syuの気まま日記 80代の思い! 気まま旅の続きです

80代の考える事、感じたこと、思ったこと
などを綴ります。

谷中、幸田露伴「五重塔」でベーゴマ・ビー玉遊び

2020-07-02 08:28:34 | 日記
技量は抜群だが世渡りが下手の大工「のっそり十兵衛」は、江戸・谷中の感応寺に五重塔を建立を十兵衛の親方・源太が仕事を引き受ける。
十兵衛は、名を残す好機と考え「ぜひ私の手で」と住職に懇願。
源太は二人で協同でと申し出たが、源太が辞退したのを受け独力で始める。
十兵衛の忘恩を憎んだ源太の弟子たちに襲われ片耳を失うが、それでも仕事まず続け五重塔は立派に完成する。
落成式の前夜、大暴風に襲われるが、十兵衛は自らの技を信じて動揺しない。が、最後は「塔の倒れるときが自分の死ぬとき」と心に決めて、塔に上る。
夜が明けると江戸じゅう大きな被害を受けていたが、十兵衛の建てた五重塔は無傷ですっくとそびえていた・・・・・・・。
谷中墓地の中央辺りに聳え立っていた「五重塔」は、近所の子供の遊び場であった。
夏になると、上級生が主催し、5~6の我々を集め2人に分け夜中の8時頃から「気も試し」を、それは、決めた石を墓地の参道を抜け置いてくる。
月明かりを頼りに行かされたのを思い出し、野良犬に追われて逃げかえったことも。
幸田露伴の五重塔は、高校生になり読んだ。幸田露伴の住宅跡は日暮里駅御殿坂と天王寺の近くで、よく遊んだところにあった。

最近の谷中は、
 彫刻家朝倉文雄旧宅玄関(出入りはここの玄関であったと云う)

                    アトリエでは、「猫百態」開催中



「幸田露伴」 1867-1947 随筆家・小説家・考証家ー下谷生まれ。文学博士・1937年第一回文化勲章受章。

           風流仏・五重塔・頼朝・運命・芭蕉七部集・一国の首都・長語など多数。


              幸田露伴旧宅ーここで「五重塔」の作品を


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