Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

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懐かしいラジオ番組

2024年01月08日 22時51分17秒 | ラジオ・テレビ・新聞雑誌ネット等マスコミ。ラジオ機器オーディオビジュアル製品
懐かしいラジオ番組
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 わたしの小学校、中学、高校生ぐらいの時期にやっていたラジオは、今とは違って第二・第三のラジオ黄金期のような時代であり、昭和と平成の端境期の、世の中的にもバブルとその終焉に当たる、景気の良い時代だった。今となっては、あの頃に戻りたいと、できればやり直してみたいと思うぐらい、郷愁を誘う時代だ。
 ニッポン放送を福島で雑音混じりに聴いていたが、月曜~金曜夜10時から「伊集院光のOh!デカナイト」を聴いていた。ザ・ベースボールクイズほかが懐かしい。この番組の中の箱番組の中で、「デーモン小暮と大槻ケンヂのラジオ巌流島」という番組がラジオ福島でもネットされていた。
 その数年前にも、ニッポン放送は、「三宅祐司のヤングパラダイス」を聴き、任侠の世界の人のおかしげな日常を描いた「恐怖のヤっちゃん」コーナー、不思議な六角形のペンダントのような「ヒランヤ」のコーナー、ドカンクイズなどが懐かしい。
 鶴光のオールナイトニッポンなども聴いた事もあるが、余り今では感心できない話も多く、ラジオ界のスラム街、時間の無駄だったような気もする。
 文化放送では、「さだまさしのセイヤング」は、毎週土曜日に惰性で聴いていたような気がする。「深夜の句会」という川柳のコーナーは、山下アンアン師匠とかさだ我慢師匠などといって、一般からのハガキを募り、川柳を紹介していた。
 ラジオ福島では、平日月曜から金曜の夜の11時になると、鏡田辰也アナの司会で「アイミー、ロックトーナメント」という、アイミーとは、当時のスポンサーのコンタクトレンズメーカーの10分位の番組があり、一ヶ月の終わりの週はリスナーの葉書リクエストのトーナメントで、上位5位くらいの歌手たちを五日間にわたり一人1日10分特集され、その当時、大分不正もあったみたいで、葉書を一人で大量に送りつけ、B'zや槇原敬之などの人気アーチストに混じり、掛かる訳がない特定のアーチスト、ゴダイゴのガンダーラが流れたり、聖飢魔IIが流れたり、カガちゃんも苦笑いして紹介していた。その後、「ハイスクールステーションこちらピーチ組」という鏡田アナと地元女子高生混合のラジオがあり、11時15~20分頃から観月ありさの10分間番組があった。どっちか忘れたが10時台か11時台かの後半には徳永英明の「フロムCサイド」があった(それはこれらの番組の数年前)。
 ラジオ福島の夜の12時の深夜放送は、最初の頃は12時から10分ほど、キリスト教の「ルーテルアワー、カプセルメイト」という宗教番組があったが後に終わり、一時間丸々、福島のアナウンサー達の番組「夜はこれから」後に「こちら下荒子8番地」という番組を、荒川守アナ、菅原美智子アナ、大和田アナ、森いすずアナ他が一時間日替わりで担当していた。その後深夜1時から、ビートたけしや中島みゆき、とんねるず、デーモン小暮、松任谷由実、ほか色々な人が各々様々、多年に亘り、「オールナイトニッポン」を担当していた。
 栃木時代、栃木放送では、日曜夜「イエスと共に歩む時間」というキリスト番組をやっていた。栃木では東京は勿論、福島の電波が届いていた。
 TBSラジオでは小沢昭一の「小沢昭一的こころ」、永六輔の「だれかとどこかで」、などをやっていた。
 FMラジオでは、その頃、変わった潮流が吹いていて、まるでAMラジオのようなしゃべりの番組が増え、東京エフエムの平日夜10時から「赤坂泰彦のミリオンナイツ」が秀逸だった。当時、ニッポン放送の伊集院のラジオを聴いていたが、FMを聴くと、赤坂さんのそれがやっていた。わたしは主に当の東京エフエムや、栃木のレディオベリー(FM栃木)の電波を頼りに、後に開局したFMふくしまと併せて聴いていた。
 ミリオンナイツは、洋楽邦楽分け隔てなく聴ける夜の国民的若者番組であり、中でも火曜日の「うさん臭いポップス」は、腹を抱えて笑った程、とても面白い内容だった。ビートルズの新たなCD発売の情報を知ったのもこの番組でだ。
 絶大な人気を誇り、面白かったミリオンナイツも何年かで終わってしまい、赤坂氏はその後、NHKへと自身の軸足を移すが、赤坂さんはやはり、民放の東京エフエムが一番似合う気がする。某国営放送のNHKに収まってしまっている赤坂さんは、何かが不足している気がする。
 一緒に青春時代を過ごした時期のラジオが、一番自分の空気に合い、自身の血や肉になっていると思う。印象が今聴くラジオとあの頃とでは雲泥の差なのだ。それは今の若者にも言えるのだろうが、果たして今の時代の景気の悪いラジオ界のラジオ番組が今の若い人たちにどれだけ支持されているのか、ラジオ業界の人々も反省する必要が有る。今また若者達にラジオを聴く人たちが若干増えたと、最近のニュースで知った。今はラジコ、高感度なラジオ機器など、色々ラジオを聴く手段もあるが、肝心の若者がラジオをどうやって聴いたらいいか分からないでは、話にならない。勿論、若者だけじゃなく、高齢者までの各層にラジオに親しむ努力も必要だ。これからもどんどん面白いラジオの出現に期待したい。

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