桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

戦争の傷痕

2011-10-31 | Weblog
樺戸集治監を見た後、戦争の傷痕を見に行った。中国から強制連行され、北海道で強制労働された劉連生氏が戦争末期に作業場から逃亡し、北海道の山中を逃げ回ること10年、発見された土地だ。
発見場所は、この記念碑から入った山中だが、穴に入っていたのを村人が見つけたらしい。
寒い寒い北海道。どんな思いで10年を過ごしたのかと考えたらば痛かった。
劉氏は、中国に帰国後、2度、来日して発見者と交流したらしいが、2000年、他界したと碑にあった。写真の左に見えるモニュメントが、劉氏の隠れていた石穴を模したものだとか。

宮島沼

2011-10-31 | Weblog
岩見沢市に宮島沼と言う場所があり、そこには真雁の群れが渡りで羽を休めるらしい。
行っても、何の変てつもない沼だが、周囲は広大な平地に田が連なり、真雁には天敵もいず、田にいる餌を食べるにも好適らしく、この宮島沼をシベリアへの渡りの中継地として選んでいるらしい。
ラムサール条約に加盟しているとかで、自由には沼に近付けないようになっていたが、もう真雁たちはシベリアに発っていて、僅かに白鳥や名前の知らない鳥たちが沼面に漂っていた。
真雁のシーンズは、9月中旬から10中旬までの1ヶ月くらいらしく、そのときは沼面を黒くするほどの数万羽になるとか。
今日は百羽もいたろうか。

樺戸集治監

2011-10-31 | Weblog

北海道樺戸郡月形町には刑務所がある。確か、俺が千葉刑務所時代だったか、町からの誘致で月形に刑務所が新設され、職員が「刑務所を町が誘致する時代になった。時代も変わった」と言った記憶がある。
昨日、行った岩見沢市の隣であることから見学に行った。
広大な樺戸集治監の本庁舎を移設、再建した物だが、古い時代の刑務官や受刑者の衣類、資料、手錠などが展示され、俺には懐かしさの感じる場所だった。
1枚目が本庁舎。2枚目は、受刑者の動作を指示する鐘で、これによって日常動作を縛られていたらしい。乾いた音が切なかった。

岩見沢

2011-10-31 | Weblog
昨日は、千歳空港から電車で岩見沢に入った。
昨年も招かれた岩見沢だが、会場も昨年と同じ駅に併設された施設、岩見沢市コミニュテープラザだった。
救援会岩見沢支部大会の午後に、俺の話を入れてくださったのだが、俺は岩見沢に来たのが2、3年前だと思っていたことをはじめに話したらば「昨年です」と言われてしまった。俺の時間は中身が濃いためか、1年前が何年も前に感じる。
参加者は50名弱。30分ほど話したが、みなさん、勝利を喜んでくださり、20冊あったCDブックは、全部、なくなった。
最後の質問タイムでは「歌を唄って」と言う方があり、お応えして「かえろ かえろ」を唄った。そして、年内に自分のCDを作ると言ったらば、岩見沢でも予約が入った。
俺の闘い、だんだんと面白くなるねえ。