キンモクセイの花がさいた。
毎年、庭の木々や草々は切りそろえるだけの素人剪定にもかかわらず、花や実を付けてくれる。
強い草だけがはびこってしまい、繊細な草はいつのまにか消えてしまうが。
やっと重い腰を上げて、松の刈り込みをした。
天候も不順だったので、中断しながら1日2,3時間で5日もかかってしまった。
脚立2つに板を渡して足場を確保してやっても下の3分の1の高さしか届かないので、あとは、登って
手の届く限りに伸ばして剪定する。どうしても届かない先端部分は切り落とすしかない。
すっきりしたもののトラ刈りだ。
最近読んだ、スー・バーグの「セミオーシス」は知能のある植物と人類のコンタクトを描いたSFだが、
家庭菜園や庭の木々や草の成長の仕方や生存競争をみると意志や知能があってもおかしくない、と思える。
木々の刈り込みは、もっぱら、こっちの都合や視点で良いと思う形で切るだけ。
こんな無茶苦茶な剪定とも呼べない暴力的な刈り込みに、植物たちも今に反乱を起こすのではないだろうか。
松の木に登り届いた先端の若芽をしごく秋の夕暮
毎年、庭の木々や草々は切りそろえるだけの素人剪定にもかかわらず、花や実を付けてくれる。
強い草だけがはびこってしまい、繊細な草はいつのまにか消えてしまうが。
やっと重い腰を上げて、松の刈り込みをした。
天候も不順だったので、中断しながら1日2,3時間で5日もかかってしまった。
脚立2つに板を渡して足場を確保してやっても下の3分の1の高さしか届かないので、あとは、登って
手の届く限りに伸ばして剪定する。どうしても届かない先端部分は切り落とすしかない。
すっきりしたもののトラ刈りだ。
最近読んだ、スー・バーグの「セミオーシス」は知能のある植物と人類のコンタクトを描いたSFだが、
家庭菜園や庭の木々や草の成長の仕方や生存競争をみると意志や知能があってもおかしくない、と思える。
木々の刈り込みは、もっぱら、こっちの都合や視点で良いと思う形で切るだけ。
こんな無茶苦茶な剪定とも呼べない暴力的な刈り込みに、植物たちも今に反乱を起こすのではないだろうか。
松の木に登り届いた先端の若芽をしごく秋の夕暮