治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

進化と発達

2017-03-22 11:52:52 | 日記



1月9日と3月20日は基本的に内容は同じなので、二回ともご参加なさる方はご承知ください、ということでおとといの講座の日を迎えました。「進化と発達をたどり直すコンディショニング」です。
その後私の理解が進んだので、1月9日に示した四つの目標をこう書き換えました。

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第一の目標 「やりたいことができる身体」を育てるため「動きの発達段階」を見極める。



第二の目標  進化や発達の動きをたどり直すことで、しっかりと使い切れる身体、充分に弛められる身体を育て、「やりたいことができる身体」につなげる。


第三の目標 中枢神経を育て、意識運動(大脳皮質の働き)と無意識運動(原始反射等)の連携を促す。


第四の目標 集団指導に役立て、社会生活へとつなげる。


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そして栗本さんに講座をまかせました。実技が中心の時間帯が続きました。皆さん楽しそうに取り組まれますが、とりとめがない。そしてそれは栗本さんの言語力だけのせいではないのです。なぜとりとめがないかというと、栗本さんが示す運動では四つの目標が同時に達成されているところがあるから、説明が構造化しにくいのです。じゃあなぜ四つの目標が同時に達成されてしまうかというと、身体はつながっているからです。

そんなこんなで自分の思わぬヌケに気づかれてびっくりされていた方も多いと思います。
私もこの二か月、自分で人体実験をして気づいたことがたくさんありますよ。

私が読めと言った本を栗本さんは読みませんが、栗本さんが読めと言った本を私は全部読みます。それが読書力の違いです。というわけで二か月で私の理解も進み、理論編はかなり上手に説明できたし納得していただけたのではないかと思います。

今度の本に詳しめに書いておきましたが、私が当初より身体アプローチに興味を持ったのは「週五日働ける身体づくりを」との思いからでした。そして今は「やりたいことができる身体」へと目標がシフトしてきました。

愛甲さんの感想です。

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昨日はありがとうございました。
これまでのすべてのことが繋がりをもって白日のもとに現れ出てきたような、そんな講義内容でした。

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ねこ母さんのブログです。




青森から鹿児島まで、たくさんの方々にお越しいただきました。饗宴も楽しく済みました。あとで饗宴写真を見たら、栗本さんが楽しそうなのでびっくりしました。あんだけいじられていたのに。

写真は次の日、ちゅん平さんと食べた千疋屋のパフェ。
約束を果たせました。

お越しいただいた皆様、栗本さん。
ありがとうございました。

社会との橋渡し

2017-03-20 08:44:01 | 日記
昨日は新幹線に乗って、愛甲さんと別の心理士の方、精神科のドクターと三人で特別支援社会の見学に行きました。

ここは司法のお世話になった人や各施設でもてあましてしまった猛者ぞろいの入所施設で、でも安定してくらしているそうでした。

愛甲さんは偶然、以前通っていた施設の利用者さんに再会しました。そちらの施設で勇名を馳せ、こちらに移ってきたようです。あちらも「言語の先生」と覚えていてなつかしそうに会話を交わしていました。「今は幸せです」ということでした。にこにこ穏やかな顔をしていました。お部屋も見せてくれました。

言葉以前のアプローチが徹底されているところだと思いました。猛者ぞろいのはずの利用者さんたちが和気あいあいでした。愛甲さんが再会した彼も以前の施設ではお友だちなどいなかったようですがここでは人の輪に参加していました。

施設には門も柵も鉄条網もなく、視覚支援などひとつもなく、TEACCHのかけらもありません。それでも安定しているのでした。

ここを出て社会で暮らしている人もたくさんいるということでした。

それがなぜか、自分の中では今、納得しています。

一緒に行ったドクターは優しい方でした。患者さんに浅見ファンがいるのでサインしてほしいというので「応援しています!」というメッセージを添えてサインしました。

その優しそうなドクターを食事の席が一緒だった女性が「あの人は刑事さん?」ときくのでディープだなと思いました。
その女性はもうすぐ卒業式だそうです。幸せになってほしいです。
彼女の住む女子寮にはお雛様が飾ってありました。

愛甲さんとは行きも帰りもおしゃべりを楽しみました。
愛甲さんとはいつもお話が楽しいです。くだらない芸能界の話題とか出てこないからです。私は芸能人の話とか、この世で一番不要だと思っています。それでも私は最近ガールズトークを結構我慢しています。本づくりのためです。あ、栗本さん方面だけではないですよ。それはまた、いずれ。

愛甲さんは画伯のポーラ美術館にも栗本さんの金がない発言にもダメ出ししていました。
やっぱりそうだよね~と思いました。
なんでこの話を蒸し返すかというと
そういう価値観の違いを鑑みた支援がこの施設ではなされていたからです。

それでは本日お目にかかる皆様よろしくお願いいたします。


身体づくりという言葉に代わるもの

2017-03-19 06:58:34 | 日記
さて、花風社ではじょじょに身体アプローチという言葉を「言葉以前のアプローチ」にしていきますが
岩永先生の時代から長年使ってきた「身体づくり」という言葉も別の言葉に置き換えていきます。
明日の講座で発表しますね。

明日の講座「進化と発達の過程をたどり直すコンディショニング講座」の目標は四つあります。
レジュメ代わりに貼っておきます。
明日はこれ以外にピラミッドを二つ描いた紙を配ります。
お会いできる方、お楽しみに。

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第一の目標 「やりたいことができる身体」を育てるため「動きの発達段階」を見極める。



第二の目標  進化や発達の動きをたどり直すことで、しっかりと使い切れる身体、充分に弛められる身体を育て、「やりたいことができる身体」につなげる。


第三の目標 中枢神経を育て、意識運動(大脳皮質の働き)と無意識運動(原始反射等)の連携を促す。


第四の目標 集団指導に役立て、社会生活へとつなげる。

現実路線

2017-03-18 11:38:54 | 日記



先日、ギョーカイのダブスタ(財務省にエビデンスを求められて激おこのアピール)について書いたところ、釧路高専の松崎先生からアクティブラーニングの話題が出てきて、本を一冊読みました。そういえばアクティブラーニングって教育関係者騒いでるけどなんなんだろう、と。とりあえず一冊。西川純先生の「親なら知っておきたい学歴の経済学」です。

感想。これが国家百年の計ならいい方向に向かっているのだな。実現は難しいだろうけどこっちに舵を切るのならどうにかこの国は続くかもしれない。明治維新並みの改革になるだろうけど。そしてこの著者の方は今特別支援教育批判本をご準備のご様子(FB情報)。楽しみだなあ。

ともかく教育全体がこう流れていく中で、特別支援教育がどうなるか。まあ一言で言うと、ギョーカイの居場所はなさそうですね。

あと一つ、私が抱いていた問題意識にも(とりあえずの)回答が与えられるかも。私は発達障害の仕事をしている間に、保護者の問題とも戦ってきました。それは猿烏賊方面だけじゃなく、どっちかというと花風社がやっていることに賛成もしくは好意的な人とも。つまり、「なんでこんなにみんな応用力がないのだろう」ということです。もっとマニュアル的に作れとも言われたことがありますが、そうなると効果は出ない。私は読者の応用力のなさに合わせず読者の応用力の引き上げをはかりたいと思ってやってきました。もっともっと応用力持てば発達援助はもっとうまくいくはず。もっと治るはず。なのになぜみんなこんなに応用力がないのだろう。そのひとつが学校教育にあるだろうと思いました。それを変えようというのですね。現実路線だなあ。

と思っていて昨日はお彼岸の入り。母とお寺に行きました。行く道とランチの席でおしゃべりしていて、さすが私の母、栗本さんにずばっときいたそうです。「なんで結婚できないの?」と。そうしたら栗本さんは「金がないからです」とか答えたらしい。

ダメだなあ。第一女性をバカにしているね。なんか大きな誤学習をしているね。女性が生身の人間に見えていないんだね。だから芸能人の話ばかりして、それを聞いて女性たちがどんどん引いていくという悪循環。婚活の芋づるの端っこを全然つかめていないね。

母は納得していましたけど、80過ぎのお見合い結婚した世代のおばあさんを納得させちゃいかんのです。婚活市場は様変わりしているのだから。

こうやって栗本さんが「金があればもてる」と努力し、今度出す本が100万部売れたとしましょう。そしたらもてる? ないない。もしそれでよって来たら、ろくでもない女ですよ。

でも多くの人がこういう誤解をしてあさっての方向に努力するから、「自分に値付けを」みたいな自己啓発とか真に受けるのかもね。

逆に結婚したくてできない女性に「なんで結婚できないんですか?」ってきいて「美人じゃないからです」と答える人がいたら、相当イタイでしょう?

金がある男と美人の女性しか結婚できないのだったら、世界中トランプ家ばかりですもんね。大部分はそうじゃないけど結婚して幸せな家庭を営んでいるんですよ。

私は恋愛市場の現役ではないですが、外から見ていると、恋愛市場はむしろ健全になってきているように見えますよ。それでも親世代、祖父母世代の影響をぬぐいきれず、それを読めてない人が多いのかもしれませんね。

恋愛市場がこれだけ変わった間、教育はどう変わったのだろう?
ともかく、教育が現実路線にならないとこの先はないし、特別支援教育も国家百年の計の中にあるわけで、それだけで「ギョーカイはもう不要」になっていくでしょうね。

写真は宮崎から取り寄せた肉厚のパプリカ。
おいしそうです。

KY合戦

2017-03-16 13:37:01 | 日記



先週から、今週の水曜日が晴れになるといいなあ、と思っていました。
沖縄から山城さんがやってきて、栗本さんの案内で箱根の山に登るから、富士山が見えるといいなあと思っていたのです。
お二人は火曜日箱根に泊まって、次の日登って、そして水曜日の夜にはうちの夫婦も同じ旅館に部屋を取り、一緒にお食事。一泊目は画伯も来るとのこと。

画伯は沖縄で山城さんにお世話になったし、ダジャレ合戦を楽しみに来るのだろうなあと思いました。三人で温泉宿で、ガールズトーク(栗本さん)とダジャレ合戦(山城さんと画伯)を繰り広げ聴き手が誰もいない、という地獄絵図が展開しているだろうな、と思いながら私は火曜日の夜怒涛の入稿作業をしていました。案の定画伯からは「栗本さんが長澤まさみと見合いした夢の話をしていますのでなんとかしてください」というlineが。やれやれ。

そして明けて水曜日。横浜は曇っています。箱根は雪らしい。そうすると画伯がFBで、麓まで歩いて行って状況次第ではポーラ美術館にでもしようか、とかKYなこと言ってるので、本当にそうなってしまったらせっかく高い山のある関東にやってきた山城さんがかわいそうだなあと思いました。山城さんと栗本さんは、多少荒天でも登りたいだろう。もちろん状況判断は栗本さんがするだろう。ということで私は栗本さんに、画伯がどう言おうと状況が許す限り山城さんがやりたいことをやらせてあげてくださいとメールしました。

ポーラ美術館は素晴らしい場所ですが、山城さんは美術館見に沖縄から来たわけではないし、さらにいうと美術なんて一生興味が持たない人はいるもんです(栗本さんや山城さんがどうかは知りません)。私はポーラ美術館は好きですが、美術品より空間、さらに言えばお庭が好きなんですね。画伯はきっと芸術家肌の人に囲まれているから、「雪が降っていても美術館よりは山登りしたい」人の存在は想定していなかったのではないですかね。だったら山登り組と美術館組が分かれてそれぞれ好きなことをすればいいわけで、これが健全なセグメント化であり、どうしてもどっちかを選んで一緒に行動するのが友だち原理主義ですね。美術館行きたいなら一人で行けよ、山に登りたい人たちを巻き添えにすんなよ、とスマホを見ながら突っ込んでいました。

まあ結果的には画伯も山登りと頂上の光景を楽しんだようで良かったです。富士山もばっちり見られたようですし。きっと山城さんの普段の行いがよかったのでしょう。

三人が山を下り、私たちが旅館についたときにはお風呂から出てくるところでした。さっそく画伯がなんだか覚える価値もないほどくだらないダジャレを飛ばし、あきれる夫と黙殺する私。宿のフロントの女性が笑っています(客商売ですからね)。「昨日からずっとああいう感じです。いつもですか?」ときかれました。はい、いつもです。

それから夫と私は部屋でお酒飲みながら相撲を見て、かわりばんこにお風呂に行きました。私が二度目のお風呂から上がってきたら画伯が帰るところでした。「嫁さんが待っているので帰ります」とまた栗本さんの心をえぐるようなことを言います。

三人と宿の人で見送り、私は宿の人に「ダジャレが退散するように塩まいた方がいいですよ」と言いました。

塩はまいていないと思いますが、画伯がいなかったせいか夕食の席で山城さんのダジャレは封印されていました。夫が先日沖縄に行き県庁の人とかともお会いしたらしく、そういう話をしていました。ダジャレ仲間がいなくなり、空気を読んだのかもしれません。私の方は、先日大地君が卒業式で答辞を読んで、その動画を栗林先生が送ってくれたので栗本さんに見せたりしました。姿勢もいいし棒人間じゃない。いかにも自閉、という姿勢とはかけ離れたたくましい男の子に育っています。山城さんは栗本さんと山登りをして、足の使い方?とかを習って全然疲れなかったそうです。

私は登山は全く興味ないのですが、vibram(五本指シューズ)で歩くのは好きだからあれで歩ける道なら歩きたいなあ。
栗本さんにコースを考えてもらうことにしました。

沖縄にはこっちにないものがいっぱいありますが、箱根には沖縄にないものがいっぱいあります。また山城さんが来てくれるといいなあと思いながら帰ってきました。

☆☆☆☆

ご都合エビデンス重視

2017-03-13 08:47:22 | 日記
六年目の311、あのあとのことをいろいろ思い出していました。
節電っていうことで暖房消して毛布かぶって仕事してたな。
放射線量がはっきりしない中、とりあえず一日に一回は外出して郵便局に行ってた。
ご縁のあるところに少しずつ送金してました。

でもJDD(発達障害ネットワーク)には送んなかったなあ。
何しろ自分のところのえらい先生たちを被災地に送り込むのに寄付を募っていたので、開いた口がふさがらなかったのです。日本中が自腹切って被災地を助けようとしているとき、どっかの大学のリッパな先生たちがなぜ旅費を寄付にたかるのか。
それぞれ自腹で行け。
と思ったから送金しませんでした。

あの頃のJDDは今ほど落ちぶれてなかった。
東京のど真ん中でやる年次大会の参加者が、日本の端っこでやる本を一冊出しただけの普通のおばさん(こよりさん自称)の講演会の参加者数と変わらない、なんて状況ではなかった。
その後握手会というB級アイドルみたいな商法に走ったり、「センターオブセンター」(キリッ)として他業種から参入してくる不届きものをランク付けしようと思ってその後消息不明になったり、と迷走が始まったわけですが、そもそも最初のつまずきは未曾有の国難の際にもたかり根性を発揮してしまったことかもしれませんね。

なんだっけ。

そうそう、それを思い出したから久々にまたJDDのHPに行ってきたんですよね。
そしたらまたすごいことやってたよ。ネタに事欠かないね。
通級の教員数を基礎定数化したいと文科省が言った。
つまり児童数に応じて必ず確保できるよう予算がほしかったのね。
そうしたら財務省が拒んだ。
理由は「効果が見られないから」。

わっはっは。特別支援教育に実は効果がないことは財務省も気づいているんだね。
何しろ早期介入してさんざん特別支援したあげくニートを製造するカンタンなお仕事だから。
十年経つといろいろばれるよね。
先日どっかで「支援された人ほど就職できないのでは?」みたいな論調がありましたけど「知ってた」としか言えない。「この支援じゃ逆効果だ」って私は二〇〇八年かそこらには言い始めていましたよ。

そしてギョーカイ圧力団体であるJDDはその他の団体とともに財務省ばかやろー障害児の権利を! と緊急アピールを出しているわけですが、その際の言い分がすごい。

曰く「子どもによって持っている課題は様々で、効果を数値で測ることはできない」ですって。
呆。

新参者が入ってきたら「センターオブセンターのわれらこそエビデンス!」とボス風吹かせて頼んでないのに仕切ろうとする海老踊りな人たちが財務省に対しては「子どもはいろいろなんでエビデンスなんて無理です! とにかく金出せ!」って。
彼らののたまう「エビデンス重視」がいかにご都合主義か露呈したっていうもんです。

この話をFBでしてたら釧路高専の松崎先生がアクティブラーニングの流れを指摘してくれて
おお、そういう風に教育が変わろうとしていくのならおそらく通級指導に予算が増えることはないはずで

そして「通級している児童の数が増えたのが効果があるというエビデンス」とかJDDその他の皆さんは言ってますけど

効果があるのなら減るはずで。

花風社クラスタの中には通級使ってたけどもういらないよ、というくらい発達した人普通にいるわけで。


まあ特別支援教育自体がギョーカイの利権となっているということに財務省が気づいてしまったのなら、皆さんとしては「そういう流れの中で身を処す」ことを考えた方がいいですよ。

ひとつは特別支援教育に効果を求めること。

私は何も、予算を削れと言っているわけじゃないです。
削ってほしくなかったら効果を出せということ。
だから予算がほしい人は、現場に「結果出せ」と言いましょう。


もう一つは

治るが勝ち!

ですね。

この流れの中では

どう見ても「治るが勝ち」。

自分のためにも

予算をより必要としている人たちのためにもね。



地震と「治る」

2017-03-11 12:00:41 | 日記
さて六年目の今日ですね。

廃炉に四十年とかきいたときには絶望的な気分になったわけですが、六年経ったわけです。

ここ数日諸般の事情で長時間労働しています。最近にはないことです。
でもまあ、若いときにうんとやって基礎ができているので、いつでもそこに立ち戻ることができます。

今日は偶然、こんな原稿を書いています。
これ、表に出るかどうかはまだわかりません。
でも今日ならではのトピックなんで、貼っておきますね。

栗本さんの大阪講座も満員御礼となったようですね。
そしてなんと、明日から春場所です。

ということで

仕事に戻ります。


=====

 さて、ここまで読んできて読者の皆様は、私が「治る」と「改善する」を混ぜて使っていることに気づくでしょう。私は以前、「治るとは言えませんが改善します」という専門家の言葉を素直に受け入れていました。私が「治る」という言葉を使うと、「それって改善するっていうことですよね?」という疑問を投げかけてくる方もたくさんいらっしゃいます。けれども、今の私は「治る」と「改善する」を違う言葉だと考えています。
 お子さんに障害がありますと宣告を受けたとき、「治らないのだろうか?」と一瞬でも思わなかった親御さんはどれくらいいらっしゃるのでしょうか。私が使う「治る」という言葉は、そのときの親御さんの脳裏に浮かんだ「治る」とかなり近いものがあると思います。そして「治るとは言えませんが改善します」という専門家の言葉を、やすやすと受け入れることはやめました。
 なぜか? 脳は、そして神経は、地球と同じ天然生成物だからです。
 地球は人間の思い通りになりません。地震や火山噴火を人間は止めることはできません。地球は生きていて、自律的に動いているからです。原子力発電所のあるところで地震は起こさないでくれ、と人間が頼んでも地球は聞き入れてくれないでしょう。
 脳や神経も同じでしょう。「改善はする。でも治らない」と願うのは、「原子力発電所のあるところで地震を起こさないでくれと地球に頼む」ような、「ありえない望み」に思えてなりません。
 いったい誰がその「ありえない望み」を抱いているのでしょうね。
 少なくとも、発達障害を抱えたご本人たちではなさそうです。


それぞれの修行

2017-03-08 08:53:39 | 日記
鹿児島講演の話に戻ります。
こよりさんという人選は、たしかに「本を一冊出しただけのただのおばさん」でした。けれどもそのこよりさんを地元に紹介したいと思ったのはねこ母さんでした。ねこ母さんの自発性を私は尊重しましたから、もっと集客が容易そうな有名どころにすれば、ではなくねこ母さんの企画を尊重しました。
そしてそれぞれの修行がありました。

ねこ母さんの修行は、赤字にしないこと。
遠くから二人呼ぶ時点でハードル上げてますが、それは自分で決めたこと。とにかく赤字にしないこと。
補助金とかもらってやる講演ではなく、行政絡みでもない。
純粋に会費と本の売り上げで赤字にしないこと。

どうしてかって? これは事業だからです。
事業である以上黒字にするのが修行だからです。
そのためには集客すること。申し込んだ人からはきちんと集金すること。最初からそれが修行ですよとねこ母さんには宣言しておきました。

私の修行は、こよりさんというしばしば本筋を離れると思われる構造化されていない新規の相方との掛け合いを、きちんとお客が木戸銭払って後悔しないクオリティに持っていくこと。

そしてこよりさんの修行は、体調を管理すること。留守を委託すること。好き勝手しゃべるだけではなく「お客に何が有益か」を考えた私のプロデュースに乗っかることです。

そしてそのどれもがうまくいった講演会だったと思います。
本も驚くほどたくさん皆さんに買っていただきました。

お客がお金を払って得たものがあったと思ってくれる。
それが商売人として唯一にして最大のサバイバルスキルだと私は考えていますので、セルフブランディングだの夢に日付だのには興味がわきません。あえてセルフブランディングしたいなんて、「実力以上の対価」かなんかを求める人が欲張っているだけじゃないですかね。

一緒に仕事をしたことで、私の猫烏賊嫌いの源がどこにあるか、ねこ母さんにはきっと伝わったと思います。
くだらん自己啓発セミナーだの起業塾だの行って何かやれる気になるような人たちは
自分の実力不足か精進不足(営業方面も含む)から目をそらし
金出せばそれを教えてくれる人がいると安易に考えているからです。
猫烏賊は基本、怠慢なのです(ブ)。

神経発達障害だからね

2017-03-07 09:58:32 | 日記

これ、先日から英文では出回っていた情報で、「予測通りだな」と思いました。
社会性の障害とは神経発達障害。
つまり人間脳の根っこから育てるのが治る道。
大脳皮質にばかり働きかける犬の曲芸的SSTが効果ないのは当たり前です。

栗本さんと今やっていることが間違いではないという裏付けであり、早く読ませたかったんだけど、日本語の本も読めと言ってもぐずぐず読まない人に英語は無理だよね(ブ)。日本語になってよかったよ。

栗本さんの大阪でのコンディショニング、残席3だそうです。
新しいプログラムも出るのかな。
ご興味のある方はお急ぎくださいませ。

ニキさんとこよりさん

2017-03-06 09:07:13 | 日記
鹿児島の講演から帰ってきました。
定員70名のところ、東京から沖縄まで94名の方にお越しいただき、机を片づけてぎっしり並べた椅子にお座りいただいた皆様で会場は満員。早い春の来た鹿児島ですから、エアコンを入れました。温度だけではなく最初から最後まで泣いたり笑ったりの熱い講演だったと思います。その様子は主催のねこ母さんのブログでおわかりいただけるかと存じます。

さて、鹿児島講演のご報告記事題名がなぜ「ニキさんとこよりさん」なのでしょうか?
ニキさんがサプライズゲストで現れた? いえいえ。
九州ということでちゅん平さんは来てくれましたし、愛甲さんも神田橋先生のところでのお勉強もかねて来られました。でもニキさんは影も形もありません。それでも私はこの旅の間ずっとニキさんのことを思い出していました。そして当日の対談でなんでかわかりました。こよりさんとニキさん。ニキさんとこよりさん。人生の課題もベクトルもそれぞれの二人ですが、実はとても似ていることに対談を経て気づいたのです。それは、たとえば柔道で組んでみると相手の性格がわかったりするような、「組んでみたからわかる」ということだったのかもしれません。

ニキさんと似ている、ということはお仕事的にどうかというと、私とは漫才に容易になりやすい、結果、面白くてためになる講演がやりやすい相手だとこよりさんの資質を発見した感じです。あと、こよりさんのどこが貴重かも言語化できました。

このギョーカイには療育母さんたちがいますね。そういう人をもてはやす勢力がいる反面、母さんはあくまで母さんでいた方がいい、親が療育者になってはいけないとする勢力もいます。そしてこよりさんの場合には、療育、すなわち特性のあるお子さんたちの子育てという意味では優れているんだけど、あくまで母さんなのです。健常児の母さんと同じくらい自然な子育てだけど、でもそれはお子さんたちの特性に沿ったものなんですね。

こよりさんにとって四人のご高齢者の介護だったり凸凹キッズの子育てだったりが課題だということはわかりやすいです。一方でニキさんの課題は何かというと(別にこよりさんにしてもニキさんにしてもその全人生を知っているわけじゃないけど)、最近、ニキさんてもしかして猿烏賊的な人に出会ってその人たちに遠慮してというか顔色を伺ってというかそういう風に生きてきたのかなあとうっすら考えるようになってきました。だとすると腑に落ちるところがある。

猿烏賊的な人は自分の卑屈さをなんら恥じることなく自分よりちょっと優れたもの持っている人がいると人のことずるがったり羨ましがったりしますね。私にしたらそんなもんはくだらんのではねつけて反撃しますが、うるさいのでその人たちの目に留まらんようにする生き方もあるでしょう。「闘うか逃げるか」ですね。まあ逃げることを選ぶと結果びくびくするんですが。そしてニキさんのびくびく度合いって育ちの中で出会った猿烏賊チックな人への防衛対策なのかなとなんとなく思ったのです。

そんなこんなで二人はすごく違うように見えるんだけど、世の中に流れている言葉のどこに引っかかるかとか、結果説明がめんどくさいこととか、そして「めんどくさいね」って私が言ってもいい意味で悪びれないとことか、そういうところがとても似ていると思いました。似ているんだけど人生の課題が違うとこう違って見えるのか、とそこが新鮮でした。

そしてお二人とも、親御さんとの関係では苦労してきただろうし、その苦労が傷になってきただろうということも理解できました。

そして前夜の鹿児島饗宴ではお二人と逆に、自閉っ子の母であるがゆえに傷ついている母たちとも出会ったので、急遽ちゅん平さんに頼んで「すべての母さんたちへ」(『自閉っ子と未来への希望』収録)で講演をしめくくりました。千疋屋のパフェで取引したのです。どうせ食べきれないと思うけど自腹で食べるもんじゃないし、インスタにアップできるのでいいと思います。


いつものとおり、たくさんの人が泣きました。
私も泣いてしまいました。何度目かわからないけど、とにかくちゅん平さんが「親は出待ち」という世界観を持っていたころからの長い道のりを思い出してしまうのですね。

まあそんなこんなで濃い講演でした。
お越しになった皆様、主催のねこ母さん、お手伝いしてくださった読者の方たち、朗読してくれたちゅん平さん、ねこ母さんの旦那どんさんに感謝です。

それと「こより×浅見」は笑えるユニットだということがわかりました。
このペアは面白いです。またどこかで企画してください。このペアはうち主催じゃないほうがいいと思います。濃いです。笑います。びっくりします。そして学べます。「どうしてもこのペアで来てほしい」とリスクをとってくださったねこ母さんに感謝。そしてたくさんの方が来てくださって本当によかったです。

「こういう凸凹キッズ育てがあることを鹿児島の人にも知ってもらいたい」という郷土愛が生んだ企画でした。そして慧眼でした。

また皆様にお会いできますように。