徘徊オヤジの日々是ざれごと

還暦退職者が、現在の生活と心情、そしてちょっとした趣味について綴ります。

魔女たちの雨を呼ぶ呪文・・・6(第2章・・・4)

2013-01-12 09:22:43 | ・魔女たちの雨を呼ぶ呪文
「さあ、もう窓を開けましょう。久しぶりに会ったのですから、とっておきのワインでも飲みましょう」

 おかみさんはこういって窓を開けようとした。

「待って!」

 リーゼが叫んだ。

「待って、おじいさん。一つだけ教えてください。悪いことをして逮捕されるというのならわかります。けれど、何の罪もないのに火あぶりになるなんて、そんなことって‥‥」

 あとは声にならなかった。フォンデじいさんは静かに答えた。

「ああ、おまえのいうとおりじゃよ、そんなことってない。だがそう思っているのは、魔女裁判の内実を知っているわれわれの一族と、ほんの少数の真の人道家だけじゃよ。ほとんどすべての民衆は――役人はもちろん、協会の牧師や神学者も、国王まで――みんな魔女の悪徳を信じきっているから、だれも反対できないのじゃ。反対者はそれだけで魔女として捕えられ、あとは拷問と火刑が待っているだけだ」

「‥‥」

「いいかね、リーゼ、ここが肝心なのじゃが。こんなひどいことをしながら、彼らが多少とも良心のいたみを感じてくれるならまだ救われる。
 彼らはみな誠実で立派な人たちだ。彼らは自分たちが悪いことをしているなどとはみじんも思っていない。みな、これが正しいこと、神の御心にそったことだという信念を持っておこなっているのだ。
 信念‥‥わしはこれほどいまわしい言葉はないと思っている。それが真に正しい信念ならすばらしいものとなろう。だがひとたび人が誤った信念を持って行動するとき、それは常に悲惨な結果を生む。そして今がそんな時代なのじゃ」

 重苦しい沈黙ののち、父親がいった。

「リーゼ、今はこの嵐にだれもさからえない。柳が風になびくように、じっと耐えて時を待つしかないのだよ」

「あたし、いやよ」

 リーゼは静かだが断固とした口調でいった。

「そうして200年も耐え続けたわけ。あたしいやよ! それが迷信だとわかっているのなら、人々を説得して、こんなバカなことはやめようっていえばいいじゃない」

「無理なことをいうんじゃない、リーゼ。今までにそういったマギエル族や人間たちがどれだけ処刑されたことか。われわれの力ではどうしようもないのだよ」

「そうじゃないわ。そんな風に大人たちがあきらめるからよ。お父さんだっていつもいっているじゃない、あきらめてはいけないって」

「それとこれとはちがう」

「ちがわないわ。あたし今ようやくわかったわ、エミリアがどうして死んだのか。エミリアは病気で亡くなったのじゃないわ。迷信のために死んだのでもないわ。大人たちのあきらめと怠慢のために殺されたのよ!」

 リーゼは泣きじゃくりながらドアを開けて外に飛び出した。

「リーゼ、どこへ行くんだ! 待ちなさい、リーゼ!」

 リーゼはその声をふりきって森の奥へ走っていった。

(魔女たちの雨を呼ぶ呪文…7)に続く…