Traverse Troubles

違和感の正体は?

社会では「人に話を合わせる」必要が生じることがよくあります。
例えば、自分が興味が無くても会話相手が興味のあることの話題を振ってくれば相手に話を聞く姿勢を示し、時には自分もある程度の興味があるように見せることもあるでしょう。
(※間違っても「別に…特に(興味)無いです。」は禁句です。念のため。)

今、フィギュアスケートのGPファイナルが行われていますね。
周りを見ると、シニア層(特に女性)にフィギュアスケートに興味がある人が多い印象があり、実際、日常会話で彼ら(彼女ら)からこの話題が出てくるのを個人的にはよく見かけます。
冬になると、TVで大会の模様や選手の様子が頻繁に放送されているからなのでしょう。
個人的に、この競技には元からあまり興味がある方ではないのですが、最近はどういうわけか、特に違和感のようなものを自分の中で覚えるようになりました。
とは言え、「競技が嫌いなのか?」と尋ねられれば「違う、そうじゃない」のです。
競技に強い興味があるわけではないが、決して嫌いなわけでも無いです。
選手それぞれに対し、一つの演技のためにハードなトレーニングを積む姿へのリスペクトもあります。

では、この違和感の正体は何なのか?
少し考えてみたのですが…
おそらく、メディアの集中的な「フィギュアスケート推し」に今の自分が食傷気味になっているんだろうな。
これが、今のところの仮説です。
同じような思いをしている人も、決して少なくはないように思うのですが。
難しいですね。

ちょっと個人的な話でした。



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