桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

82番札所まで

2013-10-17 | Weblog






80番札所は、確か3つ目の「国分寺」だ。
涼しい風を受けながら気持ち良く歩き、それからは、また山道だ。
登りは大変だが、視界が開けた場所に来ると、登りの大変さなど、忘れてしまう。
81番と82番は、山を巡って歩く感じで、登っては下り、下っては登り。まるで人生みたいだ、なんて思いながら、奥西さん頑張れ!と念じながら歩いた。

貸し切り宿から

2013-10-17 | Weblog


昨夜のビジネスホテルは、全く音がしなかったので、俺の貸し切りみたいだった。
朝、8時前に出て79番天皇寺へ。
天皇寺の傍には、湧水の心太が有名らしいが、着いたのが9時では食べられず、残念。
79枚は「高照院」は、天皇の後継争いに破れた崇徳院が流され、反省した地らしいが、その反省を受け入れられずに亡くなった崇徳院は呪いながら死んだそうで、その崇徳院の霊を慰めるために白峰院を造り、寺を天皇寺としたらしい。
神社と寺が一体になったのが79番札所だった。

怒りと虚しさ

2013-10-17 | Weblog
足の、ほんの小さなマメも痛まず、身体のバランスも戻り、快調に歩を進めたが、山の中で81番札所と82番札所の分かれ道から81番の方へ向かって歩いていたらば、大きな碑が3個並んでいた。
ここからは聖地、偉い人も下馬せよ、の指示らしい。それを写真に撮ろうと携帯を取り出したらば、メールと着信が幾つかあった。
何だろうと思っていたらば、すぐに携帯が鳴り、出たらば名古屋の新聞社だ。
名張事件に何かがあった!と、すぐ判ったが、聞けば、最高裁が「棄却決定」とのこと。
「ニッカリンが毒薬であった可能性もある」として棄却だとか。
呆れるしかない。
言葉を操るだけの文系の頭は、神が宿るのかも知れないが、化学は可能性を入れない。あるか、ないか、どちらかなのだ。
ニッカリンでないものはないのであって、それに可能性を持ち込むのは、化学を知らないにも程がある。
冤罪は裁判官が認めなければ無実にはならない。こんなバカな裁判官に頼るしかない現実を思うと、怒りと虚しさで一杯だ。
祈りの1つが裏切られたが、でも、闘うしかない。
奥西さん、頑張って!と念じながら歩いた。