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林雅志氏の坐について (きらく仙女さんの日記の転載)

2021年11月18日 | 日記
林雅志氏の坐について1

先日、「生きる!意味と方法」にも登場する林雅志氏の坐について
聞きたいという人が同修のK君にアクセスして来られ、私に相談する
事も可能である由をお伝えすると、挨拶して去ってゆかれたそうです。

最近でも尚、林氏の坐を修養の拠り所にしている人が居られるのですね。
それは個人の自由ですが、他者に強く勧めて挫折させる結果になった事例も
少なくない現実は、誰よりも林氏が憂いておられる状況であろうと思います。

これから修養を始める方達のためにも、このままでは宜しくない、私が今、
そのような事態になった経緯を振り返り、客観的に問題点を明らかにして、
伝説やイメージではない事実をお伝えしておく必要がある、と感じました。

林雅志氏の本名は林木で雅志は道名です。私の訪問した1984年当時は
ご家族と共に台湾南部の高雄に住んでおられました。簡素な佇まいでした。
道慈のために資金倍増を計られた事が失敗して資産を崩されたそうです。

現在の台湾には、事業で築いた資産で後進を支援している修方もおられ、
店の奥部屋に祭壇を設えて繁盛の秘訣としている人気飲食店もありますが、
天命によっては、善い動機でも損得勝敗のゲームを戒められる事があります。

そういう場合は、表面的には損失のように見えても、無形のものに、例えば
寿命や健康、危険の回避や好チャンスなどにエネルギー変換されるようです。
林氏は、「仕事の心配などしていると坐はできない」と言っておられました。

彼は日本語で教育を受けた世代で、日本人にも違和感を持たれない言葉で
話されていました。少年時代は運動が得意で、特に野球をされていました。
最初の来日は、高校野球の台湾代表チームの投手としてであったそうです。

彼は十分に常識を弁えた紳士で、旧台湾銀行の副頭取まで勤められました。
頭取は日本人と定められていた時期です。銀行の様々な業務に精通されて、
台湾人銀行マンの最高位にまで上られました。奥様は元ミス台湾でした。

料亭での飲食など日常的で、お酒の限界に挑戦された事もあったそうです。
一般庶民が紅卍字会に入り難かった時代に、ガンで入院されている部屋を
当時の台北市長が訪問されたのが道院求修のきっかけと聞いております。

胃の手術を受けられた後も複数個所に問題があって深刻な症状でした。
それ故に、道院の坐に集中する堅い決意と実行する時間がお有りでした。
そして、既に色々な体験を経て世事に未練の無い状態だったそうです。

そのような個人情報を私が知っているのは、K君から聞いたからです。
彼は多分、林氏ご夫妻と親しくお話できた時間が日本人では最長でした。
他の人達が都合で次々抜けていったお話会に一人参加していたそうです。

それは我慢して続けていたのではなく、道のお話が面白くなったそうで、
そのような事もあってか林氏はK君の道の将来を大変気に掛けておられ、
彼の修養が挫折しないよう見守りと協力を私に切に頼んでおられました。

さて、林氏は超熱心な坐や参経の結果、健康体と言える程回復されました。
そして正確な日時は手許に資料がありませんが、林氏のお話から推測して、
数年以内のような早い時期に、真人成功を公式のフーチで認定されました。

私が面会した当時は全く健康そうで、見るからに真人らしいご様子でした。
又それより少し前、香港総母宗に伺いました時、院内に坐院のトップとして
雅志の道名が掲示されているのを居合わせた人達と共に確認しております。

道院の初期には、フーチで坐の個人指導が行われた時期もありましたので、
黙真人はじめ何人も成功者が出られたようですが、その人達も帰道されて、
その甲子の年の頃には林氏くらいしか真人は居られなかったのでしょう。

それ故、坐の指導、特に日本の修方を指導するよう訓示も下りていました。
「あまり得意な事ではないのに、話を聞きに隣に引っ越してきた人まで居る。
本当はもっと自分の修養に集中したい」と私に漏らされた事もありました。

けれど当時の林氏が、御神意で指示されている使命感とご自身の実感を以て
坐の事を熱心に語られれば、その一語一語には自ずと説得力がありました。
多数の修方が彼の坐の方法を尊び信頼を寄せたのは当然であったでしょう。

林氏に対して私は今も、善良で誠のある先輩修方として尊敬しております。
そして特に高雄訪問の際は、求修して間もなかった私のために誠意全開で
道を語って下さった十数時間のシーンは鮮明に脳裏に焼き付いています。

ただし、善良で誠意のある人であるという事と、持論が正しい、或いは
利き手にとって適切であるという事とは別です。その点を明確にする事は、
ご当人にとっても、利き手全員にとっても有意義である筈と私は思います。

林氏の慈行としての来日は笹目秀和氏のご希望で、奥様とご一緒に多摩に
ひと夏ご滞在。K君を含む約十名の青年達と共に食事、合坐や誦経をされ、
夜の自由時間に道のお話をされたそうです。私が求修する少し前の事です。

その頃のメンバーはその後、帰道した人や道院から離れていった人など、
それぞれの道を進まれました。現在、林氏の坐を拠り所にしている人は
他の機会に氏と面識のあった人や彼の信者から勧められた人のようです。

私の場合は、高雄から戻って以来、何度か道慈に関する書簡の往復があり、
私がK君の個人的な学習目的で日訳した経典を林氏が視られた事もあり、
そういう道の研究のようなお付き合いを数年間させていただきました。

最後の来日の直前、林氏から大阪の私宛に封書が届き、「面談したいので
東京まで来てほしい」という内容でした。再会は嬉しくもありましたが、
経典日訳などについて面倒なお話になりそうで、気が重く感じました。

また、既に林氏の坐と異なっていた私の坐について相談するのも憚られ、
と言って自信を持って坐の提案ができるには至っていなかった状況でした。
それで、折角のご連絡でしたけれど、上京は遠慮させていただきました。

林氏は銀座の道院訪問の後、多摩道院で北極真経の解説もされました。それが、
お元気で道慈をされた最後になったらしく、帰国後に心身の調子を崩されて、
隔離されるような状態で帰道された、と道院の古参のM氏から聞きました。

M氏は、帰道時のフーチで林氏が真人から後退されていた事を不審に思い、
高雄まで出向いて事情を確かめたそうです。彼は私に嘘を言う必要も無く、
道慈に関しては実に真剣な人でしたので、私はその情報を信じます。ただ、

ご遺族から私宛に届いた訃報は、無事な帰道を祝うような赤い体裁でした。
それを手に取った時、私は大変安堵を感じて、思わず「ご苦労様でした!」と
呟きました。1992年の早春の事です。寿は86歳と記されていました。

邪心の無い修方であった事は確かですし、致命的な転落でもなかったので、
たぶん、帰道されてから指導神霊方の指示誘導で適切な霊修の機会を得られ、
現在は真霊を回復されて大道に繋がるお役を頂かれている筈と私は思います。

その後、ご遺族は道院から離れて行かれたそうですが、現在の台北や香港で
親族の方達が要職に就いておられますし、雅志氏に好印象を持つ古参の人や
もはや伝説的となった林木坐のファンもあちこちに居られるようです。

さて、いよいよ、林氏の坐について考察してまいりましょう。

林雅志氏の坐について2

そのように林氏は真面目で模範的な修方であられたと思います。
けれど、彼の坐を実行して真人に成った人を私は一人も知りません。
一時的に光が見えたとか、変化を感じたという話は聞いた事があります。

林氏が「坐ができている」と認めていた日本人は多摩のY氏だけでした。
感受性の高い人という印象だったY氏と10年程前に電話で話しました際、
「道院の坐は、私にはキツいので続けていません」と言っておられました。

そうです、林氏の坐はともかく続け難いのです。その最も大きい原因は
彼の提唱する守窔が難しい事です。窔のとらえ方と、それを常に維持する
という考え方が続ける事を困難に、ほとんど不可能にしていると考えます。

守窔が大切である事は経典にも訓文にも明記され、道院の修養の常識です。
窔を用いてこそ炁による真霊成就が可能です。ただ、善い結果を得るには、
暫くの継続が必要で、そのための反復練習による習慣化が必須になります。

ですから、坐が継続できないと成果は得られません。彼の守窔の方法は
「鼻先から胸の中央と尾閭を直線的に結んだ線を見る。24時間見続ける。
食事の時間も勿論、就寝しても夢など見てはいけません。」のだそうです。

それは常人のできる事でしょうか? 彼自身も生涯の継続は無理でした。
それから、舌のポジションの塞兌というのは生理的に辛くないことですが、
歯をしっかりと合わせる必要を強調されていました。その事は不自然です。

彼の提唱される「中心軸」は、その直線的に感じるべきとされる線ですが、
私の本にも書きましたように、実際はS字曲線です。アジナーから見れば
直線的ですが、曲線を柔らかく感じないと心身がリラックスできません。

姿勢を良く保っている事も義務意識が伴うとストレスになります。そして
身体が、引いては心身がスティフになります。緊張せずに柔らかい感覚で
坐をしませんと、長期的また日常的に続けられない事はお分かりでしょう。

また、守る窔が唯一、玄関の窔に限られる事も、植物や動物なら解かり易く、
続け易いかもしれませんけれど、人はそのような修養が不得意な生物です。
自分で決められる選択枝や変化がないと苦痛や懈怠が起こってしまいます。

女性の坐では中心軸は鼻先から玄関までを見れば良いと言われていました。
その理由は女体の気の廻る方向がエネルギー的に楽であるという事でしたが、
周天の男女別は絶対的ではなく、炁気の仕組みは人以外の全てにも共通です。

結局は「矛盾を感じない坐法を知るには経典を拠り所にするしかない」と思い、
当時入手できた全ての重要経典とその注釈に神経を集中して何度も黙読して
回答やヒントを頂き、メモやノートをとっては坐をする日々が続きました。

そういう事が無ければ、安全で簡単な坐など、人智で提案できるでしょうか?
現在の私個人の坐は大分変化しておりますが、基本の考え方は変わりません。
また私の場合は、睡眠時に見る夢なども情報の一種として利用しております。

もし、林氏以上に修養の素養があり、現世での体験を卒業した心境の人が、
背水の陣の如き真剣さで行えば、林氏の坐に由る成丹も可能かもしれません。
維持は微妙ですが、更にバージョンUPできれば不可能ではないでしょう。

不退転の大真人に成るには、孚聖のように息々の真功を完全に会得するか、
又は慧聖のように虚と空を自然に自在に使えるように成る必要があります。
今、雅志氏がその事を伝えたいと切望しておられるような気がいたします。

かつて、達磨大師は、在世中に弟子に授けた坐法のうち、尾閭に集中して
クンダリーニを目覚めさせる方法について、帰道後に反省をされました。
そして、くれぐれも「丹を焼かないよう」折に触れて訓示されています。

そのような訂正発言や新たな提案の機会を得られなくて、残念な思いや
歯がゆい思いをされている先人達も少なくないのではないでしょうか。
今発信します私のこの一文が、林氏の安寧の一助になれば幸いです。

炁楽仙女提案の坐だけが誰にでも適するとは申しません。そして又、
修養する事を義務としてお奨めも致しません。坐の方法も複数揚げて、
窔やバージョンを選択する自由を読者にご提供するという方針です。

坐は楽しくなれば続けられます。現実に、「生きる!意味と方法」の坐を
実行して、悩んでいた心身の不調が回復したというお知らせを頂くことは
時々ありますし、そういう人達に直接お会いする機会も時々ありました。

私の所にアクセスされる以前から白いS字線くらいは見えていた人、また
坐法の簡単さに驚いたという人もおられます。彼らは主に気功関係の人です。
初期の道院でも黙真人の他、道教や仙道関係の人が多く縁じられたようです。

ともかく、何事も妄信せず、ご自身で試してみられる事をお奨めいたします。
実際に、林氏の坐の信者が力説する坐と、本で提案する坐を一定期間試験して
比べてみた人達もおられました。確かめるという事は賢明であると思います。

そのグループのリーダー的な人とお会いしました際に彼は、実験をしてみて、
「生きる!・・・」で提案している坐の方を続けるという結論になった事と、
「その信者よりも貴方の言われる事を信じます」という意思を語られました。

それから、もう一つ付加しますと、並々ならぬ道慈の努力をされた林氏が
順調な修養の生涯を全うされなかった原因として、指導神霊や菩薩達などに
親しく加護されるのが非常に不得意だった事が大きいと私は痛感いたします。

老祖様にのみ誠意を向けていれば善いというスタンスで、他の神霊達には、
大真人でさえも先輩というだけで同じ弟子仲間であり、ローカルな霊達は
こちらが指導をしてあげる対象である、というようなノリでありました。

彼は慢心されていた訳でもなく、威張っている印象もありませんでした。
ですから多分、守窔に集中され、一途に思い込んでおられたのでしょう。
又その自信に満ちた態度が狂信者発生の要因にもなったと考えられます。

その狂信者から悪影響を受けて挫折していった人々の多くにも、当人が
神仏のご加護を自ら受け難くしていたという共通要因が観察されます。
愈々修養が進みそうな時に勿体無い事態になったケースもありました。

万物のルーツを尊ぶ意識は勿論大切ですが、できるだけ自己のルーツの
固有元神を感じる事も必要です。また個人的に縁の深い菩薩や神霊たち
などにも敬意と親しみを持ってご指導を頂くことは実に心強い事です。

過日、ご自身の指導神霊からの強いお奨めで炁楽仙女の本を購入して
坐をしているという人に面会した事があります。今はご無沙汰ですが、
賢い神霊に見守られておられるかぎり、ご無事であろうと思います。

どうぞ読者の皆様、宇宙のルーツと自己の元神に意識を繋ぐとともに、
身近な善神善霊たちに対しても軽視せずに親しい協力関係を築いて、
その時々に最適な坐を楽しく行い、真実を体感して下さいませ。

鎮心経で気を整える事も、それに繋がる有益な方法でしょう。
お持ちの咒やお祈り、健康法なども適宜にご活用ください。
皆様の修養が順調に安全に効果的に進みますように!!

林雅志氏と共に、心から願っております。

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3 コメント

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Unknown (鬼雷)
2021-11-18 18:30:27
全ての原因は、己が正しいと、また、部位に着相する、癖があるように考えます。

そして、林木さんの坐は、老祖のみがその、到達を理解しておられると考えます。

人は己の修道を全うするのみ。

されど、自然の坐の中で、人為を発揮し、後退する。

先天坐を為す者には、中々不可能な世界でもあります。

しかしだ、かつてのK青年が太陽を拝んでいたら、あなたが太陽に拝まれるのですよ、と言われた、林木さんの小天地、小宇宙は偉大であったと考えます。

何も神を拝み拝し奉り、供物を捧げるのが信仰では無いと考えてます。

己自身を知り、己の本源を明らかにする。

扶乩の裎判では、出口聖師も、元化真君とされ、大本信者が怒った事もありましたが、霊積真人と昇華されました。出口日出麿さんも低い、地位となられましたが、気楽仙女さんの仰る通り、その一時が絶対では無いと考えます。

いずれにせよ、様々な夙根があり、坐の結果は同じでも、過程は、人それぞれのでございます。

ここには、気楽仙女さんの言葉での林木さんですが、修方さんも、同意見なのでしょうか。
Unknown (修方(教臧))
2021-11-20 09:46:05
気楽仙女さんの言葉での 
林木先生の坐については私も同意見です。
坐は一つだけではなくその人が炁を良く集められる
それぞれに合った坐をするべきだと思っています。

林木先生(雅志先生)は物凄い真面目な方でしたね。
そして老祖様の指示(フーチでの)は命懸けで
果たすことが当然だというような感じでの道慈活動を
なさっていたように感じていました。
私の最も尊敬するおかたです。
Unknown (鬼雷)
2021-11-20 11:14:43
お答え、ありがとうございます。

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