治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

知的障害は治りますか?

2019-01-11 09:31:26 | 日記
という本は出ません。新刊のお知らせではないです。
今こうきかれたらどう答えるかの話です。

猿烏賊方面では「さすがに知的障害は治らないんでしょ」と思っていたみたいですが、私は「治っちゃうだろうな」と思っていました。なぜなら神経発達障害だから。神経発達障害である以上、知的障害があるかないかの線引きはあんまり関係ないよね。

そうしたらDSM5においても知的障害は神経発達障害にきちんと組み込まれ、知能指数は変動することを前提に新しい診断基準が設置されていました。

「なんか治っちゃう人いるよな~」という実感はあたっていたらしい。
花風社クラスタではよくある話。

先日、1月24日の講演打ち合わせ(おかげさまで満員札止めです)で、この問題を主催者の方々と話しました。
「知的障害は治りますか?」と医者にきいたらたぶん「治らない」という答えが返ってくると思います。それはある意味、社会的使命に応じてでの答えでもある。でもこの私がきかれたらどう答えるでしょう。たぶん「治った人は知っているし、治った人が何をしたかも知っているし、どうしてそれで治ったのか説明できる」と答えるでしょうね。そしてこれが私の社会的使命なんですよ、っていう話。

そこで医者の言うことを信用して私の言うことを信用しない権威主義の人もいるでしょう。でも医者の本業って何? 本当は治すこと。でも発達障害の医療は治さない医療。だったら彼らは何が仕事? 分類して行政の手先をやること。治し方なんか考えたこともない人が大多数。それを「浅見が治ると言っているけど医者が治らないという以上治らないんだろう」と権威主義に従うのは自由だけど自己責任でお願いね、っていう話。

じゃあ浅見って何者? っていうと「消息筋」ですね。
よく言われるでしょ。「消息筋からの情報によると」って。
一般社会人で、本を作る人で、発達障害に特化して十数年を送ったあげく色々な情報が入ってくるようになって、その結果「知的障害は治るだろう。だって神経発達障害なんだから」と思うに至り、実際に「治った!」という人たちと知り合うに至り、そしてその人たちがどういう信念のもと何をやって何をやらなかったかを知っている消息筋です。

そして「発達障害」を砂かぶりで見てきたその消息筋の社会的使命として

知的障害は治りますか?ときかれたら

・治った人
・治った人が何をやったか
・なぜそれで治ったかの説明

はできますよ、と答えるしかないですね。

1月24日のレジュメは今のところこんな感じです。
私部分ね。
ここ30分で終わります。
残りは栗本さんのパートです。
今回間に合わなかった皆さんは次回またどこかでお会いしましょう。

=====

神経発達障害という突破口

1 頭蓋骨からの解放
『自閉っ子、こういう風にできてます!』で見つけた身体のバグ。それに伴う世界観のずれ。
・感覚過敏
・ボディイメージ
・無意識の問題(体温調節、睡眠、疲労等)
・季節の移り変わりへの脆弱さ
→すべて解決策が見つかった。

2 医療からの解放、と同時に医療を解放してあげる
・発達障害を治すのは医療ではない
・医者に治せと詰め寄ると医者がかわいそう
・医療は行政の手足となるのが本業 過度な期待は禁物
・医者を問い詰めるから「治らない」と逃げられる
・知的障害は治りますか? ときかれたらこう答える

3 「一生治らない」という思い込みからの解放
・本当に治りたくないのか?
・障害受容何それ食べれるの?
・友だちの意見はきかなくていい 自分の頭で考える

自傷・他害・パニックは防げますか?

「現象」に注目している。
「現象」に注目して躍起になってきた療育が時代遅れに
例: 夏の過度な水遊びを止めるには
ひと粒の卵ボーロで買収する(大脳皮質のみへの呼びかけ)vs腎臓ワーク(神経系への呼びかけ)

自傷・他害・パニックを起こさせているものは神経の未発達であり発達のヌケ
それを埋める方法→栗本さんパートへ
治すしか取り柄のないおっさん(浅見談)→「治すのはオレじゃない」(本人談)
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