息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

これから自分の仕事

2012年03月31日 12時24分20秒 | わたしごと
やっと教務の仕事の引き継ぎが終わり、教室の清掃・整頓、要録、新学年の準備に手をつけることができる。
と言っても、土日でやるのは、正直しんどい。
ゴム紐が伸びきったような精神状態で、なかなか学校に足が向かない。

昨日、職員室で、「やっと要録を始めるんだよ」と言ったところ、若い女性教師から、
「えっ、ウッソー!いままで何やってたんですか~?!」
と驚かれた。
こんな調子の職員室である。

「自己責任」の上に、となりの同僚が、今何を抱えて、どんな状態かも分からない職員の「集団」(いや、「群れ」)。
バラバラにされ、疲弊し、ますます自分だけが、唯一の頼りとなっていく。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

素朴な映画は久しぶり

2012年03月30日 07時57分16秒 | わたしごと
『僕達急行~A列車で行こう』
森田監督最後の作品。
館内は、残念ながらがらがら。

素朴で、うまく出来すぎているかのような幸せな展開。それだけに、安心して最後まで、眠ることなく見ることができた。
主人公二人の生き方。
みんな幸せになるといいね、といった、『お人好し』が、たまらなくいい。
ぎすぎすした現世に、森田監督は、すてきな遺産を置いて旅立った。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

松井選手の行方

2012年03月28日 23時44分24秒 | 奇妙な風景
最近、松井選手の移籍先に関するニュースを聞いていない。
日米、どちらも、もうすぐ開幕だというのに。

イチローは、4安打。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

宗教観を変えたくて

2012年03月28日 23時39分30秒 | わたしごと
西方寺の中村清淳さんから、ていねいなメールが届きました。
その返事として。

「ありがとうございます。
先日、ジュンク堂に行き、「浄土真宗」というコーナーがあったのですが、2~300冊もあって、ただ圧倒されるばかりでした。
1冊ですべて分かるものではないことは了解しているのですが、できるだけ全体像を、と考えた末の「聖典」購入でした。

私は、「来世」のためにも大切かもしれませんが、現世の理不尽な有様を変えることに力を尽くして生きることも、前者と同じように大切なものではないかと考えています。

あ、いつも長くなってしまい、すみません。

私の問題意識は漠然としていますから、「見繕う」ことは難しいかもしれません。
思いついた範囲で箇条書きしてみます。もし、「これは」という書籍がありましたら、ぜひご紹介ください。

①「大谷派」という名称自体、他の「派」とは異なる、独自性を持っているということだと思います。それは、どのような点なのでしょうか。「聖典」では、他の派とはいがみ合うものではないとしていますが、「論争」はないのでしょうか。(むしろ、あって当然ですから)

②社会的な意見表明をすること自体、組織として考えてみると、非常な勇気、英断だと思います。ベトナム戦争で、仏教徒が身を焼いて、アメリカの侵略を抗議したことを想起しましたが、これは仏教の教えから当然のものなのでしょうか。大谷派独自の法理からくるものなのでしょうか。

③上の二つは、社会的行動をとる大谷派についてでしたが、現代にあまりにもたくさん枝分かれしている仏教界で、キリスト教の聖書のように、共通した、大本の教典というものはあるのでしょうか。

④私利私欲にまみれた、この世の未来について、私は非常に悲観的です。その暗い未来を、明るいものにしていく、ひとつの光は、「宗教」ではないかと思っています。もちろん、「神がかり」とは違って、ある原理・法理にもとづいて、大勢の人が冷静に、しかも熱く行動できるものだからです。しかも、個々の尊厳を最大限尊重する。人の幸福とはなにか、平和とは何か、そのために何ができるのか、しなくてはならないのか。凡庸な悩みですが。

そもそも仏教について、なにも分からない輩です。
なにかきっかけになるものがありましたら、ぜひお教えください。」

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

血肉になっているのか 私の読書

2012年03月28日 00時54分29秒 | こんな本を読みました
小林信彦の「イエスタディ・ワンス・モア 」(新潮文庫) を読む。
たしか、昔に読んだはずなのに、展開が読めない。
読んでから、「ああそうだった、そうだった」といった感じなのである。

彼の真骨頂である「かつての東京」をふんだんに盛り込んだ、日本版「バック・トゥ・ザ・フィーチャー」。
主人公は、1989年から1959年の世界に放り込まれるのだが、私の小さいときの記憶と重なって、ストーリーといっしょに楽しめる小説だ。

しかし、こんな程度の読書の記憶なのだから、私の読書は、自身の血肉になっていないのだろうか。(そんなはずはないと思うのだが、自信がない)

この小説は「パートⅡ」がある。
再び池袋のブックオフで見つけて読み始める。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

現実に目を背けない宗教

2012年03月28日 00時04分21秒 | わたしごと
浄土真宗大谷派、西方寺の中村清淳さんから譲っていただいた、高木仁三郎さんの講演した記録「科学の原理と人間の原理」。

送金のお知らせと一緒に、お礼のメールを送りました。

「遅くなりましたが、本日、郵便局から代金を送りました。
本当に、よい本を、しかも廉価で、ありがたく読ませていただきました。
手にしてから、2日で読了。高木さんの息づかいが伝わってくるような講演記録です。
ほとんど彼の本を読んでいたと思っていましたが、講演として書籍化されているとは
思いませんでした。
しかも宗教界に向けてのもの。高木さんの幅の広さ、熱意が感じられます。

ほとんど宗教とは縁のない私でしたが、(偏見もあります。創価学会、統一協会など、金や権力の亡者となっている現実を見ると、宗教団体は悪徳業者のように思っていました。よく友人と、「権力や金と縁がない宗教団体があるなら、私は即入信してしまうなあ」と、話します)(真宗大谷派は東本願寺が「本店」だということくらいしか知りませんでした)中村さんのような方のいらっしゃる浄土真宗に少し関心を持ちました。

おりしも、今日の「しんぶん赤旗」に、昨年末に亡くなった廣瀬杲さんのことが掲載されていました。19歳で学徒出陣。敗戦後は四年半にわたるシベリアでの抑留。
餓鬼道に落ちたと悟った彼は、戦争と平和、国家の有り様の問題から目をそむけることなく、求道に勤しんだ方とのこと。

大谷派は、1941年に、「挺身殉国」、1943年に「皇道真宗」を唱えて、大政翼賛に傾いていったことを反省し、95年に不戦決議、今年の2月には「原発廃炉」を決議したのですね。

キリスト教の教会にも、同じような「過去の克服」をしたところがあったと思いましたが、大谷派の方々の英断には、心底感激しました。

そもそも仏教については、まったく無知の私ですので、今日、池袋に行った際に、書店を駆け回り、「真宗大谷派入門聖典」という本を買ってきました。半分くらい読みましたが、やさしく書かれてあるものの、私にはよく伝わってこないこと、言葉の意味がよく分からないものがたくさんありすぎて、それだけに読む意欲が湧いてきます。

すみません。長くなりました。
しばらく勉強してみることにします。よい「入門書」(けっして「てっとりばやい」「ハウツー」でなく)がありましたら、教えていただければ幸いです。

良き本、そして、学びの、良き機会を賜りました。
重ねてありがとうございました。」

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

しっかりとした「軸」を持っている劇団

2012年03月27日 00時02分53秒 | 素人の劇評
スポンジ「魚のいない水槽」
3.25 14:30の部 新宿 サンモールスタジオ

すでに5回ほど、ここサンモールスタジオを訪れているのですが、ストレートにたどり着いたことがありません。新宿駅から、伊勢丹の前を通って、さて右前方か、左前か、いつも迷ってしまうのです。それでも今回は、なんとか1回のミスで到着することができました。ラッキーです。

さて、劇評です。
①題名は、むしろ「水のない水槽」のほうが、内容的からしてよかったのではないかと・・・
 次第に息苦しくなる、重苦しい展開。息がつまるような進行なのですから。と、最初に思ったことです。(どうでもいいのかもしれませんが)

②最後まで観た後で、「ああ、この劇団は、しっかりとした軸を持っているな」と感じました。1回しか劇を観ていませんが、みなさん「真摯」なのです。もちろん脚本からしてそうなのでしょう。現実を、リアルに、しかも冷静に捉えて、淡々と演技をしているように思えました。ここ何回か「絶叫」的台詞の発露の劇を観てきたせいか、なおさらそう感じたのかもしれません。無意味に昂ぶらず・・・の姿勢は、この劇では効果的だったと思いました。

③しかし、それが逆に作用される面も否定できません。役者全体を見ていて、強烈な個性を感じる方がいなかったのは残念です。「抑えた」演技ゆえのことかもしれません。これは何回か足を運んで見定めていく必要がありそうです。今回は、役者のみなさんに及第点、しかしMVPなしといったところでした。

④主宰者の方の姿勢に好感が持てます。それは②に書いた通りですが、劇団として、大きな可能性を秘めていると確信。内容や演技の幅を、どんどん広げていってほしいものです。

⑤若い(新しい)劇団共通の課題ですが、やはり「年長者」は必要です。今回も、みなさん若くて、それはそれで魅力なのですが、重いテーマながら、さほど重みを感じなかったのは、そこから来るのではないでしょうか。「看板」としてではなくてかまいませんが、いるだけでも「重さ」を導き出してくれる存在は、ぜひともほしいなと思いました。

⑥とは言え、私には、大変「面白い」そして「考えさせられた」劇でした。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ふさえちゃんの死

2012年03月24日 23時02分15秒 | わたしごと
父方では2人しかいない、いとこの1人であるふさえちゃんが亡くなった知らせが届いた。
一回り上の「お姉さん」従姉妹。

若いときは、栃木から、東京の私の家によく遊びに来ては。英会話を習ったり、山に登ったりと、モダンな彼女だった。

のちに教員と結婚して、2人の娘をもうける。
旦那さんが管理職となり、島に赴任したころ、よく「別れる」「別れない」といったことを聞いたものだった。旦那さんとは、あまり話す機会はなかったが、私が管理職を目指すつもりがないのは、彼の生き様を見ているのも、ひとつの理由である。

社会的存在で、人は変わるもの。
それを如実に具現化したような彼だったから。

「小さな権力者」として、いつも上から私にもの申してくれた。

そうならないで生きている私にとっては、「よき教師」でもあったのだ。

熱中症がもとで寝たきりとなって8年。

すでに看病途中で、旦那も亡くなり、ふさえちゃんも、彼のもとに旅立っていった。

ご冥福を祈ります。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

少し修正が必要かも

2012年03月24日 12時33分12秒 | わたしごと
私は基本的に仕事を断ることはしない。
それは、小さな仕事集団の中で、得手・不得手・信頼関係などを考えた末での、依頼者の判断だとして、それを誠実に応えることは当然だと思っているからである。

もちろん、素直に受けられない状況の場合もある。
自分にふられた仕事をやりたくないために、私に回ってきた場合。今抱えている仕事量からして、とうてい期日までには間に合いそうもないことを依頼された場合。(これが一番多く、ほとんどが管理職の、部下の状況把握の乏しさからくるものである)

それでも、極力、私は受けるようにしている。
それが私の、長所でも欠点でもあるのだろう。

周囲は、「大変ね」とは言うものの、だれも手を貸そうとはしないことは、慣れっこになっている。
心の支援はするが、それ以上はちょっと・・・これは世の常なのだろう。

それはそれでしかたないことなのだが、私が抱えている仕事を、だれ1人として把握していないということには、やはり抵抗がある。

先のブログにも書いたが、私は周囲に向かって「オレはこんなに仕事をしているんだ」「こんなに大変なんだ」とひけらかすことは絶対にしないという、安っぽい「哲学」を持っている。
自業自得なのだろう。

そういいながら、一方では、管理職には、「把握してほしい」という我が儘も持っているのだから。

少し「生き様」を変えないといかんかなと思う。

「哲学」を大事にするなら、断る術を。
断らないのなら、「哲学」を変えることを。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本はどこに向かっているのか

2012年03月24日 06時55分03秒 | あれこれと
どちらの記事を見ても、この国の歴史の中で、なにをどのように考えて判断したかの基準が、ぶれてしまっていると感じる。
権力の横暴ももちろんだが、為政者の思想・哲学のなさが、非常に強い危惧に繋がっていく。

やっと仕事が一段落して、この間に見落としていたニュースを拾い集めていたら、すぐにこの2つが目に飛び込んできた。

「大阪府の教育基本2条例(教育行政基本条例、府立学校条例)と職員基本条例が23日の府議会本会議で、地域政党・大阪維新の会と公明、自民両党などの賛成多数で可決、成立した。

 教育委員会の専権事項だった「教育目標の設定」を知事が主導的に行うなど、教育委員会制度や公務員制度のあり方を見直す内容で、4月に施行される。ただ運用方法には未定部分が多く、論議を呼ぶ可能性がある。

 条例案はいずれも昨秋、府議会で過半数を占める維新が議員提案した。11月の大阪ダブル選で橋下徹大阪市長(維新代表)、松井一郎府知事(維新幹事長)が当選。松井知事が内容を一部修正し、改めて提案した。

 教育基本2条例では、知事の教育目標の設定について、知事は、教委と協議して決定するが、協議が調わない場合でも議会提案できるとした。知事側に教育委員の事実上の罷免権も与え、政治主導を明確にした。教員の人事評価を巡っては、保護者・生徒の評価を反映させるとした。

 職員基本条例では、職員の評価方法を現行の絶対評価から5段階の相対評価に変更。試行期間を経て、13年4月から本格実施する。2年連続で下位5%の最低評価を受け、研修などでも改善しない職員は分限免職の対象となる。

 5回の職務命令違反(同一命令は3回)を繰り返した場合も、分限免職を検討する。この規定は教職員にも適用され、4月の入学式から国歌斉唱時の起立斉唱を求める職務命令に違反した場合などに適用される。」(読売)

「野田政権は23日、内閣府原子力安全委員会が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の安全審査を認めたことを受け、再稼働に向けた検討を始めた。来週中にも関係閣僚で安全性を確認し、再稼働可能と判断。4月上旬にも地元自治体の説得に入る。再稼働に反対する大阪市の意向も考慮する考えで、早期に踏み切れない可能性もある。

 政権が原発再稼働の前提としているストレステスト(耐性評価)の1次評価について、原子力安全委は23日、大飯原発3、4号機を「妥当」とした経済産業省原子力安全・保安院の審査を認める文書を公表した。安全委による確認は初めて。大飯原発の再稼働に向けた、国の技術的な安全性の確認作業は完了した。

 これを受けて、藤村修官房長官は23日夕の記者会見で「まず技術的な分野について、政府としてヒアリングしないといけない」と表明。原子力安全委などの判断を確認したうえで、再稼働の検討に入る。」(朝日)



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「ダンデライオン~飛龍伝より~」

2012年03月20日 20時29分56秒 | 素人の劇評
「ダンデライオン~飛龍伝より~」劇団ThreeQuarter
3月20日 15:30の部(千秋楽) 池袋 GEKIBA

つかこうへいの原作を公演用に改作したもの。
「1960年安保反対学生運動―
「革命とは人と人が信じることだ。人が人を許し合うことだ。」
全共闘委員長神林美智子と第四機動隊隊長山崎一平の間に生まれた子「勝利」は国会前である男と出会う。
「俺たちの革命は、まだ終わっていない!」
学生運動闘争博物館で明かされる真実。
「あの時、なぜ、あの二人が、愛しあいながらも、別々の扉を出て行かなければならなかったのか・・・。それをその息子『勝利』に伝える為に、ワシはこの博物館を創った。」
勝利の前で繰り広げられる、あの最終決戦―
館長根元の言うその想いとは・・・」
という宣伝文句。

長渕剛のBGM、そしてつかこうへいという、私にとっては「最悪」の(つまりどちらも嫌いな)要素がからみついた劇だけに、逆の意味で「楽しみ」にしていた芝居でした。
長渕剛が嫌いな理由は「情念」とか「男の世界」を全面に出されると、私が引いてしまうから。
つかこうへいは、どうも「左翼的共感」(こんな言葉はないし、彼自身「左翼」とは思っていないでしょうから、不正確なのですが)を覚えないでいるからです。彼の作品は「人情モノ」として観る分にはなかなか面白いと思うのですが、こと「革命」だ「闘争」だというキーワードで観ると、「ん、これは単なる任侠の世界で、右も左もないのでは・・・?」と、考え込んでしまうからです。

能書きはここまで。今日の劇は、そんな障壁があるものの、楽しめた劇でした。
一番前の箱の席で、痛いお尻に辟易しながらも、最後まで見続けていられたのは、役者さんたちの「熱演」のおかげだと思います。
最初、「絶叫的台詞」に、「これは難聴になってしまうかも」と(なにしろ最前列ゆえ)危惧しましたが、それもなんのその。役者さんの熱意に負けてしまいました。
安保闘争については、私さえも幼少時の遙か彼方の記憶のものです。
それを、この若い役者さんは、どう解釈して血肉にしているのだろうか、少し興味が湧きましたが、それは分からないことですね。
もし、単なる「人情モノ」として、「ひとつ観客を泣かせてみよう」程度のものでしたら、当時を知る私にとっては、「やっぱりね」と、哀しい思いだけが先行します。

現在も本質的に変わらない、「富めるものの世界」「強いものの世界」に、少しでも一石を投じようとしていたならば嬉しい限りなのですが。

そんなことを思いながら、薄暗くなった池袋の街を、ぶらぶらと歩いて家路に向かいました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「科学の原理と人間の原理」

2012年03月20日 00時40分08秒 | わたしごと
高木仁三郎さんが、1991年2月22日、石川県金沢市で、浄土真宗金沢教学研究室の招きで
講演した記録が、小冊子として発行されていると知り、さっそく取り寄せてみました。

副題は「人間が天の火を盗んだ--その火の近くに生命はない」というもの。

浄土真宗大谷派、西方寺の中村清淳さんが、自費出版している冊子を譲っていただきました。
2011年5月に1刷を発行してから、その年の暮れには、もう5刷になっています。
口コミやネットでの情報交換で広まっていったのでしょう。

これから熟読。
よく考えながら読み進めようと思います。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

吉本隆明氏、亡くなる。

2012年03月16日 22時12分47秒 | わたしごと
高校時代の出会いは、社会をこんなふうに見る人もいるんだというショック。
大学時代以後は、わたしの立つ位置を右に左に振らしてくれた混迷の恩師。
今は、共鳴するところがなくなったが、私を形成する、ひとつの糧となったことは疑い無い。
遠くなったが、それでも、いい出会い。
合掌。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

校長の愛国心はいかに?

2012年03月14日 02時04分51秒 | 教育を考える
この卒業式の場面での、校長の姿を想像してみる。
彼は、心から君が代を敬愛して歌っていたわけではないのだ。歌いながら、特高よろしく、部下の口元を見て、チェックしていたのだから。片手間に「国歌」を歌う。彼の愛国心もこんな程度だ。
仮に教頭に、そのチェックを命じていたのであっても、本質は変わらない。
歌いながら、「あいつ、うまく調べているだろうか」と思っていたに違いないのだから。


「大阪府立和泉高校(中原徹校長)の卒業式で、君が代斉唱の際、教員が起立したかどうかに加え、実際に歌ったかどうかを管理職が口の動きでチェックして府教委に報告していたことがわかった。府教委は起立斉唱を求める職務命令を全教職員に出しており、メールで報告を受けた橋下徹大阪市長は「これが服務規律を徹底するマネジメント」「ここまで徹底していかなければなりません」と賛辞を送っていた。

 橋下氏は、起立斉唱を義務づけた君が代条例を成立させた大阪維新の会代表。取材で入手した中原校長のメールによると、教頭が全教員の口の動きを目視で確認。「3名の口が動いていなかった」と報告を受け、3人を校長室に呼んだ。2人は「斉唱した」と話したが、1人は「起立だけでよいと思った」と話し、歌わなかったことを認めたという。

 中原校長は「他校の校長は『斉唱』まで確認していないと思います」「確認していたとしても『起立していればよい』と仲間をかばって報告していないと思います」「ちなみに3人とも組合員」と報告していた。」(朝日)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

むくっと起きて

2012年03月13日 03時19分54秒 | わたしごと
朝、いや深夜かな、三時。
むくっと起き出して、教育課程届のすべての文書を再度読み直す。
今日は教育委員会に提出、その要旨を説明しなくてはいけない。

説明の柱を整理したら、今度は、明日締め切りの通知表作成。
当然、手をつけている時間などなかったので、これはやれるところまでしかやれない。
まだテストも残っているし、その採点が終了しなければ成績もつけることはできない。
やれないことはやれない。
明日の締め切りなど到底無理な話だ。

昨日は、通知表作成で作業をする職員を傍目に、私だけ別次元で、教育課程届けの文書の印刷、確認を行っていた。
学年の二人には申し訳ないが、なにも打ち合わせができない。
七時にようやく完了したのだが、すでに体力・気力が限界。
のどが痛い。頭が痛い。
こんなとき、そのまま痛さを、辛さを出せる人はうらやましいと思う。
意に反して、飄々とした表情で作業している私に嫌気がさす。
当然のことながら、2月の初めから続いている「切れ目のない仕事」については、管理職は気づいているのやら。

帰り道で、これからのことを考えるとうんざりしてしまう。

届けが終われば、直後の通知表の締め切り。
それが終われば、卒業対策委員長としての「しきり」が待っている。同時並行して、来年度の教育計画の文書作成の山。
さらに重なって、新しい指導要録の作成。
その間にもクラスの子どもと授業を進めなければならない。

あ、こんなことをしている場合ではない。
これから、通知表の所見、学級通信(あとわずかで100号だ)、テストの採点が待っている。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加