治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

浅見さんって謙虚だね

2010-12-25 08:00:00 | 日記
って言ったのは栗林先生です。
私が「自分は支援者だとは思わない」って言ったとき。

いや、私が自閉症の本を出し始めたときは
自分が支援者かどうかとか、何も考えていませんでした。
たぶん支援者という意識はなかったとは思う。
あくまで編集者として仕事をしていたと思う。
ただやっぱり人間だから、自閉っ子に愛着は出てくるけどね。

ただ、「ああ、私は支援者じゃないんだな」って感じさせられた出来事があったのです。
ある日、一本の電話がかかってきたんです。

相手はなんとかセンターの方。
行政委託されて発達障害者と保護者の支援に当たられている方です。
こういうご相談でした。

「花風社の本は読みやすい。
専門書がとっつきにくいお母さんたちでもよく読んでいる。
理解が進むと思う。
なのにこんなに読みやすい本さえ読もうとしない人たちがいる。
どうしたらいいだろう」

正直な話、私の脳裏にまず浮かんだのはこういう言葉でした。
「それを考えるのは私の仕事じゃないなあ」
うーんと、もっと強い気持ちかも。
英語で言うと
None of my business って感じ。

だって本を読まない人は出版社のお客じゃないでしょ。
支援センターにとっては支援の対象であっても、出版社の客じゃない。本を読まないんだから。
でしょ?

だから私に聞きに来るのって筋違いなんじゃないかしら。

まあそういうことを、オブラート一万枚くらいに包んで言ったんだが。

そのときに私は
公費が入って給料もらって支援している人と、私のように民間でリスクとってやっている人の違いをはっきりと自覚したんですよね。

私が自分が出す本で、なんらかの影響を与えられるとしても
それは本を読む人たちに限られます。
いいえ、それだけではなく
数多い本の中で花風社の本を読む人たちに限られます。
私の仕事はその人たち、つまり読書の習慣があって、前向きに取り組む気がある人の中でしかも花風社のテイストが嫌いじゃない人に向けて情報を出すことで
同じように自閉っ子の親でも
読書をしない人は、なんとかセンターの支援の対象ではあっても、私の顧客ではない。

どれほど私に支援したいという志があっても
うちの本を読まない人たちに私の思いは届かない。
そのへん、自分の限界をちゃんと見つめることにしました。

逆にね、自分の客層が見えてきた。
頑張る人たち。
前向きな人たち。
この人たちに役に立つ本を出す。

民間人の私は思い切ったことがやれる反面
公費が入っているところは思い切ったことが言えない。
私と顧客は選んで選ばれる関係である反面
公費が入っているところは支援する人を選べない。
やる気がない人にやる気を持ってもらうところから始めないといけない。

それは大変な仕事だなあと思ったのでした。

私にはできないや。
やる気がない人たちって、気持ちがわかんないもん。
いつかわかる日がくるかもしれないが
今の私にはわからない。だから、その人たち向けの本は自分には作れない。
そういう人を救うのは、できる人がやればいい。
そのかわり私は私にできる仕事をやる。
それはやる気のある人に有益な情報を提供すること。

それにね、やる気がある人だからこそ味わわなければいけないつらさもある。
たぶん私、そのつらさには寄り添える。
やる気があるがゆえに、つまんない突っ込みに合うこともある。
どうしてそこまでやるの、って言われたり
そんなことやっても無駄よ、って水差されたり。
そのタイプのつらさはわかるのよ、私にも。

福澤先生の教えどおり、民であることに誇りを持って仕事をしよう。
一身の独立なくして一国の独立なし。
民としての道を究めることによって、この国に貢献しよう。

「道理がある相手とは交際し、道理がない相手はこれを打ち払うまでのこと。一身独立して一国独立する、とはこのことを言うのだ」
(学問のすすめ 福澤諭吉著 齋藤孝訳 ちくま新書 36ページ)

(まあ福澤先生がここで「打ち払う」と言っているのは他国のことなので、別に療育の世界ではそこまで物騒なことはしなくていいんだが。)

自分が支援できる対象はかくも限られている。
それを自覚させられるその一本の電話以来私は「自分は支援者ではない」ことを強く意識するようになったのです。
自閉症の人の支援になるような本は出したいと思う。
でもすべての自閉症者を支援できるわけじゃない。
うちの本が合わない人たち。
その人たちは私の仕事の対象ではない。つまり、私の力の及ぶ範囲ではない。

その話を栗林先生にしたら
「同じような立場でも、自分を支援者と勘違いして我々教員の世界を批判する勢力もあるでしょ」と言われて

「いや先生、私だって教師批判はさんざんしてきましたよ。
なにしろ公立の小学校時代、真っ赤っ赤な先生たちに思想教育されるような時代だったし。
それがいやで中学から私立に行ったくらいだし。元々教師は嫌いな人種だったんですよ。
この仕事始めてからも『教師って三つ組みの障害あるだろ』って思わされるようなことたびたびだったし。
ただ最近、あまり教師そのものは批判しなくなったんだけどね」

そう、教師批判しなくなっちゃったよなあ。

以前は教組の仕事は受けなかった。
嫌いだった。赤いし。反日だし。だいたい「差別」を取り違えて自閉っ子に対する気遣いないし。
でも最近受けるしなあ。

それは私の変化じゃないんです。
教育現場の変化だと思う。

次回はそんな話。
私と教員の世界の和解のお話ね。

それを語ることによって
私が自分の仲間だと思っている「前向きに頑張っている人々」の定義もはっきりするかもね。

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
浅見さんって (ルークス)
2016-03-12 09:30:30
横柄で傲慢で多罰的の間違いじゃないですか?
浅見という名字は浅い了見しかない浅見さんにぴったりですけどね!
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いいかげんになさいな (miz)
2016-03-12 22:08:50
呆れますね、過去記事を狙って毒づきのコメントしにこられる方がいるんですね。<ルークスさん
おかげで私はまた読み直すことができましたが。

この記事に直接関係はないですが、福沢諭吉の学問のすすめからの引用があったので、
以前、浅見さんにお勧めいただいた本、「福沢諭吉 国を支えて国を頼らず」が大層面白くて、
これほど教育について、国について真剣に考えられ実践されてきた人だったのだなと打ち震えながら読み終えました。
その節はありがとうございました。
一万円札の絵になるだけの意味がよくわかりました。
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いい本でしょう? (浅見淳子)
2016-03-13 06:38:51
mizさん、ようこそ。
「国を支えて、国を頼らず」読んでいただけてうれしいです。私は何かあるとあれを読み返します。学生時代はあまりに神格化されすぎててよく知ろうともしなかったけど、自分が大人になるとすごい方だったんだなあと再認識しています。
またお越しくださいませ。
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