【 地 軸 】 2015/3/10 地方紙1面下段記事より
[太平洋戦争まで、各国海軍の主力は「戦艦」だった。小山のような艦体に巨大な主砲。敵艦隊を砲撃で撃破する戦法は、日露戦争時の「日本海海戦」に代表される。
▲「大艦主砲主義」という。ただ、勝利に酔うと容易に戦法は変更できない。戦術が進化し、航空機で敵艦を攻撃する時代になっても、日本軍上層部は巨大な戦艦の建造にこだわった。時代のはざまで誕生したのが、世界最大の戦艦「大和」。
▲航空機時代を予見していた連合艦隊の山本五十六司令官でさえ、巨艦を見て「やれるかも」とつぶやいたそうだ。しかし、不沈戦艦と呼ばれた大和は大戦末期、米軍の航空機攻撃で東シナ海に沈んだ。居場所のない時代に生まれた悲運艦。
▲大和型2番艦「武蔵」がフィリピンのシブヤン海に消えたのは、大和に先立つ半年ほど前。レイテ沖海戦で航空機の集中砲火や魚雷攻撃で力尽きた。艦体を明るく塗り、おとりになったともされる。戦艦としての任務を、全うできないまま。
▲その武蔵らしい艦艇が、海底で発見された。すでに確認されている大和同様に、頑強な艦体が断裂しているそうだ。攻撃のすざまじさを物語ろう。日本が歩んできた戦争の罪を、告発しているかのよう。
▲軍拡競争の末に生まれ、時代に翻弄(ほんろう)されたまま多くの命と共に沈んだ二大戦艦。戦後70年の年に発見された「海底の墓標」から、同じ過ちを二度と繰り返さないでとのメッセージが聞こえる。]
[太平洋戦争まで、各国海軍の主力は「戦艦」だった。小山のような艦体に巨大な主砲。敵艦隊を砲撃で撃破する戦法は、日露戦争時の「日本海海戦」に代表される。
▲「大艦主砲主義」という。ただ、勝利に酔うと容易に戦法は変更できない。戦術が進化し、航空機で敵艦を攻撃する時代になっても、日本軍上層部は巨大な戦艦の建造にこだわった。時代のはざまで誕生したのが、世界最大の戦艦「大和」。
▲航空機時代を予見していた連合艦隊の山本五十六司令官でさえ、巨艦を見て「やれるかも」とつぶやいたそうだ。しかし、不沈戦艦と呼ばれた大和は大戦末期、米軍の航空機攻撃で東シナ海に沈んだ。居場所のない時代に生まれた悲運艦。
▲大和型2番艦「武蔵」がフィリピンのシブヤン海に消えたのは、大和に先立つ半年ほど前。レイテ沖海戦で航空機の集中砲火や魚雷攻撃で力尽きた。艦体を明るく塗り、おとりになったともされる。戦艦としての任務を、全うできないまま。
▲その武蔵らしい艦艇が、海底で発見された。すでに確認されている大和同様に、頑強な艦体が断裂しているそうだ。攻撃のすざまじさを物語ろう。日本が歩んできた戦争の罪を、告発しているかのよう。
▲軍拡競争の末に生まれ、時代に翻弄(ほんろう)されたまま多くの命と共に沈んだ二大戦艦。戦後70年の年に発見された「海底の墓標」から、同じ過ちを二度と繰り返さないでとのメッセージが聞こえる。]