息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

新年の憂鬱 「不協和音」を聴いて

2018年01月02日 20時50分06秒 | わたしごと
 紅白歌合戦で、欅坂46というグループの歌を聞いた。もう半年以上も前の歌だというのに、恥ずかしいことに私は初めて聞く歌だ。
 「不協和音」
 権威に阿ることなく、自立した精神を歌ったメッセージソングである。
 歌自体、悪くない。ごくごく真っ当な内容のものだから。
 ただ、これを聞きながら、暗澹たる気持ちになってしまった。

 僕はYesと言わない
 首を縦に振らない
 まわりの誰もが頷いたとしても
 僕はYesと言わない
 絶対 沈黙しない
 最後の最後まで抵抗し続ける

 叫びを押し殺す(Oh!Oh!Oh!)
 見えない壁ができてた(Oh!Oh!)
 ここで同調しなきゃ裏切り者か
 仲間からも撃たれると思わなかった

 僕は嫌だ
 不協和音を
 僕は恐れたりしない
 嫌われたって
 僕には僕の正義があるんだ
 殴ればいいさ
 一度妥協したら死んだも同然
支配したいなら
 僕を倒してから行けよ!

 
 これを聞きながら、おそらくは視聴者は、「そうだ、そうだ」という気持ちを共有するにちがいない。聞き終わったあとも、「けっこういいこと言うじゃない」と感想を述べあうことだろう。
 そして、「このグループ、他とちょっと違うわよね」「この路線、けっこう売れるかも」と、そんな話も出てくるかもしれない。

 紅白で、欅坂46が、歌い終わる。彼女らは、世を憂いた、真摯な表情でステージに立ち、たくさんの拍手をもらう。照明が消える。
 「はい、おつかれさま~」
 「ああ、緊張した」「私も、拍手もらって力がぬけちゃった」「お客さん、うけてたかなあ」「大丈夫、大丈夫」「この歌、けっこう話題になったし、よかったんじゃない」「これで、しばらく売れるかもね」「この歌詞みたいに思っている子、多いもんね」「もっと人気出るかも」「わくわくするね」「やったね。AKBも追い越せるかも」「すごーい」「そうなったら、幸せね」「ああ、衣装変えなくちゃ」「こんどは、可愛いのになるんだっけ」「そう、イメージをチェンジして明るい少女にね」「これでギャラ上がるかな」「もちろんよ。事務所、けっこう稼げたんじゃないかな」「やったね」

 しかし、私が暗澹となったのは、そんな「崇高なメッセージ」が、商業ベースに乗ったまま、「人気を博した」「何枚売れた」といった次元で、終わってしまうのではないか。
 さらに危惧するのは、この歌でバラまかれた「メッセージ」が、本当に社会を変革しようとしている人たちのメッセージと共振するのではなく、「あっ、この言葉、前にも聞いたことあるわよね」といった具合に、中身を吟味されることなく、「安っぽいメッセージ」として処理されはしまいかということ。
 欅坂~のほうは、正直、何も中身がないものである。(極論と言われかもしれない。勇気づけられた、程度の反応があるかもしれないが)現実に、校則を変えていこうとしている青年、ブラックな企業で粘り強く待遇を改善させようと闘っている人たち、社会のしがらみを打破しようと闘っている様々の分野の人たちが発する「メッセージ」とは、内容も重みも違うはずなのだが、それが商業的に流されたものと「表面上」は同じであるために、「正論ね」「同感よ」の次元でおしまい。そこで、あなたはどうすべきか、何ができるのかまでたどり着かないものになってしまうのではないかということである。
 真っ当なメッセージが、CMのコピーのように、安っぽく、現実を離れたもとなっていく。

 安倍首相が、「革命」という言葉を発したときに思ったときと似ている重い状況だ。

 言葉が、商業的に拡散されて、その重さを失っていく。
 ますます「変革」の時代は遠のいていく。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 亡くなった方 私に「近い」方で | トップ | もうひとつ 教育特化ブログ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

わたしごと」カテゴリの最新記事