コナラの現象学~行為的直観と全人的自然生活から

進化したものと発生現象の根底にある運動体~植物的自然観察から生物学の哲学的考察へ

バラ科サクラ属ソメイヨシノ⑥~言っていることが皆バラバラ 花から果実へ

2017-05-31 | 植物、木、花、草、森林、自然 

さて、前々は少々脱線した感があったので、本線に戻ろうと思う。ソメイヨシノは自家不和合性で果実ができない。しかるに、花が終わった後のソメイヨシノを眺めていると実ができている。ヤマザクラやオオシマザクラは大量に果実ができているが、それほどではないにせよ、一本の木に最低でも1~3個、探せば10個ほど、どの木にもある。いったいこれはどういうことか?


もちろん栽培園芸品種といっても、扱っているものは、自然そのものなのであり、花が果実をつくって種子を残すという植物にとっての究極の目的を、そう簡単に消せるわけではない。人間がなんでも操れるというのは、近代合理主義と科学技術の幻想である。

私は、とある植物の研究者にきいてみた。

ソメイヨシノは、自家不和合性であるが、オオシマザクラ(最近の研究では、オオシマザクラとヤマザクラが交雑した雑種)とエドヒガンとの交雑種である。ゆえに、親であるオオシマザクラの花粉がつけば、実はできる。

という答えだった。

しかし、私が発見した果実があるソメイヨシノの樹木の周辺にはオオシマザクラはない。ソメイヨシノが二本だけぽつんとあるだけだ。池を渡り、ヤマザクラやオオシマザクラを含めた種々のサクラ十数本が植えてあるエリアはあるが、池を越えて直線距離で30メートル以上はある。

虫が運んだのか。あるいは、鳥ならば、30メートルなんぞ一瞬で移動できる。ということは、やはり、オオシマザクラの花粉がついた、ということなのだろうか?

しかし、私が見かけるどこの都市公園などのソメイヨシノをみても、だいたいはソメイヨシノだけがたくさん植えてあり、オオシマザクラは植えていない。植えてあっても遠く離れた場所に一本ぐらい。どうも、オオシマザクラの花粉がついたとは、にわかに信じられない。

別のひとに聞いてみた。そのひとは、農学博士であった。

基本的に、ソメイヨシノだけでは実はできない。エドヒガンかオオシマザクラかどっちか忘れたが、親の花粉がつけば実ができる。いや、どうだったかな。ヤマザクラなどの原種のサクラの花粉がつけば実ができるのではなかったかな… 

という返答であった。

担当の別のひとに伝えて、後日、またそのものが返答する、とのことだった。


これまでサクラはほとんど無視していたので、花が散ったあとのサクラの同定は困難を極める。しかし、記憶にある限り、わたしはソメイヨシノが咲いていた樹木を眺めて、果実を探した。やはり、どこでも数こそは少ないが、果実がついている。

ヤマザクラでもオオシマザクラでもエドヒガンでもマメザクラでもなんでもいいのであるが、とりあえず、ソメイヨシノ同志では果実(種子)はできないという自家不和合性は正しいのか否か、という疑問が急浮上してきた。


ソメイヨシノを探してみているうちに、次第と別のサクラとの違いも、花が散った後でも認識できるようになった。特に、わたしは、オオシマザクラの美しさに魅了され咲いていた時期は可能な限り眺めていたので、オオシマザクラは、葉で同定できることができるようになった。それに、果実(さくらんぼ)が大量についていたら、それはオオシマザクラやヤマザクラなどの原種である。



回答を聞きにいくと、園芸相談担当の方が、答えてくれた。


あれは、結局、別のサクラ(ヤマザクラなど)の花粉がつくと果実ができる、ということです。


なんのことはない、いままでと同じ説である。しかし、どのソメイヨシノにも最低でも1個は果実がついているということ、ソメイヨシノだらけの中、他の花粉がつくということはどうもあやしい、自家不和合性というのは、100%果実ができないということではなくて、100受粉すればひとつやふたつはできるんじゃないでしょうか?そもそも、自家不和合性とは、どういうものなのですか?絶対に、同じ遺伝子の花粉を受け付けない、ということでしょうか?


重ねて尋ねてみると、

そりゃー、そうですね、できるでしょうね。どのソメイヨシノみても実ついてますもんね。どこどこにも、ソメイヨシノぽつんと植えてある場所にも果実できてますよ。


学説や仮説はともかく、その方は、「自然のものなのだからソメイヨシノ同志で果実はできる」という素朴な見解であった。見解というより、いちいちそういうことは、つきつめて考える事がらでもないのではないか?という感じであった。


別の機会に、植物についての疑問を尋ねることがあり、上述の別の園芸相談担当者の方に、この問題について聞いてみた。

そりゃ、できるでしょう。オオシマザクラとエドヒガンを交雑したときに、遺伝子の異なる数個体ができているかもしれないし、全部がぜんぶ同じ遺伝子の個体であるということは断定できないし、江戸時代から数百年、あちこちに植えられて自然に、交雑できるようになって果実もできるんじゃないか。

かなり、適当ないい加減な返答だった。

ソメイヨシノが同じ遺伝子のクローンであることは、遺伝子解析からわかっているらしいので、最初に遺伝子の異なる数個体のソメイヨシノがつくられた、という考え方は学術的には間違っている。(園芸という文化の奇妙さについてはいずれ述べる予定であるが、園芸相談のひとはほとんど学術的なことは知らないようである。)


やはり専門家に聞くしかないと思い、再び、植物の研究者に尋ねてみたが、同じ答えだった。ソメイヨシノ以外の、ヤマザクラやオオシマザクラの花粉がつけば果実はできる、とのことだった。では、自家不和合性とはどういうことなのか、という点についてつっこんできいてみたが、

それは種によって違う、という。

いろいろな段階があり、花粉が雌しべの柱頭に付いた地点でそれを拒絶する、花粉管は伸びるが胚珠に到達しない。受粉の途中で…(専門的な内容で詳細は忘れた。)

果実が出来ても、中がスカスカということもある。実だけで種子がないものもある。


そこで、私は、ソメイヨシノにできているサクランボをとって中を割ってみた。かく(種子が内果皮につつまれたもの)はある。種子の中身もスカスカではない。やはり、これはソメイヨシノとは別のサクラの花粉がついて出来た果実、ということなのだろうか?遺伝子を調べれば白黒はっきりするのであるが、もちろん私にそんなことができるはずもない。


またまた別の、それを生業としている研究者ではないが、植物に詳しい方にこの件について尋ねてみた。一通り話し、今まで聞いたひとからの回答なども説明し、さらに自家不和合性とはそもそもなんなのか?などもつっこんで聞いてみたが、

そういう問題はやはり生物多様性ということを考慮にしなければならない、というよくわからない答えがかえってきた。

どうも返答に困ったのであろう。分からないのならば分からないと言ってくれればいいのであるが、なまじ知識があると、プライドが許さないのであろう、なんとか答えにならない答えをひねりだし、話を徐々にずらしてゆく。気がつけば、目の前においてあった斑入りのベゴニアの話になっていた。

あああ!!!


みんな言ってることがバラバラだ。どうも、誰も信用できない。


インターネットで調べてみたが、どの意見も、ソメイヨシノは自家不和合性で全個体が同じ遺伝子であるがゆえに、果実はできない。しかるに、別のサクラの花粉がつけば果実はできる、ということだった。

もう、このあたりでよかろう。私は、この問題について探究することをいったんやめることに決めた。


さて、各人各様の意見があるが、学術的に定説があるということはわかった。ここからが、本題である。
ソメイヨシノ同志で果実や種子ができるのかどうかはおいておいて、それについてどれくらいのひとが興味をもっているか、ということである。

もっと正確にいうなれば、花が終われば、果実ができる。果実が熟せば、種子ができて、鳥や風や動物によって散布される。種子が散布され、そして、条件が整えば、発芽する。種子が発芽して、植物体の一生が始まる。こうした観点から、植物(花)を観察(観賞といってもいいのだが)しているひとは、どれくらいいるだろうか?

花が終われば、無視。花が咲くまでも無視。満開、見頃の花が咲いたという情報を聞いて、そこにかけつけ、視覚中心に眺めて「綺麗だ!!」と感動し、サクラなら風や雨が吹いてあっという間に散ってしまい、葉桜になれば、ややむなしくなり、そして時間がたって、別の花の見頃がやってくるという情報をどこやらでききつけて、それをみにゆく。

いわゆる桜の「花見」なるものは、飲んで食べて集まって雑談する「集会」であるから、観賞などほとんどしておらず、論外であるが、

桜を眺めて観賞しているひとでも、花が終わって、果実ができているかどうかを、逐一チェックしているのだろうか?

わたしはソメイヨシノが咲きまくっている頃には、ひたすらオオシマザクラを探して歩いて、眺めていた。オオシマザクラは、観察という自然科学的探究傾向からのアプローチではなく、人間(わたし)が普通に観賞するにしても、とても美しい。ソメイヨシノ一色の中に、ぽつんとオオシマザクラが咲いていると、対比されて、なお分かりやすい。原種の雰囲気が漂っている。やはり、原種と園芸品種では格が違う。なぜ、多くの人々は、派手な不自然な栽培人工品種ばかりを見ようとするのだろうか。

それはさておき、オオシマザクラを観賞して、そして、その後に本格的に、ソメイヨシノ一本一本を果実を探しながら、みてまわった。こういう時期に、サクラの樹木をみているひとは、いない。ほとんどいない、というより、ゼロである。わたしが自然観察をしているときに、ソメイヨシノを真剣に眺めていたり、写真をとっているひとは皆無であった。(一方、わたしはソメイヨシノに人がハエのように群がるときには、それらの喧騒を避けて、オオシマザクラを観察し写真を多く撮影していた。)

ソメイヨシノなどのサクラ類に限ったことではない。花が終わって実ができているのかどうか。これこそが、大事なのである。ぜんかい述べたように、花も果実も葉から出来ている。そして植物が花を咲かせるのは、種子をつくるためである。その一連の流れ、自然の自然たる有りようを、みているひとは、悲しいかな稀である。だからソメイヨシノが終わって、他のサクラの花の時期も終わると、どれがなんのサクラなのかわからなくなる。花しかみていない、何よりの証左である。せいぜい秋になり葉が紅葉すると、注目する程度である。


植物の同定には、花と果実が重要といわれるが、葉や樹皮でも同定できる。ところが前回述べたように、葉は一括して「葉」なのであり、「みどり」として処理される。だから樹木についての知識は、一考に深まらない。サクラに限らず、どの樹木の花の命も短いのである。サクラだけが儚さの代表ではない。

樹木そのものに対峙しようとしない私たちにとって、だから多くの木は単なる「木」なのである。花は「花」なのであり、草は「草」なのである。そして、自らが栽培し展示し観賞している植物エリアに侵入してくるものは「雑草」として排除される。自然を排除して、お金をかけて「きれいに」植えた人工エリアをただただ守るのである。

さて、毎度、不平不満を述べても、単に読む人の気分を害するだけであるから、これぐらいにしておく。わたしとて、ソメイヨシノをみているときは、オオシマザクラの真っ白な「色」に心を奪われていた。視覚中心にみていた、といってもよい。しかし次に、オオシマザクラを種から育ててみたい、という思いがあふれてきた。そして現在は、オオシマザクラの果実を採取している最中である。2週間ほど前に落ちているものをたくさん拾ってみたが、果肉をとろうとしても、固くてとれない。まだ熟していなかった。ちょうど今ごろからこの先1~2週間が、チャンスだと思っている。

ちなみに、果肉にあたる部分は中果皮であり、中のタネのような固いものは、種子をくるんで守っている内果皮(核または核果)である。

なぜ内果皮が固いのかというと、鳥などに食べられても消化されないようにするためである。なんのためにおいしい果肉がついている果実をつくるのかというと、鳥に食べてもらうようにするためである。食べてもらわねばならない部分と、食べられては困る部分がある。

鳥によって種子が散布される樹木の果実の場合、果実が食べられなければ、そのままくっついているか、熟してやがて真下に落ちるだけである。それでは種々の理由により子孫が生き残る確率は低くなる。だから、植物は、自らの子孫をできるだけ遠くに飛ばそうとする。そのために、主に風や鳥、そして蟻などの昆虫や、動く哺乳類に運んでもらうように、進化してきた。その進化の工夫が「果実」の様々な形や色、形態なのである。

鳥に食べて、そのまま種子までも消化されてしまえば、元も子もない。果実だけを食べてもらい、種子は栄養のある鳥の糞と共に、出してもらわねばならない。だから果肉部分にあたる中果皮はやわらかくおいしくて鳥の胃の中で消化される。その代わり、種子を中に含む内果皮は消化されない成分で出来ており、たいていは固いのである。

それが種子なのか、核果なのか、ということは、見ただけではわからない。ハッキリするのは、中を割ってみることだ。中に種子が入っていればそれは核果であり、入っていない胚(または胚乳と胚)だけならば、それは種子ということだ。

さて、こうした知識を頭に入れておかないと、植物を種子から栽培することができないのだが、たとえ栽培しなくとも知っておくことは自然や植物を観察する際に大いに役にたつ。葉や樹皮、茎の観察に加え、さらに落下しているタネは何の何なのか、それはどこから来たのか、ということがわかるだけで、植物に対する関心・興味・不思議は大きく広がるはずである。


是非、花が終わったあとの子房の変化、果実ができるまで、果実から種子散布への過程を、追って継続して観察してほしい。花の「見頃」は、いつでも、だから。



























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長居植物園 5・31~Philosophy of casework

2017-05-31 | 植物、木、花、草、森林、自然 





長居植物園 5・31/アジサイ、キンシバイ、タブノキ、コデマリ、ワルナスビ、スイレン、ハス、センダン、カキツバタ、ムクゲ、アカメガシワ、マテバシイ、キョウチクトウ、カツラ、カタバミほか



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大和川 5・31~榎の現象学より

2017-05-31 | 植物、木、花、草、森林、自然 



大和川 5・31/ヤエムグラ、ハルジョン、カラスムギ、スズメノエンドウ、ダキバアレチハナガサ、ノゲシ、アキニレほか





大和川 5・31/アメリカオニアザミ、チガヤ、ダキバアレチハナガサ、ユウゲショウ、クズ、アキニレ、アメリカフウロ、ヘラオオバコほか





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5月30日(火)のつぶやき

2017-05-31 | 植物、木、花、草、森林、自然 
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長居植物園 5・30/ケヤキ、針葉樹林、シナサワグルミ、アジサイほか

2017-05-30 | 植物、木、花、草、森林、自然 










ケヤキ 変種?















ケヤキ













不明 双葉




シナサワグルミ



























アジサイ















































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