「作品の文章を抜粋してのあらすじ」
「第2章の1」
(優子は早瀬君との愛を誓う)
「親がたくさんいるってこういう時厄介だな。結婚の挨拶なんて一回だけでも気が重いのに」
マンションの扉の前に立ちと、彼(早瀬君)は小さなため息をついた。
私は、「大丈夫、最初は森宮さんだし、余裕だよ。森宮さんは絶対喜んでくれる」と自信をもって答えた。
昨日の夜、「明日あってほしい人がいる」と話したとき、森宮さんは大喜びだった。
ところが、いざ、早瀬君を目の前にすると、森宮さんは渋い顔をした。
早瀬君の話を素知らぬ顔で聞いていたかと思うと、森宮さんは、俺は反対だからとあっさり言った。
「当然だろう。どこの親がふらふらあちこちに旅立ってる男との結婚に賛成する ? どうせ、またすぐどこか跳んでいくんだろう」
そして、「娘のことを真剣に考えたら、こんなやつとの結婚なんて反対するのが当然だろう」と言う。
早瀬君を駅まで送り、部屋に戻ると私はジュースを入れた。森宮さんと早瀬君が話したのは5分程度だけど、どっと疲れて、喉がからからだ。
「優子ちゃん、どんな予想してたんだよ。風来坊と娘の結婚を了承する親がいるわけないだろう」
一番低いハードルだと思っていた森宮さんさえ飛び越えられなかった私は、ため息をついた。
「あいつがアメリカ行ったとき、優子ちゃんに新しい彼氏を勧めておくんだったなー。ピザもピアノも追っかけない真っ当な人間をね」
森宮さんはチーズケーキをほお張りながら嫌味なことを呟いた。
※
短大を卒業し、栄養士の資格を取った私が就職したのは、山本食堂という小さな家庭料理の店だ。高齢者用の宅配弁当も行っていて、その献立を考えるのが私の主な仕事だった。
就職して8か月が過ぎた冬の寒い日の午後の8時ごろ、食堂に早瀬君がやって来た。
高校卒業以来だから、会わなくなって3年。それでもあの頃と全く変わらないままで、すぐに早瀬君だと分かった。
「早瀬君」と私が思わず名前を口にすると、早瀬君も少し考えて「あ、森宮さん」と思い出して、「久しぶり」と言って笑顔を見せた。
「どうしてここに ? 」
早瀬君が進学した音大は、他県にあるからこの辺りからは通えないはずだ。
冬休みで実家に戻ってて、いまあちこち食べ歩きしているのだと言う。
「食べ歩き ? 」
「毎日違う店に入っては食べてる」と言って、店長に定食の味を褒めた。
店長が、ほうれん草のお浸しをほお張る早瀬君に、それは優子ちゃんが作ったんだよと告げた。
「すごいよ。森宮さん、音楽もやって料理も作って、まさにロッシーニだ」
早瀬君はそう言うと、私の手を取って握手した。
そのとたん、高校生の時に早瀬君から森宮さんのピアノがいいと言われただけで舞い上がったあの頃の気持が、手に触れられただけなのに、胸が締め付けられそうで、同時に温かで穏やかな感覚が広がっていった。
「あ、悪い、俺、こないだまでイタリアにいて、ついつい握手する癖が……」
よっぽど私がどぎまぎしていたのだろう。早瀬君はそう言って頭を下げた。
そして、私が顔を赤らめて、手でパタパタと顔を扇いでいると、早瀬君に、「もしかして森宮さん、俺のこと好きなの ? 」と率直な言葉を投げかけられ、私は言い訳もせず、「まあ、そう……。そうなんです」と正直に頷くしかなかった。
………。
「イタリアって、ピアノの勉強に行ったのじゃないの ? 」
「いやいやいや。ピアノじゃなくてピザづくりを学びたくて、イタリアのレストランで修業してた」
早瀬は続けて、「ロッシーニは音楽活動の後、レストランを経営したんだよ。やっぱり幾つ草木は食なんだよな。美しい音楽か美味しいごはんか。迷うところだけど、どちらが人を幸せにするかと言ったら後者になるんじゃないか」と話してくれた。
そのような出会いから半年ほど付き合った翌年、秋が深まり出したころ、早瀬君は後5ヶ月で卒業という音大を中退して、アメリカへ出向いてしまった。
アメリカでハンバーグの修業し、ピアノも練習してくると、気楽に言って3か月で帰ってくるとスーツケースひとつで旅立ってしまった。
森宮さんは、いつもは早瀬君の話をおもしろく聞いていたけど、私が、大学を中退してアメリカに行った話をすると、「そいつはダメだな」と顔をしかめた。
「そう思う ? 」
「目標が変わるのは悪いことないけど、人生ってそんなに気軽じゃないよ。優子ちゃんも、もう大人だしさ、真剣に将来を考えられる奴と付き合うべきだと思うよ。早瀬君がアメリカに行ったのが別れるいい機会だ」
森宮さんにはそう言われたけれど、私は別れることもせず、普通の日常を送りながら早瀬君を待っていた。
※
3か月を過ぎ、年も変わった1月の末、アメリカから帰ってきた早瀬君は、山本食堂にやって来た。
「アメリカにはハンバーグがないってことを知った。それは別にして、手作りのファミリーレストランを作ることに決めたんだ」
「ああ、そうなんだ」
「だからさ、優子、結婚して。俺、優子のこと好きだもん。愛と音楽が溢れるファミレスって最高だと思わない ? 」
………。
その後、フランス料理屋で働きはじめた早瀬君がバイトから正社員になって、私たちは本格的に結婚に向けて動き始めることにした。
そして、親に挨拶しようと森宮さんと対面したところ、最初から壁にぶち当たってしまったのだ。
「第2章の2」
(森宮さんに反対され、森宮さんをトリにして他の親の許しをもらう)
4月の第三日曜日。もう一度早瀬君を森宮さんに引き合わせた。
前回、対面してから2週間。私はことあるごとに森宮さんに早瀬君の話をした。行動力のある人。才能がある人。将来が楽しみになること。そんなことを話すたびに、森宮さんは「結局はちゃめちゃな奴ってことだな」と嫌な顔するだけだった。
「なんだよ。また来たのか」
昼過ぎに早瀬君を家に招くと、森宮さんはわざとらしく言った。
前は早瀬君を見た時点で森宮さんが怒り出したから、お茶すら飲めなかった。今日は甘いものでも食べながら少しは話を進めたいと、私は二人の前に皿に乗せたシュークリームを置いた。
………。
「どれだけ話を聞いたって、変わらないよ。時間の無駄だから、諦めたらどうだ」
と取り付くしまがない。
「どうして諦めなきゃいけないの ? 森宮さんが反対したって、私たちのことなんだから」
「なんだよ、それ」
「娘の幸せを応援できないなんて、森宮さんおかしいよ」
と口論になった。
森宮さんは「もう俺、寝る」と自分の部屋へ閉じこもっていまった。
………。
「森宮さんはいいや」
「どうして ? 」
「私、親がたくさんいるんだよね。森宮さん以外の親全員に賛成をもらったら、森宮さん一人で反対し続けられないでしょう」
早瀬君は私の顔をじっと見つめ、「俺もうまく話せるようになるな」と言った。
「森宮さんって、梨花さんの居場所、知らないんだよね」
早瀬君が訪ねて来た翌日、夕飯の準備をしながら森宮さんに聞いてみた。
離婚届を送り付けられて以来、音信不通だと言う。
森宮さんが、また日曜に、でかい図体の風来坊が来るんじゃないだろうなと言う。
「大丈夫。森宮さん、説得するの後回しにするから。私、親が何人かいるでしょう。だから森宮さん一人に時間を割いているわけにはいかないし。まずは他の親からあたろうかと……」
「いや、待てよ。俺もう7年も親をしてるんだ。そろそろ大事に扱ってもらっていいじゃん」
「大事だよ。だから、森宮さんは紅白でいえば北島三郎や石川さゆりみたいなトリってこと」
森宮は、どうせみんなに反対されて、風来坊はまた旅に出ることだろうよと言う。
「第2章の3」
(泉ヶ原さんから祝いの言葉をもらい、梨花さんの居場所を知らされる)
梨花さんが出て行った今、居場所が分かるのは、泉ヶ原さんだけだった。
4月の下旬。泉ヶ原さんに手紙を書いた。
中学を卒業して以来、7年ぶりの連絡。どう挨拶をしていいか迷った。いろいろ考えた結果、相変わらず元気でいるということと、結婚を考えている相手と挨拶に伺いたいということだけを書いた。
泉ヶ原さんは「ぜひおいで」とすぐに返事をくれた。
「ようこそよく来てくれたね」
泉ヶ原さんはすぐさま私たちを居間に通してくれた。梨花さんとおしゃべりしていた革張りのソファもそのままだ。
「優子ちゃん、お久しぶりです」
聞き覚えのある声に顔を向けると、以前と同じ背筋がしゃんと伸びた吉見さんが立っていた。
吉見さんはそう言いながらラ私たちに紅茶を用意してくれた。
「今さら連絡をするのもどうかと思ったんですけど、結婚ぐらいは知らせたほうがいいかと……」
高校に進学したときも、就職したときも、どの親にも知らせなかった。それでも、結婚は知らせるべき大きな転機のような気がした。ほかの親とともにいるのではなく、私自身が新たな家庭を築いていくのだ。今まで親となった人たちに、これで安心してもらえるそう思った。
「ああ、知らせてもらってよかったよ。目出度いことは知りたいもんな」
泉ヶ原さんが嬉しそうな笑顔を見せるのに、私はほっとした。
泉ヶ原さんは、夕飯を食べていってくれと、お寿司を6人前注文してくれた。
………。
「そうだ、……あの、泉ヶ原さん、梨花さんの連絡先ってわかりますか ? 」
泉ヶ原さんは、きっと梨花は喜ぶよと言って、メモと鉛筆を手にした。
「第2章の4」
(優子の結婚の経過を心配する森宮さん)
私は泉ヶ原さんに会いに行った話をすると、森宮さんは「泉ヶ原のおっさん賛成だったんだ」と厭味ったらしく言った後、「次は誰を陥れるの ? 」と聞いた。
泉ヶ原さんが梨花さんの居場所を知っていたので、梨花さんを尋ねてみることにすると伝えた。
「第2章の5」に続く