1992年11月20日 京都 煌武院の屋敷 シミュレーションルーム
さらに四ヶ月以上の月日が流れ、ついに不知火は実戦テストの段階まで漕ぎ着けた。
その後ロールアウトして生産ラインが整えられ、量産機が生産され型番が付くのにまだ数ヶ月は掛るから、この世界で不知火の型番はTYPE93になる。TYPE94だった前の世界と比べて丸々1年短縮できたわけではないが、武の介入によって半年以上は短縮出来た。
実戦テストの段階まで行けば、さすがに武にできる協力はなくなった。とはならずに、武は不知火の基本操縦マニュアルの作成を手伝っていた。XMシリーズについて武以上に理解している人間がいないのだから、その部分の記述を武が担当するのは当然と言えば当然なのだが、基本操縦マニュアルの『基本』という部分が曲者だ。
(従来の動作の効率化は当然としても、概念機動はどこまでが基本に入るかだ)
あくまで基本操縦マニュアルであって、武が直接教えられるわけではないのと、武の機動を簡易に再現するためのコンボ機能が未実装であるXM2が前提なので、あまり奇抜な操縦方法を書いても混乱させるだけで良くない。
(ジャンプキャンセルを含めたジャンプ後の軌道変更や着地直前の軸移動、この辺はいけるかな)
これらの操縦方法は最初のこの世界で、模擬戦のために慧と千鶴に教えた経験があり1―2日で修得してくれた。この時はノーマルOSだった事を考えれば、直接教えた事と二人が優秀だった事を差し引いてもXM2なら基本として修得できる範囲だ。
(起きジャンプ、振り降ろしキャンセルからの射撃、空中二段ジャンプ、ジャンプキャンセルからの反転噴射降下、空中攻撃キャンセルからの逆噴射着地、この辺になると厳しくなってくるのか?)
武なら全てノーマルOSでも可能な機動だが、概念が理解できなければXM2で難易度が下がっていても難しい。ともかく、武はマニュアルを作る立場の真耶と、マニュアルを読む立場の唯依にも相談して記入する操縦方法を絞る事にした。
1992年12月23日 京都 煌武院の屋敷 応接間
不知火の実戦テストは無事に完了し、後は生産ラインと量産機の完成を待つばかりとなったので、不知火の開発計画は終了した。帝国初の純国産機、それも第三世代機とあって開発成功は大々的に報じられ、不知火に箔をつける意味もあってか次期将軍を輩出する煌武院家の協力があった事も宣伝された。
同時にXM2の実戦証明でもあったわけだが、不知火の影に隠れて世間的にはあまり話題になっていない。しかし、その費用対効果の高さは開発関係者に衝撃を与えた。戦況を変えるほどではないにしても、前の世界より衛士の死傷率は確実に下がるだろう。
そんなわけで、今後の行動を決める為に三人は応接間に集まって相談していた。
「武殿は十分な実績を上げましたので、御爺様に斯衛への推挙をお願いしようと思います」
「とても有り難いお話なのですが、やはり衛士訓練学校を卒業していないのは問題では?」
武としては一刻も早く任官して表でも動けるようになりたいが、そのために悠陽に無理をさせる事は避けたい。そこで懸念を表明したところ真耶が内幕を暴露した。
「摂家の方々は訓練校に通われませんので、斯衛軍はその辺の既定が曖昧なのです」
そして悠陽が悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「斯衛の資格は、殿下が認めて下さるかが全てなのです」
「なるほど」
一応納得した武だが内心では、暗黙の了解のような物を破るリスクについて考えていた。そんな武の内心を悟ったのか真耶が補足した。
「不知火の開発に無官の民間人が関った事は公式にはできませんが、今の時期に煌武院家の推挙で異例の任官ともなれば、誰だって大よその事情は察するでしょう」
つまり、武の不知火への関与と功績を公然の秘密にするには、逆に異例な任官の方が異例なだけに推測を呼ぶので好都合と言う事らしい。
「当面はわたくしの近侍と言う事でよろしいでしょうか?」
「はい。宜しくお願いします」
真耶と同じ近侍なら、悠陽の許しがある限り拘束されずに自由に動けるから武にとって理想的な立場だ。その武の返事を聞いて悠陽は内心でほっとした。悠陽としても武が認められて任官するのは自分の事のように嬉しいが、武が部隊配属を望めば離れ離れになると不安だったのだ。
「それで、今後はどのように動かれるおつもりですか?」
「斯衛軍の次期専用機が配備されたのは、前の世界だと2000年なんです。この世界でも大侵攻に間に合う見込みが無いので、斯衛軍への不知火配備を働き掛けたいと思っています。鎧衣さんに調査して貰ったのですが――」
前の世界で、武御雷が京都防衛戦に間に合わなかったのは結果論とは言えない。専用機制度による機種転換の非効率性が顕在化した事例だ。瑞鶴が悪い訳ではないが良く言って1.5世代機である事は確かで、京都が陥落した時に『斯衛軍に第三世代機が有れば』と思った斯衛は多かっただろう。
1993年1月12日 京都 煌武院の屋敷 大広間
この日は、武の斯衛任官が将軍に認められての任官式だが、五摂家の当主は将軍の代理で任官式を行えるので、煌武院家の大広間にて煌武院家党首の雷電が武の任官状を代読する。将軍が直々に任官式を行うのは白以上との事だ。
「上意。白銀武。この者、篤実忠良足ると認め斯衛軍少尉に任ず。日本帝国政威大将軍、九條隆徳」
「はっ、有り難き幸せに存じます。全身全霊を尽くし、この国の為に働く所存です」
武が雷電に平伏し終えたところで、悠陽が近づいて来て黒の斯衛軍服を武に渡した。
「武殿。任官、おめでとうございます」
「御二人の推挙のお陰です。ありがとうございました」
「不知火の開発促進に加え新OSで性能を向上させたのだ。斯衛に任じられるに十分な実績と言えよう」
「は、勿体無い御言葉です」
「それより悠陽によると、わしに折り入って話があるとか」
「はい。次期斯衛軍専用戦術機についてお話があります。まずはこの資料を見てください」
真耶が武から資料を受け取り雷電に渡した。その資料は武が鎧衣に調べて貰ったもので、斯衛軍専用機の開発計画に水面下で干渉した勢力の情報だ。帝国軍上層部と帝国議会の一部が動いた事が伺える。
「この資料は鎧衣が調べた物だな」
「はい」
「お主はこれをどう見る」
「は。性能の為に生産性を犠牲にすれば配備数は削減され。整備性を犠牲にすれば前線から遠ざけられ。帝国を象徴する機体ともなれば傷つける事を許されずに儀杖兵として扱われる。総じて彼等の意図は斯衛軍の縮小化に在ると考えます」
帝国軍と斯衛軍の関係は、現場レベルでは良好と言って良い。黒の斯衛として登用される事は、帝国軍人なら誰しも一度は夢見る憧れだ。しかし、帝国軍上層部にとって斯衛軍の存在は、予算と人材を攫って行く目の上のたんこぶでしかない。
そして、帝国議会の民主主義派(親米派含む)にとっては、個人の専有武力と言う物の存在自体が許容できないのだろう。
それに両者とも将軍を蔑ろにしている自覚があるので、斯衛軍の蜂起を警戒すると同時に恐れてる事も大きい。帝国軍の首都守備部隊が、対戦術機戦闘において優秀な人材を集めているのは、国内に存在する他国軍への備えである事も確かだが、斯衛軍への対抗戦力という側面もある。
もちろん、衛士達は在日米軍を意識して対戦術機訓練を行っているので、実際は斯衛ひいては将軍の動きを牽制する為に自分達が配されていると知れば激怒しそうだ。未来のクーデターに帝都防衛軍の大半が参加していたのは、どこかの誰かがこの事を教えた結果かもしれない。
「しかし、今から開発計画を変更するのは容易ではないぞ」
雷電は渋い顔で唸った。計画段階とは言え金も人も既に動いているのだから、それも当然だろう。
「要求仕様も配備計画も、変更する必要は無いと考えます」
「では、どうする」
「斯衛軍専用機と言う名目を、ハイヴ突入部隊専用機に変更する事を提案します。ハイヴ突入部隊は量より質が肝要なのと、ハイヴ突入部隊専用機を配備する事で、斯衛軍をハイヴ突入部隊と位置付ければ、前線から遠ざけられたとしても決戦には参加できます。またハイヴ突入部隊専用機を開発する事で、帝国に大陸奪還の意思が在ると世界に示せます」
生産性や整備性の悪い機体は、戦略的には使い難いが、反応炉を破壊できるかどうかに全てを賭けるハイヴ突入作戦では、戦略と戦術の重要度が部分的に逆転する。さらに武は、『日本国を象徴する機体』に代わる政治的な意義も提示した。
「斯衛の専用機制度を廃止せよと言う事か」
「はい。専用色のみで十分かと」
「斯衛への不知火配備と、XM3の開発促進も狙いだな」
「ご明察畏れ入ります」
専用機制度が廃止されれば、帝国初の純国産第三世代機を斯衛に配備しない理由はなくなる。そして、斯衛軍の予算でハイヴ突入部隊専用機を開発するならば、ハイヴ内戦闘での有効性が認められるXM3には斯衛からも予算が周る事になる。
「…………元枢府に計ってみよう」
雷電は熟考の末に決断した。
1993年1月25日 京都 煌武院の屋敷 シミュレータールーム
最近のシミュレータールームは、武と左近の密談場所になっている。
「どんな状勢ですか?」
「今回の首謀者達は、専用機開発計画を逆用して斯衛軍の規模縮小に繋げようとしたわけだが、元々は斯衛軍の専用機制度に批判的だった立場だ。元枢府が専用機制度を廃止すると言うのに反対はできんさ。城内省にしても、専用機制度に固執して斯衛軍が縮小されては本末転倒だ」
「名目を、ハイヴ突入部隊専用機へ変更できそうですか?」
「通常この手の事で一番やっかいなのは『決まった事だから変更しない』と言う意見だが、XMシリーズを開発計画に組み込む為の変更は避けられないところに、斯衛軍の専用機制度その物がなくなるのだから計画を存続させる為にはそれしかないだろう。それに香月博士も動いているから問題ない。博士から仕様について君の意見を聞いて来るように言われたが?」
ハイヴ突入部隊専用機の開発は、G弾抜きのハイヴ制圧を目指す第四計画(日本案)と利害が一致する。夕呼が武に希望ではなく意見を聞くと言う事は、この件については貸し借り無しと言う意味だろう。しかし、夕呼が動いていると聞いて成功を確信するのは少し複雑だ。
「意見ですか……。主脚走行の速度を乗り手を選んでも上げるべきと伝えて下さい」
どんなに高性能の跳躍ユニットが有っても、反応炉までの道のりは主脚に頼る時間が最も長い。そして主脚走行は最も揺れが酷く衛士に負担を掛ける機動だ。戦略的には乗り手を選ぶ兵器なんて有り得ないが、ハイヴ突入部隊に関しては、戦術機も衛士も訓練も専門化すべきと武は考えている。
「君の意見にしては平凡だな」
「そう言われても、ハイヴ内は直線が短いので燃料効率の悪い飛行しかできませんからね。航続時間を考えれば浮遊が最も有望で、ローターならば燃料電池の電力で回せるので、支援兵器として小形ヘリに近い形はどうかなと思ったりもします」
「ふむ、一応それも博士に伝えておこう」
「香月博士に無理なら誰にも不可能な案ですよ」
武は大して期待していない風に笑い、左近は何時ものニヤリ笑いを返した。まだ第四計画の責任者に決定していない夕呼では、捻じ込める意見にも限度がある。
「違いない。他に聞きたい事はあるかね」
「軍需産業の方はどうですか?」
「軍別が用途別になるだけで、開発計画の数は減らない上に、どちらも両軍に売れるようになるから歓迎する向きが強い。一部では既に不知火の生産ラインを増設しているぐらいだ」
この動きの速さは、不知火の開発計画に武と言うか、煌武院家を関与させる時点で、不知火を斯衛に売りたいとの思惑もあったのだろう。開発が行き詰まっていたとは言え、外部協力者を受け入れた一因が判明した。もちろん巌谷の後押し無しには有り得なかった事ではある。
「気が早いと言うべきか、頼もしいと言うべきか。不知火の生産ラインってどこに作ってるんですか?」
「主に東海地方だな。元々は航空機生産の中心地で、現在では戦術機生産の中心地になっている。琵琶湖運河が開通すれば物流が向上して今以上に生産と輸送の効率が上がる予定だ」
「なるほど(それでか)」
武はずっと2001年で不知火の配備数が少なすぎる――生産開始から七年以上経ってるのに――事が疑問だった。しかし、巨費を投じて整えられた生産ラインが、BETAの本土侵攻で東海地方ごと壊滅してしまっては数を生産できなかったのも当然だろう。
「あとは現場の斯衛がどう出るかだが、そちらは君に期待するとしよう」
「やはりそうなりますか」
「なるだろう」
1993年2月4日 京都 帝国陸軍技術廠 シミュレーターデッキ
武は雷電に『ついて来い』と命令されて、技術廠のシミュレーターデッキに連れて来られた。もちろん、大凡の事情は察しているので、強化装備は持参している。
そして、武の目の前には予想通り斯衛軍の強化装備を来た衛士が五名。赤が一人に黄色が一人に白が一人に黒が二人いるので、それぞれの色で名うての精鋭――赤は紅蓮だ――なのだろう。
――白銀。不知火にて、この者達を打ち破って見せよ。
続く
【前話 XM2の開発案】 【目次】 【感想掲示板】 【次話 専用機の真実】
さらに四ヶ月以上の月日が流れ、ついに不知火は実戦テストの段階まで漕ぎ着けた。
その後ロールアウトして生産ラインが整えられ、量産機が生産され型番が付くのにまだ数ヶ月は掛るから、この世界で不知火の型番はTYPE93になる。TYPE94だった前の世界と比べて丸々1年短縮できたわけではないが、武の介入によって半年以上は短縮出来た。
実戦テストの段階まで行けば、さすがに武にできる協力はなくなった。とはならずに、武は不知火の基本操縦マニュアルの作成を手伝っていた。XMシリーズについて武以上に理解している人間がいないのだから、その部分の記述を武が担当するのは当然と言えば当然なのだが、基本操縦マニュアルの『基本』という部分が曲者だ。
(従来の動作の効率化は当然としても、概念機動はどこまでが基本に入るかだ)
あくまで基本操縦マニュアルであって、武が直接教えられるわけではないのと、武の機動を簡易に再現するためのコンボ機能が未実装であるXM2が前提なので、あまり奇抜な操縦方法を書いても混乱させるだけで良くない。
(ジャンプキャンセルを含めたジャンプ後の軌道変更や着地直前の軸移動、この辺はいけるかな)
これらの操縦方法は最初のこの世界で、模擬戦のために慧と千鶴に教えた経験があり1―2日で修得してくれた。この時はノーマルOSだった事を考えれば、直接教えた事と二人が優秀だった事を差し引いてもXM2なら基本として修得できる範囲だ。
(起きジャンプ、振り降ろしキャンセルからの射撃、空中二段ジャンプ、ジャンプキャンセルからの反転噴射降下、空中攻撃キャンセルからの逆噴射着地、この辺になると厳しくなってくるのか?)
武なら全てノーマルOSでも可能な機動だが、概念が理解できなければXM2で難易度が下がっていても難しい。ともかく、武はマニュアルを作る立場の真耶と、マニュアルを読む立場の唯依にも相談して記入する操縦方法を絞る事にした。
1992年12月23日 京都 煌武院の屋敷 応接間
不知火の実戦テストは無事に完了し、後は生産ラインと量産機の完成を待つばかりとなったので、不知火の開発計画は終了した。帝国初の純国産機、それも第三世代機とあって開発成功は大々的に報じられ、不知火に箔をつける意味もあってか次期将軍を輩出する煌武院家の協力があった事も宣伝された。
同時にXM2の実戦証明でもあったわけだが、不知火の影に隠れて世間的にはあまり話題になっていない。しかし、その費用対効果の高さは開発関係者に衝撃を与えた。戦況を変えるほどではないにしても、前の世界より衛士の死傷率は確実に下がるだろう。
そんなわけで、今後の行動を決める為に三人は応接間に集まって相談していた。
「武殿は十分な実績を上げましたので、御爺様に斯衛への推挙をお願いしようと思います」
「とても有り難いお話なのですが、やはり衛士訓練学校を卒業していないのは問題では?」
武としては一刻も早く任官して表でも動けるようになりたいが、そのために悠陽に無理をさせる事は避けたい。そこで懸念を表明したところ真耶が内幕を暴露した。
「摂家の方々は訓練校に通われませんので、斯衛軍はその辺の既定が曖昧なのです」
そして悠陽が悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「斯衛の資格は、殿下が認めて下さるかが全てなのです」
「なるほど」
一応納得した武だが内心では、暗黙の了解のような物を破るリスクについて考えていた。そんな武の内心を悟ったのか真耶が補足した。
「不知火の開発に無官の民間人が関った事は公式にはできませんが、今の時期に煌武院家の推挙で異例の任官ともなれば、誰だって大よその事情は察するでしょう」
つまり、武の不知火への関与と功績を公然の秘密にするには、逆に異例な任官の方が異例なだけに推測を呼ぶので好都合と言う事らしい。
「当面はわたくしの近侍と言う事でよろしいでしょうか?」
「はい。宜しくお願いします」
真耶と同じ近侍なら、悠陽の許しがある限り拘束されずに自由に動けるから武にとって理想的な立場だ。その武の返事を聞いて悠陽は内心でほっとした。悠陽としても武が認められて任官するのは自分の事のように嬉しいが、武が部隊配属を望めば離れ離れになると不安だったのだ。
「それで、今後はどのように動かれるおつもりですか?」
「斯衛軍の次期専用機が配備されたのは、前の世界だと2000年なんです。この世界でも大侵攻に間に合う見込みが無いので、斯衛軍への不知火配備を働き掛けたいと思っています。鎧衣さんに調査して貰ったのですが――」
前の世界で、武御雷が京都防衛戦に間に合わなかったのは結果論とは言えない。専用機制度による機種転換の非効率性が顕在化した事例だ。瑞鶴が悪い訳ではないが良く言って1.5世代機である事は確かで、京都が陥落した時に『斯衛軍に第三世代機が有れば』と思った斯衛は多かっただろう。
1993年1月12日 京都 煌武院の屋敷 大広間
この日は、武の斯衛任官が将軍に認められての任官式だが、五摂家の当主は将軍の代理で任官式を行えるので、煌武院家の大広間にて煌武院家党首の雷電が武の任官状を代読する。将軍が直々に任官式を行うのは白以上との事だ。
「上意。白銀武。この者、篤実忠良足ると認め斯衛軍少尉に任ず。日本帝国政威大将軍、九條隆徳」
「はっ、有り難き幸せに存じます。全身全霊を尽くし、この国の為に働く所存です」
武が雷電に平伏し終えたところで、悠陽が近づいて来て黒の斯衛軍服を武に渡した。
「武殿。任官、おめでとうございます」
「御二人の推挙のお陰です。ありがとうございました」
「不知火の開発促進に加え新OSで性能を向上させたのだ。斯衛に任じられるに十分な実績と言えよう」
「は、勿体無い御言葉です」
「それより悠陽によると、わしに折り入って話があるとか」
「はい。次期斯衛軍専用戦術機についてお話があります。まずはこの資料を見てください」
真耶が武から資料を受け取り雷電に渡した。その資料は武が鎧衣に調べて貰ったもので、斯衛軍専用機の開発計画に水面下で干渉した勢力の情報だ。帝国軍上層部と帝国議会の一部が動いた事が伺える。
「この資料は鎧衣が調べた物だな」
「はい」
「お主はこれをどう見る」
「は。性能の為に生産性を犠牲にすれば配備数は削減され。整備性を犠牲にすれば前線から遠ざけられ。帝国を象徴する機体ともなれば傷つける事を許されずに儀杖兵として扱われる。総じて彼等の意図は斯衛軍の縮小化に在ると考えます」
帝国軍と斯衛軍の関係は、現場レベルでは良好と言って良い。黒の斯衛として登用される事は、帝国軍人なら誰しも一度は夢見る憧れだ。しかし、帝国軍上層部にとって斯衛軍の存在は、予算と人材を攫って行く目の上のたんこぶでしかない。
そして、帝国議会の民主主義派(親米派含む)にとっては、個人の専有武力と言う物の存在自体が許容できないのだろう。
それに両者とも将軍を蔑ろにしている自覚があるので、斯衛軍の蜂起を警戒すると同時に恐れてる事も大きい。帝国軍の首都守備部隊が、対戦術機戦闘において優秀な人材を集めているのは、国内に存在する他国軍への備えである事も確かだが、斯衛軍への対抗戦力という側面もある。
もちろん、衛士達は在日米軍を意識して対戦術機訓練を行っているので、実際は斯衛ひいては将軍の動きを牽制する為に自分達が配されていると知れば激怒しそうだ。未来のクーデターに帝都防衛軍の大半が参加していたのは、どこかの誰かがこの事を教えた結果かもしれない。
「しかし、今から開発計画を変更するのは容易ではないぞ」
雷電は渋い顔で唸った。計画段階とは言え金も人も既に動いているのだから、それも当然だろう。
「要求仕様も配備計画も、変更する必要は無いと考えます」
「では、どうする」
「斯衛軍専用機と言う名目を、ハイヴ突入部隊専用機に変更する事を提案します。ハイヴ突入部隊は量より質が肝要なのと、ハイヴ突入部隊専用機を配備する事で、斯衛軍をハイヴ突入部隊と位置付ければ、前線から遠ざけられたとしても決戦には参加できます。またハイヴ突入部隊専用機を開発する事で、帝国に大陸奪還の意思が在ると世界に示せます」
生産性や整備性の悪い機体は、戦略的には使い難いが、反応炉を破壊できるかどうかに全てを賭けるハイヴ突入作戦では、戦略と戦術の重要度が部分的に逆転する。さらに武は、『日本国を象徴する機体』に代わる政治的な意義も提示した。
「斯衛の専用機制度を廃止せよと言う事か」
「はい。専用色のみで十分かと」
「斯衛への不知火配備と、XM3の開発促進も狙いだな」
「ご明察畏れ入ります」
専用機制度が廃止されれば、帝国初の純国産第三世代機を斯衛に配備しない理由はなくなる。そして、斯衛軍の予算でハイヴ突入部隊専用機を開発するならば、ハイヴ内戦闘での有効性が認められるXM3には斯衛からも予算が周る事になる。
「…………元枢府に計ってみよう」
雷電は熟考の末に決断した。
1993年1月25日 京都 煌武院の屋敷 シミュレータールーム
最近のシミュレータールームは、武と左近の密談場所になっている。
「どんな状勢ですか?」
「今回の首謀者達は、専用機開発計画を逆用して斯衛軍の規模縮小に繋げようとしたわけだが、元々は斯衛軍の専用機制度に批判的だった立場だ。元枢府が専用機制度を廃止すると言うのに反対はできんさ。城内省にしても、専用機制度に固執して斯衛軍が縮小されては本末転倒だ」
「名目を、ハイヴ突入部隊専用機へ変更できそうですか?」
「通常この手の事で一番やっかいなのは『決まった事だから変更しない』と言う意見だが、XMシリーズを開発計画に組み込む為の変更は避けられないところに、斯衛軍の専用機制度その物がなくなるのだから計画を存続させる為にはそれしかないだろう。それに香月博士も動いているから問題ない。博士から仕様について君の意見を聞いて来るように言われたが?」
ハイヴ突入部隊専用機の開発は、G弾抜きのハイヴ制圧を目指す第四計画(日本案)と利害が一致する。夕呼が武に希望ではなく意見を聞くと言う事は、この件については貸し借り無しと言う意味だろう。しかし、夕呼が動いていると聞いて成功を確信するのは少し複雑だ。
「意見ですか……。主脚走行の速度を乗り手を選んでも上げるべきと伝えて下さい」
どんなに高性能の跳躍ユニットが有っても、反応炉までの道のりは主脚に頼る時間が最も長い。そして主脚走行は最も揺れが酷く衛士に負担を掛ける機動だ。戦略的には乗り手を選ぶ兵器なんて有り得ないが、ハイヴ突入部隊に関しては、戦術機も衛士も訓練も専門化すべきと武は考えている。
「君の意見にしては平凡だな」
「そう言われても、ハイヴ内は直線が短いので燃料効率の悪い飛行しかできませんからね。航続時間を考えれば浮遊が最も有望で、ローターならば燃料電池の電力で回せるので、支援兵器として小形ヘリに近い形はどうかなと思ったりもします」
「ふむ、一応それも博士に伝えておこう」
「香月博士に無理なら誰にも不可能な案ですよ」
武は大して期待していない風に笑い、左近は何時ものニヤリ笑いを返した。まだ第四計画の責任者に決定していない夕呼では、捻じ込める意見にも限度がある。
「違いない。他に聞きたい事はあるかね」
「軍需産業の方はどうですか?」
「軍別が用途別になるだけで、開発計画の数は減らない上に、どちらも両軍に売れるようになるから歓迎する向きが強い。一部では既に不知火の生産ラインを増設しているぐらいだ」
この動きの速さは、不知火の開発計画に武と言うか、煌武院家を関与させる時点で、不知火を斯衛に売りたいとの思惑もあったのだろう。開発が行き詰まっていたとは言え、外部協力者を受け入れた一因が判明した。もちろん巌谷の後押し無しには有り得なかった事ではある。
「気が早いと言うべきか、頼もしいと言うべきか。不知火の生産ラインってどこに作ってるんですか?」
「主に東海地方だな。元々は航空機生産の中心地で、現在では戦術機生産の中心地になっている。琵琶湖運河が開通すれば物流が向上して今以上に生産と輸送の効率が上がる予定だ」
「なるほど(それでか)」
武はずっと2001年で不知火の配備数が少なすぎる――生産開始から七年以上経ってるのに――事が疑問だった。しかし、巨費を投じて整えられた生産ラインが、BETAの本土侵攻で東海地方ごと壊滅してしまっては数を生産できなかったのも当然だろう。
「あとは現場の斯衛がどう出るかだが、そちらは君に期待するとしよう」
「やはりそうなりますか」
「なるだろう」
1993年2月4日 京都 帝国陸軍技術廠 シミュレーターデッキ
武は雷電に『ついて来い』と命令されて、技術廠のシミュレーターデッキに連れて来られた。もちろん、大凡の事情は察しているので、強化装備は持参している。
そして、武の目の前には予想通り斯衛軍の強化装備を来た衛士が五名。赤が一人に黄色が一人に白が一人に黒が二人いるので、それぞれの色で名うての精鋭――赤は紅蓮だ――なのだろう。
――白銀。不知火にて、この者達を打ち破って見せよ。
続く
【前話 XM2の開発案】 【目次】 【感想掲示板】 【次話 専用機の真実】
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