治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

打たれ強さ

2012-04-28 07:57:10 | 日記
先日、こういう時代にもかかわらず
超一流企業にゼミ生がたくさん就職していくという教授と話をした。
そういう学生に共通するものは何かというと
「打たれ強さ」ということだった。

日本経済は、私が思っているよりダメになる速度が遅いかもしれない。
その話を聞いて思った。
外国人の雇用を増やすっていうのも、これからのグローバル化を考えると機を見るに敏である。
これからの厳しい情勢を生き抜くために
そして職場でのうつなどが増えているからこそ
打たれ強い人間を採用するって、理に適っているではないか。

そして思った。
自閉圏の人も、実はすごく打たれ強くなれるんだよね。
実際
定型発達の人間よりなれるかもしれない。
ただし、認知を訂正すれば。

そして、その認知を訂正できる人があんまりいない。
なぜ?
本気の大人が少ないからだ。

「自閉っ子のための道徳入門」では
世の中への恨み言を見事に解消していったケースを取り上げるけれども
そのお子さんは「本気の大人がいたからよかった」「あきらめられなかったからよかった」と言っているそうだ。こうやって、小学生からのつらい時期を脱した経験は
彼をそこらへんの定型発達者より、打たれ強い人間に育てるだろう。

そんなこと考えていたら、ちゅん平から原稿が来た。
そろそろこれで締めたいという。
実はここにあまり書いていないことも、ちゅん平が就職して一年の間にはあった。
でも打たれ強かったよ。
どうして打たれ強さを養ったか。
それがわかる締めの一章でした。

「そらパパさんのブログは残しておけばいい。みんなで考えればいい」と10歳になった大地君は言った。
8歳のとき「生まれてこなければよかった」と思った子が。
これも、色々経験したからこそ養われた打たれ強さでしょう。

こういう自閉っ子たちがいるにもかかわらず

どんどん一流企業に就職が決まるゼミの学生たちと違い
発達障害者全般の就職は、むしろ一時の特例子会社ラッシュの勢いがないようだ。

使い始めて、「使いにくい」って気づかれちゃったみたいですよね。
「社会が理解してくれれば」って皆さん言うけれど
「あ、使いにくいわね」っていうのも理解なので
別に理解が進めばいいってわけじゃないと思いますよ。

むしろ理解を進めるのなら
「認知のゆがみが治れば意外と打たれ強いわよ」のほうが適切じゃないかしら。

だからこそさあ

「二次障害になりやすいから傷つけないように」と訴える人々より
「この人たち打たれ強いですよ」って言う私の方が
世の中との共存に近いんだと思うんだけど。

でも一部の保護者と当事者にこういう言説は受けが悪くて

ときどきリアルで私を知っている人が、私を嫌っている人に実際会ったときの印象とかを説明しているのにも出くわすけど
そしてそれ自体はありがたいんですけどね、お気持ちとして。

いや、でも私はリアルでもオンラインでも、別に主張変えないし。
私の言説がキライな理由いかんによっては
リアルで私に会っても別に好きにならないと思います。

どうしてこういうことを言うかというとね

それが自分の役目だと思っているからですよ。

ギョーカイメジャーが「打たれ弱さ」を強調し、社会の理解を求めているとき

「いやあ、取り組み方によってはこの人たち打たれ強いよ」って社会側に伝えることと
「打たれ強い人を企業は好むみたいですよ」と当事者側に伝えることがね。

だってそのほうが、共存実現に近くないか?
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