忘却への扉

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新聞が読めない

2009-03-11 | 平和を
 国道脇に建つ家の角に新聞名の看板を見た。全国紙でわが家の購読している新聞でもない。でもその看板を見てわが家の新聞が読みたくなった。
 いまでも家族で読んでいるのと、私が小遣いで購読している新聞の2紙が届いているはず。私のも読んでもらっているだろうかと気になる。
 家に居て日毎に届く新聞を見ても、読まずに済ます日はあった。まとめ読みもできるし、今日読まなくても明日があるのゆとり。
 本の部屋の本もそうだが、それら読みなれた新聞を読めない物足りなさを思うことがある。友人から定期に届くエッセイ集のように転送して欲しいほどでもない。
 たかが新聞、代わりがあると軽く考えていたのに代わりにならない。わが家で読んでいた、全国紙に負けない視点の地方紙と知りたい濃い情報の詰まった全国紙とは違う。
 パソコンを通して見てはいる。デジタルとアナログ、画面と紙。広げた紙面に感じる温もりがない。広告欄を含めた日々の生活が、紙面でなければ薄く見える。
 身近に思う新聞や本と暮らしていたのかと、ようやく再確認できた。平和の自由を感じていたい。
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