鹿の庵

鹿の書いた小説の置き場所です。
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第01話 二度目の逆行

2009年03月22日 12時05分29秒 | 二次創作
????年??月??日 白銀家 自室


「んっ……」

 武は久しぶりに柔らかいベッドの感触を感じながら目覚めた。周りを見回すと慣れ親しんだ横浜基地の個室ではなく、懐かしさすら感じる自宅の部屋だ。

「戻って来たと言う気がしないな」

 暫く放心していた武だが、そう独り言をこぼした。

(正直懐かしさよりも、あの世界から弾き出された喪失感の方が大きい)

 純夏に叩き起こされたり、冥夜が隣りに寝ていたら、武の感じ方も違ったかもしれない。

(そういえば、なんで冥夜が隣りに寝ていないんだ? いや、変な意味ではなく)

 夕呼の説では、今日はBETAのいない世界の2001年の10月22日だから、冥夜が布団に潜り込んでいたはずだ。

(もしかして!!)

 どちらの世界か確かめたくなった武は、ベットから飛び起きたところで胸の上に有る物に気がついた。

(これは『皆琉神威の鍔』なんでこれがここに?)

 そして右手の指にも違和感を感じて見ると、武は右手の中指に指輪をしている。

(こっちは『煌武院の指輪』だ)

 どちらも桜花作戦の後に武が殿下から賜った物だ。元居た世界には持っていけないと思い、霞に預けたはずのこれらが有ることも、そもそもあの世界の事を覚えている事からして不自然に思った武は、念のために皆琉神威の鍔を確りと握り、期待を胸に家を飛び出し周囲を見回した。


????年??月??日 白銀家前



――廃虚じゃない。普通の家が並んでいる。



「BETAのいる世界じゃないのか」

 しかし、武は妙な違和感――視界が妙に低い――を感じた。階段を駆け下りた時にも感じた違和感は、外を見る事を優先して無視していたのだが、いい加減に現実を直視した武は、自分の体が盛大に縮んでる事実に気がついた。

(勘弁してくれよ……純夏)


????年??月??日 白銀家 居間


 とりあえず日付を確認しない事には始らないと思い直した武は、居間に有った新聞で確認した。

(1991年10月22日って、10年もずれてるじゃねぇかっ! 純夏よ。うっかりにも限度があるだろ。8歳のオレに何をしろと……。もしかして、精神年齢は二十歳を越えてるのに小学校に行く事になるのか? いや、確かにガキの頃の純夏への扱いを後悔したりもしたけどさ)

 その気持ちが武の望みと解釈されたのだろうか、暫く何も考えたくなくなった武は、手に持ったままだった10年前の新聞を読む事で現実から逃避した。当然ながら以前の武は、新聞どころかニュースすらろくに見てなかったので、知らない記事ばかりだろうと思って見たのだが……。



――BETAの東進止まらず。中国政府は国連軍の受け入れを決定。



 一面トップからして良く知ってる単語が載っていた。

(つまり……、ここはBETAのいる世界で、外が廃虚じゃないのはBETAに帝国が蹂躙されるより前だからか)

 そう理解した武は、深く息を吐き出した。

(正直ほっとした)

 もし武が戦いの記憶を持ったまま平和な世界に戻っていたら、平和な世界に適合するまでに、そうとうな苦労を重ねる事になったであろう。

(しかし、もう一度2001年の10月22日に目覚めるならまだしも、正直これだけ時間をさかのぼると戸惑うな。夕呼先生がこの時代のどこにいるかも分からないし……)


1991年10月22日 白銀家 居間


――ガチャ。


 武が悩んでるとドアの開く音がして、8歳らしい純夏が家に入ってきた。

「おじゃましまーす。って、タケルちゃんが起きてる!」
「純夏っ!」
「おまけに新聞を読んでるなんて、空からBETAが降るよ!」

 武は久しぶりに見る生身の純夏に、思わず純夏の頬――擬体と感触が違うわけもないのだが――を引っ張ってしまう。

「いたぁ! せっかく起こしに来てあげたのに、何するんだよっ!」
「空からBETAが降るなんて、不謹慎な冗談を飛ばすからだ」

 適当に誤魔化しながら、武は純夏が無事な理由に思い至った。

(そうかBETAの日本上陸前だからか、こんな大事な事にすら気がつかないなんて、驚きの連続でかなり思考力が鈍ってるな)

 2001年10月22日とは違い一日二日でどうこうという状況ではない事もあり、武は純夏を犠牲にしないで人類が勝利する方法をじっくり考える事にした。

「うぅ~、前にタケルちゃんが言ってたんじゃない」

(オレは、そんなこと言ってたのか……。ま、まあ、現在の日本には余裕があるって事だな)

 新たな疑問として、この世界の武は死んでいないようだ。この世界自体が新たに構築された世界ならば問題はないが、武が夕呼に聞いてた話とはかなり違う状況でもある。もしこの世界の白銀武を乗っ取ってしまったのならば、純夏を助ける事で許してもらうしかないだろう。

「いや、不謹慎な冗談は良くないと反省したんだ」
「タケルちゃん。自分だけずるいよっ!」

 その後なんとか純夏をなだめた武は、日曜だから遊びに行こうとの誘いを断り――理由は『二度寝する』で納得させた――ゆっくりと今後について考える事にした。


1991年10月22日 白銀家 自室


(大前提として、純夏がBETAの捕虜になるのは絶対阻止だ)

 これは何年も前から知っていれば、回避するのはそう難しい事ではない。問題があるとしたらBETAの日本上陸前に夕呼が未来を知り、意図的に歴史をなぞらせようとする場合だが、それもないだろう。一緒に捕虜になったはずの武の中身が変わってる時点で、どうやっても純夏個人の歴史はずれる。そして奇跡の生存にそんなずれは致命的だ。夕呼ならばむしろ積極的に保護すると思われる。

(できる限り純夏を、00ユニットにはしたくない)

 一番の問題は、必ずしも純夏が捕虜から生存した事で適性を得たとは限らず、今の時点の純夏ですら高い適性を持ってる可能性が濃厚な事だ。そして武の持つ情報がそれを証明してしまう。武が00ユニットになれば済む話ではあるが、どちらを00ユニットにするかは夕呼が判断する事で、夕呼は志願者だからといって適性の低い方に人類の未来を賭けるような人物ではない。

(理論については、並行世界に取りに行く必要はない)

 武は夕呼に因果導体について説明された後、ループの原因を取り除く前に死亡する可能性も考慮して、再び並行世界に迷惑を掛ける事のないようにと、理論に一番重要な核となる数式を夕呼から聞き出し、その一行だけは忘れないように必死で暗記したのだ。

(ちゃんと覚えてるから、忘れないうちにメモろう)

 これが無かったら元の世界で理論が完成する2001年末までは、00ユニットを完成させるのは不可能だった事になる。くそげーうんぬんのヒントを事前に伝えに行ったとしてもアイデアなんて水物で、逆に伝える事で理論の完成が遅くなる可能性すらある。最悪、元の世界の夕呼が思いつかなくなるリスクを考えれば、2001年末まで待つしかなかったはずだ。

(純夏の適正を隠し通せるか?)

 どう考えても難しい。武から夕呼に接触しない限りはバレる心配こそないが、人類勝利のためには00ユニットは必須であり、00ユニットを完成させるには武と夕呼の協力は絶対条件だ。霞がいる事も考えると、そこだけうまく隠しおおすのは不可能と考えるべきだし、霞を避け続けるような事が武にできるのかも疑問だ。

 しかし、接触が遅ければ遅いほど隠し通せる確率は増える。オルタネイティヴ4の打ち切り間際なら、さすがの夕呼も即戦力の武に飛びつかざる得ないので、高確率で武が00ユニットになれるだろう。しかし、時期が遅れる分だけ戦況が悪化しかねない。

(夕呼先生の立場でオレ達の適性を評価――捕虜にならなかった影響がないとして――してみよう)

・甲21号作戦:ハイヴからのリーディングに成功。擱坐した凄乃皇がG弾20発分として自爆。
・横浜基地襲来時:ODLの異常劣化で凄乃皇に未搭乗。反応炉からの情報漏えいを見抜く。
・桜花作戦:あ号標的を撃破。その直後に機能停止したので、リーディングデータの吸出しは不可。

 問題点も事前に改善が可能だし、別の世界とはいえ実戦証明されてるのは大きい。ただし、夕呼は軍人ではないので、因果率量子論的にどうなのかは武の想像の範囲外だ。オリジナルハイヴを落とした事で戦略状況は変化したが、夕呼は対BETA戦争の政略状況こそ変化させたがっていたので、上位存在からのリーディングデータが利用不可――再起動の可能性も僅かにあるらしいが――だった。という一点だけで、純夏を候補から外す可能性もある。

 そして武の適正として考えられるのは、実際に何度も世界を移動したりループした経験だろう。これは素人考えだと圧倒的に高適性のようだが、前の世界で夕呼がその可能性にまったく触れなかったのが懸念材料だ。もし因果導体が00ユニットになる過程で死んだ場合は、ループするのかどうなるのか、そもそも今の武は因果導体なのか、不確定要素が多すぎる。夕呼にとっても不確定かはわからないが、純夏との比較以前に武を00ユニットにできない理由が存在した場合は、武にはどうすることもできない。

(00ユニットが複数作れる可能性もあるんだよなぁ)

 そうなると、夕呼が純夏を00ユニットにしない理由は存在しない。強いて言えば、武が先に00ユニットになり、純夏を00ユニットにしたら反乱するとでも脅すか、純夏に夕呼には絶対に協力しないよう吹き込んどく手もあるにはあるが、武が00ユニットになった事を知れば、純夏は自分もなると言い出す可能性が高い。そして夕呼は絶対にそこを突くだろう。

(早速煮詰まったか)

 気分転換にそこらへんを見回した武は、キッチンに自分の朝食らしいサンドイッチを発見した。



――食べてみたら、ハム以外は天然食材だった!



(かなりうまい。これはBETAの日本上陸以前だから、だろうな……)

 武は当然のようにBETAの日本蹂躙を阻止したいと思った。しかし、オルタネイティヴ4の完遂を考えれば、明星作戦までの歴史を大きく変えるのは無謀だ。武でさえそう考えるほどなのだから、夕呼が未来を知れば絶対に明星作戦――純夏の保護とG弾への対処は別として――までの歴史改変は許さないだろう。

(無傷の反応炉を手に入れられるハイヴが、他に思いつかない)

 単純に製作直後のハイヴと言う事なら、まだ甲19号や甲20号は作り始めてもいないはずだが、製作されるのはオリジナルハイヴからの援軍を受けた大侵攻に伴ってである。製作にあたるBETAの数からしてすでに完全制圧なんて不可能なレベルだろう。それに比べ横浜ハイヴは佐渡島ハイヴと同時期に建造を行った為、BETAが数量を二分したので、近年で最もBETAの数が少ないハイヴだった。

 そして、それでもなお二発のG弾がなければ、無傷で反応炉を確保できなかっただろう事は、第四計画派も否定できない事実。ほかにも地形的に陸海の戦力が両方とも容易に運用できる場所であり、制圧後から研究完了までの防衛にしても、佐渡島ハイヴからの侵攻を想定した場合は上陸地点を挟んでいる事も大きい。帝都にも近い事から、帝国軍の防衛線を横浜基地の防御に完全利用できるのも魅力的だ。

(余りにも理想的すぎるぐらいだ)

 夕呼もBETAが意図的に人類に反応炉を渡した可能性――通信はともかくハック機能って全部の反応炉についてるのか?――を懸念していたが、これは武の情報により事前に対処する事が可能なので『横浜ハイヴ以外ありえない説』の補強材料になってしまう。

 そしてどの時点からか、明星作戦までの流れは米国も狙っていたのではないだろうか。明星作戦の結果、第四計画派は無傷の反応炉を得て、第五計画派はG弾の実戦証明を得た。米国の両派が一時的に手を組んだのならば、夕呼をして明星作戦にG弾が使われる事を知りえなかった要因になりうる。

 そもそも米国の撤退からして不自然だ。勝ち目のない戦いで戦力の消耗を嫌ったのなら、戦ってる振りでもしながら東北辺りまで下がるだけで十分だろう。それをご丁寧に、日米安保条約の破棄まで宣言して日本から総撤退した。これはある意味で正々堂々とし過ぎている。これで失った米国の威信と極東への影響力を考えると、撤退宣言で帝国を混乱させて、帝国軍を総崩れにするのが主目的だったのではとすら邪推できる。

(00ユニットは、反応炉と理論がそろえばすぐに完成するのか?)

 2001年末の時点で新理論以外は揃っていたようだが、夕呼が反応炉を手に入れてからに限定――反応炉を必要としない研究もあったろう――しても2年以上が経過している。その期間は実験してデータをそろえたり、他にも必要な物を多数開発していたはずだ。基地の建設期間とそれら研究開発に必要な期間は、占拠したハイヴを守りきる必要がある。例え政治的な事情を無視できると仮定して、大量のG弾を使って甲19号か甲20号の反応炉を確保しても、守り切るのはそうとうに難しいだろう。

 その場合の最大のリスクとしては、日本列島以外でBETAの東進を止める事になるので、前回の歴史ではシベリア方面に行くはずのBETAまでもが東進してくる可能性がある事だ。日本列島より東は海だから日本にハイヴを作った時点で、オリジナルハイヴからの大侵攻としての東進が止まったとも――あくまで可能性だが――考えられる。東北や北海道ぐらいはBETAにとっては誤差範囲の食い残しに過ぎない。

(考えれば考えるほど、歴史改変のリスクが見えてくる)

 しかし、ほうっておけば日本帝国は、3600万人以上の死者をだし、2500万人以上が避難のために大移動を余儀なくされ、国土の半分以上を不毛の地にされる。



――冥夜と殿下の思いに触れ、日本人としての立脚点を得たオレに、これが見過ごせるのか……。



「無理に決まってるだろうが!!」



続く

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