専門家の皆さんが語る治療へのアプローチは、当事者、親御さんが語る努力と出した結果へ裏付けを与えてくれます。

人ひとり一人の心身の内側で起きていることは、その人だけのもの。

育ちは、周りの皆と一緒でないと駄目なのではなく、社会に出る段階で帳尻が合っていれば良い。

成人してからだって取り返しはつく。自分の躓いたところから満たしていけば、なんとかなるよ。

花風社から出版される本を時代順に読み返してみると、浅見さんが出版しながら考え、学び、思い、感じたこと、伝えたい事が見えてきて泣けてきます。

遊ぶ金ほしさに仕事してないとツイートされてましたが本読んでたら伝わって来ます。

治らないと信じている人たちは、浅見さんほど当事者と向き合っていないし、勉強もしていないし、勉強は出来てたとしても、学んだ知識を当事者、親御さん、ひいては社会にに還元しようとしないんですよね。

浅見さんは、無視されてきた、当事者の中で起きている事実と専門的な視点を繋げて、誰にでもわかるように、しかもリアルタイムで、日本全国に、発信し続けてくれました。本当に有りがたかったです。

次の2冊が発達関連の最後になるとの事、寂しいよりも、発達の次は何かしら、と楽しみにしてます。

=====

私が発達障害の世界に置き土産にしておかなければならないものの一つは、職業観です。
先日の読書会でそのあたりを教わっていない人が多いかも、とちらりと思いました。
川添さんが私の職業観のどこに学んでくださったのかはわかりませんが、折に触れて書いておいた方がいいかなと思いました。

だから断固として書いておきますが

これから世に出る人たち、今後の社会人生活が長い人たちは、おばさん的努力ではなくお姉さん的努力をしてください。
おばさん的努力は、おばさんとしての幸せしかもたらしません。
ニキさんのように「先天性お年寄り」(本人談)だとそれも幸せなのでしょう。
でもおばさんでも私には無理ですわ。


私は場所前の稽古の動画を見て「今場所がXデイだ」とわかっていたので、昨日までは見られませんでした。
決まった今日からのびのびと大相撲中継を見ました。
結びの一番、物言いつきましたが、皆さん知っていますか?
行司さんは必ず軍配をどちらかに上げなくてはいけないのです。
「う~ん、同体?」と思ってもどっちかに上げなくてはいけない。
それも私がお相撲を好きなところです。

そして私ははっきりと、軍配を「お姉さん的努力」に上げます。
それが私の今現在の判断だと、知っておいてください。そして判断材料にしてください。

自閉が自閉のままでいいと決めるのは誰か

2019-01-16 11:39:23 | 日記
1月14日の読書会にお越しいただいた皆様、ありがとうございました。
愛甲さんが来てくれてよかったですね!

最初にお話したように、今回私も赤本と『10年目』の二冊を読み直してみて色々再発見があり、作った人でもあり、三時間一人でしゃべれと言われたらしゃべれたんですけど、普段はSNS上だけでやりとりしている人たちがリアルに言葉を交わせる良い機会でもあり、会場からたくさんの声をいただきました。そして愛甲さんがたくさんお話してくれたのが本当によかったと思います。

私が自分で仕切るつもりの無料の会でしたから愛甲さんも任意できてくださって、任意で前の席に座ってくださって、ギャラのお約束もなんにもしておらず、聘珍樓の甘栗をお土産に差し上げただけです。申し訳ないので何かまたお送りしておこうと思います。

私が最近、二冊の本を読み直して思ったのは、当時私が「治したい」と思ったのは次の四点だったなあということです。

1 感覚過敏・鈍麻といった感覚の偏り
2 自分の身体がどこからどこまでかわからないというボディイメージの問題
3 睡眠、体温調節等本来無意識で行われる活動の弱さ
4 季節の移り変わりへの耐性の弱さ

当時は三つ組みの障害とか言われていましたが(DSM5でははずれた)、社会性とかコミュニケーションとか想像力とか言われても治る気がしない。でもせめてこうした身体方面のつらささえきえればどうにかなるのではないか、と思ったんですな。

そして今やこれは全部治るようになったんですよね。

そして予想通り、こういう身体のつらさが治っていけば脳に余裕ができたのか、社会性やコミュニケーション方面でも、いやそればかりではなく知的な指数さえ伸びる。それがわかったのがイマココです。

そして一方で赤本当時の私は、「巨人を消さなければ」とまでは思っていなかったのも事実なのです。

巨人がいる、ってちゅん平さんが言って、それに対し「わはは」とか笑いましたけど、別に「巨人がいるとはけしからん。これは消さなければ」とは思わなかった。そのへんは異文化なので尊重しなければ、というある意味のんきな考え方をしていたわけです。

でも結果的に色々治った結果不安がなくなると巨人は消えた。っていうか、巨人がいなくても平気になったんですね。

そして巨人がいなくなると主体性が出てくる。主体性は生きていく上で必須のものです。巨人が消えて人生が始まるとも言えます。

そして自閉じゃなくても巨人的な世界観を持っている人はいます。保護者にもいます。医者という巨人が「一生治らない」と言ったからこよりさんちが治ったよと言っていても「こよりさんは医者じゃないから」と信じない人たちです。医者という権威を信じてしまい、実は彼らが発達の領域においては行政の下請けみたいな仕事しかしていないことまで見極められていない。誰かえらい人に判断を委ねるのが楽ちんな人たち。

これでは手に入れられるものがぐっと少なくなりますね。

だから巨人はいない方がよいのです。というか、巨人がいないくらい自己が育っていた方がいいわけです。社会を生きていくには。

でも「巨人いるって面白いわ」っていう人がいたらどうするのか? というのが私の疑問でした。

そして皆さんのお話を聞いていて

「自閉文化をどれくらい大切にするかどうかはそれぞれが決めればいいこと」と思いました。

少なくとも「巨人けしからん」はいけません。
どういけないかというと、効果的ではありません。
巨人からは治らないからです。
不安がなくなれば巨人はいなくなるし、不安をなくす近道は身体をラクにすることだから。
いきなり「巨人けしからん」では効果がありません。
でも多くの療育が、実は「巨人けしからん」みたいな大脳皮質上への働きかけから始まっていますね。そして効果がない。なぜなら発達障害とは神経発達のヌケだから。土台からやらないと育つわけがないのです。
土台から育てず大脳皮質上にだけ働きかけ治らない治らないと言っている。それが多くの療育の実態です。

おそらく赤本にきゅんきゅん萌えた支援者たちは、自閉っ子たちにその独特の世界観を持ち続けてほしいのでしょう。
私は自分が当時、そういう気持ちだったのか、と疑問を持ちながら今回読み直しをしました。
私も萌えていたのかなあ、と。
何しろ私は二人が大好きだったのです。

そして気づきました。

その辺なんにも考えていなかったなあ、と。

ただ身体をラクにしてあげたかった。
それはなぜかというと、自分自身が体力があることでとってもトクをしてきたからです。
なぜトクをしたか。
体力があると根性が(さほど)なくても結果働き者なのです。
そして働き者を嫌う職場はありません。
というわけで私はいつも上に評価されてきた人なのです。

私は二人を仕事人として評価していました。
そこに体力を付け加えて鬼に金棒してもらいたかったのです。

そして身体がラクになった結果ちゅん平さんの世界からは巨人がいなくなったわけですが

どうしてもいなくなってしまうのならいなくなっていいときっぱりと思いました。

身体を治してあげたいという強い気持ちは私にはありました。
その結果社会性も治ってしまうだろうなという予想もありました。
そこで去りゆく巨人(一種の自閉文化の象徴)を惜しむ気持ちもちらりとありました。

でも自閉文化は巨人だけではなく
中には生きやすさと両立するものもあるはずです。
巨人は違います。
巨人は非自閉の人にとっても生きやすさを阻む原因となっています。

どこから治りたいかはそれぞれが決めればいいこと。
改めてそう思いました。
そして私は、治りたい人のために情報を提供していくのだと。

お越しいただいた皆様
愛甲さん
ありがとうございました!

障害と個性

2019-01-12 09:16:51 | 日記
14日の読書会のため、赤本こと『自閉っ子、こういう風にできてます!』を読み直していて思い出したことがあります。詳しくは当日話しますがつれづれに書いてみますね。

私は当時、二人(ニキさんと藤家さん)が大好きだったなあ、ということ。
だからこそ二人と本を作りたいと思ったし。
いい子たちだなあ、と思っていたということ。
そして私が大好きだった部分は、あんまり障害とは関係なかったのですね。それが個性だったのかもしれません。

そして当時私はギョーカイに反発してもおらず、というか、新参者なのでえらい先生たちが「生まれつきの脳機能障害だから治らない」という以上それを素直に信じていたのです。
そして一方で、えらい先生たちは、自閉っ子たちと世の中の架け橋になるべく努力しているのだと思っていた。
まさか私が受けた法的被害一つ解決策を持っていないとは思ってもいなかったのです。
「ありのまま」「社会の理解ガー」を旗印に問題を先送りにするカンタンなお仕事しかしない人たちだとは思っていなかった。

でも今は無能さを知り
そもそも

・生まれつきの
の概念のもろさを知り

・脳機能障害
は神経発達障害になり

・治らない
はウソになりました。

じゃあ私は当時二人に治ってほしかったのかな?
大好きなのに治ってほしかったのかな?

当日はそのあたりから始めましょうか。

それにしても

自閉は身体障害じゃないか、と問いかける私にニキさんは「身体障害ですよ、自閉は」と答えている。

当時ニキさんもギョーカイとは仲良しだったんですが、っていうか萌えられてかわいがられていたんですが、えらい先生たち、具体的に言うとS山大先生やT井大先生が一向に身体感覚に興味を持たないことは愚痴ってました。ニキさんのいつもの不定愁訴みたいな感じで「あの人たち興味持たないよ~」みたいに。

でもさあ、ニキさんや森口さんを発見するまであの人たちの萌えの対象は外国人だったのです。『自閉症だったわたしへ』のドナウィリアムズとか。そしてドナさんはちゃんと身体感覚について書いてるよね。邦訳が単行本で出たのが1993年。そこに身体感覚のことはちゃんと載っていたはずなのにギョーカイ人は生きづらさが大好物だからそこにしか反応しない。

そして赤本が2004年。私はあれをギョーカイ人の萌えのために出したのではなく、気まぐれな身体感覚とそれのもたらす世界観のつながりについて知ってほしくて出したのに、ギョーカイ人は雨が痛い風が痛いという二人にきゅんきゅん萌えた。そして未だに言いふらしてる。

そして2013年、やっと感覚過敏鈍麻がASDの診断基準に入った。ギョーカイが重い腰を上げるのはここから。

2004年に二人の証言をきいて身体から手当した人たちはどんどんラクになっている。

だからね~

つねに当事者が最先端の情報を持っているんです。
ギョーカイに付き合ってたら20年遅れるよ。

読書会当日は障害と個性の話題から始めましょうかね。

13時に開場するので13:15くらいからゆるゆる始めます。
よろしくお願いいたします。

知的障害は治りますか?

2019-01-11 09:31:26 | 日記
という本は出ません。新刊のお知らせではないです。
今こうきかれたらどう答えるかの話です。

猿烏賊方面では「さすがに知的障害は治らないんでしょ」と思っていたみたいですが、私は「治っちゃうだろうな」と思っていました。なぜなら神経発達障害だから。神経発達障害である以上、知的障害があるかないかの線引きはあんまり関係ないよね。

そうしたらDSM5においても知的障害は神経発達障害にきちんと組み込まれ、知能指数は変動することを前提に新しい診断基準が設置されていました。

「なんか治っちゃう人いるよな~」という実感はあたっていたらしい。
花風社クラスタではよくある話。

先日、1月24日の講演打ち合わせ(おかげさまで満員札止めです)で、この問題を主催者の方々と話しました。
「知的障害は治りますか?」と医者にきいたらたぶん「治らない」という答えが返ってくると思います。それはある意味、社会的使命に応じてでの答えでもある。でもこの私がきかれたらどう答えるでしょう。たぶん「治った人は知っているし、治った人が何をしたかも知っているし、どうしてそれで治ったのか説明できる」と答えるでしょうね。そしてこれが私の社会的使命なんですよ、っていう話。

そこで医者の言うことを信用して私の言うことを信用しない権威主義の人もいるでしょう。でも医者の本業って何? 本当は治すこと。でも発達障害の医療は治さない医療。だったら彼らは何が仕事? 分類して行政の手先をやること。治し方なんか考えたこともない人が大多数。それを「浅見が治ると言っているけど医者が治らないという以上治らないんだろう」と権威主義に従うのは自由だけど自己責任でお願いね、っていう話。

じゃあ浅見って何者? っていうと「消息筋」ですね。
よく言われるでしょ。「消息筋からの情報によると」って。
一般社会人で、本を作る人で、発達障害に特化して十数年を送ったあげく色々な情報が入ってくるようになって、その結果「知的障害は治るだろう。だって神経発達障害なんだから」と思うに至り、実際に「治った!」という人たちと知り合うに至り、そしてその人たちがどういう信念のもと何をやって何をやらなかったかを知っている消息筋です。

そして「発達障害」を砂かぶりで見てきたその消息筋の社会的使命として

知的障害は治りますか?ときかれたら

・治った人
・治った人が何をやったか
・なぜそれで治ったかの説明

はできますよ、と答えるしかないですね。

1月24日のレジュメは今のところこんな感じです。
私部分ね。
ここ30分で終わります。
残りは栗本さんのパートです。
今回間に合わなかった皆さんは次回またどこかでお会いしましょう。

=====

神経発達障害という突破口

1 頭蓋骨からの解放
『自閉っ子、こういう風にできてます!』で見つけた身体のバグ。それに伴う世界観のずれ。
・感覚過敏
・ボディイメージ
・無意識の問題(体温調節、睡眠、疲労等)
・季節の移り変わりへの脆弱さ
→すべて解決策が見つかった。

2 医療からの解放、と同時に医療を解放してあげる
・発達障害を治すのは医療ではない
・医者に治せと詰め寄ると医者がかわいそう
・医療は行政の手足となるのが本業 過度な期待は禁物
・医者を問い詰めるから「治らない」と逃げられる
・知的障害は治りますか? ときかれたらこう答える

3 「一生治らない」という思い込みからの解放
・本当に治りたくないのか?
・障害受容何それ食べれるの?
・友だちの意見はきかなくていい 自分の頭で考える

自傷・他害・パニックは防げますか?

「現象」に注目している。
「現象」に注目して躍起になってきた療育が時代遅れに
例: 夏の過度な水遊びを止めるには
ひと粒の卵ボーロで買収する(大脳皮質のみへの呼びかけ)vs腎臓ワーク(神経系への呼びかけ)

自傷・他害・パニックを起こさせているものは神経の未発達であり発達のヌケ
それを埋める方法→栗本さんパートへ
治すしか取り柄のないおっさん(浅見談)→「治すのはオレじゃない」(本人談)

機会は提供した

2019-01-10 08:22:11 | 日記
昨日のブログを見て、当時から事情を知る人が「あれはひどかったねえ」と思い出してくれたようです。吉川徹やそらパパこと藤居学や消えちゃったベムからの集団攻撃ね。
そしてそれに乗っかった人たち。
誰もまだ治っていない。
花風社クラスタは本を読み始めて数ヶ月で「治ったとしか言えないから治るという言葉を使う」と言っているのに彼らはまだ「治るってなに」「さすがに知的障害は治らないだろう」とか言ってる。
まだそんな段階だっていうだけで、彼らが「治る」を体験していないのがわかる。
でもそれが自分で選んだ道。だから彼らも満足でしょう。
お互い自分の信じる道を行けばいいのです。

私は「こういう方法があるよ」と機会を提供した。
彼らはそれを拒否しただけではなくひどい攻撃をしてきた。
それが答えなら、私は彼らが一生我が子の下の世話をする運命にあろうと、一生仕送りする必要があろうと、1ミリも同情しません。同情したら失礼でしょう。それが彼らが一人の大人として自分で判断して選んだ道なのだから。
私は彼らに1ミリも同情しないだけではなく、彼らにわかってもらおうとも思わない。
ただ後続世代は両方を見て判断すればいいとは思っている。
私は治る本を作り終えたら、マーケティングに大注力するんである。
そしてそのマーケティングに必要な本は出して行く。ギョーカイの悪口本。治った本。66歳になる頃には「うちの親がエビデンスエビデンス言ってたので出遅れちゃったじゃねえか馬鹿野郎」という成人になった猿烏賊親を弾劾する子ども本でも出しているかもしれない。

エビデンスを出したら信頼してやる、と迫られても、一人の人間の発達にエビデンスなんかいらないし、何より我が子に一日五分アプローチを行うことで「治る!」と喜んでくれる人たちを私は客筋としている。そして金のかからないことをやっているから公金に群がる必要もない。ギョーカイがエビデンスエビデンスいうのは公金に頼らないと商売にする自信がないからである。その点うちは純粋な民間でやっていけているんだからエビデンスはいらない。エビデンスが必要なのはあっち。そしてあっちは客ではない。なんで客でもない人のために証明してみせなきゃいけないんだろう。エビデンスと心中したい人は心中すればいいです。
私は私の提供できるものを提供している。それはリーズナブルな値段で明日手に入る。それをやってみるかやってみないかは完全に個人の自由。論文がついていないとやれないのならやらなくていいのです。

もっとも『発達障害、治るが勝ち!』にはそのあたりこう書いておきましたけどね。

=====

 でもちょっと考えてみよう。

 ギョーカイ人が自分のメソッドの公共事業化を狙い振り回す「エビデンス」という言葉。それに振り回されて選択肢を縮めている親たちのうちどれくらいが実際にエビデンスの出ている論文に目を通しているかと言うと、ほとんどいないだろう。「努力でカバーするには限界があるんです!」と叫ぶ当事者たち。そのほとんどが、限界までの努力などしたことはないだろう。見たことのないエビデンスを信じ、したことのない努力を無駄だと切り捨てる。ギョーカイのご都合とぴったり合った省エネモードで動く人たちがいるのである。私の目的は、それを弾劾することではない。この本の目的は、読者に主体的な選択を可能にすること。そのために「当事者保護者仲間にはそういう人がいるよ」と明示しているだけである。その中で、努力するかしないかは自分で決めればよい。

 そして言っておきたい。十数年見守ってきた結論から言うと、努力は報われる。地道な努力は、いつか花咲く。「努力しなくていいんだよ」というのはいつまでも卵を産むめんどりにしておきたいギョーカイのセールストークと考えていた方がよい。ギョーカイにとっては、努力せず、だから挫折も味わわず、だから二次障害に苦しむことはないけどぼんやりと生きている「生ける屍」みたいな人が取り扱いやすいのである。だから努力は奨励しない。二次障害になるのなら死んでもいい、と説く。努力など実らないと説くギョーカイ人もいるかもしれない。そしてギョーカイの立場からは、努力を実らせた発達障害者は皆無に見えるだろう。なぜなら努力を実らせたとたん、ギョーカイは伝家の宝刀を持ち出して切り捨てるからである。ギョーカイの十八番「偽者扱い」である。

=====

エビデンスエビデンスうるさい皆さん。
皆さんは生まれてから何本くらい発達に関する論文を読んだんでしょうね?
論文を普段から読み込んであれこれ検討しているからこそうちにも論文つけろとか言うんでしょ? まさか読む習慣もない論文をいちゃもんで要求しているんじゃないですよね。
まさか論文の代わりに吉川徹大先生のツイッターで済ませてないでしょうね?
吉川徹大先生がよくリンクしている英文アブストラクトくらいには目を通したんでしょうね?
私は結構目を通して吉川に助動詞のニュアンスちゃんとくみ取れよ、ってアドバイスしてあげたけど。吉川は助動詞すっ飛ばして訳すから。ま、理系あるあるなんだけどね。
助動詞すっ飛ばすとトンデモにみえてしまうんだよ。
と吉川をディスるのは専守防衛です。最初にやられたからやり返しているだけの話です。

誰も興味ないでしょうけど

2019-01-09 19:53:07 | 日記
みるさんが花風社の著者、主として身体アプローチ関連の講座まとめサイトを作ってくれました。
これは便利です。


まとめサイト作ろうと思うんですけど、と言われたので「あったら便利」と答えたら早速。
なるほどTogetterを活用するのですね。



そして私は思い出しました。
第一次猿烏賊騒動のとき、今やNHKできれい事いっぱい言っている吉川徹先生とか今はどっかに消えたベムとかが、せっせせっせと私の(悪い)印象操作に励み、いいようにきりとったツイートをtogetterにしてバラまいていたこと。

とにかく花風社を、浅見を、潰そうと彼らは集団でヒステリーを起こして大騒ぎしたこと。
あれは「集団いじめ」にほかならなかったこと。

今、「治る」を享受している人たち
そして「浅見さんなんであんなにきついんだろ」と思っている人たちに頭の片隅においておいてほしいんです。
あっち側はそれくらい卑劣なやり方をしてきた。そこに負けなかったから今があるんだと。そこに負けなかったから支持してくれた人たちもいて、支持してくれる人の層がある程度あるからこそいいものを持っている無名のおっさんたちの本も赤字を出す心配なく出版でき、それが売れて、治る人が増えて、そして全国的な広がりを見せているんだと。

こういう経緯もあって私は、どれだけ親しくしていても「もっとみんなとうまくやれ」とか「戦うな」という人とはその瞬間につながりを切ります。

神田橋先生くらい洞察力があると、そこがわかっている。

最近14日の読書会のために赤本こと『自閉っ子、こういう風にできてます!』と『10年目の自閉っ子、こういう風にできてます!』を読み直していて気づいたことがあります。

ニキさんの「遊ぶ金ほしさに働く」という言葉。私はこれはいい言葉だなあ、と思いますし遊ぶ金ほしさに働く人が増えてほしいですが、私自身が働く目的は断じて遊ぶ金ほしさではありません。

そしてニキさんが「遊ぶ時間がなくなるほど仕事したくない」と言っているのも思い出しました。これも私はかなり考えが違います。ニキさんは省エネに熱心ですが私はエネルギーは使えば使うほど沸いてくるものだと体感しています。

私が「治そう」と言い出したのは金のためではありません。
むしろ「治そう」が支持されないのなら撤退していたでしょう。
私が「治そう」と言い始めたのは真剣に共存を考えたからです。
治そうとしないギョーカイが社会的使命を果たしていないと思ったからです。

私は誰かの顔色を伺ってメジャーな方におもねるために意見を変えるような人間ではありません。
そんなことしなくても物心ともに幸せな毎日が送れる絶対的な自信が私にはあるのです。
根拠はとくにないかもしれません。でも私は言うべきことを言っていたら絶対にサバイバルしていける自信がほぼアプリオリにあるのです。
だから金のために意見は変えません。
「正しいことは通る」という信念が私には備わっているのです。だから怖くないのです。

私は遊ぶ金ほしさのために働いてはいません。
でも自分のささやかな遊び欲を満たすお金には生涯困らないという自信があります。
だから自分の正しいと思う本を出して行きます。

あと二冊、の意味を皆さんどこまで把握しているかわかりませんが
あと二冊と限ったのは、あと二冊出したら治ってしまうだけの企画を私は今進行しているからです。

そして私の目的は「ギョーカイを潰す」であったり「支援の断捨離」(@南雲さん)であったりするので、
そして書籍を流通させる機能を持っているのは花風社の財産なので
ギョーカイを潰せるような本が出せるのならこれからも出します。
ありきたりな当事者の自伝には一切興味ありませんが、ギョーカイを弾劾する本なら検討します。
そして皆さんにブログを書いてくれ、と言ったのは、治った人のプロセスを集めて書籍化できたらもっと「治るんだ」ということが広がるからです。希望を広げられるからです。

それと今、アンチが一番力いれているのはネット書店のレビューですから
そんなに毎日ツイッター等で花風社に感謝してくださるのなら本を読んで助かったというその素直な気持ちをレビューにしてほしいです。
それが花風社への応援なのです。
治る人を増やすことなのです。

出版は在庫商売ですから、過去の仕事が未来の収入になります。
私は遊ぶ金ほしさのためではなく、未来にさらなる仕事をするために仕事をするのです。
社会正義を実現するために仕事をするのです。
結果的にそれは遊ぶ金をもたらし、私は南の島に出かけたりします。
なんのためかというと、さらに仕事をするために遊ぶのです。

誰も興味ないかもしれないけど、それが私の仕事観でありお金観です。