もう少し水彩に適した紙を使えば良かった。
サイパンの日没はきれいでした。 . . . 本文を読む
小型の日本軍戦車。
熱帯のサイパンで
この中に操作運転するのはけっこう
苦しい作業だろうと伺える。
こんなものでどの程度戦闘できたんだろう? . . . 本文を読む
日本のバブル経済の勢いでつくられた
巨大ショッピングモールも
時代の遺跡なら、
戦争の記憶もやはりモニュメント。 . . . 本文を読む
今回、はじめてバンザイクリフやら、
アメリカンメモリアル・パークの展示施設を見学した。
奇襲を受けた日本軍は、飛行機を失い,
チャランカノアの街を徹底的に空爆された。
北へと追いつめられたが、
降伏を許さぬ玉砕方針ゆえに、
大変な犠牲者が出たというわけだ。
子供つれて逃げる夫人の食料を盗む
日本軍兵士などの
殺戮者はアメリカ軍だけではなかったということだ。
帰国しても,例の沖縄基地問 . . . 本文を読む
到着してから…、例の
入国でのごたごたですっかり夕方近く。
ハイアットのビーチで夕陽スケッチ。
終ってからの夕食は?
外へ出たらガラパンの通りに
屋台が出ていた。
地元料理から、その通りに面した店も
テントでの特別料理で営業している。
5品でいくら5ドル? 安い!
豚の丸焼きのは、一人前2ドル。
この立ち食いで済ますというより、これで十分。
歩き回ってみると、
少なからず地元経済 . . . 本文を読む
今、忘れない限り見ている番組がある。
韓国ドラマではない。
ノンフィクション。
一つは,世界の街のアチラコチラを
歩き回るというもの。
観光地を歩く言うより
むしろそこに至る道すがらをえんえん見せてくれる。
つまり、一時的な観光客。
キャメラ視線も人の背くらいで路上から
見えるものが徒歩テンポで撮影される。
いままで、こういうのか゛欲しいと思っていた!
それから、東京を空から空撮 . . . 本文を読む
サイパン島にあるタポチョ山から
観光地エリアのある側の
リーフを望む。
登りの途中から
未舗装の道のり。 . . . 本文を読む
島の高い位置から
浜からせり出したリーフ。
ここに
外洋の高い波がぶつかっているのがわかる。 . . . 本文を読む
波の方は、
サイパンも日本に近いが,
周りの環境は,海ばかり。
この間のチリでの沖に近い場所での地震
でもわかるけど、派生した波が24時間後に到着する
位置に日本列島はあるわけだ。
しかも大陸の,近くで端っこ。
サイパンは,ハワイほどではないが
空間的にのびのびした場所にある。
そういうところの波は、ケープタウンのとも
違っている。
もちろん、浜からずっと遠くまで続くリーフによって
穏や . . . 本文を読む
そのロシア人たちについて。
その前に、
サイパン政府が経済危機でバンザイしてしまい、
管理をアメリカに移行したのだ。
そのため、入国は米国本土並み。
つまり徹底的。
預ける鞄に鍵はかけられないし,
両手の指紋はスキャンされ、
正面からの写真撮影もされる。
おそらく、
それまで1分もかからず通り抜けた
入国はかなりシリアスで
大変な時間を要するように変わった。
観光ツァーで来たのに二時間ほ . . . 本文を読む
サイパンで興味深かったのは
いくつもある。
最たるものをあげると
「波」と「サンセット」。
ハイアットリージェンシーのビーチで
日が落ちる時間を水彩で描きながら楽しんだ。
食事をしに行くときも
ビーチを通り抜けて回って行った方が面白かった。
ガラパン近辺に宿泊したが、どのホテルも
元の日航ホテルみたいに
ビーチとの関係性が泊まったホテル以上に
うまく設計できてないのに驚いた。
どちらか . . . 本文を読む
それから
サイパンでの宿にも原因がある。
現在では持ち主が変わった
日航ホテルだ。
高層で大型マンションみたいな、
街から切り離された場所だった。
当時のサイパン、いや日本もだけど,
バブルで、少し前の上海とか中国のような
金遣いの荒い時代だったからなぁ。
隔離された流行のリゾート施設にいただけで、
島内に残された日本軍の戦車もなにも
なにひとつ見ることもなかった。
一体全体、あの時間はど . . . 本文を読む
サイパン島へ。
行く機会があり,驚いたことがいくつかあった。
個人的なことやそうでないのまで含まれるが,
一番は、
前のときのことをほとんど憶えていなかったことだ。
二度目でありながら
ショックではあったけど,
そのお陰でまるではじめてきたみたいな、
おもしろは味わえた。
二昔前の遠い記憶だから,というのもあるが
そうではない。
あれは、自らの意志ないことに原因があるにちがいない。
所 . . . 本文を読む