治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

花風社クラスタはなぜ先鋭化()したか。

2019-05-01 11:47:08 | 日記
さて、皆さんにお約束していた記事を令和最初の記事とします。

今年の初めにこのブログに書いたとおり、私はあと二冊で発達障害をとりあえずやめようと思っていました。
それから四ヶ月。冊数は増えました。
でも終わりはそんなに延びないと思います。
今年いっぱいか、来年の頭で、私の作る発達援助の本は全部出ます。

まず「あと二冊」と宣言した一月二日の時点では、「NEURO」は影も形もありませんでした。
というかその日にDSM5の原書を発注したのが今年初買い物でした。
それが着いたのが一月二十一日。税関等で時間がかかったんですね。それでその日に読んで、十日で書き上げたのが「NEURO」です。
まずここからいこうと思いました。

そしてそれまで最後から2作目に予定していた愛甲さんの本が一冊から二冊に増えました。
DSMを読んだあとだからこそ、『知的障害は治りますか?』を出さないといけないと思ったのです。
なぜそう思ったかは本日まで限定公開しているNEUROの漫画を見てね。
よく治ったってどういうことか絡まれますが、知的障害において治ったという基準は明確です。
線引きがはっきりしていますからね。
それを越える人が私たちの周りでは続出している。でもよそではめったにいないらしい。でも実際に治る人は何していたか、を本にしていけない理由はないですからね。

最後は栗本さんの筋肉本です。
これにて千秋楽です。
なんでかっていうとこれで全部治ってしまうからですね。
全部揃うからです。
あとは他社から出ている栄養関係の本を皆さんが主体性に基づきテーラーメードな支援に活かせばよいだけです。

つまりね

花風社クラスタが先鋭化()しているとか言いますけど
それがなんでかというと

大事なことだから太字にしましょう。

2010年の時点では「治そう」だったけれど、、2014年以降は「治った! 治った!」の人が増えたからです。

治そう→治った!治った!

の変化です。



面白くない人にはこれだけで「自分たちが攻撃されている」と思えるみたいですね。
エビデンスがないことをやる勇気があって、それで治ったと喜んでいる人がいる。
それだけで「先鋭化」と思えちゃうくらい臆病だけど実は治りたくてでも仲間の手前それは言えなくて・・・な人が多いようです。

つまり皆さんが攻撃的なのではなく、臆病な人の前に皆さんが可視化されたわけですね。
これはそれまでひみつのお部屋で交流していた治っている治している人たちを、私がツイッターに誘った結果でもあります。
一気に増えたのはそれまで見えなかった人が見えるようになったからですね。

でもツイッターにはツイッターが全世界だと勘違いしているアンチが多いので
そしてたちの悪い海老踊りやらなんやらがそこに合流して大騒ぎするので
私は連休後、今後花風社ドメインの中で交流できないかウェブ屋さんに相談しようと思います。
夏頃までには、「知的障害は治りますか?」が出る頃までには、何かできるかもしれないですね。

じゃあそもそも、なぜ2010年の時点では「治そう」だった花風社クラスタが「治った! 治った!」になったのか。

それは2014年、栗本さんの登場で「発達の遅れというからには内臓や関節にも遅れがあるはず」という知恵が持ち込まれたから。
東洋的な身体調整の中に、発達障害の大人や子どもが抱えている一次特性への働きかけの知恵があった。
皆さんがなんとかしようと期待して病院に行っても感覚過敏一つ治らず絶望していたときに
神田橋先生以来花風社が追求してきた

1 自分でできて
2 金がかからなくて
3 できたら身体の中に何も入れない

方法が決定的に見つかったからです。
それで「治った! 治った!」の人が増えた。

ところがツイッターが世界だと思っている人たちにはそれがわからない。
そして他人が治って行くのが面白くない。
匿名のイキオイも借りて殴り込みかけてきます。
そして今の花風社クラスタ強い。
だって標準医療をくぐり抜けてきた人たちだから。いったんは当てにして、裏切られ、それで自分たちでできる方法、効果がある方法を探した人たちだから。
だから言い返す。
ところがエビデンスのないものに手を出す勇気を持たず、標準医療のしょぼさに唇噛みしめて我慢している人たちは未だに江戸時代の小作人のように「えらい人に楯突くのはいけないこと」というメンタリティに閉じ込められているので専門性()のある人にやり返すこと自体が攻撃的に見える。
でもそれは攻撃的でもなんでもないです。役に立たない専門家、しかも専門性だけ振り回して匿名でどや顔で治ったと喜んでいる親を上から目線で揶揄するような専門家には言い返すのが当たり前です。
逆にそこで言い返してはいけない、なんて思っているから生きづらいんですよ。
そこで言い返していいもんだ、それが今の平等な社会だ、と了解すれば今の日本は全然生きづらくないんです。

ともかくそんなわけで、平成三十一年一月二日時点では「残りあと二冊」
すなわち愛甲さんの本と栗本さんの本で発達障害の新刊は出さなかったはずの花風社ですが
それから思いもかけない「NEURO」が出て
その間に藤家さんがSSRIを断薬し、遠からず断薬の記録を出します。
それから「知的障害は治りますか?」を出します。
これが令和元年夏までのラインナップ。
夏からは栗本さんの筋肉の本に着手しますが、さらに並行して作る企画も私の中で生まれかけています。

あとクラスタの皆さんが、「治らない」というエビデンスも提示することなく「治らない」と決めつける専門家に言いたいことがあるようなので、その本も皆さんからの原稿を気長に待ってできた時点で出します。
とにかく今度の栗本さんの筋肉本が出れば、身体アプローチは完成だと思っています。
これまでの栗本さんの本は、「発達を促す本」「苦しい状態をラクにする」本でした。
今度の本は「持っている力を発揮できる」ための本になると思います。
発達障害の人が本当に社会でやっていくための本です。

あとどの本になるかわかりませんが、なんらかのかたちで
「ネット上で匿名で無責任に専門性を振り回す絶望をもたらす専門家の言うことは信じるな」というメッセージを入れます。
「偽科学批判」の本はたまに出るようですが
私は「偽科学批判批判」の本を出します。
発達障害の子を抱えて苦しんでいる保護者に向けて「エビデンスエビデンス言う専門家は信じるな」という本をなんらかのかたちで出します。
なぜなら彼らはたちが悪いからです。
「治る」の敵だからです。
彼らについていっては子どもの将来が消化試合になるからです。
そして彼らは匿名が大好き。だからツイッターが大好き。
私は彼らとはネットではなく、とにかく紙で闘います。

それだけやり遂げたら私は一月二日に宣言したとおり、発達障害の次のテーマを探します。
自分が働けるのはあと十年だと思っているので、もう一つ何かやりたいのです。
それは本ですらないかもしれませんね。
ニキさんのまねをして有閑マダムをやってみてもいいかもしれません。ニキさんほど上手じゃないかもしれませんが。

平成の時代、私は二十五歳から五十五歳でした。
だから自分のプライムタイムは平成にあり、令和は引退モードかと思っていました。
そして新天皇陛下が即位される今日は三十一年目の結婚記念日であり
すべての発達障害の本を出し切っている予定の令和二年の天皇誕生日は花風社の二十四年目の創立記念日なのです。
ということは令和にも私は関係が深いかもしれません。

平成は戦争のない時代でした。
災害が多かったのが残念でした。
私は平成の時代、自分が一番働ける時代を、病気一つせず、ケガひとつせず、ただの一日も失業することなく、失業手当をもらうことも一度もなく乗り切りました。
その結果手元に自由があります。
私のことを金儲けしてるといったり儲かっていないと言ったり吝嗇で他人の財布に興味があるアンチは色々言いますが
私の実感は「他人から見て金持ちかどうかには興味がないが自分の実感としてはこんなに自由な割にはお金には苦労しない人生である」です。

もしかしたら「発達障害は治したりせず社会が全面的に受け入れるべきである」という本を出せばもっと儲かるし叩かれないのかもしれません。
でも私はそういう本は出しません。
理由はNEUROのP3に書いてあります。

以上。
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