T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

「弥勒の月」を読み終えて!ー4/4ー

2012-12-17 13:38:43 | 読書

「第八章 終の月」

 --信次郎は、吉田の姿を長い間、詰め所に見えないので、

                   組屋敷を訪ねることにした。--

 与力からも、吉田敬之進は質の悪い病にかかっているようなので見舞ってやれと言われた。信次郎は吉田の病からだけでなく、おりんの事で確かめたいことがあったからだ。

 『それは、ずっと喉元に引っ掛り、息の出入りに障る様な疑念だった。喉元から上がってこなかったそれが徐々に形になり、今、掴めそうになっているのだ。』

 信次郎は、おりんが自身番に引き上げられた日に、詰め所で吉田と交わした会話をもっと早く思い出すべきだった。遠野屋に振り回されて、周りに気を配れなかった。俺としたことがと思っているのだ。

 途中、伊佐治が調べた源庵のことを話す。

 源庵は里耶家の住込み弟子となり、養子になった。先代は吉田の屋敷の土地を借りていた。

 先代夫婦が相次いで亡くなり、源庵の名と家業を継いだ。今は北の橋の近くに居を構えている。

 先代源庵は、遠野屋の先代が店を構えたころからの付き合いだったようで、清之介の婿入り祝言を上げたころは、今の源庵の代になっており、先代の遠野屋を看取っている。おりんも、母親のおしのの薬を貰いに来ていたので、そんなところから源庵との繋がりができていたと思う。

 そして、朝顔は腹の薬になるとかで、今の源庵の家の庭に夏かなり咲いていたそうで、自分が調べたところ、その庭には人に見咎められずに出入りできる造りになってますんです。

 信次郎が、伊佐治相手に独り言を言って頭の中を整理した。

 吉田さまも弥助も良い医者に出会ったと喜んでいたな。

 源庵は、清之介がまともな商人になってもらっては困る訳があったのだろう。だから、要のおりんを殺すことにした。

 その為、清之介を追いかけてきて、清之介が商いの道を覚えるのに必死なことをいいことに、容易におしのたちを信用させて、遠野屋の掛かりつけ医者という家族の内情を知りうる立場にまんまと収まり、おりんが体の事で悩んでいたことも知ったのだと思う。

 そして、おりんは、源庵から、儂の手だてに従えば子ができる。この朝顔の種を植えておいたら、次の夏には子を抱いて亭主と一緒に朝顔を眺められるとでも、儚い望みを持たされたのかもわからない。その手だては、満月の夜に川に飛び込めば子が授かるとでも、源庵から暗示をかけられたのかもわからないと。

 ーー吉田家を訪ねると、家の小者と老女が殺されていた。

 惣助の斬られ方と同じく、真正面から一太刀で斬り殺されていた。信次郎も吉田から手ほどきを受けたほどの使い手であった。

 惣助は、臨時廻り同心の吉田から、おりんの下駄を持ってこいと命じられたのかもしれない。

 惣助殺しを見られた弥助を生かしておくわけにはいかなかったのだ。

 家の中には、白い猫も胴が真っ二つに断ち切られていた。おりんの片方の下駄が枕元に転がっていた。

 吉田さまは、狂っていたのだ。我慢できないほど人を斬りたくて堪らなかったのだ。源庵は吉田の狂気を凶器として操っている。

 『凶器をさらに深め研ぐために、稲垣屋を殺させた。飢えた獣に少量の肉を与え、さらに飢えを強めるように。』

 --伊佐治、源庵の家を案内しろと信次郎は走った。

 『里耶家の玄関は暗かった。廊下の奥も暗い。そのまま奈落に通じるかと思うほどに暗い。先に姑の薬を取りに来ていた清之助が襖戸に手を掛けて開けると、そこにはどこよりも濃い闇があった。闇から、微かな、しかし、鋭い音が起こる。身を交わした清之介のすぐ傍らの襖戸に簪が突き刺さった。」

 宮原家の庭でお目もじしました。昨夜はお許しくださいと言う。

 清之介は、何故、りんを殺したと問う。

 「忠邦さまは、あなたさまに闇を統べよと仰せになった。しかし、商人の真似事にうつつを抜かしておられる。清弥殿、闇は闇、どう足掻いても光と交わることはできませぬ。我々を統べ、闇に生きてください。」

 清之介は、断る、今の俺の望みは遠野屋を護り通すことだと言い、どうやって、りんを殺したかと再び問うた。

 「りんは、小娘の頃、子を孕んだことがある。三月で流したが、その処置は先代の源庵が引き受けたことを先代を殺す前に聞きだした。おりんは、おまえと夫婦になり子が欲しいと思い、願掛けや祈祷にも回った。儂は薬を処方し、眠るおりんの耳元で、満月の夜に川の水をくぐり身を清めて生まれ直せと幾度も囁いた。刀だけが人を殺す道具ではない。言葉もまた、人を殺せる。」と源庵が答えた。

 吉田が納戸の戸を開けて、抜き身を片手に下げて入ってきて、ぶつぶつ呟いた。

 源庵は、『この男はすでに狂っている。儂が、こやつの狂気を外に出す手助けをしたのよ。弥助の心の臓を儂が薬で止めたのに、死体を切り裂かねば済まないほど狂っているのだ。稲垣屋もその狂気の餌にしてやったのだ。清之介、この男が、救った小娘は自分の好きなようにしてもよいものだと、おりんを手籠めにしたのだ。この男の凶刃が躱せるかな。』と言う。

 清之介は、商人として生き延びねばならないのだと闘う。

 「止めろ、遠野屋。殺しちゃなんねえ。」清之介が振り下ろした刀を止めながら信次郎が叫んだ。

 「殺すな、清弥、殺すな。」兄の言葉が重なる。背後で殺気が燃え立つ。

 信次郎は、清之介の体を押し倒し、前に飛び出した。渾身の力で闇を裂く。どたりと思い音がした。

 吉田さま、何故、このようなことをと、信次郎は吉田の肩を揺する。

 吉田は、『おお、信次郎、励んでおるか。人の一生はつまらぬ。泥のように生きて、泥のように死ぬだけだ。つまらぬ。』と言って、まだ何か呟いていた。

 しかし、信次郎は、吉田の顔が狂人のそれから慈愛を含んだ柔らかな笑みに変るのを感じて泣きたくなった。

 『遠野屋がふわりと立ち上がり、引きずるような足取りで出ていく。外には闇があった。月明かりのない道をずるずると歩く。俺は、どこに帰るつもりなんだ。

 信次郎の何処へ行くの声にも振り向かない。ただ、歩く。』

                                      終り

 

 

 

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「弥勒の月」を読み終えて!ー3/4ー

2012-12-16 09:26:42 | 読書

「第七章 陰の月」

 『いつの間にか行灯の火が消え、文目も分からぬほどの暗さに包まれている。火鉢の炭も燃え尽きたらしい。自分は幼い時から闇に慣れていたようだ。僅かな星明りで視界の隅に蠢くものが何かを見極めることが出来た。闇を射抜く視力は天性のもので、更に修練を積み磨いてきた。その力が少し衰えた気がする。光に慣れてきたのだ。光に慣れた目は闇を拒む。厭うのだ。闇の視力が衰えたと感じた時、清之介は独り静かに笑った。おりんは、清さんは、よく笑うよねと言った。そのおりんが、今死ねるなら、私本望よと言ったが、俺は、生きて一緒に年をとるんだと言った。俺は確かに弥勒の裳裾を握っていた。』

 手代の信三が呼びに来て、廊下から障子をあけた。

 『肌に痛みが突き刺さった。先鋭な切っ先が掠った様な鋭い痛みが走る。目には捕えられず、形もない刃が襲いかかってくる。月の光さえない暗闇から、殺気が刺さる。視線を、重圧を、鋭利な気配を感じる。清之助はとっさに屈みこむ。戦ってはならぬ。殺気など感じてはならぬ。俺は何処まで商人になりきれるか。抉るように凶器は肉の中で一回転し、引き抜かれた。激痛が身体を真っ直ぐに貫く。

 おまえが俺の女房を手にかけたのか。近くで微かに笑い声が揺らめいていた。』

 清之介は、肩を手で押さえて立ち上がる。足の先に硬い物が触れた。先ほど背中にぶっつけられた物だ。拾い上げると、おりんの下駄だった。

 肩口の疼きが漣のように身体の中に広がり、その痛みは思考を妨げ、気を挫く。清弥どうすると問うてくる。

 --闇の殺し人だった頃のことが頭を巡る。ーー

 清弥は武家の名門・宮原家の三番目の男の子として妾の腹から生まれ、その母はすぐ始末された。

 清弥は闇の殺し屋として幼児から鍛えられた。剣の技だけでなく、一晩中真っ暗の闇を凝視することを強いられた。

 15歳になった時に、父の忠邦から、手始めに自分を育てた老女を斬れと命じられた。

 藩のためだと、次々に要人の殺しを命ぜられ、ある時、儂の闇に動く者達を統べよと言われ、跡継ぎの兄を斬れと告げられた。

 清弥は、兄に打ち明け、兄が父を斬った。そして、兄は、金子と必要な書付を用意して、人として最初から生き直せ、今までの事は全て夢として忘れ、武士を捨てて新たな人生を生きるんだと自分を脱藩させてくれた。

 --信次郎と伊佐治は弥助の長屋で弥助の娘・お絹を見た。ーー

 弥助の行き方知れずの報を聞き、心配して、娘のお絹が長屋に来ていた。

 お絹から父親は癪もちで苦しんでいたが、良い医者から痛み止めの薬を調合してもらい少し良くなったが、今度は、心の臓の具合が悪く息が切れるとぼやいていたと知らせてくれた。

 信次郎たちが、その薬を探していたら、紙包みを見つけた。薬は見つからなかったが、薬草の匂いのする紙には、弥助の字で「あいのふ(藍の斑)」と書いてあって、中には朝顔の種が入っていた。お絹から、父は朝顔が好きで朝顔売りから度々買っていたと涙を流していた。

 --次の朝、夜鷹蕎麦の弥助の死体が北の橋近くの叢で発見された。

 惨たらしい死体だった。両方の肩口から脇腹にかけて交差するように二筋斬られ、真一文字に腹も割かれていた。そして、血の出かたから見て、死んだ後から斬られたのではないかと思われた。

 信次郎は、弥助の死体は何処からか運ばれてきたものだ、朝顔が咲いていた家でおりんや弥助が出入りしても見とがめられないような家を探せと命じた。

 --そこへ、遠野屋がやられた。

    店に出られない怪我を負っていると下っ引から知らせてきた。ーー

 肩口を見る信次郎に簪でやられたようだと遠野屋が言う。店の簪が一本無くなっていた。

 夜鷹蕎麦の親父は見つかりましたかと、弥助のことを聞く遠野屋に、信次郎は、滅多斬りだ、二度殺されていると答えると、遠野屋が、お願いがある、この一件から手を引いてくださいと言う。信次郎は、調べ直せと言ったおまえが指図するのかと鼻で笑った。遠野屋は再度『けりは、それがしが付ける。貴公はこれ以上お手出しめさるな。』と言う。

 --おかみさんが目を開けた。旦那様に会いたいとの知らせがあった。ー

 信次郎たちも病人の座敷に急いだ。

 『おりんに、子を産めと……孫が見たい、診てもらえ。……あのことは気にせずに、子を産めと、…』と涎が糸引く顔で、おしのが言うが、信次郎は、後の意味が解らないと付き添いの女中に聞くもはっきりしない。

 そこへ源庵が到着した。診察後、一生、呆けたようになるだろうと言って、後から薬を届けましょうと言う。

 遠野屋がゆっくりと首を振って、私が戴きに上がると言う。源庵が、「主人が、わざわざお出でになるのですな。」と深みのある声で念を押し、時間まで聞いた。

 

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「弥勒の月」を読み終えて!ー2/4ー

2012-12-15 09:05:11 | 読書

「第三章 欠けの月」

 --信次郎と伊佐治は遠野屋を訪ねた。ーー

 帳場の隣部屋で待たされた。遠野屋が近づいた気配が声をかけられるまで察することができず、信次郎は思わず柄に手を掛けさせてしまった。だから、ただの鼠じゃねえって言っただろうと、信次郎以上に驚く伊佐治に言った。

 信次郎がおまえさん、どうやって遠野屋の婿に納まったと尋ねた時、運悪く、職人が入ってきた。また、おぬし、人を斬ったことがあるかと問うと、木暮さまは、よほど詮議がお好きと見えますねとはぐらかされる。その後、おりんの件を改めるご意思がないなら、おりん自身が成仏できないので、私どものやり方で調べてみますとも言う。

 伊佐治から、遠野屋に、駕籠屋の鶴七が、昼四つに街中でおりんに挨拶した後、木戸が閉まるころまで、おりんを見かけたという奴がただの一人も出てこないと知らすと。遠野屋は、逢引をしていたなどと、あまり見当違いの筋を探していらっしゃるなら手掛かりなど見つかりません、藪をいくら探しても魚は取れませんと、無礼な言葉を投げる。

 それだけの口をきいて、ただで済むと思うなよと、信次郎が刀を掴む。旦那、刀なんぞ、抜いちゃいけねえと、伊佐治は手を伸ばして信次郎の右手を押さえ込み、遠野屋さん、あんたの言うとおりだ、もう一度端からやり直そうと言う。

 伊佐治は、『世間のどこでも起こりうる痴話として惰性で安易に動いた。根拠はないが、遠野屋のような男が絡んでいるのに、ただの痴話で済むわけがない。何故、そこに思い至らなかった。』と思った。

「第四章 酷の月」

 --遠野屋の座敷で、姑のおしのが首を吊った。ーー

 女中の悲鳴に、奥の座敷から信次郎も遠野屋と同時に動いた。

 「私が…殺した。」かろうじて掠れる声がおしのから漏れた。そして、頭を後ろにのけ反らせて、おしのは目を閉じた。

 駆けつけた医師・源庵は診たての後に、覚悟をしておいたほうがよいと言う。

 外へ出た伊佐治は、信次郎に、『旦那、あっしは、なんていうか、気の収まりがつかねえんで、変なんですよ。仮に、おりんが殺されたとして、その下手人をお縄にしたとしても、一件落着、ようござんしたねという気にならないで。』と言う。信次郎も、おりんの死んだ訳なぞどうでもよい、遠野屋は俺の獲物だ、面白い狩りができるかもしれねえと頷いた。

 --翌朝、二つ目之橋の側ので、惣助が一太刀で斬り殺されていた。ー

 惣助の死に顔は、心底驚いた表情で恐怖も無念も感じる暇がなかったようで、真正面から一太刀で斬り殺されていた。

 伊佐治は、稲垣屋に急いだ。遠野屋の昨夜の行動の探索も忘れていなかった。

 惣助は、女房のおつなに下駄の事で急用ができたと言って店を閉める頃に出かけたとのことだ。また、手代の松吉から、主人(惣助)が、困ったなぁと呟いた後、まあ何とかなるさと独り言を言っていたことを知らされた。

 後日、松吉が伊佐治の家を訪れ、稲垣屋の女中から、主人がお武家さんらしい人と話していたことを聞いた。また、主人が出かけた日に10両を持ち出していたことが判った。と知らせてきた。

 伊佐治は、惣亮の死が、おりんの死と関係があるのか、ないのかと考えて歩きながら、いつの間にか自分の店まで来ていた。

「第五章 偽の月」

 --遠野屋が伊佐治の店を訪れた。すぐに追いかけた。ーー

 遠野屋から小料理屋に誘われた。

 稲垣屋さんは、何故、殺されたのですか。この辺りでは、鯰のように切り刻まれていたと、その話で持ちきりだがと問いかける。

 伊佐治は、真正面から一太刀だとだけ答えて、昨夜は何をしていたかと問う。

 遠野屋は、一晩中、姑の耳元で声掛けをするなど看病をしていたと言う。

 その後、話が遅れたがと、遠野屋が今日訪ねた中身について話ししだした。

 おりんの挟み箱(持ち運び用の衣類箱)の中から朝顔の新しい種を包んだ紙包みを見つけた。包んだ紙には「うすもも・あい・あいのふ」(朝顔の花模様の種類)と書いてあって、おりんの手だと言う。

 挟み箱に入れておくのは不向きな物であり、伊佐治は何処で手に入れたか探ってみたいと言った。

 遠野屋も頷いて、私は先代から店とおりんを頼むと言われたのですが、そのおりんを失いました。私にとって、おりんは弥勒であったと言う。

 伊佐治は、遠野屋の婿に入る前は何処で何をしていたか尋ねた。木暮さまが、とっくに人別帳を調べられていることでしょうと言い、木暮さまに、お待ちしていますとお伝えくださいと言う。

 --自身番で、伊佐治が、遠野屋からの話を信次郎に伝える。ーー

 信次郎は、人別帳を調べても何も出てこねえと分かって、笑ってやがるのか、確かに怪しいところはなく、作事方の次男が届を出しての脱藩で、遠野屋に来る前は神田にいたらしいと言う。

 伊佐治と信次郎が朝顔の話をしているとき、下っ引の源蔵が、稲垣屋の女中から一度店に来られた遠野屋と稲垣屋の手代の松吉が街中で立ち話をしていたことを聞いたと知らせてきた。

 既に夜になっていたが、信次郎が、直接、遠野屋に尋ねると自身番を出ようとした。その時、下っ引の新吉が、夜鷹蕎麦の親父が稲垣屋の殺しの下手人を見たようだとの情報を得たのだが、その親父が長屋を出たきり行方が分からないのだと言う。

「第六章 乱の月」

 --自身番を出て、信次郎と伊佐治が遠野屋を訪ねた。ーー

 手代に案内され、信次郎が自ら奥の座敷の戸を開ける。遠野屋が改めて座敷に居た医者の里耶源庵を信次郎に紹介した。そして、源庵を見送って廊下に出ていった。

 信次郎は何となく気になり、伊佐治に、源庵と遠野屋との繋がりと、源庵の家におりんが持っていた種類の朝顔が咲いていたかもしれない庭があるか調べることを命じた。

 信次郎は、座敷に戻ってきた遠野屋に、『周防清弥、送りの書付による名前はそうだったな。一度、闇の中に沈んだものはな、たとえ弥勒の裳裾にすがっても、なかなか、日の当たる場所には住めねえのさ。さっきも、一部の隙もねえ、間合いを計っているような用心深い足音だった。おぬしは僅かに間合いの外に居たろう。周防、あの足音は闇の中を歩く時のものだ。』と言った。闇の中を歩くと呟く遠野屋に、信次郎は頷いた。

 伊佐治が、何用で稲垣屋に行ったのか、後日、稲垣屋の松吉と街角で何の話をしていたのかと尋ねた。遠野屋は、おりんの最後を詳しく聞かずにおれなかったし、松吉さんとは、稲垣屋を尋ねた時に面識ができて、あくまで世間話だったと答えた。

 信次郎は遠野屋に夜鷹蕎麦の探索に100両を工面させた。そして、遠野屋に、おまえさんの居場所が明確でなかったら、稲垣屋の斬り捨て方、おりんの下駄が欲しかったこと、おぬしなら全て辻褄が合うので下手人として打って付けだと言う。

 遠野屋が、下手人は作り上げるものでないと、口答えすると、信次郎は、商人の分際ってもんがまだ身に付かないのかと、遠野屋の頬を音高く打った。謝ることもしないので、もう一度頬を叩いた。

 --信次郎と伊佐治は遠野屋の店を後にした。ーー

 伊佐治が、旦那が遠野屋の頬をぶった時に、驚いたことに遠野屋は目をつぶらなかった。信次郎が、気が付いたか、奴はしみついて習い性となり、こちらの動きをちゃんと見ていやがったと言う。

 伊佐治が問う。おりんは自分の亭主の正体を知っていたと思いますか。

 知らなかったろうよ。しかし、言うことなしの幸せな若女房を冷たい川に飛び込ませたのだ。身投げするはずがない、殺されたのだ。そこん処が解らないんだと信次郎は答える。

 伊佐治は、信次郎に、おりんの死の原因は亭主に関係があるように思うが、謎解きがおまえさんの昔に関わっていると諭せば口を割りませんかねと問う。

 信次郎は、もしその事が外に漏れれば二代目の足を引っ張りたい手合いが何人もいるので、それは遠野屋の身代を潰しかねない、今の遠野屋には店の身代が大事な事なので、それはないだろうと言う。

 『伊佐治は、ふと、人は自分の一番痛いところから目を背けるものだ、遠野屋だって同じではないかと思った。

 遠野屋は、本気で女房に惚れていた。私にとって、おりんは弥勒のような女だったと言う言葉には嘘偽りがあろうとはどうしても思えない。闇を抱えたものならばなお、弥勒の光は眩かっただろう。

 おりんを失った遠野屋は、よく耐えている。商いに没頭し店を護ることにのめり込み、現実から目を逸らそうとしている。そして、かろうじて目を逸らすことができている。首の皮一枚で狂うことから免れているのではないか。

 おりんの死が自分の背負った闇に関わるものと思えば、思っただけで皮は裂ける。今はまだ遠野屋という店がある限り、まだ狂うわけにはいかぬのだ。』

                                                  

 ーー《当初から、遠野屋がおりんの死を疑ったことについての私の推量》ー

 おりんを弥勒の女と思うほど本気で愛しており、その上、自分は人には絶対に言えない過去に闇を抱えた者であることから、おりんの死が自殺ではなく自分の背負うた闇に関わるものではないかと、最初の一時、思ったのだろう。

 その事は、弥勒菩薩に出会ったと心から愛していた女が、自分の過去に関わって死んだとすれば、結果的に愛する女を自分が殺したことになる。

 関わったかもしれないとの思いが心の中にいつも存在していたら狂ってしまいそうになるので、商いに没頭し店を護ることにのめり込み、現実から目を逸らそうとして耐えている。

 しかし、信次郎の嫌がらせに耐えて探索を頼んでいたが、その疑いが現実化していくうちに、自分から積極的に探索(次章から記述されていく)していく。

                                (次回に続く)

 

 

 

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「弥勒の月」を読み終えて!ー1/4ー

2012-12-14 09:38:09 | 読書

 「バッテリー」で知られる、あさのあつこ著の初のミステリー長編時代小説。

 「小間物問屋遠野屋の若おかみ・おりんの水死体が発見された。同心・木暮信次郎は、妻の検分に立ち会った遠野屋主人・清之介の目差しに違和感を覚える。ただの飛込みと思われた事件だったが、清之介に関心を覚えた信次郎は岡っ引・伊佐治と共に事件を追い始める。哀感溢れる時代小説。」(裏表紙より)

 「偏屈で拗ね者で意地悪で気まぐれ、むらっ気で一日に何度も気分が変わる予断を許さぬ切れ者同心の信次郎と真っ当さを団子に丸めたような律義な堅物の岡っ引・伊佐治と闇の殺し屋から光の当たる世間で商人として生き直す遠野屋清之介の三人の個性溢れる主人公が、遠野屋の若おかみの飛び込み自殺を巡っての日々の動きの中に、人間とは、生きるとは何たるかをズシンと胸に響く言葉で教えてくれる本。」(解説文より)

 描写の文章にも感心したし、読みながら考え、考えながら読むといった、確かに読み応えのある本だった。しかし、あまりにも推測による相手の主人公の心理や心情の描写が多すぎて主人公の考えが不明瞭になり、納得できない部分が多々あった。また、「闇の殺し屋」の存在が現実的でないため、姿が見えない描写に抽象的な表現部分が多く、私としては、理解でき難いところがあった。

 そのようなところから、第一章の最初に、「遠野屋清之介が妻の飛び込み自殺に調べ直しを願う」場面が三度ほど出てくるのだが、なぜ、最初から不審を抱いて探索を願うのか、その理由が数回読み直しても、どうもはっきりと理解できなかった。

 その為、本の粗筋を纏めることに不安があったが、そのことは気にかけずに、『』内は本文中の心に残った文章、下線はポイントの部分といった方法で、4回に分けて、以下に纏めてみた。

「第一章 闇の月」

 『月が出ていた。丸く、丸く、妙に艶めいて見える月だ。女の乳房のようだな。』

 履物問屋・稲垣屋惣助は女遊びの帰りの満月を見て独り呟いた。

 二つ目之橋を渡ったところで人が落ちた音がした。先ほど橋の上に佇んでいた美しい女はいなかった。

 無意識に体が動いて急ぐと、足に下駄が当たった。赤い鼻緒が付いている女物の黒塗りの良い品だった。

 惣助は下駄を抱いて立ち上がったまま、向こう岸の飲み屋の灯りを見つめながら、暫く取り留めのないことを考えていた。

 ーー女の死体は一つ目之橋近くの杭に引っ掛っていた。ーー

 自身番の中の戸板の上に莚を被せた死体が横たわっていた。その側にいた岡っ引の伊佐治が、昨夜、飛び込みがあったと定町廻り同心・木暮信次郎の顔を見上げた。

 伊佐治は小料理屋をやっており、女房のおふじと息子夫婦が切り盛りしている。お蔭で岡っ引稼業に精を出している。おふじが、『うちの屋根瓦より、よっぽど硬い』と笑うほどで、儲け話とは縁がない生一本の性分で、面倒見がよく、人々から頼りにされている。

 20歳の時、信次郎の父、右衛門から手札をもらって20年、楽ではないが、本人も豆腐や魚を相手をするより、人間相手の方がずっと面白い、自分は根っこからの岡っ引の性分だと納得している。

 信次郎が後を継いだ時、伊佐治は手札をもらい直したが、最近は手札を返そうかと、ふとよぎることがある。

 『信次郎を盛り立てたいという気持ちが大川の風波ほどもにも動かないのだ。右衛門に感じていた共感が僅かも湧いてこない。小銭を盗み、許してくれと請うている哀れな男にも、男の顎を蹴り上げて、手首を踏んで骨を砕いたのだ。人を厭うている、それは自分と信次郎との間に性格の溝の深さを垣間見た瞬間でもあった。』

 信次郎に対して不満があるわけでなく、気心がよく判らないのだ。

 伊佐治は、夜鷹蕎麦の親父が、人が飛び込んだような水音を聞いて、客一人捌いてから二つ目之橋の傍らを通った時に、稲垣屋が番屋のほうに歩いて行くのを見たと、信次郎に告げた。

 ーーほとけは小間物問屋・遠野屋の若おかみのおりんとのことだった。ー

 『死体の横で膝を折った遠野屋の旦那の顔には、血の気はないが、驚愕も悲哀も他のどんな感情も読み取れなかった。しかし、我を忘れているわけでもなく、また、魂の抜け落ちた目ではなかった。さっきまで荒かった息さえ、鎮まっていた。』

 『伊佐地が話しかけようとした時、遠野屋は、洗い髪の女の体を助け起こすように死体の頭を後ろから支え、ゆっくりと持ち上げた。一言、りんという声が漏れた。その後、抱き起した時と同じように静かな動作で横たえた。』

 信次郎からの、別に目立った傷もなく、水もしこたま飲んでおり、自分から飛び込んだのは間違いない。何か心当たりがあるかの問いに、遠野屋は「納得いたしかねます。今一度の探索をお願いしとうございます。」と言う。

 素足の色香のある母親が飛び込んできた。

 「おりん、なんで。」と細い悲鳴が震える喉から漏れる。そして、遠野屋が支えた腕を振り払って死体の上に被さった。

 義母を見る遠野屋の背後で、信次郎がふらりと立ち上がり、指が鯉口を静かに切った。

 遠野屋は静かに身体を巡らせて、信次郎の正面に手をつき頭を垂れた。そして、再び、何卒お調べ直しをお願いしたいと言う。

「第二章 朧の月」

 --遠野屋のことを調べてくれと頼む。ーー

 『女房が目の前で死んでんだぜ。なんで、動揺しねえ。俺の前で、こう手をつきながら、俺の殺気をきっちり捕まえやがって、毛筋一本分の隙も見せなかったぜ。ただの商人じゃねぇ。絶対に違う。』

 遠野屋たちが帰った後、信次郎は、伊佐治に、遠野屋のことを調べて、逐一俺に知らせてくんなと言う。伊佐治が、おりんの飛込み事件を一から考え直すことになると言うと、信次郎は、すまぬが頼むと頭を下げた。

 慌てる伊佐治も惣助の行動について調べることがあった。

 --信次郎は詰め所に出向く。ーー

 自身番を出た信次郎が詰め所を覗くと、父の朋輩で、子が無く、幼い信次郎を膝の上に抱いて遊んでくれた吉田敬之助が座っていた。

 敬之助は3年前に妻を亡くして、めっきり老け込んでいて顔色の悪さが目立った。医者はと尋ねると、組屋敷の土地の一部を貸していた医者の跡を継いだ息子に、よく効く薬を処方してもらっていると言う。薬で治る病なのか? 信次郎は胸の中で独り語ちる。

 その敬之助に、遠野屋の事件を話した。敬之助は、昔、おりんが子供の頃に、遊び仲間の下駄を拾おうとして溺れているところを助けてやったことを想い出し、その時に、根付を安く分けてもらったことを話してくれた。しかし、おりんの婿の遠野屋の元の素性については、記憶が薄れているのか、御家人だったかと、何故かすっきりした返答がなかった。

 信次郎が去った後、敬之助は何かを告げ忘れていると思ったが、おりんの声も顔も遠ざかり鈍い痛みだけが頭の隅で疼いていた。

 --伊佐治は稲垣屋惣助の座敷に通された。ーー

 女が川に飛び込んで、暫くして番屋に知らせに来たようだが本当か。何故かと尋ねた。

 惣助は、あまりの驚きにどうしたらいいか見当がつかず、女遊びの後でもあって、騒ぎに巻き込まれたらまずいと、変な考えから遅くなったと言う。

                                 次回に続く

 

 

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ぜひ読んでみたい作品!!ー740回ー

2012-12-11 09:04:01 | 日記・エッセイ・コラム

                                                       

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 今読んでいるあさのあつこ著の「弥勒の月」のシリーズ物。

 「弥勒の月」は推測の心情描写が多く、読みながら考える、そしてもう一度読み返すといった、じっくり読まないと理解しがたい作品、だから反面、読み応えがある作品で、今、再々読している。

 (再々読後、いつもの様にまとめて、ブログに掲載する予定。)

 そんなことで、作者の他の作品を、ぜひ読んでみたいと購入した。

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