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ちょっとした愛想 (きらく仙女さんの日記の転載)

2019年03月13日 | 日記
いよいよ暖かくなってまいりました。
玄関先の梅の古木も小さい花が満開になりました。
もう桜が満開の所、すでに葉桜になった所もあるそうですね。
色々な事が終わったり新しく始まったりしている季節のようです。

近所の人や配達の人と出会うと、「寒いですね」というのが冬の間の
決まった挨拶でしたけれど、それが変更になりました。と思っていると、
いつの間にか「暑いですね〜」という言葉に変わるのでしょう。今年も
こうして何気なく無事に過ぎていくというのが理想的ではありましょう。

挨拶と申しますと、やはり忙しい時でも、体調の良くない時でも、なるべく
面倒がらずに、ひと手間の愛想良い一言を発することは有意義と思います。
「ちょっとした愛想」の有無で、随分と雰囲気が左右され、友好的になったり、
険悪になったり、時には面倒なトラブルのきっかけになることも有り得ます。

「寒いですね」、「暑いですね」という発言で気温が快適になる訳でもなく、
時間と労力も少し掛かりますけれど、他者と体感の共有を確認して友好的な
雰囲気になります。「気持ち良い日ですね」とか、「暖かくなりましたね」など、
穏やかでポジティブな表現の愛想なら尚、お互いに気持ち良くなるでしょう。

昨今話題になっています、家庭内や学校、職場のいじめ事件、近隣住人や
通りすがりの者による嫌がらせ、憂さ晴らしの悪戯や犯罪的行動などでも、
被害者を含む周囲の人のちょっとした愛想が有ったなら、避けられていた、
または軽減されていたケースが少なくないのでは、という気がいたします。

例えば、先輩や上司から「頑張ってるね」などと声をかけられると、自然に
笑顔になりますね。悪ふざけ動画を発信する気持ちが増すことはないでしょう。
礼儀作法の研修会を開いたり、規則を強化して従業員のモラル向上を図っても、
職場に愛想や笑顔が無い環境になっては、お客も居心地が良くないでしょう。

現実に、行く先々で迷惑行為を繰り返す、トラブルメーカーと呼ばれる人や、
故意でなくて迷惑行為の様になってしまう、高齢者やご病人もおられますね。
通路を妨害している人には、「どけ!」、「邪魔だ」とか言わず、「すみません」
とかも言わず、「ちょっと通してください」などと言うのは如何でしょうか?

穏やかな笑顔や軽い会釈だけでも、随分その場が和やかになると思います。
車で運行中、道路を譲ってくれた車両に対して、手を挙げるなど常識的な
謝礼の表現をするだけで、お互いに少し気持ちが良くなるでしょう。特に、
助手席に乗っている人が軽く会釈するのは好印象と思います。その場合は、

運転操作に支障をきたさないですし、助手席の人には余裕がありますね。
じっと座っているより運動にもなります。1〜2秒の簡単な動作によって
和気の発生を促せば、交通状況、周囲の環境に対しても善い事になります。
ちょっとした事ですが、非常に理に叶った善行と言える程かもしれません。

ただ、愛想は有効な手段になり得ますが、相手に何かをしてもらおうとか、
求めて行うのではなく、純粋な「和」の気持ちがあってこそ効果に繋がります。
自分の和の気持ちを、自分自身を含む環境に発信して分かち合う行為ですね。
そして和気が増幅されれば、求めずとも色々な物事が善い方向に整ってきます。

厳密には、「和」は「中」があっての和と謂われます。自身の心気が平穏で善良な
状態になっている事によって、自然に外へ向かって良い和気を発信できます。
という修養の問題になってまいりますが、「ちょっとした愛想」を実行しますと、
自分の気持ちが明るく清々しくなり、和→中→和→中の好循環が起こります。

何かと辛い事や面倒な事に遭遇しがちなこの世界です。愛想など無理と思わず、
そういう世界だからこそ、特に災害や事故、事件に巻き込まれたような時こそ、
慌てず急がず、強いてでも優しい笑顔で「ちょっとした愛想」を実行できれば、
その場その時の難を爽やかに切り抜けてゆける確率は必ず高まるでしょう。

そのような「ちょっとした愛想」が何気なく出てくるように最初は少し努力し、
更にそれを何気なくさらりと流してゆく、そういう日々の習慣になりますと、
相当気楽に生きてゆけるでしょう。又そういう人が多くなれば、この世界の
ストレスやトラブルも必ず減少してゆくはず、と感じております。
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