>>ヒスイ:side<<
彼への好意が募る程に心に重く圧し掛かってくるのは、私が当初は彼を篭絡しようとしていたという厳然たる事実だ。その事を思い悩んでいた為に彼の部屋で無様を晒してしまった。
しかし、それが切っ掛けで話を切り出せたのは幸いだった。彼の実家の話は世界からして違う事もあり大よそしか理解できなかったが、ともかく謝罪を受け入れて貰えたのは救われた気持ちだ。
そして彼は私の方針転換を賞賛までしてくれた。元々気が進まない方針だったので素早く転換できたと考えるのは自己弁護が過ぎる。というものだろうか……。
異世界の技術について話を聞いた時は正に目から鱗が落ちた気がした。制約の隙間を突いて術者より強力な存在を召喚するのが二重召喚。その際に並行世界を利用するが為に異世界召喚である必用が有る。
私の思考はそこで止まっていて彼の故郷への関心が欠けていた。いや、あえて考えないようにしていたのかも……知れない。
ともかく有意な技術が有るのなら直にも内政に活かしたい。僅かに逡巡したが意を決して賢者を呼び寄せて彼と話をして貰う事にした。なぜ逡巡したかと言えばこの賢者こそが彼の確保を考える上で最重要警戒人物だからだ。
基本的に彼は私が誠実に対応している限り出て行かないと思われる。それには様々な要因が有るが異世界で右も左も分からないと言う理由は大きい。しかし、賢者が彼の出奔を手助けするとなれば話は全く変わって来る。
賢者は五ヶ国全てに滞在経験を持ちこの世界で最も世慣れしている人物の一人だ。四ヶ国から追放処分の期間中である事等はいざとなったら気にもしないだろう。賢者には異世界人である彼への興味と手助けする動機も有る。
それでも賢者と会わせる事にしたのは、賢者の方から彼に接触する可能性も有るので私の側の人間と思わせる形で会わせて置く方が賢明だと判断したからだ。それに彼との信頼関係は十分に築けている。今更割って入られる事はない。
これは感情混じりの判断かもしれないが、彼との関係は感情的な繋がりこそが重要なのだから一応は合理的である筈だ。しかし、この考え方は歯止めが利かないので危険かもしれない。彼に対しては感情を素直に表すしかないので、どうしたものか……。
彼と賢者の話し合いで異世界の技術を一つ再現できる見込みが生れた。事前に彼が駄目で元々だと必死に強調していた事を考えれば十分な成果だろう。それは製鉄や暖房に有用かも知れない物らしい。
彼の口振りは我が国の冬の寒さを気にしていてくれているようで素直に嬉しい。しかし、それと同時にどうしても考えてしまう。今年の冬は戦の季節で内政の成果は間に合わない……と。
もちろん戦後を考えれば軽視して良い訳もなく有意義である事は間違いない。そう気を取り直して彼と賢者の会談中に考えていた事を彼に提案して見た。話には農業に関する物が多かったので農具についても意見が欲しかったのだ。彼は提案を快諾してくれて鍬の改良案と千歯と言う物の製作案を示してくれた。
その過程で少し。いや、かなり。不穏当な発言が聞こえた気もするが恐らくは、いや、きっと、絶対に! ただ俗称を言っただけで有って欲しい。彼が、そういう趣向を持っているとしたら、いろいろな意味で、その、困る。私では状況的に後家という要望には応えられない……。
それはそれとして、その過程で彼の祖国の料理について聞けたのは幸運だった。ニゲラ人との共通点には気がついていたと言うのに迂闊だったとしか言い様がない。万が一にも郷土料理が恋しいからとニゲラに行かれてしまっては虚しすぎる。食事は絶対に侮れないので早急に材料と料理人を手配する事にしよう。
しかし『手料理作戦Ⅱ』のハードルが上がってしまった気がする……。いや、焦るのは良くない。練習時間も限られているのだからまずはローレル料理だ。ニゲラ料理についてはリタに修得して貰って置き後でノウハウを教わろう。
その後は彼に王立工房に付いて来て貰い。試作品を完成させたのだが、そこでの彼の振る舞いにも驚かされた。彼は職人達への説明を私に任せて自分は助言程度にしか口を出さずに、基本的な理屈が伝わったら後は職人に任せるべきだと提案して来た。
この世界の基礎技術力を知らない彼には根幹の理屈以外は手に余るとの事だ。最もではあるが普通は発案者としていろいろと口を挟みたくなる物ではないだろうか? 相変わらず自己顕示欲のような物とは無縁の様子が、とても眩しく感じられる。
新技術の先進性と有用性を十分に理解した職人達は、その実用化への改良を一任された事で職人としての誇りを大いに刺激されたらしく、不眠不休に近い状態で打ち込んでいるようだ。王立工房の職人達は王家に仕える事に誇りを持つので王族が視察に行けば士気は上がる。が、彼の態度はそういう一過性の効果以上のものを齎したような気がする。
そして夕食後に聞いた『後家殺し』の逸話と、その対処法についても関心させられた。彼の人柄は私にとって好ましいだけでなく、この国にとっても好ましいのかも知れない。もちろん為政者として見れば隙や穴は多いのだけれど、そちらは私が対処すれば……。
って違う!……また変な方向に突っ走ってしまった。最近は新婚生活同然の事をしているので、思考がそちら方面に飛躍し易いようだ。
翌朝、彼が気まずそうにして目を合わせてくれなかったので、もしや城を出て行く決心をしたのかと慌てたが、直に杞憂だと判り安心した。
しかし、彼が即位祝いにと提案してくれたモノは本当に信じられないモノだった。今までも凄まじい魔力と数々のアーティファクトを所持している事は知っていたが、神話級の事象すら再現可能だとは……本当に能力だけを見ても底が知れない人だ。
ただ畏怖を感じもしたが今の私にとって何が重要なのかを真剣に考えてくれた事も伝わって来たので、胸がぽかぽか暖かくなって嬉しい感情が胸から溢れそうになって来ている。
これが好きな人からの贈り物は特別……って事なのだろうか?
そんな精神状態から膝枕に移行したので浮かれすぎてしまい。また彼に恥かしいところを見せてしまった。
その後も彼の頭を撫でたり髪の毛を弄りながら話を続けた理由は、歴史が負の感情を呼び覚ます物なので、彼の穏やかさに肖ろうとしたからだ。声色に恨み辛みが入り込まないように、彼の暖かさに意識を集中しながら語る。
私の注意は彼の髪の毛に向いていたのだけれど、幾度となく分析したこの大陸の歴史を伝え間違える事はなかった……。
午前の膝枕は私が穏やかな気持ちになる為の物だったので、午後は彼に穏やかな気持ちになって欲しくて再度の膝枕を提案した。できれば安らかに眠って欲しいと思うのは欲張りだろうか?
意思疎通の指輪を外して貰ったのは直接の歌声を届けたい気持ちからだけれど、実は歌詞が恥かしかった事も大きな理由の一つだ。素敵な愛の歌なのだけれど直接的な表現も含まれているから……。幸い彼は直に眠ってくれたので該当部分も安心して歌えた。少し残念かも。
夕日が差し込む時間になったので、彼の寝顔は名残惜しいが起こす事にした。寝ぼけている時に自分の名前を呼んでくれた事が殊のほか嬉しい。
その後は少し寂しい気持ちで彼が起き上がろうとするのを見守っていたのだが、突然に彼の右手が私の胸に伸びてき、掴まれる寸前で彼の左手に止められていた。驚きはしたけれど状況を理解した後はむしろ安心した。
彼が性的な要求をして来ないのは、その誠実さ故だと分かってはいても、自分に魅力が足りないからではないか、甘え過ぎて妹のように見られていないか。と、埒もない事が気になっていたりもしたので嬉しくさえある。
それどころか触ってくれない事に物足りなさを感じてしまった。彼の寝顔を見ていたお陰で胸には幸せが一杯に詰まっている。この状態で彼に胸を揉まれれば絶対にもっと幸せな気持ちになれると確信した。しかしそんな恥かしい事を言える訳もないので、お返しという事にした。
頑張って自分の右手を掴み止めている彼の左手に申し訳なく思いながらも、彼の右手を両手で包み込み自分の胸に抱き締めるように押し付ける。そして羞恥に耐えながら言い訳を口にした。
その言葉で彼の箍が外れたのか右手で胸を鷲掴みにされ乱暴に揉みしだかれた。他人にはもちろん自分でも碌に揉んだ経験がないせいか正直……強く揉まれると痛い。それでも彼もこういう事に慣れていないのだろうと思うと微笑ましく感じられる。優しくされたい……慣れた手つきは嫌かも……強く求められている。と、複雑な気持ちだ。
その時間は私が乳首を刺激された時に叫んでしまった事で終わりを告げた。そして彼との間に流れる穏やかな空気が気まずいものに変わるのは絶対に嫌だとの思いから、我に返って慌てている彼に「お返し」だと強調して気にし過ぎないで欲しい事を伝える。それに対する彼の返答は…………私を十分に満足させる物だった。
そのあと城内に戻る為に立ち上がったのだがふらついてしまう。脚の疲労も有ったが何故か全身から力が抜けていて上手く体を制御できなかった。彼が肩を支えてくれたので有り難く寄り掛からせて貰う事にする。
食堂に向かう途中にある彼の自室の前を通る時、彼から迷っている気配が漂って来た。受け入れる覚悟が有る事は示しているし感情的にも両想いだと思っているのだけれど、彼には彼の考えが有るようなので、それを尊重して導かれるままに食堂へ向かう事にする。この場所で脚でも挫けば間違いなく事は成就するだろうと思わないでもないが……。
彼が思い切れないのは間近に迫った戦争の事があるからだろう。共に生きるのなら避けては通れない問題であり、そのような考え方は好ましく思う。しかし意思を無視して召喚された彼には、もっと自由に振舞う権利も……力も有る。
憤りに任せて私を犯すなり、口約束だけして抱いてから考えても良い筈だ。クリスとリタにも体を求められたら応じるように命じてもある。彼が快適に過ごせるようにと考えた事で彼も十分に承知しているようなのだが、彼の誠実さ故に逆に我慢を強いる形になってしまい申し訳ない気持ちだ。
コークスの試作品が完成したとの連絡が有ったので彼を誘って賢者の工房へ出向く。彼は揺れない馬車を気に入ってくれたようなので戴冠式仕様の馬車に感謝だ。普段から使うにはマジックアイテムのチャージに必要とする魔力量が多すぎる。
そしてコークスの試作品だが、賢者が製鉄に使えると言うほどの物とは驚いた。そこまでは期待していなかったので逆に残念だが民情的に難しい事を彼に説明する。彼も暖房用に使えるのなら満足のようで直に納得してくれたので助かった。
用途が民生用に限られたとしても量産と輸出の体制が整えば十分な利益が見込めるので、ローレルに新たな産業を齎してくれたかもしれない彼には自然と頭が下がる。しかし礼をされると彼は複雑な顔になる。何か行き違いがあるのだろうか?
その後は賢者が彼に魔法陣の説明をしているのを横目に見ながら、コークスの量産体制構築に必用な費用の計算をしていた。製鉄ほどの設備は必要としないにしても、規模が大きいほど効率的なのは確かなので、なるべく大規模にしたい……が、予算にも限りがある。
極秘予算の一部、私の装飾品購入や遊興費として処理していたので、事情を知らない家臣の抵抗が最近は激しくなって来ている。王族の浪費を止めない方が問題なので諫言を恐れぬ忠誠は有り難いと思うが……。
そんな事を考えている時に魔晶石補充の話が出たので、つい官僚的な答弁をしてしまった。騎士団魔法の改良は極秘予算で行っている事なので、予算の正当化を考えると頭が痛い。予算がないわけではない、そんな計算ミスはしていない。が、引き出すのが難しくなって来た。
そうこうしていると、そんな悩みを見透かしたように彼が魔晶石の提供を申し出てくれた。彼の態度が遠慮がちと言うよりは悪い事でもしているかのようだったのが気になるが、提供理由もこちらの立場を慮ってくれたもので、とても有り難いので素直に感謝する。彼には頭を下げるより仮面越しであったしても笑顔を見せた方が喜ばれるようだ。
帰りの馬車の中で先程から気になっていた礼について話を聞く事にした。聞きやすい話ではないが、誤解を放置して取り返しの付かない自体にはしたくない。
そして彼の口から聞かされた違和感の理由には驚くと同時に悲しくなってしまった。彼の口振りでは、まるで『別人が召喚された方が、私の為だった』かのように聞こえる。
王女としてはもちろん、私個人にとって彼が召喚された事がどれ程の奇跡かっ! 今となっては別人が召喚されていた時の事なんて、考えたくもないっ!
彼にそう思わせてしまったのは私の行動が原因なのだろうけれど、せめて私の気持ちだけでも信じて欲しくて必死で言葉を紡ぐ……。
彼は『絶対』と断言してくれた。彼があまり使わない種類の言葉だ。その言葉が嬉しくて涙を流す彼の手を握りその暖かさを噛み締めていた。
【前話 騎士団魔法】 【目次】 【感想掲示板】 【次話 敏道の決心】
彼への好意が募る程に心に重く圧し掛かってくるのは、私が当初は彼を篭絡しようとしていたという厳然たる事実だ。その事を思い悩んでいた為に彼の部屋で無様を晒してしまった。
しかし、それが切っ掛けで話を切り出せたのは幸いだった。彼の実家の話は世界からして違う事もあり大よそしか理解できなかったが、ともかく謝罪を受け入れて貰えたのは救われた気持ちだ。
そして彼は私の方針転換を賞賛までしてくれた。元々気が進まない方針だったので素早く転換できたと考えるのは自己弁護が過ぎる。というものだろうか……。
異世界の技術について話を聞いた時は正に目から鱗が落ちた気がした。制約の隙間を突いて術者より強力な存在を召喚するのが二重召喚。その際に並行世界を利用するが為に異世界召喚である必用が有る。
私の思考はそこで止まっていて彼の故郷への関心が欠けていた。いや、あえて考えないようにしていたのかも……知れない。
ともかく有意な技術が有るのなら直にも内政に活かしたい。僅かに逡巡したが意を決して賢者を呼び寄せて彼と話をして貰う事にした。なぜ逡巡したかと言えばこの賢者こそが彼の確保を考える上で最重要警戒人物だからだ。
基本的に彼は私が誠実に対応している限り出て行かないと思われる。それには様々な要因が有るが異世界で右も左も分からないと言う理由は大きい。しかし、賢者が彼の出奔を手助けするとなれば話は全く変わって来る。
賢者は五ヶ国全てに滞在経験を持ちこの世界で最も世慣れしている人物の一人だ。四ヶ国から追放処分の期間中である事等はいざとなったら気にもしないだろう。賢者には異世界人である彼への興味と手助けする動機も有る。
それでも賢者と会わせる事にしたのは、賢者の方から彼に接触する可能性も有るので私の側の人間と思わせる形で会わせて置く方が賢明だと判断したからだ。それに彼との信頼関係は十分に築けている。今更割って入られる事はない。
これは感情混じりの判断かもしれないが、彼との関係は感情的な繋がりこそが重要なのだから一応は合理的である筈だ。しかし、この考え方は歯止めが利かないので危険かもしれない。彼に対しては感情を素直に表すしかないので、どうしたものか……。
彼と賢者の話し合いで異世界の技術を一つ再現できる見込みが生れた。事前に彼が駄目で元々だと必死に強調していた事を考えれば十分な成果だろう。それは製鉄や暖房に有用かも知れない物らしい。
彼の口振りは我が国の冬の寒さを気にしていてくれているようで素直に嬉しい。しかし、それと同時にどうしても考えてしまう。今年の冬は戦の季節で内政の成果は間に合わない……と。
もちろん戦後を考えれば軽視して良い訳もなく有意義である事は間違いない。そう気を取り直して彼と賢者の会談中に考えていた事を彼に提案して見た。話には農業に関する物が多かったので農具についても意見が欲しかったのだ。彼は提案を快諾してくれて鍬の改良案と千歯と言う物の製作案を示してくれた。
その過程で少し。いや、かなり。不穏当な発言が聞こえた気もするが恐らくは、いや、きっと、絶対に! ただ俗称を言っただけで有って欲しい。彼が、そういう趣向を持っているとしたら、いろいろな意味で、その、困る。私では状況的に後家という要望には応えられない……。
それはそれとして、その過程で彼の祖国の料理について聞けたのは幸運だった。ニゲラ人との共通点には気がついていたと言うのに迂闊だったとしか言い様がない。万が一にも郷土料理が恋しいからとニゲラに行かれてしまっては虚しすぎる。食事は絶対に侮れないので早急に材料と料理人を手配する事にしよう。
しかし『手料理作戦Ⅱ』のハードルが上がってしまった気がする……。いや、焦るのは良くない。練習時間も限られているのだからまずはローレル料理だ。ニゲラ料理についてはリタに修得して貰って置き後でノウハウを教わろう。
その後は彼に王立工房に付いて来て貰い。試作品を完成させたのだが、そこでの彼の振る舞いにも驚かされた。彼は職人達への説明を私に任せて自分は助言程度にしか口を出さずに、基本的な理屈が伝わったら後は職人に任せるべきだと提案して来た。
この世界の基礎技術力を知らない彼には根幹の理屈以外は手に余るとの事だ。最もではあるが普通は発案者としていろいろと口を挟みたくなる物ではないだろうか? 相変わらず自己顕示欲のような物とは無縁の様子が、とても眩しく感じられる。
新技術の先進性と有用性を十分に理解した職人達は、その実用化への改良を一任された事で職人としての誇りを大いに刺激されたらしく、不眠不休に近い状態で打ち込んでいるようだ。王立工房の職人達は王家に仕える事に誇りを持つので王族が視察に行けば士気は上がる。が、彼の態度はそういう一過性の効果以上のものを齎したような気がする。
そして夕食後に聞いた『後家殺し』の逸話と、その対処法についても関心させられた。彼の人柄は私にとって好ましいだけでなく、この国にとっても好ましいのかも知れない。もちろん為政者として見れば隙や穴は多いのだけれど、そちらは私が対処すれば……。
って違う!……また変な方向に突っ走ってしまった。最近は新婚生活同然の事をしているので、思考がそちら方面に飛躍し易いようだ。
翌朝、彼が気まずそうにして目を合わせてくれなかったので、もしや城を出て行く決心をしたのかと慌てたが、直に杞憂だと判り安心した。
しかし、彼が即位祝いにと提案してくれたモノは本当に信じられないモノだった。今までも凄まじい魔力と数々のアーティファクトを所持している事は知っていたが、神話級の事象すら再現可能だとは……本当に能力だけを見ても底が知れない人だ。
ただ畏怖を感じもしたが今の私にとって何が重要なのかを真剣に考えてくれた事も伝わって来たので、胸がぽかぽか暖かくなって嬉しい感情が胸から溢れそうになって来ている。
これが好きな人からの贈り物は特別……って事なのだろうか?
そんな精神状態から膝枕に移行したので浮かれすぎてしまい。また彼に恥かしいところを見せてしまった。
その後も彼の頭を撫でたり髪の毛を弄りながら話を続けた理由は、歴史が負の感情を呼び覚ます物なので、彼の穏やかさに肖ろうとしたからだ。声色に恨み辛みが入り込まないように、彼の暖かさに意識を集中しながら語る。
私の注意は彼の髪の毛に向いていたのだけれど、幾度となく分析したこの大陸の歴史を伝え間違える事はなかった……。
午前の膝枕は私が穏やかな気持ちになる為の物だったので、午後は彼に穏やかな気持ちになって欲しくて再度の膝枕を提案した。できれば安らかに眠って欲しいと思うのは欲張りだろうか?
意思疎通の指輪を外して貰ったのは直接の歌声を届けたい気持ちからだけれど、実は歌詞が恥かしかった事も大きな理由の一つだ。素敵な愛の歌なのだけれど直接的な表現も含まれているから……。幸い彼は直に眠ってくれたので該当部分も安心して歌えた。少し残念かも。
夕日が差し込む時間になったので、彼の寝顔は名残惜しいが起こす事にした。寝ぼけている時に自分の名前を呼んでくれた事が殊のほか嬉しい。
その後は少し寂しい気持ちで彼が起き上がろうとするのを見守っていたのだが、突然に彼の右手が私の胸に伸びてき、掴まれる寸前で彼の左手に止められていた。驚きはしたけれど状況を理解した後はむしろ安心した。
彼が性的な要求をして来ないのは、その誠実さ故だと分かってはいても、自分に魅力が足りないからではないか、甘え過ぎて妹のように見られていないか。と、埒もない事が気になっていたりもしたので嬉しくさえある。
それどころか触ってくれない事に物足りなさを感じてしまった。彼の寝顔を見ていたお陰で胸には幸せが一杯に詰まっている。この状態で彼に胸を揉まれれば絶対にもっと幸せな気持ちになれると確信した。しかしそんな恥かしい事を言える訳もないので、お返しという事にした。
頑張って自分の右手を掴み止めている彼の左手に申し訳なく思いながらも、彼の右手を両手で包み込み自分の胸に抱き締めるように押し付ける。そして羞恥に耐えながら言い訳を口にした。
その言葉で彼の箍が外れたのか右手で胸を鷲掴みにされ乱暴に揉みしだかれた。他人にはもちろん自分でも碌に揉んだ経験がないせいか正直……強く揉まれると痛い。それでも彼もこういう事に慣れていないのだろうと思うと微笑ましく感じられる。優しくされたい……慣れた手つきは嫌かも……強く求められている。と、複雑な気持ちだ。
その時間は私が乳首を刺激された時に叫んでしまった事で終わりを告げた。そして彼との間に流れる穏やかな空気が気まずいものに変わるのは絶対に嫌だとの思いから、我に返って慌てている彼に「お返し」だと強調して気にし過ぎないで欲しい事を伝える。それに対する彼の返答は…………私を十分に満足させる物だった。
そのあと城内に戻る為に立ち上がったのだがふらついてしまう。脚の疲労も有ったが何故か全身から力が抜けていて上手く体を制御できなかった。彼が肩を支えてくれたので有り難く寄り掛からせて貰う事にする。
食堂に向かう途中にある彼の自室の前を通る時、彼から迷っている気配が漂って来た。受け入れる覚悟が有る事は示しているし感情的にも両想いだと思っているのだけれど、彼には彼の考えが有るようなので、それを尊重して導かれるままに食堂へ向かう事にする。この場所で脚でも挫けば間違いなく事は成就するだろうと思わないでもないが……。
彼が思い切れないのは間近に迫った戦争の事があるからだろう。共に生きるのなら避けては通れない問題であり、そのような考え方は好ましく思う。しかし意思を無視して召喚された彼には、もっと自由に振舞う権利も……力も有る。
憤りに任せて私を犯すなり、口約束だけして抱いてから考えても良い筈だ。クリスとリタにも体を求められたら応じるように命じてもある。彼が快適に過ごせるようにと考えた事で彼も十分に承知しているようなのだが、彼の誠実さ故に逆に我慢を強いる形になってしまい申し訳ない気持ちだ。
コークスの試作品が完成したとの連絡が有ったので彼を誘って賢者の工房へ出向く。彼は揺れない馬車を気に入ってくれたようなので戴冠式仕様の馬車に感謝だ。普段から使うにはマジックアイテムのチャージに必要とする魔力量が多すぎる。
そしてコークスの試作品だが、賢者が製鉄に使えると言うほどの物とは驚いた。そこまでは期待していなかったので逆に残念だが民情的に難しい事を彼に説明する。彼も暖房用に使えるのなら満足のようで直に納得してくれたので助かった。
用途が民生用に限られたとしても量産と輸出の体制が整えば十分な利益が見込めるので、ローレルに新たな産業を齎してくれたかもしれない彼には自然と頭が下がる。しかし礼をされると彼は複雑な顔になる。何か行き違いがあるのだろうか?
その後は賢者が彼に魔法陣の説明をしているのを横目に見ながら、コークスの量産体制構築に必用な費用の計算をしていた。製鉄ほどの設備は必要としないにしても、規模が大きいほど効率的なのは確かなので、なるべく大規模にしたい……が、予算にも限りがある。
極秘予算の一部、私の装飾品購入や遊興費として処理していたので、事情を知らない家臣の抵抗が最近は激しくなって来ている。王族の浪費を止めない方が問題なので諫言を恐れぬ忠誠は有り難いと思うが……。
そんな事を考えている時に魔晶石補充の話が出たので、つい官僚的な答弁をしてしまった。騎士団魔法の改良は極秘予算で行っている事なので、予算の正当化を考えると頭が痛い。予算がないわけではない、そんな計算ミスはしていない。が、引き出すのが難しくなって来た。
そうこうしていると、そんな悩みを見透かしたように彼が魔晶石の提供を申し出てくれた。彼の態度が遠慮がちと言うよりは悪い事でもしているかのようだったのが気になるが、提供理由もこちらの立場を慮ってくれたもので、とても有り難いので素直に感謝する。彼には頭を下げるより仮面越しであったしても笑顔を見せた方が喜ばれるようだ。
帰りの馬車の中で先程から気になっていた礼について話を聞く事にした。聞きやすい話ではないが、誤解を放置して取り返しの付かない自体にはしたくない。
そして彼の口から聞かされた違和感の理由には驚くと同時に悲しくなってしまった。彼の口振りでは、まるで『別人が召喚された方が、私の為だった』かのように聞こえる。
王女としてはもちろん、私個人にとって彼が召喚された事がどれ程の奇跡かっ! 今となっては別人が召喚されていた時の事なんて、考えたくもないっ!
彼にそう思わせてしまったのは私の行動が原因なのだろうけれど、せめて私の気持ちだけでも信じて欲しくて必死で言葉を紡ぐ……。
彼は『絶対』と断言してくれた。彼があまり使わない種類の言葉だ。その言葉が嬉しくて涙を流す彼の手を握りその暖かさを噛み締めていた。
続く
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