逝きし世の面影

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規制委の田中俊一 予定どうり戦況悪化で敵前逃亡

2017年09月21日 | 放射能と情報操作
『後は野となれ山となれ』

9月20日、田中 俊一原子力規制委員会委員長は22日に退任する前に記者会見し「原子力のあり方についてもっと国会に議論していただきたい」と述べた。



NHKによる世紀の大スクープ? 『とうとう出てきた大震災3日後の14日11時に爆発した3号基の至近距離からの映像か?』(原子炉建屋ビルの高さは約60メートル、排気塔は120メートル)

2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震が発生、老朽化が激しい福島第一原子力発電所1号基は3時間後にはメルトダウンし翌日の12日昼には建屋ビルが大爆発している。
比較的新しい3号基も大震災から3日後の14日11時に大爆発して高度数百mまで噴煙を巻き上げる。この3号基の大爆発でとうとう東電は作業をすべて中断。自衛隊が組織的に逃亡する大騒ぎに発展した。
ところが、今まで東電も自衛隊も大爆発時の写真を公開していない。爆発現場にいた数千人の証言も一切公開されていない。
マスコミが公開した爆発写真(動画)とは、数十キロも離れた福島中央テレビの(自動撮影の)お天気カメラのライブ映像である。
その後、3号基にに続き翌日16日早朝には4号基も同じように大爆発したが、この時は吉田所長も管直人首相も東電も口裏を合わせて誤魔化したので映像が公開されなかった。自動撮影の民間テレビ局のお天気カメラも4号基爆発時だけ映像が無い始末。(4号基の爆発当時、免震棟にいた吉田所長は何時もはかぶっていないヘルメット姿で東電本社とのテレビ会議に参加したが、4号基建屋ビルが吹き飛ぶことを事前に知っていたのである)
4号基建屋上部にある核燃料を貯蔵する燃料プールが沸騰していると推測され、17日からは自衛隊ヘリコプターとか消防車で燃料プールをめがけて放水を行なった。

事故から5年半が経って分かった   『福島原発事故、原子炉に届いた冷却水は「ほぼゼロ」だったと判明』 NHKスペシャル『メルトダウン』取材班2017年9月20日現代ビジネス

吉田昌郎福島第一原発所長に日本中が喝采を送った海水注入だが、事故から5年半経って原子炉にほとんど水が入っていなかった衝撃の事実が、とうとう判明した。

ほとんど注水はされてなかった
2016年9月7日国際廃炉研究開発機構(IRID)によるテーマは「過酷事故解析コードMAAPによる炉内状況把握に関する研究」。福島第一原発事故がどのように進展したのか。
なんとも楽観的な発表を続けた東京電力(日本政府)が初めてメルトダウンを公式に認めたのは、事故から2ヵ月以上経った2011年5月15日だった。
炉心溶融を認めても、「炉心は大幅に損傷しているが、大部分はその位置付近で安定的に冷却できている」。
「1号機はメルトダウン(炉心溶融)を起こしたものの、圧力容器の底が溶かされて燃料が容器の底を突き抜けるメルトスルーはごく限定的で、核燃料デブリは原子炉内にほとんどとどまっている」と、相変わらず楽観的だった。

しかし、いまやそのように考えている専門家はいない。
大量のメルトスルーが起きたことは専門家の共通の認識で、デブリが、格納容器そのものを溶かしている。
今回の発表の特徴は、どれだけ核燃料が溶けたか”ではなく、“どれだけ原子炉に水が入っていたか”は、関係者に衝撃を与えた。

「3月23日まで1号機の原子炉に対して冷却に寄与する注水は、ほぼゼロだった」
事故当時の解析で原子炉内への注水量は“ほぼゼロ”。
東京電力が気づいたのが事故発生から12日経った3月23日。それまで冷却水はゼロだった。
全国の電力会社の原子力分野の安全対策を監視・指導する立場にある原子力安全推進協会(JANSI)の幹部さえ初めて聞くく衝撃情報だった。

「事故から5年以上たって、初めて聞いた話だ。いまだにこんな話が出てくるなんて……」
事故から5年以上経過しても次々と出てくる新たな事実。最
新の解析結果の発表は、事故の真相の検証自体がほぼゼロであることを物語っていた。

浮かび上がった注水の「抜け道」
“切り札”とされた消防車による外部からの注水。それが原子炉へ向かう途中で抜け、届いていなかった。
それを最初に指摘したのは、NHKメルトダウン取材班だった。
取材班は2011年の事故発生直後から消防車による注水に疑問を持っていた。
2011年9月9日に発表された消防車からの吐出流量と原子炉近傍の流量が異なるという矛盾。さらに、本来空っぽであるはずの3号機の復水器が満水であるという東京電力からの不可思議な発表。
消防車注水を本格的な検証を始めたのは2012年秋頃。取材班は、事故当時に公開されていたテレビ会議を詳細に読み解くことを試みる。
海水注入が始まった後の3月14日午前3時36分、原子力部門の最高責任者で副社長だった武藤栄と吉田が消防注水を疑っていた。
武藤「400t近くもうぶち込んでいるってことかな?」
吉田「ええ、まぁ途中で1時間位止まってますから」
武藤「ということは、あれだな、ベッセル〔原子炉圧力容器〕、満水になってもいいくらいの量入れてるってことだね」
吉田「そうなんですよ」
武藤「ちゅうことは何なの。何が起きてんだ。その溢水しているってことか 、どっかから」

写真:東京電力

吉田「うん、だからこれやっぱ、1号機と同じように炉水位が上がってませんから、注入してもね。ということは、どっかでバイパスフローがある可能性が高いということですね」
武藤「バイパスフローって、どっか横抜けてってるってこと?」
吉田「そう、そう、そう、そう、そう。うん」
取材班は独自に入手した配管計装図で見れば消防車から原子炉につながる注水の抜け道とは、満水だった復水器だった。

注水漏れを知っていた東京電力
2013年12月東京電力の技術的「未解明事項」報告によると、1号機には10本、2号機・3号機にはそれぞれ4本の「抜け道」が存在。2011年3月23日までほぼゼロだった注水量の原因は抜け道にあった。
福島第一原発の1号機、2号機、3号機にいつどれだけ水が入り、どのように核燃料はメルトダウンしていったのか。
2017年2月NHKは専門家を交え、“現時点で最も確からしい”としている最新の注水量を告げた。
「1秒あたり、0・07~0・075リットル。ほとんど炉心に入っていないことと同じ」
国際機関が検証した最新の注水量。多く見積もっても、1分当たり1・5リットル 注水量に専門家たちも衝撃を受けた。

生み出された大量の核燃料デブリ
注水ルートに「抜け道」がなければメルトダウンを防ぐことができたのか? 
答えはNOだ。
吉田が武黒の指示を拒否し、注水を継続した3月12日午後7時過ぎ。しかし最新の解析SAMPSONではメルトダウンはこの24時間前から始まっており、消防車による注水が始まった時点では、核燃料はすべて溶け落ち、原子炉の中には核燃料は全く残っていない。

注水の遅れはメルトダウンではなく「MCCIの進展」に注水量が非常に重要
MCCI(Molten Core Concrete Interaction)は“溶融炉心コンクリート相互作用”と呼ばれ、溶け落ちた核燃料が原子炉の底を突き破り格納容器の床に達した後、崩壊熱による高温状態が維持されることで床のコンクリートを溶かし続ける事態を指す。
MCCIが始まったのは3月12日午前2時。1号機の原子炉の真下の格納容器の床の深さ1・2メートルのくぼみ(サンプピット)に溶け落ちた高温の核燃料が流れ込むことで、MCCIが始まった。
13時間後。吉田が注水継続を判断した3月12日の午後7時過ぎに侵食はおよそ2・1メートルまで達していた。
消防車からの吐出量は1時間60トン。東京電力によれば、この時点での崩壊熱に対して必要な注水量は15トン。つまり消防車は必要量の4倍の水を配管に注ぎ込んでいた。
しかし、消防車から注ぎ込まれた大量の水は、途中で「抜け道」に流れ込んで、原子炉にたどり着いた水は“ゼロ”。コンクリートの侵食は止まることはなかった。

写真: 東京電力

もともとあった核燃料と原子炉の構造物、コンクリートが混ざり合った「デブリ」量(1号機)はおよそ279トン。もともとのウランの量69トンに比べ4倍以上の量に増える。
宮野廃炉検討委員会委員長「279トンってもの凄い量ですよ。・・・本当に削り出して保管するのがいいのか、それとも、削らずこのまま塊で保管するのがいいのかって、そういう問題になっていく。」
もっと早く対応ができなかったのかと悔やまれる。
2011年3月23日、1号機の注水ルートを変えたことで原子炉に十分に水が入るようになり、1号機のMCCIは止まる。
早く対応していれば、コリウム(溶け落ちた核燃料などの炉心溶融物)によるMCCIの侵食の量は少なくて済んだ。少ないです、ものすごい……」
消防注水の抜け道でのMCCIの侵食は、今後長く続く廃炉への道の厳しい状況を生み出したのだ。
(抜粋)



NHKスペシャル『メルトダウン』取材班 は、相変わらずの超楽観的『気休め』で誤魔化しているが
★注、1
3000度を超える超高温の核燃料デブリは数百トンもの膨大な量である、
それが10日以上も注水が止まっていて、冷やされる事無く放置され(温度がますます上昇していて)たった90センチしかコンクリートを侵食しなかったなど、ブラックジョークにしても酷すぎて話にもならない。
記事では、『3月12日の午後7時過ぎには、侵食はおよそ2・1メートルまで達していた』とはっきりと書いている。
それから11日後に、
『消防車から注ぎ込まれた大量の水は、途中で「抜け道」などに流れ込んだことで、原子炉にたどり着いた水は“ほぼゼロ”。コンクリートの侵食は止まることなく、3月23日午前2時半には深さは3・0メートルに達した。』
なと、馬鹿馬鹿しくて怒る気にもなれない。
たぶん桁数(ゼロの数)が大きく間違っているのである。

『鉄板に比べて、極端に熱に弱いコンクリートの特性』
★注、2
原子炉格納容器下のコンクリートの厚みは5メートルから7,6mぐらいの厚みがある。
『コンクリートの融点が高いので数十cm穴が開いたがまだそこにとどまってるらしい』との解析なのですが、融点が1200~1500度程度の鉄に対してセメントの原料の主成分の二酸化ケイ素(石英)は融点1650 °Cと若干高めだが核燃料デブリは3000度なので十分に溶ける。
ところが、溶融以上に問題なのは基本的にコンクリートは鉄とは違い非常に熱に弱い特性がある。
セメントと砂利と水を混ぜてつくるコンクリートですが、ある程度熱せられると内部に必ず残っている水分が気化し膨張して爆発的に破壊されることはトンネルでの車両火災では、よく知られている現象である。(短時間でコンクリートの壁面がボロボロになる)
そして水分無しのコンクリートは存在しない。
鋼鉄製の厚さ15cmの原子炉圧力容器(炉心)を突き抜けたメルトダウンした3000度の核燃料デブリですが、原子炉圧力容器の外側にある厚さ3cmの鋼鉄でできた原子炉格納容器など簡単に突き抜ける。
ましてや、その下にあるコンクリートの床など、即座に突き抜けている。
人類が管理できるのは圧力容器内に留まっている場合だけで、外に飛び出した後は制御不能なのである。(だから、効果が不明だが事故以来東電は冷却水を抽入し続けていて、結果的に膨大な放射能汚染水を貯めこんでる)



『水にも熱にも酸にも溶けない恐怖のガラス化した不溶性の放射性セシウム』2016年06月27日 | 放射能と情報操作

★注、
福島第一原発事故後に、世界で初めて発見された『水にも熱にも酸にも溶けない』恐怖のガラス化した不溶性の放射性セシウムの不思議ですが、これはメルトダウンした原子炉に対して、何週間もペットボトル1本分程度の極少量の水を供給し続けるという特殊な状態でしか起きない。なんと、長期間の東電の不作為が原因した人為的なものだったことが明らかになる。



『福島第一のセシウム、コンクリと反応か 九大など研究 』 2016年6月27日(月) 朝日新聞デジタル

東京電力福島第一原発事故から4日後に東京都へ降下した放射性セシウムの大半が、ガラス状の微粒子に取り込まれた状態になっていたことが九州大など日米仏の国際チームの研究でわかった。
溶け落ちた核燃料が高温で格納容器の底のコンクリートと反応してできたとみられる。
事故発生4日後の2011年3月15日に都内でフィルターによって採取された放射性降下物を電子顕微鏡などで詳細に分析。
セシウムの80~89%はガラス状微粒子に取り込まれ、大きさは1マイクロメートル未満で、放射性物質の濃度は1グラムあたり4400億ベクレル。
2200度以上になった溶融燃料と触れたコンクリート由来のケイ素などが、熱せられた後に冷えてガラス状になったとみられる。
(抜粋)



NHKが描く『ロスト・ワールド』

未曾有の福島第一原発のレベル7の核事故から3年9ヵ月後(2014年12月) 『NHKサイエンスゼロ シリーズ 原発事故(13)謎の放射性粒子を追え!』
安倍晋三のお友達の籾井会長が介入して放送中止にしたNHKのサイエンスZEROが3ヶ月遅れで2014年12月21日に放送されている。(当時は『アベノミクスの信を問う』との、なんとも不思議な解散・総選挙の直後でマスコミは大騒ぎしていた)
最初の2014年9月21日(土)放送予定時点のNHKの内容説明では、
「セシウム内部被ばくに迫る」サイエンスZERO シリーズ 原発事故(13)
『福島第一原発の事故で大量に放出された放射性物質・セシウム。これまでは放射線量などをもとに調査されていたが、その実際の形態はよく分かっていなかった。しかし、電子顕微鏡を用いた巧みな調査で、セシウムは不溶性の球形粒子として存在するものも多いことが明らかになった。この粒子が肺に入ると、従来想定されていた水溶性粒子に比べて長くとどまるために、内部被ばくの影響が強くなるのではないかと危惧されている。』だった。
ところが、現実のNHKの放送内容(2014年9月21日)は、もっともっと凄まじい。
なるほど!放送中止もむべなるかなと納得する、驚くべき内容だった。
今まで知られていた、水溶性の放射能汚染物質が生体内に入っても、100日程度で半減してしまいセシウムの被曝の影響は比較的小さい。
ところが12月21日の『3ヶ月遅れサイエンスZERO』が存在を証明した、水にも熱にも酸にも溶けないガラス化した不溶性セシウムは(食べた場合には排泄されるが)肺胞に入った場合には半永久的に出て行かず、極めて有害なベータ線を出し続けるのである。
東京電力福島第一原発事故の発生から4日後(2011年3月15日)に東京都へ降下した放射性セシウムの大半が、ガラス状の微粒子に取り込まれた状態になっていた。
何の害も無い安定した鉱物であるアスベストでも30年後には悪性のがん『中皮腫』になるなら、強力なベータ線を出すガラス化した不溶性放射性セシウムの被害は計り知れない。(波長が非常に短い電磁波であるガンマ線には電離作用があり細胞のDNAを傷つけるが、電荷をもった高速の電子の流れであるベータ線と電磁波では危険性がけた違い)


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2 コメント

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『穴の空いたヤカン』が『汚染怪獣ヘドラ』 (ローレライ)
2017-09-21 12:53:49
『穴の空いたヤカン』が『放射能ヘドロ』の塊になった!まさに『汚染怪獣ヘドラ』の誕生と言う話。
水漏れ (ちくわ)
2017-09-22 15:40:04
やはり地震により水管が破損していたということなのでしょうか

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