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母の日♡ (きらく仙女さんの日記の転載)

2021年05月02日 | 日記
明るい陽射し、微妙な新緑、溢れる花達・・・
今年も母の日と呼ばれる日が近づいてまいりました。
その発祥やカーネーションの話は毎年語られていますね。

何か特別の計画や贈り物を用意された方もおられるでしょう。
私の場合、実母も母のようだった婦人達も既に現世におりません。
子孫もおりませんので、お祝いする事もされる事も特に無い状況です。
長年、離れて暮らす実母の安寧のために短い咒を毎日送っておりました。

その必要が無くなりまして、凡ての母なる存在に対して敬意と感謝、親愛を
込めて、ご苦労を讃える事にいたしました。その習慣は今も続いております。
個人の生母や養母も大切でしょうけれど、地球という星や日本の国土、そして
太陽も、この銀河も母ですよね。というような感覚は共感頂けるでしょうか?

母という文字の点々はおっぱいで、母乳を表す象形文字というのが定説です。
母は乳児に対して、自身の血液から作られると謂われる母乳を与えますね。
何という慈愛の行為でしょうか。出産だけでも大変でリスキーな仕事です。
女子は慈愛行動の天命を帯びているようです。私は気楽な天命ですけど。

道院の経典には母の文字は頻繁に出てきます。その中で、果仏と呼ばれる、
ブッダのルーツとされる方が、親のルーツ且つ大師匠でもある老祖様に対して、
「万物の母とは言うのに、万物の父とは聞いたことが無いのは何故ですか?」
と質問をされている数行の文があります。その場面で、老祖様の御回答は、

「万物の母は、已に化育して後に之を定するなり。その未生の先の一炁囫圇に
在りては、即ち真陽の生を有するかな。先天は化を論し、後天は得ようとせず
して之を先とする。是に、陽たるや母の母と為り、陰たるや万物の母と為る。」
化育された事物が有って、化育した存在が客観的に母と呼ばれるようです。

陰陽から万物が生じるという観点から天地を父母と捉える認識は易にもあり、
多くの宗教にもありますが、陰陽以前の世界には父母という概念はありません。
我々は陰陽の世界に生きていますから、父も母も軽視はできませんけれど、
まあ常識的に見て、慈愛を以て我が子や人々を養育するような人に対して、

率直に親のように感じる事は当然ではないでしょうか。そういう意味では、
子どもの日や母の日以上に「親の日」がお祝いされるべきかもしれません。
親を尊敬する思想は戦前日本の教育を彷彿とさせると嫌う人もおられる
かもしれませんが、単純に「凡そ血肉を有すれば親を思うべし」です。

ただ、この世界では十分尊敬に値する理想的な親や人など希でしょう。
その理想の判定さえ個人的見解です。けれど、やはり生きている間に、
親または人として為すべきと思う事をできるだけ成したいものです。
親のようだ、母のようだ、と評価するのは他人や後人でしょう。

母について想いを巡らすと限りがありませんが、毎年一度、
そのような思索のひと時をプレゼントしてくれる母の日。
暖かく、穏やかで、爽やかでありますように!
ともかくも、happy mother’s day!!
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