江戸の退屈御家人

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敦煌   その3

2019年10月23日 09時21分00秒 | Weblog
西安から敦煌まで、河西回廊を通って 約1425km.(東京ー福岡間の880キロの1.6倍).
 これを砂漠でラクダを連れて、1日平均25Km歩いて55日から60日かかる。今回は団体旅行で飛行機で2時間20分であった。

 敦煌と言えば莫高窟。366 年ごろの前涼時代から清時代まで1000年以上断続的に掘削されてきた。当然この間に漢民族やチベット族やモンゴル族など多くの民族がこの地を支配している。その間仏教美術遺跡が残ったのは奇跡的である。井上靖の「敦煌」と言う小説では宋の時代1038年に「西夏」という国が建国され敦煌を支配し1279年ジンギスカンが西夏を滅ぼすのだが、その際の混乱の中で、一人の坊さんが多量の経典などを莫高窟の壁の中に埋め込んで隠した。みんなに忘れられて500年。それが1800年代の清の時代に外国人探検家が歴史文書を発見、世界に発表したとのこと。




この塔の中に巨大な観音像が居られた。

莫高窟も前に 党河 が流れ、その河岸断崖に735もの洞窟が各時代で様式の異なる仏像などが描かれたり立像が置かれている。勿論写真禁止。

莫高窟のすぐ近くに 鳴沙山と月牙泉がある。



敦煌からは、トルファン、ウルムチ、イーニンを通ってカザフスタンに抜ける天山北路 と ニヤ ホータン カシュガルを通ってタジキスタンに抜ける天山南路が分岐している。飛ぶ鳥もなく、走獣もなきタクラマカン砂漠を越えるのが最大の困難であったろう。

 これを想像するだけでも、来た甲斐があると言うものだ。


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