息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

朝から鮮血

2010年04月30日 13時27分47秒 | わたしごと
朝、4時に起き、さて学年だよりの残りと、午後の生活指導全体会の資料を作ろうと、パソコンを立ち上げた。
左の鼻がむずかゆく、「夜は少し冷えたかな」と鼻水がでそうな予感。
ティッシュを取り出して、やや勢いづけてかむ。
私は誰が何と言おうが、かんだあと、ティッシュを少し広げて、その色合い、粘り具合、量、固形物の有無から、一日の健康チェックをします。
今回は広げるまでもなく、すでに裏側からも鼻血と見てとれます。広げてみると、なんと鮮やかな我が血液!
まだ鼻に違和感があり、さらにかんでみると、またまた大量の鮮血。

それを合図にして、たちまち私は病人に。そう言えば、節々が重く痛い。熱もあるかもしれない。咳は昨日もしていたし。 もう自称風邪男は完成です。

学校に行き、3時間目の途中から帰ることにしました。

この学校に来た当初、休むなんてことは、この職場では罪悪だという雰囲気がありましたが、今は「早く帰りなさいよ」とたくさんの声をかけてくれるまでに。
こつこつと職場作りをしてきた成果だよなあと、胸を熱くして校門を出ました。
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プレシャス

2010年04月29日 22時08分18秒 | 素人の劇評
劇ではなく、映画なのですが。

今日は「昭和の日」とやらで、もとは天皇誕生日。
天皇制がらみの祝日は、仕事をするか、それに見合うことをすることを自分は決めています。(けっこう祝日は、そんな理不尽なものが多いのです)
今日は朝から熱っぽく(歓送迎会の余波?)、学校に行ってはとても耐えられないと思い、思い切って渋谷にでかけました。(このほうがより体に悪いのでしょうが・・・)

シネマライズで上映されている「プレシャス」です。
とにかく重い映画でした。

「実父と義理の父によって妊娠を2度させられ、母親(モニーク)からは精神的にも肉体的にも虐待を受ける16歳の少女プレシャス(ガボレイ・シディベ)。悲惨な家庭環境に生きる彼女は、学校の先生や友達、ソーシャルワーカー(マライア・キャリー)らの助けを借り、最悪の状況から抜け出そうとするが……。」
ヤフーの解説では、こんな感じで紹介されています。

貧困の悪循環により、身も心も落ちるところまで落ちていく姿を、けっして簡単に「ハッピーエンド」にはさせないように、リアルに描いた映画です。

今、目の前にある、当面の食欲や、どうにもならない嫉妬に振り回されて、本当の「敵」が見えないままに、主人公の彼女は、毎日を生き続けていきます。
父親からのレイプ、母親の嫉妬による暴力、学校からの退学処分。それらを受けながらも、彼女はいつも「夢」を見続けます。
何もできないのだけれど、いつかはきっと変わるときがくる。夢が叶うときが来ると・・・
 
 しかし現実は、それをことごとく打ち砕いてしまうほどに残酷です。

 ほんのかすかな光、それがフリースクールで出会った先生と仲間達。
 ほんの少しずつながら、彼女は、字を覚え、自分の内面を日記に綴り、かすかな光を徐々にたぐり寄せていく。

 簡単に図式はできないものの、現在の日本の貧困、格差社会にも通じるテーマだっただけに、最近、あまり言葉にされない「民主主義」について、再度考えていこうと思った。(単純な契機です)(「平等」は、また復活していますが)

 帰りがけに、岩波新書「<私>時代のデモクラシー」(宇野重規)を購入。







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歓送迎会

2010年04月28日 07時07分09秒 | わたしごと
今日は離任式、そして夜は歓送迎会です。あらためて第二の人生を歩みはじめたK先生、新卒をこの学校でスタートし、いま異動先の学校で奮闘中の若いM先生、G先生。

歓送迎会は、それぞれの人にとり、ひとつの心の区切りです。これを経て、本格的に新しい環境の構成員となるのです。

「前の学校では○○だったのに、ここはなんて~なの!」
と、いつまでも判断の基準を前任校に求めている人は、そろそろそれはおしまいにしていかないと、職場では浮いてしまうことでしょう。

今日集まる皆さんに、幸あれの思い。
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美川けんいち?

2010年04月27日 02時35分29秒 | あれこれと
 くだらない実話、偶然の洒落です。

 
 道徳で教材を劇化したときのこと。
 たけし、けんいち、たもつなどの登場人物の振り分けをしていたとき。

 教え子に「みか」という子がいました。
 その子も手を挙げたので、順番に、
 「じゃ、まりなは、たけしの役ね」

 そして、みかに振りました。

 「じゃ次、みかは、けんいちをやってね」

 みんな、クスクス。

 偶然のことなのですが、「みかわけんいち」になっていました。

 こんなこと、めったにない。
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こどもにどんな社会を残せるか

2010年04月26日 21時57分08秒 | 思い出を語る
 たしか大学の2年生のときです。
 うちにクラスの友達が集まって、ドイツ語の定期試験の対策合宿をしたことがありました。ドイツ語の先生は、テキストを1人1人指名して、読ませ、日本語に訳させる方で、予習をしてこないものなら、きぴしく叱正される方でした。
 あるときに、クラスメイトが、なんとそのテキストの対訳本を探して、私たちにコピーをして渡してくれました。
 なんと親切なやつ。

 彼の行為のおかげで、どれだけ日々の授業が楽になったか、計りしれません。

 しかし、その幸せな気分は長くはつづきませんでした。

 私たちはいともかんたんにドイツ語を訳していくわけですから、スムーズに進むことは当たり前です。先生もやりがいがあるようで、どんどん授業は進行していきます。
 そして・・・

 前期の定期考査が近づいたころ、こなしたテキストは、なんと2冊になっていたのでした。

 2冊で200ページ以上もあるかというドイツ語の文章です。(きっと先生はわかっていてどんどん進めていたのでしょう)
 理解してすらすら答えたわけではない文章が試験範囲となったのですから、それこそ「地獄」です。

 そこで急遽、普段「いい加減にやっていた」男子学生が10人ほど、私の家で特訓することになったのです。

 まあ、それはいいとして(長々書きましたが、なんとか及第点をとりましたので)

 その合宿の夕飯のときに、スーパーでおにぎりやサンドウィッチ、ビール(!)などを買い込んで、みんなで丸くなって飲み食いしていたときに。

 もう誰が言ったのか記憶にないのですが、学生時代によくある「青臭い話」になりました。「僕たちは、なんのために生きているのだろう」といったテーマでした。

 「そりゃあ、いい女と一緒になりたいからさ」「好きなことをやって、そこそこ食えれば幸せ」「やっぱり弁護士になりたいよ。正義の味方が理想だったから」「親父が弁護士を目指して挫折したみたいなんで、弁護士になって喜ばせたい」「やはり自分が一番かわいいし大切なんだと思う。人のためなんてのは偽善だよ」「でも、自分のしたことが他の人に喜んでもらえると、ちょっといい幸福感がある」「それも自己満足なんじゃない?」

 パソコンも携帯もない時代です。

 そんな中で、こんなことを言った友人がいました。

 「堂々巡りみたいな考えだけど、オレは子どもが一番大事だと思うんだ。この世の中で損得を考えないでいられるのは、親子の関係だろ? だからオレは、こどもはこの世の中で一番尊いものだと考えている。まだ結婚もしてないし、こどもだっていないけど、親父やお袋のことを見ていると、2人は自分よりも子どものオレが第一なんだ。
 だからさ、オレたちの仕事や生活は、オレたちの次の世代のこどもたちに、今よりもっと自由で、やりがいがあって、幸せな社会にすることを、生きていく目的にしていくことが大事なんだと思うなあ。
 だから、どんな仕事でもいいんだ。そこで、なんらかの形で、次の世の中のために何ができるかを、みんなが考える必要があるんだと思う。」

 若い彼が、どれだけ実感をこめて熱く語ったのかは、なんとも言えないけれど、そしてそのときは全く「問題外」として聞き過ごしてしまったのだけれど、今、この歳になって、あらためてこの内容を思うと、「そうだよなあ」と納得してしまいます。

 だから、その言葉に励まされて、私は、自分だけの幸せに固執はしない、自分の仕事は第二に位置させる、組合に入り活動する、政治的な無関心にはならないで発言する、そんなスタンスでこれまでやってこれたのだろうと思います。

  
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沖縄に軍隊はいらない

2010年04月26日 07時43分22秒 | わたしごと
県民大会に九万人。
何度も政治の取引に使われ、辛酸を嘗めてきた沖縄の人々へ思いを寄せて。
基地もいらない。米軍もいらない。安保条約もいらない。
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浅川マキ 「赤い橋」でした

2010年04月25日 10時46分38秒 | わたしごと
1月27日に、浅川マキのことを書きました。
今朝、NHKのラジオ放送を聴いていると、この曲が流れました。
曲名が判りました。
「赤い橋」とのこと。ずっと「不思議な橋」だとばかり思っていました。


「浅川マキが亡くなったことを知らずにいた。
記憶が正しければ、たしか高校三年のときに『不思議な橋』という曲が初対面。
不思議な橋が
この町にある
渡った人は
帰らない~

そんな歌詞だったと思う。
けだるく、そしと物悲しい歌声だった。
彼女も早く橋を渡ってしまった。」
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利己的人間の再生産

2010年04月25日 01時18分32秒 | 教育を考える
 今日は組合の支部大会でした。
 徐々に会場を埋める人数が減っていくのが、目に見えて判るくらいの激減です。

 うちの学校にも、自分に与えられた仕事と、自分の学級のことに、黙々と、しかも大過なく打ち込んでいる若い人がたくさんいます。
 朝早くから、夜遅くまで、とにかくよく働きます。
 中には、ほとんど土日出勤をしている先生も少なからずいます。

 その先生達には、共通点があります。
 「お人好しでない」ということ。自分の仕事はせっせとやるが、すすんで困っている人の世話をしようという気持ちはまったく感じられないのです。
 自分のことで精一杯、といった状況でもある学校現場なのですが、子どもに「1人はみんなのために みんなは1人のために」と教えている教師が、職員室に戻ると、自分のことだけにしか動かないというのでは、情けない話です。

 その姿勢は、必ずこどもたちに影響を与えることは明らかです。
 どこか冷めている、あるいは管理的な教室になっているのでしょうから。

 そんな教員は、当然のことながら、組合には無関心です。
 本当にこどもたちを愛するなら、自分の生活と実践を守っていきたいなら、そして同僚が抱えているさまざまな課題、問題について関心があるのなら、どうしても政治的に無関心ではいられないはずですから。

 そんな勉強を、学生時代を経ていない教員がかなりの部分を占めるようになってきて、それは、同じような子どもを育てていくことになるのだろうと憂慮しています。

 この国は、この国の学校は、いったいどうなっていくのでしょうか。

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心にゆとりがないときはこどもが犠牲になる

2010年04月20日 22時54分50秒 | 教育を考える
今日は午後から教務主任会で出張。 午前中は、教務主任が軽減される授業の図工や音楽と続き、4時間目はクラスをばらしてのグループ別の算数。
 つまり私がクラスの子と対峙する時間がないのです。
 
 私が出るまでに、いつ連絡を伝えようか・・・

 無理をするとだめです。給食の準備中に連絡を書かせようとしたけれど、メニューはあんかけのヤキソバ。あんかけの盛り付けは私がやらないと、熱くてとても子供に任せられません。
 黒板に連絡を書いて写すように指示しましたが、配膳する子、後ろで遊んでる男子、鬼ごっこをしている子・・・。書こうとしているのはごくわずか(>_<) なのです。(当然のことですが)
 給食は、みんな和気藹々と楽しく食べているのですが、おしゃべりしているので、とてつもなく遅い。昼休みの半分近くで、ようやく食べ終わる始末。

 学校を出るまで時間がない! 掃除を早めに終わらせて、みんなに書いてもらうことに。  
 これがまた遅い! 一郎くんは、朝つかまえたダンゴムシをじっと眺めているし、二郎くんは、後ろの三郎くんとおしゃべりに夢中で、まだ連絡帳を出してないし(>_<)
 花子さんは、教室の横で、筆箱に入っている鉛筆全部をのんびり削っているし、佳子さんは、私のもとにやってきて、「先生、昨日ね、お母さんとファミレスに行ったの。さーて、何を食べてのでしょうか?」と笑顔で話しかけてくるし・・・

 学級通信を配り、なんとかみんなが書いたのは5時間目が始まって5分たって。

 私に余裕がなく、いらいらするとだめですね。怒りまくった、反省しきりの一日でした。
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おすすめのサイト

2010年04月20日 05時26分49秒 | あれこれと
レイバーネット日本
http://www.labornetjp.org/

日本にもこれだけ「闘っている」仲間がいるのだと、いつも励まされている。
とにかく各方面で、理不尽な待遇、差別について、その撤廃を目指して闘う仲間の記事が満載。

自分の中に棲むエゴに嫌気がさしたときに・・・
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つまらぬ教師が多すぎる けれど・・・

2010年04月18日 08時12分57秒 | 教育を考える
 以前、まだ20代の若い女性教師に、保育園の増設や30人学級の制度確立の署名をお願いしたところ、
「わたしって、そんなことに怒りがわいてこないんですよね~」
と、拒否されたことがあった。(私は怒りましたが・・・)

 その彼女は、すでにこの職場にはなく、異動し、結婚し、もうすぐ出産を迎えるのだと聞いています。
 おそらくは、彼女は、産前産後の休暇を、なんの疑いもなくとり、育児休暇も、育児による時間軽減の権利も、ぬくぬくとしてとるに違いないでしょう。

 彼女のクラスは、とにかく静かなクラスでした。授業の始まりの時刻になると、こどもたちは着席し、学習の準備をする。授業中も、ほとんど私語はありません。
 学習の際のルールが徹底していて、「指名なし発言」「発言のまとめ予約」といった手法で、滞りなく授業が進められています。

 一見、それはそれでいいのですが、私は、その光景を見ていると、ちょっと背筋が寒くなってしまいます。
 こんな授業をしている教師は、どうも女性の教師に多い。(偏見だと指摘されそうですが、私の知る限りでは、どの学校にもあてはまります)
 そして、それは、こどもたちが積極的に意見を表明するためとか、考えを集団として深めるとかいったことよりも(本人はほとんどがそう言うのですが)、教師の「統率」に力点が置かれた「静粛の強要」にしか見えないことがしばしばです。

 もちろん、こどもたち全員が指示を共有することは、大事なことですが、残念なことに、「静粛こそ命」としている教師の授業は、概して楽しくないのです。深みが感じられないのです。(今回は決めつけが多いですね)
 それは、その教師自身の人間性の貧弱さ、浅い知識によるものが、大きな要因だと思うのですが(教員に自ら学習を積み重ねる時間的な余裕は、よほど努力しないとないのです)、職場に、そのような指導の傾向に対して、指摘したり、相互に検討しようという雰囲気がないことも大きな原因かとも考えます。
 しかも、その「静粛最優先教師」は、表で裏で、「あのクラスはうるさい」とか「あの担任は甘い」とか、「確信に満ちた」「したり顔」で同僚にのたまうのです。(本人に言わないという傾向も、けっこうあります。)

 以前、そんな教師が専科にいて、通知表の評定とともに、若干のこどもたちのコメントをお願いしたところ、そのほとんどが、
 「話をよく聞いていない」「手遊びしている」「集中力がない」という生活指導的なコメントだらけのメモをいただき、苦笑したことがあります。あれ、教科としてのこどもたちの成長はどうしたの? 取り締まりだけに力点を置いていたんだと失望してしまったことがありました。

 今、組合に入る教師が少なく、自分のことは自分で守るしかないという、孤立した教師がほとんど。そこで、管理職から、同僚から、指摘や指弾を受けないために、とにかく「整然とした」クラスを作らなければならない、そんな背景もあるのでしょう。自分の持ち分の仕事は、きっちりと行う。しかし、これからこの学校をどんな学校にしていこうか、職場に働きにくいところはないのか、あるとすればどう改善していったらいいのか、それは制度と関係はないのか。そんなプランなどは、考える余裕も「つもり」もないのでしょう。

 うちの学校には、子育て中の教師もいれば、異動したてで「落ち込んでいる」教師もいれば、新しいクラスの担任になって、こどもたちとどう対峙していったらいいのか「とまどっている」若い教師もいます。
 
 互いの立場や希望や悩みを共有して、働きがいのある職場にしていくことは、大変なことではあるのですが、私たち世代が踏ん張らないといけないなあと、新年度のはじめに考えたことでした。


 

 



 

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空虚な結党あいつぐ

2010年04月18日 07時55分36秒 | あれこれと
「大阪府の橋下徹知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」が19日に発足するのを控え、多数派工作が大詰めを迎えている。新党に参加するメンバーは府議会だけでなく大阪、堺の両市議会にも勢力を広げ、橋下旋風が席巻し、新党になびく議員も相次ぐ。「(新党からの)誘いを断ると、選挙で刺客を送り込まれるかもしれない」と悩みを深める議員もおり、議員たちは「黒船が来た」と戦々恐々だ。」(産経)


「たちあがれ」と同様に、威勢の良いネーミングと、知名度頼みとしか考えられない結党の印象。
 危惧するのは、新党の傾向が、どれも「国民の暮らし」に向いていないことだ。
 おそらくは、「第二自民党」の性格からは脱しないものばかり。
 「日米同盟の堅持」「大企業の税制庇護」にメスが入らないかぎり、この間の民主党の体たらくと、いささかの相違のない金縛りの活動に陥ってしまうと思う。

 社民は、公明党の轍を踏みつつある。足腰が弱いだけに、それこそ党自体の消滅にもつながりかねない。早めに、連立から脱するべきだ。

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不覚の観劇

2010年04月17日 19時09分52秒 | 素人の劇評
劇団だっしゅ 「ペンション尾根2号館 誘引速度アップアップ!」 大塚 萬劇場
4月17日 14時の部

普段の仕事疲れなのだろう。不覚にも開演前からうとうとしはじめ、気がついたら、もう始まっていた始末。
リラックスした演技や話芸で笑いをとるところは、かなり「公演慣れ」しているようで、身内とも常連とも思われる客が、
「はい、ペンションおなに~」などといったかなりC級な駄洒落にも、素直に笑い声をあげ、役者、客の一体感のあるものだった。
ストーリーは、起きては寝、寝ては起きの繰り返しで、責任を持って紹介できず。

同行したTさんが「けっこうおもしろかったですよ」と話していたので、それに準じておきます。
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座右の銘

2010年04月13日 07時43分15秒 | わたしごと
むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書く。

井上ひさしの執筆の姿勢。真似したいがなかなかできないこと。つねに心していたい。
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なんとか切り抜けた そんな実感

2010年04月11日 22時09分13秒 | わたしごと
担当したクラスは、人数が2人足りなくて、3クラスから2クラスに減り、もちろん学級編成替えもあったので、かなりごちゃごちゃしている「群れ」という感じです。
前のクラスの担任から「このこどもたちを二つに分けるなんて、どだい無理よ」と言われるくらい、手のかかる子が山といるようです。
まあ、規則で学級が減るのも仕方ないこと、まただれかが持たなくてはならないこともやむを得ないのてしょう。白羽の矢が当たったことを「光栄」だと考えてやるしかありません。
先週は互いに様子伺いの週。
去年が30人のクラスでしたが、たった10人ちがうとこんなにも大変なんだということを実感。
まず机が目一杯に広がっているので、私は後ろの子にいくのに、体を横にしないといけない。あるいはいったん廊下に出て、後ろのドアから入り直すことが必要です。
金曜日は帰りのしたくをさせて、連絡を書かせ、一人一人点検して、配布物を配り、さようならをするまでに30分もかかりました。
う~ん、これはかなりやり方を変えないとまずいことになるなあと反省。

先週は専科の授業がなく(これも大きな要因)ずっと教室にへばりつきだったこと、そのあとの職員会議や、部会の準備も同時に行わなくてはならなかったこともへばった原因です。

仕事は山ほどありますが、土日はあえて完全休養としました。

春休みは土日も出勤していたのですから、当然の報償です。

この際限のない長時間労働と、勤務時間の15分短縮開始と、どう考えていったらいいのでしょう。
あれこれ調べて、必ずしかるべき措置を、行政にとってもらうことを計画中。
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