T.NのDIARY

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葉室麟著「散り椿」を読み終えて! -3/?ー

2014-06-22 11:57:08 | 読書

「政争」

 新兵衛が藤吾の家に居候して、ひと月余りが過ぎた。この間、さほどのことが起きなかったのは藤吾にとって幸いだった。

 平蔵や源之進の死について、石田家老の陰謀だと新兵衛は推量しているが、それが暴かれると、どんな災厄が自分に降りかかるかわからない。そう思えるだけに、藤吾は、新兵衛の動きに目を光らせていた。

そんなある日、出仕していた藤吾は、十蔵とのひそひそ話をした後の組頭・佐藤権助から呼ばれて、郡奉行の山地さまが水路造りに乗り気だと言っていたお前の話は違うそうだ。武居村まで行って調べ直して、その上で伺い書を出せと言われた。

 藤吾が、家に戻り準備して、式台で草鞋の紐を結んでいると、奥から里美に続いて新兵衛が出てきた。山へ行くそうだが、用心してお役目に励まれよと、新兵衛から、からかうように声をかけられた。

 早速に村に出向いた藤吾は、庄屋の吉右衛門に聞くと、山路様のお考えは変わっていらっしゃいません。来春、若殿さまがお国入りをされ、家督を継がれて、家老による政事でなく、自分からの親政を始めたいとの御意向で、その手始めに水路造りを考えておられるようで、時期が遅れるようになったらしいと教えてくれた。それだけでなく、うっかり動かれると危ないことになるのをお忘れなきよう願いますとも告げられた。ご親政が始まれば、石田家老が黙っておらぬと言うことかと藤吾は思った。吉右衛門は続けて、家老が藩政を動かしていた間に、表に出せないようなこともあったのではございますまいか、そうさせないために、必死になって手を打つはずだと言った。若殿が家督を継がれることは知っていたが、若殿が親政を考えておられるとは思いもしなかったと、藤吾は、吉右衛門に頭を下げた。

 赤瀬峠への道を急いでいると、藤吾は誰かに突き飛ばされた。同時に鉄砲の音がした。新兵衛に助けられたのだ。新兵衛に抱き起され、灌木の茂みの中から、周囲に視線を走らすと、峠の頂から覆面をした三人の武士が駆け下りてきた。俺が遣ると、新兵衛は三人を斬り倒した。そして、先日、田中屋からの帰りに、数人に斬りかかられ退けはしたが、それらも先ほどの者たちと同じく平山道場の太刀筋だったと言う。

 新兵衛は城下への道をたどり始めた。しかし、ふと、藤吾に、采女の屋敷を訪ねると言いだした。

 采女に、藤吾が山で鉄砲で撃たれたこと、また、自分も田中屋からの帰りに襲われたことを話し、藩内の情勢を聞くのだが、采女は、新兵衛がいた昔と変わりはないと言うだけだった。

 そして、反対に、新兵衛に、お主は藩を追放された時に、なぜ篠殿を伴って出て行ったのだと尋ねた。新兵衛は、篠はわしの妻だ。共に藩を出て何の不都合があるというのだと返した。すると、采女は、離縁して一人で国を出るという道があったはずだ。お主は、しなくてもよい苦労を篠殿にさせた。そのあげく、篠殿は国に戻れないまま世を去ったではないかと、采女の口ぶりには憤りの響きがあった。新兵衛は、心なしか肩を落としたように見えたが、篠が望んだことだと答え、訳は、お主が独り身を通しておったからだと言うと、二人の視線が激しく交差した。

 傍らの藤吾は、その場に緊張した空気が流れたように思えた。(緊張した原因は、「襲撃」で後述される。)

 采女が、篠殿が国を出たのはわしに関わっておったとは思いもよらぬことだと冷ややかに言った。新兵衛は手を伸ばしゆっくりと刀を引き寄せた。その時、廊下から滋野の声がしたので、新兵衛は刀から手を放した。

 滋野が去った後、帰り際に、新兵衛は、采女に平蔵殿の遺体を検分したであろう、斬ったのは平山道場四天王と一人だというのはまことかと問うと、采女は黙って頷いた。ならば、お主なら、斬り口を見れば誰なのか分かったはずだ、誰なのか言ってくれと言うと、それを、わしに言わせるのかと苦しげな顔をして黙ってしまった。

 翌日、藤吾は、組頭の権助に、それがしの早合点だったようで申し訳ないと報告する。何故か、その日、十蔵は急病で休んでいた。

 組頭から、水路造りの動きを家老に報告するので付いて参れと言われ、御用部屋に行った。

 家老から藤吾に、内膳の意を受けて水路普請を遅らせようなどとしてはいないであろうなと、何もかも知っているのだと強かな顔つきで聞いた。藤吾は、決してそのようなことはございませんと返事した。家老は、組頭だけを帰した。そして、近くへ寄れと言われて、郡方になるように申し付けられ、実際の役目は隠し目付であると言われた。藤吾が不可解な顔をしたので、具体的な役目は内膳の動きを探って、隠し目付の組頭に報告するのだと告げた。

 扇野藩には、藩士の身辺を探る隠し目付の役があることを藤吾も知っていた。隠し目付の組頭については、家老らの重役の他に知る者はいないし、正体が掴めないような存在なので、影ろう組と呼ぶならわしから、いつしか蜻蛉組の名がついた。

 藤吾は、隠し目付は石田派の元で動いているように思えるし、自分も石田派とみられているようだ。しかし、いずれ藩政を動かすのは榊原様だと思えるので、その榊原様らのご世子派と対立していくことはまづいと考え、自分の行動を新兵衛に相談することにした。

 藤吾は家に戻ると、新兵衛に、隠し目付を仰せ付かったが、自分は石田派でなく、榊原様のお味方であることを、榊原様にお伝え願いたいと頼む。

 翌日、藤吾は内膳から呼ばれて、御用部屋に入った。

 内膳は、藤吾に源之進殿の面影があると言い、源之進殿は誰ぞの罪を背負って自害されたのではないと思うている。それ故、そなたも用心致せと言い、言葉を続けて、家老から、わしを見張れと命じられたのであろう。そなたは、見たことをそのまま告げればよい。しかし、御家老に使われた者は、行く末が覚束ない。それを心しておくことだと言われた。藤吾は、玄蕃に体よく使われたあげく詰め腹を切らされると内膳は暗に言っているのだと思った。

 内膳は話柄を変えて、いずれ先では、水路を造る心積りにしているので、その図面をゆっくり用意しておいてくれと命じられた。藤吾は呆気にとられた。玄蕃から、水路を造らせるなと命じられていたのだ。内膳は、どちらの派閥に就くかを探ろうとでもいうのか、鋭い目で藤吾を見つめていた。藤吾は、ここは、慎重に振る舞う方がよさそうだと、あらためて検分いたし、その上にて図面を引けるかどうか検討いたしますと、水路造りに努めると明言せず、含みをもたせて答えた。内膳は苦笑した。用心深いのう。だが、それでよいのだ。家老は、水路造りは進まぬと安心されよう。とにかくゆっくりやることだ言う。

 詰め所に戻る廊下で、藤吾は見知らぬ男とぶっつかりそうになり、知らぬ間に、懐に結び文を入れられていて、「永福寺にてお待ちいたし候、蜻蛉」と書いてあった。

 

                                   次章に続く

 

 

 

 

 

 

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