T.NのDIARY

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1624話 [ 「ファーストラブ」のあらすじ 11/? ] 3/3・日曜(曇・雨)

2019-03-01 12:46:40 | 読書

 『「ファーストラブ」のあらすじ

 第十章 公判

[初公判]

 初公判の朝はずいぶんと冷え込んでいた。

 開廷の時間が来て、扉が開き、辻さんと私は傍聴席についた。弁護士の席には迦葉と北野先生がいた。刑務官に付き添われて環菜が入って来た。

 法廷内に、「起立」の声が響き、裁判官と裁判員が入廷してきた。

 裁判長の「被告人は前に」の声に環菜が中央の証言台へと移動した。

 そして、環菜は、裁判長の命令に落ち着いて『聖山環菜』と名前を告げた。

検察官は起訴状を朗読してください

 厳しい顔つきの痩せた検察官が立ち上がり、起訴状を読み上げた。

「……、那雄人さんを2階の女子トイレに呼び出し、その胸部を用意していた包丁で突き刺すことによって、起訴事実記載の犯行に及んだものである。……」

 終わると、裁判長が被告人へと視線を向けた。

被告人は今の公訴事実を認めますか?」

いえ』、と環菜が首を横に振った。

『私は、父を、殺そう思って包丁を購入したわけではありません。包丁は私の意志で刺したのではなく、父が足を滑らせて刺さりました。最初から最後まで、私には、父を殺すつもりはありませんでした

 私は驚いて辻さん目を合わせた。

では弁護人の意見をどうぞ

 迦葉は立ち上がり、「争います」と宣言し、「被告人に、父親である那雄人さんを殺害する意思は一切ありませんでした。よって殺人罪は成立せず、被告人は無罪です」と述べる。

 空気は完全に変わった。報道関係者らしき人々も顔を上げて行方を見守っている。

 裁判長は淡々と裁判を進めるように、「それでは次に検察官」と促した。

 検察官が「あちらのモニター画面を使って、今回の事件の争点について説明していきます」と起伏のない声で言って、続けた。

「ポイントとなる事実は四つで、一つは、包丁を購入して父親である那雄人さんに会いに行っていること。二つ目は、胸の刺し傷が心臓に到達していること。三つ目は、血を流して倒れている那雄人さんを残して、被告人がその場から立ち去ったこと。四つ目は、被告人に被害者である那雄人さんを殺害する動機があったことです」

それでは次に弁護人、冒頭陳述をしてください

 迦葉が立ち上がり裁判員たちに向き直った。

「……。被告人はたしかに罪を犯した、と確信をもって断定できる場合のみ殺人罪は成立するのです。その立証責任は検察側にあります。ですから、少しでも被告人には無罪の可能性があるという場合は無罪にあたります。それでは、弁護人からも、先ほどの争点について説明していきます。まず一つ目の那雄人さんに会いに行く前に包丁を購入していたという事実ですが、実は、被告人の腕には計32か所の傷跡があります。これらは被告人自身が子供の頃から自傷行為を重ねてきてできた傷の後です。事件当日に出来た傷が5か所、残りはかなり長い年月が経過している傷です。このことは医師の意見書により立証します。被告人は10歳から14歳まで、月2度、自宅のアトリエで定期的に那雄人さんが主宰していたデッサン会で絵のモデルをしていました。参加者が全員男性であるデッサン会は、被告人にとって非常に精神的に負担の大きいものでしたが、血縁関係のない那雄人に、なにかあったら戸籍を抜くと言われていた被告人は拒否をすることができず、自傷行為に走るようになりました。被告人がその腕の傷を那雄人さんに見せたところ、しばらくデッサン会のモデルはお休みだと告げました。その傷跡が隠せないほど増えたときに、那雄人はとうとう被告人にモデルを止めさせました。しかし、その頃には、自傷行為は被告人にとって辛いことから逃れるために習慣化していたのです。そして事件当日も、被告人は父親の那雄人さんに自傷によってできた傷を見せるために美術学校に向かいました。このことは医師の意見や被告人質問で明らかにします」

 迦葉の冒頭陳述が終わると、検察官から凶器などの証拠の説明があった

 次にに弁護側からの証拠調べになり、迦葉が出てきた

「モニターの絵をご覧ください」

 モニタに映し出されたのは、環菜とヌードモデルの男性を描いた油絵だった

「この絵は当時デッサン会に参加していた男子大学生によって描かれたものです。これを見て分かるとおり、男性のモデルは服を一切身につけておらず、小学生だった被告人は、毎回このモデルの男性と密着した状態で絵のモデルになるように那雄人さんに言いつけられていました」

 実際に見る絵のインパクトは予想以上に強く、裁判員の数人の顔つきがかなり険しくなっていた。

 続けて、迦葉が語った。

次に被告人の小学校からの友人である臼井香子さんの供述調書を読み上げます

『環菜の家庭には、今から思い出すと様々な問題があったと思います。もっとも違和感を覚えたのは、家のドアに鍵をかけてはいけないというものです。………。環菜が12歳のときに、母親の昭菜さんがハワイに行って家を開けていたときに、父親が夜遅くなっても帰らず、環菜は不安から鍵をかけて眠ってしまったら、翌日に帰宅した父親が激怒して、環菜を家から追い出したそうです。そして環菜は雪のなか夜道で怪我をしたところを、当時近くのコンビニに勤めていた店員に助けてもらった、という話を聞きました。環菜が同じ男なのにお父さんとかデッサン会の人たちよりもずっと優しかったと環菜が嬉しそうに話していたのが今も印象に残っています』

 そのコンビニの店員というのが小泉裕二さんという男性です。ここに小泉裕二さんからの手紙があります。今から読み上げます』

 私は顔を上げた。あれほど、勘弁してください、と怯えていた人が。驚きを隠せないまま、迦葉の声に集中する。

「『私、小泉裕二は10年前の3月、当時、大学生でコンビニでアルバイトしていたときに、小学生を卒業した聖山環菜さんが、足を怪我して夜道にうずくまっていたところを見つけ、怪我の手当てをしました。その後も家を追い出された環菜さんをたびたび保護し、家庭の相談も受けていました。自宅ではデッサン会が定期的に開かれていて、環菜さんはそこで裸の大人の男性と並んでモデルをしたり、酔った大学生に体を触られたりしている、と私に打ち明けたこともありました。その話の最中に、家に帰りたくないと泣いて訴えることもありました。家庭に問題があることには気付いていましたが、よその家のトラブルに関わることを避けて、最終的に環菜さんが相談に来ることを拒みました。時間はだいぶ経ってしまいましたが、強烈な話だったので今でもはっきり覚えています』小泉さんからの手紙は以上です」

 裁判長から、検察側の証人尋問は午後からになることが告げられた

 午後から、証人の聖山昭菜に検察官からの尋問が始まった。

 いくつかの尋問の後、

「白いTシャツに血をつけて帰って来た、被告人はなにかあなたに言いましたか?」と尋ねた。

『ええ、お父さんに包丁が刺さった、と言いました』

 私は目を見開いた。それでは環菜は母親には殺したわけではないと伝えていたのだ。

 彼女の入院していた病院を訪れて迦葉と一緒に話をしたときには、そんなことは全く言っていなかったのに。

「それで、あなたはなんと?」

『包丁が刺さったてどういうこと? お父さんが自殺しようとしたの? と聞きました。そうしたら環菜が、私が持っていた包丁が刺さったと言うので、あんたが包丁を持っていて勝手に刺さるなんてことがあるわけないでしょう、と問い詰めたら、環菜は、もういい、と言って家を飛び出してしまいました』

 そのほかに、「被告人の性格は?」とか、「デッサン会での被告人の様子は?」とかを尋ね、証人の昭菜は次のように発言した。

『普通は大人しいほうだったと思います。ただ幼い頃から情緒が安定しなくて、いきなり泣き叫んだり、家を飛び出したり、ということはたまにありましたけど』

 そして

『デッサン会のときは家を空けていたので様子は知りませんが、あとの打ち上げの場では、素行の悪い学生はいませんでしたので、子供好きの人が、(環菜の)頭を撫でたり、軽く抱き上げたりする人もいましたけど、環菜も喜んでたし、むしろ、お兄ちゃん、なんて呼んで懐(なつ)いていたので、それがどうして虐待みたいな話になるのか分かりません』と。

 次は弁護側からの反対尋問でした

 北野先生が立ち上がり、明菜に、先ほど証言したことについて尋問した。

 

[翌日の公判]

「まず弁護人の被告質問から始めます。被告人は証言台にお願いします

 との裁判官の発言に、迦葉が立ち上がり、環菜に向かって言葉を発した。

「あなたから見て、ご両親の仲はどうでしたか?」

『仲がいいとは決して感じませんでした。父の機嫌がいいときには恋人のように振る舞うときもありましたけど、母がちょっと自分の都合に会わせないで行動したり、家を空けたりすると、白痴だとか、夜に出かけるなんて売春婦と一緒だとか、耳を塞ぎたくなるような言葉で罵倒することもしょっちゅうでした』

「那雄人さんはお母さんに対して暴力をふるうことはありましたか?」

『あからさまな暴力はないですけど、真冬に下着みたいな恰好でベランダに母が出されているところは一度見たことがあります。母がそんな目に遭っているのを見て、私も逆らえば同じようなことをされると思っていました。そもそも私が父に逆らったことは就活以外一度もありませんでした』

「事件があった日、あなたはどうして包丁を購入したんですか?」

『就活に失敗したから、自分で、自分のことを罰して、それを父に確認してもらわなくてはいけないと思いました』

「ほかの、もっと小さな刃物ではだめだったんですか?」

『いつも包丁を使ってましたから、当たり前のように包丁を選びました』

「それからあなたはどうしましたか?」

父の働いていた美術学校に向かいました。途中、降りた駅のトイレで怖くなって、数回、腕を切りました。その後はまっすぐ美術学校に向かい、準備室にいた父に会いました』

「そのとき、那雄人さんはどんな様子でしたか?」

『私が血だらけの腕を見せたので、動揺した様子で、どこかで血を洗いなさいと言われ、私は別の階のトイレに行っている、と伝えました』

 ………。

「女子トイレでどんなやりとりがありましたか?」

父は腕の傷を見て、もう子供のときに治ったと思ってた、と言われました。それから、お前がおかしくなったのは母親の責任だから、あいつに電話して、どこか頭の病院に連れて行ってもらう、とも言ったので、私がそれは止めてと強く頼んだけど、父が背を向けてスマートフォンを取り出したので、包丁を握りしめたまま止めようとしました』

 それから、「父との絡みあいから、父が私に倒れ込んできて、私が支える状態で私の手の包丁が父の胸に刺さりました」といった具体的な動作についての発言があり、その後も尋問が続きました。

「どうして、那雄人さんをそのままにして、その場を離れたのですか?」

大変なことになってしまった、と思って、怖くて、とっさに母に助けを求めるために電話したけど、母が出なくて、そのうち充電が切れてしまって。とにかく家に戻らなきゃ、と思って、そうしました』

「家に帰ってから、どのようなことをお母さんと言いあったか覚えていますか?」

『どうしてそんなことになったのかと母が問いただしてきたので、面接で意識が飛んでしまったことや、気づいたら包丁を持って父のところへ行ってしまったことを説明していたら、母が叫んで、口論になりました』

「お母さんはなんと叫んだのですか?」

 あの事件の日の記憶の蓋がゆっくりと開いていく。

『それくらいなによ。私だって昔は散々苦労したんだからって。そんなことより私はこれからどうやって生きていけばいいのよって逆に問い詰められて、それで私は、それと私がおかしくなってしまったことと、どう関係があるのって訊きました。だけど母が、そんなの知らないわよって突っぱねたので、家を飛び出しました。………』

 環菜は次第に涙声になり、呼吸を乱しながらも続けた。

『亡くなってしまった父には申し訳ないことをしたと思います。だけど、じゃあ、どうすればよかったかのか、私には分からないんです。自分がおかしいことには気付いてたけど、病院にかかるようなお金も無かったし、母は自分で何とかしなさいと言うので、そうするものだとずっと信じて来ました。私はどうすればよかったんでしょうか』

 私は、これほどまっすぐに自分の思いを言葉にすることができるようになった彼女が、いま自由の身でないことが、一臨床心理士として惜しかった。

 弁護士からは以上ですと迦葉が締めくくり、次に検察側の被告人質問が始まった

 いくつかの質問のあと、

「あなたは、お父さんがお母さんに連絡すると言ってスマートフォンを取り出したとき、どうして取り乱したのですか?」との質問があった。

『母には昔、気持が悪い、と言われたからです。私が小学校を卒業した後です。ハワイから戻ってきた母が、私の腕の傷を見て、そのときに、なにその気持ちの悪い傷、と言われたんです。一度テレビで自傷する若者たちの特集をやっていたときも、あんな怖くて気持ちの悪いもの見たくない、と吐き捨てるように言っていました。だから私は、母にはそのことを知られたら絶対にいけないと思っていました。それが理由です』

「あなたは自分が父親を殺したと供述されてましたが、今になって主張を変えたのは何故ですか?」

母がそう言ったからです。勝手に包丁が刺さるわけがないと。私はずっと母から嘘つきだと言われ続けてきたので、その時も自分が本当のことを言っている自信がなくなりました。だけど私は自分から父を刺してはいません。むしろ、そんなことはできません。

「そう言い切れるのは何故ですか?」

『私は父が、怖かったからです。自分が怖がっている相手を刺すなんて、考えてもいませんでした。』

「さっきあなたは、試験に失敗したショックを那雄人さんに訴えたかったと言いましたけど、それでわざわざ怖いと思っている相手に会いに行くのは、やっぱり殺意があったからじゃないんですか?」

 環菜の言葉が途切れたが、彼女はゆっくりと独り言のように呟いた。

『たぶん、デッサン会と一緒だったからです。アナウンサー試験の二次の集団面接は、デッサン会にそっくりでした。テレビ局の面接官たちは、みんな男の人でした。その視線を受けているうちに、突然怖くなって、気付いたら倒れていて、自分なんてなんの価値もないと思ったら悔しくて悲しくて、その勢いで包丁を買いました。それは自分を罰するためです』

「それなら自分一人で解消すればよかったのでは?」

『父に許されなければいけないと思ったからです』

 環菜はそう言い切ると、逆に問いかけるよう、検察官へと顔を向けた。

知らない男の人の裸がすぐそばにあるとか、小学生の私を酔った男の人たちが触ったり、抱き着いてきたりして、いつなにをされるか分からなくて怖いのに、それをそばで見ている親が助けてくれない。だから腕を切って、傷が塞がるまではデッサン会からも解放されて。辛いことから救ってくれたのは血を流すことだけでした。だから、あの日も、私は同じようにしただけです』

 論告の最期に、検察官は、「被告人を懲役15年に処するのが相当と考えます」と宣言した

 弁護側最終弁論で、立ち上がったのは北野先生だった

未成年に対して、裸を見せたり、個人の境界を侵すほど誘惑的な視線を向けることは性虐待と定義されています。被告人は人格形成において重要な幼少期に、数年にわたって性的な虐待を受けていたのです。それゆえに精神が不安定になった被告人は、自傷を行うことでなんとか自己を保ってきました。………。被害者に包丁が刺さってしまったのも、被害者が床に足を滑らせたためであり、よって被告人は無罪が妥当であると考えます

 北野先生はそう述べると席についた。

 裁判人は結論づけるように「判決は来週の14日10時を予定しています。それでは閉廷します」と言った。

 

[母親も自傷をしてた]

 私は、公判のあと廊下に出て突き当りの女子トイレに這入った瞬間、洗面台で手を洗っていた環菜の母親と目があった。

 私は、できるだけ丁寧に、聖山さん、と呼びかけた。

「ちょっと、お訊きしたいことが」

『いいかげんにしてください』

 突っぱねるように言い返した彼女の左腕を私は見下ろした。彼女は気まずそうに捲った袖を引っ張り下ろした。

 環菜の母親の腕は、環菜よりもひどかった。

 切り傷もあれば、やけどのような痣もあった。それらが手首から肘にかけて混在していた。事故や一度の怪我で負った傷には見えなかった

『失礼します』

 と彼女が怒ったように言って立ち去ろうとしたので、私はとっさに引き留めた。

「待ってください。それはご自身で……それとも誰かに」

 そして思い出す。多くの性虐待を受けた娘と、そのことを見て見ぬふりをする母親の事例を。

『終わったことです。私は正常ですから』

 私は小さく首を振ると「本当にそうでしょうか?」と問いかけたが、彼女は背を向けて足早にトイレから出て行った。

 もしかしたら誰よりも環菜が壊れていくことを怖れていたのは彼女だったのかもしれない。それを直視すれば、自分自身の暗い過去と対峙することになるから。だから目をそむけたとしたら。

 私は環菜が法廷で告白した言葉をそっと呟いた。

「気持ち、悪い」

 気持ち悪くなどない。それだけ辛い思いをし続けて、耐え抜いてきた証なのだと教える人間が一人もいなかったのだ。あの母親のそばには。今も。

 

      終章」に続く 

 

 

 

 

 

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