天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

紅玉の唇

2015-08-11 18:45:10 | ショート ショート
彼女の唇が俺を籠絡した。禁断の実。

赤くて甘くてつややかに光っていた。

わかりやすい例え。紅玉の唇だ。


俺と彼女が出会った頃、彼女は高校生

だった。ある公園の池の端に佇んでい

た。夕暮れ。彼女を茜色に染めてい

た。大きな少しつり目気味の目。すっ

きりした鼻。ここまではのびやかな手

足と長い首の体つきとあいまって、子

鹿のような印象だ。そんな印象にそぐ

わないふっくらとした唇。すべてをと

ろかす柔らかそうな唇。俺はその唇に

目を奪われた。彼女と目があった。そ

の時、彼女は笑った。夕日に赤く染

まった唇が花のように開いた。

「なあに、オジサン。」

彼女は、自分が捕らえる獲物のことが

よくわかっていた。都合よく自分を甘

やかし、自分の思い通りになるしも

べ。まだ高校生でありながら、その術

をがわかっていた。いつ涙をうかべ、

いつ拗ねて、いつ怒り、いつ逃げる

か。溺れる哀れな蟻たち。彼女は甘い

蜜をたたえる食虫花であった。そし

て、その時から俺は溺れる蟻の一匹に

なった。



最初は、何をあげても、何を食べ

ても

「うれしい。オジサン、大好き。」

って、抱きついてくれた。ミルクの香

りがして、俺は癒された。彼女を少し

でも自分好みのオンナにしたかったん

だ。俺はいろんなモノを与え、いろん

なトコロに連れていった。彼女はわか

りやすかった。古今東西の小説のヒロ

インのごとく、美しくみだらに、高慢

に花開いていった。そうなればなるほ

ど、彼女の唇は燃え、艶かしく濡れて

いった。俺はそのたびに、彼女の深み

にはまっていった。しかし、彼女はだ

んだん俺に冷淡になっていった。俺が

プレゼントを渡すたび、

「なにこれ、ダサッ。◯◯さんなん

か、××の限定品くれたのに。ジジイは

ダメだね。」

と鼻で笑った。言葉だけではなく、俺

との約束もしょっちゅう破った。待ち

合わせしても来ないので、連絡した

ら、

「今日は気分じゃない。」

と不機嫌そうに言い放った。それでも

マシな方だった。ひどい時は、連絡さ

えとれなくなった。彼女の家にさえい

ないのだ。(何回、彼女の家の前に佇

んだことだろう!)

あまりにもひどい扱いをされるので、

俺のプライドはズタズタになってし

まった。もう会わないでいようと思う

のだが、そのタイミングで連絡がきた

りするのだった。

「オジサンの声が聞きたくなったの。」

彼女の鼻にかかった甘え声。

「嘘つけ。こんどはなにが欲しいん

だ。もう会わないよ。」

「そう…別に会いたいわけじゃないの

よ。ただ声が聞きたかっただけ。」

と彼女が電話を切ろうとすると、俺は

反射的に未練がましくなるのだった。

「いや待て。」

「いや。待たない。オジサンみたいに

冷たいこと言う人嫌い。」

と怒りを含んだ声で言われると俺はオ

ロオロしてしまい、最終的に彼女の言

うなりになってしまうのだった。




あれから何年たったのだろう。隣で眠

る彼女の横で俺は腹ばいになってい

た。長い首には血管が浮き出してい

る。ミルクのような体臭に脂の香りが

混じるようになった。そしてあの瑞々

しい林檎の唇には、うっすらとひび割

れが走っていた。

俺はぞっとした。

年ごとに脂肪ののる彼女の肢体に

俺は夢中になっていった。

改めて俺は彼女の体つきを眺めた。

伸びきった白い体がそこに横たわって

いた。




魔法はとけた。



俺はため息をつき、起き上がった。


〈終〉












うつりにけりないたずらに

2015-08-11 09:28:37 | 
はるのときめき
なつのきらめき
あきのおちつき
ふゆのしずけき

めぐりめぐりて
ながれながれる

季節は去る
時は過ぎる

世界は変わる
変わる哀しさ
変わる楽しさ

踊り続ける

世界が内包する

したたかさとしなやかさ

私は

そのスピードについていけず

立ちすくむ

そこで

自分が年老いたことに

気付く

うつりにけりないたずらに

水面に自らをうつす

老婆が

静かに

微笑んでいた

手放すものはなにか
手にするものはなにか

世界の変化は無限
私の時間は有限